紅茶の時間のこと

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1983年から毎週、水曜の午後は、わが家をひらいて「紅茶の時間」。
きもちを語りあい、聴きあい、そして私たちをとりまく社会についても、
学びあっています。
ゲストのお話を聴く「とくべつ紅茶」や、私がおはなしに行く「出前紅茶」も、時々。
著書に、『きもちは、言葉をさがしている』、『ほめ言葉のシャワー』、
『いのちの未来と原発と』他。
紅茶の時間や本についてのお問い合わせは、水野スウまでどうぞ。

E-mail :sue-miznifty.com(★を@にかえてくださいね)
TEL: 076-288-6092  FAX:076-288-6093

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2019年9月20日 (金)

はんどうさんのお話のアンケートから

9/18の、おりライこと、はんどうたいきさんのおはなし会「檻の中のライオン」@紅茶の時間のアンケートから、いくつかを紹介させていただきます。
 
・難しいことを優しく、優しいことをおもしろく、おもしろいことを深く。そう感じるお話でした、知り合いの弁護士さんに話そうと思う。(70代)
・内容は2回目ですごくわかりやすかった。学校教育に任せられないのがよくわかった、知る機会を持てるかどうかは大問題!檻の外のみんなは仲良くしようよ、って本当に思う。吠えまくってる人見ると、言ってることはわかってもげんなり。上手にコミュニケーション取れるよう勉強していきます。(40代)
・中高生に話していただくととてもよい内容だと思った。お話の仕方も楽しいので若者に受けると思います。(70代)
・天賦人権説のこと初めて知った。異なる個性が一緒に生きていくために法律があるということ。(50代)
・目からウロコ!改憲したがってる自民党に不安を持っている。騙されない知識を若い人たちにも広めたい。(70代)
・憲法に守られていることを意識することなく生活できている。主権は私たち、と気づいてない人が多いと思う。知って・考えて・行動する。未来の暮らしを守るためにも憲法の意味を考え、人に伝えられるようにならないと。(50代)
・広く伝えることの大切なこと、あらためて肝に入れた。
仲間内での言い合いはやめよう、方向は同じなのに方法が異なるグループ間での。
たとえがわかりやすい。知人に話す時に役立てたい。(70代)
・みんなに聞いてほしい、特に現職の教員に!「普段の努力」足りないと反省。スウエーデンの教育、広めたいです。
テンポいい話し方、楽しかったです。(60代)
・ライオン=権力者 オリ=憲法。そうだったのか。
知らない人が「ちょっと来い!」と言われてついていくか?じゃあ警官だったら?という説明がとてもよくわかった。(70代)
・憲法ファイル見ながらお話きかせていただいた。ユーモアたっぷりのお話のおかげで憲法がだんだん身近になった(60代)
・心の底から実感。子や孫のため、楽しい話し方で伝えていきたい。(70代)
 
写真は、ミニチュア檻の中のライオンを手にして、うれしそうなはんどうさん。この日参加されてたNさんの娘さんの、手づくりのおりライ。よくできてる!!と感心しました。Img_1104

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25日の紅茶草かふぇはアーサー・ビナードさん講演会のふりかえり

アーサー・ビナードさん講演会、いよいよ近づく。9/23 午後1時半より金沢香林坊の教育会館にて。参加費は1000円。参加ご希望の方、お名前おききしておいての当日精算も可能なので、おっしゃってくださいね。紅茶にとりにくる時間はもうあまりなさそうなので。
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ビナードさん講演会翌々日の25日。紅茶の時間の草かふぇでは、ビナードさんのお話のふりかえりをしましょう。7月にプレ企画をしたので、9月にはアフター企画を、というわけ。
いつもの草かふぇは3時からだけど、この日は2時ごろから。プレ企画でお話してくれた小野栄子ちゃんもこの時間からきてくれます。
(ちなみに小野ちゃんは7月のプレ企画をはじめ、8月9月と4度もプレ企画でお話しています)
 
7月の時のようにはかっきりした企画ではないので、何時にいらしても。アーサーさんの日に参加できなかった人も、みんなの感想ききながら、講演会のおすそわけをどうか受け取ってね。
このところの草かふぇ、プレがあってアフターがある、というのがはやりです、なんちゃって。
 
25日の紅茶には、東京からアーサーさんのお話ききにきた方も参加されます。もちろん、初紅茶。映画「誰がために憲法はある」がきっっかけで知り合った方。私もはじめてお会いします。

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東電の裁判の判決

日経の記事 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO49963860Z10C19A9MM0000/

永渕裁判長は判決で、3人が巨大津波の可能性に関する情報を聞いた2008~09年時点で対策を講じても事故前に完了できたかどうかは不明だとし「事故を回避するには原発の運転を止めるしかなかった」と述べた。
          ↑
15mの巨大津波の予想をきいて、それじゃ対策が必要と思った人が、何10000000000円もかかるときいて、方向転換。
知ってたのにしなかった罪はまったく問われないのか。
裁判長の言葉「事故を回避するには運転を止めるしかなかった」。その通りでしょ!
なのに判決は、3人とも無罪、って。到底納得できない。
NHKの記事には、武藤類子さん、宇野さえこさんの言葉も。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190919/k10012089251000.html

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2019年9月18日 (水)

おりライさん@紅茶の時間

おりライこと、弁護士はんどうたいきさんの憲法のおはなし。今日の紅茶が、377回目のお話会!!12泊13日の出前旅の、まだまだ途中だそう。
テンポ良い憲法のきほんのきから上級レベルまでの、ほぼノンストップのお話。今の憲法と自民草案をみくらべつつ、主権者の私たちと国との関係が、草案だと順番が逆になっちゃってることがよくわかる、あっという間の3時間でした。Img_1100 Img_1107 Img_1108
右とか左とかいう以前の、共通の前提としての憲法の話。相撲だって土俵の中でするもの、というルールがある。だけど今の政権は、その共通ルールとしての土俵がこわれてる状態。ライオンにたとえられる権力が、憲法という檻の中から勝手にでてきて、檻を檻ともおもわず、周りをうろうろしてる状態。それでもまだそのことに気づいていない人がいっぱいいる。その危機感からの、はんどうさんの熱いトーク。
 
私たち全員の共通点はなんだろ?私たちはみな同じ人間として生まれた。一人ひとりが人間らしく生きていきたいね。そこが一番の基本となる13条。(おりライのお話は、何度も何度も、この原点にたちもどる。なんのために憲法があるのかを忘れないために)
 
憲法の中にたくさんの、○○する自由、がでてくるのは、前の憲法ではそれらが認められていなかったからだ。心の中は自由だよ、誰と結婚するのも自由だよ。今、数多くの自由が書き込まれている理由、以前はその自由が権力によって侵されてきたからだ。
 
今の憲法にはない緊急事態条項を、政権はかきこもうとしてる。緊急の時なら、ライオンは檻からでてもいいよ。いつがその時なのかは、ライオンが決めるよ。これじゃ檻がないのも同じだよ。この一か条だけで、檻そのものを台無しにできる。
災害対策のために必要ですよ、とライオンはいうけど、大災害を経験した地域の弁護士会はそのためならいらない、とはっきり言ってる。
 
9条に自衛隊を書き込む案。今の9条にはもともとアクセルがない。自衛隊は戦力じゃないとずっと言い続けて来たから。でも、今の自衛隊はもう違う。自衛隊というアクセルをとりつけるならブレーキもつけなきゃいけないはずが、「法律の定めるところにより、その他の統制に服する」としか書かない。これって、一見ブレーキあるように見えて、実はない。時の政権、つまりその時々の運転手次第、運転手に丸投げ、ってことになっちゃう。
 
「檻の中のライオン」、全国の中学校の公民の資料に、9ページにわたって紹介されている。全国の進研模試にも出題されたとか。受験にもでるかも!Eテレで小学生向けの番組「社会にドキリ」でも、ライオンのキャラクターが使われてる。
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はんどうさん、出前旅の一つに紅茶でお話くださって、ありがとうございました。2度目だけど新鮮におききしました、時事問題もいっぱいあって。
高さん、何から何までありがとうございました。チラシを作ってくださった山口さんも、本屋さん係のYさんも。
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「檻の中のライオン」、紅茶本屋に少々あり、1400円。今日のお話会でもれなく当たったおりライの憲法クリアファイルは、憲法全文がおりライイラストつきで載っていて、200円。こちらも紅茶本屋にあります。
 

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今日、おりらいさんのおはなしかい@紅茶

今日のおりライさんおはなし会。
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急に参加できなくなった方もおられるので、まだ満杯じゃないですちよ。ご都合ついた方、どうぞそのままいらしてください。
お車とめるところがなかったら家まであがって、お尋ねくださいね。
 
12:30open 1:00~4:00 参加費1000円
@水野宅 076-288-6092
ただし、おはなし会がはじまってからのお電話はどうかご遠慮くださいね。

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2019年9月16日 (月)

ヒューマンライブラリー

21世紀美術館で今日まで、Out inJapan.
LGBTの人たちのカミングアウトをテーマにしたポートレイトが1600枚も展示されています。入場は無料です。

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これがわたし、これが僕、これが自分。一枚一枚の表情の、チカラ強いこと、美しいこと。

14,15,16日の3日間は、会場内でヒューマンライブラリーという試みも。一人の人が一冊の本になって、自分の人生を語る、参加している人は、その時間内、その本を読ませてもらう、という生きたライブラリー。

最終日の今日も、10:00~2:00~4:00~と、そのライブラリーがあります。私はおととい、会場でうけつけをしてらした前田さんという方が、僕も話しますよ、とおっしゃったので、彼の本を読みにいきました。たくさんの写真に囲まれた会場で椅子を丸く並べて、彼の物語を聴く時間、個と社会がつながっていく彼のお話。とてもよかった、心に響きました。

会場はどの写真も、撮影OKです。

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おおきな悲しみ

さとみちゃんからの、悲しい悲しい知らせ。

読みながら、なみだがとまんない。すてきなハグは、アラウージョから教わったものだった。つい昨日も、その話を紅茶のおかあさんとしてて、彼の名前を言い合ってたばかりだった。

どれだけの大きな、深い愛を、教えてくれたひとだったろう。。。!彼の存在そのものが、平らな関係を人と人の間につくることの大事さ、おしえてくれてた。知識じゃなくて、感じあうこと、気づきあうこと。

この20数年あまり、アラウージョが日本に来るたびにさとみちゃんがそこにいて、場をオーガナイズしてくれてた。アラウージョの言葉は、通訳のさとみちゃんを通して私の中にはいっていったんだ。

最近の来日で、アラウージョは民主主義の話よくするんだよ、路上の民主主義のこと、いっぱい話すんだよ、ってさとみちゃんからも聞いてた。じかに聴きたかったなあ!!

今何度も読み返しながら、今この瞬間を生きる、生きた、アラウージョさんを思い出してる。ポルトガル語で、ハッピーバースデーの歌、歌ってくれたことも覚えているよ。
てのひらのハグで、ぎゅううっと、合掌します。

(アラウージョのこと、「出逢いのタペストリい」の中で、書かせてもらっています)

この文章かくだけでも、さとみちゃん、どんなにつらくて悲しかったろうね。ありがとうね、教えてくれて。

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*******来日の度、通訳をしていたさとみちゃんの投稿です。

 

重い荷物を引いて次のまちへと移動しながら「ぼくたち、いつまでこれ続けるんだろうね」とよく言い合っていたものだ。「二人とも腰曲がってもやってるんじゃないの。で、あなたは講演でこう話すのよ。ぼくはHIVに感染して早100年。世界最長寿でギネスブックにも載りました」 顔を見合わせてあははと笑いながら、きっとそうだよね、とたがいに信じていた。
 
1999年に私が前任者から引き継いでから毎年、20年間に渡って彼の日本講演事業をオーガナイズしてきた。ブラジルではHIV/エイズ当事者運動が公的医療制度の大幅な改善・拡充を牽引し、ブラジルを「世界で最もエイズ対策が進んだ国」と国際社会から賞賛される国に押し上げて行ったという歴史がある。
 
いまも連綿と続く彼ら・彼女らのムーブメントは、エイズ分野に限らず、他のさまざまな疾病の患者団体やLGBT団体、人権団体、貧困コミュニティ団体等を巻き込んでエンパワーし続けてきた。その社会運動シーンの中心にいつもアラウージョがいた。
 
「路上は民主主義の舞台だ」と彼はいつも言っていた。路上に繰り出してデモで訴える。そんな時の彼はひときわ輝いていた。「こんな社会でありたいと求め、そんな社会を自分たちで作っていく。それが民主主義だよ」と彼から教えられた。
 
彼とふたりで作り上げてきた日本講演事業では、エイズのことを知ってほしいということそのものよりも、ブラジルのエイズ当事者運動というケースワークを通して日本の若い人たちと民主主義を語り合いたいと願ってきた。今年もいつものように年末にまた、「第二の故郷」と呼んだ日本へ彼は行くことを楽しみにしていた。
 
「ぼくはエイズでは死なないよ」と言ったことがある。じゃあ何よ?と聞くと「んー、ガンかなー」と適当なことを言っていた。奇しくもその言葉通りになってしまった。8月はじめに確定診断を受けてから、たった1ヶ月の命だった。どんなに無念だったろうと思う。
 
リオでの2週間の取材を終えて8月はじめに彼に会った時、それまでの電話やメッセージのやりとりでは彼が元気を装っていたことを思い知らされた。2月に渡伯した際に会った時にはすこぶる元気だったのに、たった半年後のやつれた姿に言葉を失った。「なんで黙ってたの。嘘までついて!」 思わず声を荒げたら、「メールや電話じゃいやだったんだ。どうしても顔を見て直接伝えたかったから」と長い打ち明け話を語り始めた。
 
よろめく体をそれでも杖で支えながら彼はサルバドールまで出かけて行ったのだ。連日のワークショップや講演会をこなすようすを写真で送って来てくれた。私も彼が「ぼくの子どもたち」と呼んで愛してやまなかった2匹の猫、エロスとラトーナの写真をせっせと送った。「2匹一緒に引き受けてくれる人をもう探してあるよ。いや、治療が済むまでの間のことだけだから」と言っていた。「治して2年後には必ず日本に行くよ」と言っていた。
 
サルバドールからサンパウロに戻る彼と入れ違う形で私はブラジリアでの取材に出かけ、ほどなく連絡が途絶えたことに不安になった。共通の友人から彼が緊急入院したことを知らされた。ブラジリアから戻って病室に駆けつけると、やつれ切った姿があった。その後、私は8月19日から9月7日まで仕事でアマゾンの先住民族保護区に入り、ネットにようやく接続できた時、その前日に彼が旅立ってしまっていたことを知った。9月3日、享年62歳だった。
 
アマゾンへ出発する前日に病室に見舞った時には、彼はそれまでとは打って変わってエネルギーにあふれていて、「今日は朝から電話でケンカしまくってるんだ」と笑っていた。友人たちの腫れ物に触るような彼への態度に「冗談じゃない。そんな扱われ方をされたらボクがボクでなくなる。そんなのは絶対にいやだ」と文句をつけながら、「これこそがアラウージョだ。アラウージョらしさが戻っただろ?」と、うれしそうにしていた。
 
闘う人だった。ひとのため、社会のために闘い続けた人だった。「もうちょっと自分の健康を第一に考えてほしいな」と苦言を呈すると、「わかってるから」と言いつつも自分のことはいつも後回しの人だった。最後まで、骨の髄までアクティビストの、あっぱれな人生だった。
 
「アマゾンから戻ったら話を聞かせてよ」と言っていたのに待っていてくれなかった。けれど、彼らしい姿を最後の思い出に残してくれたのは、彼からの贈り物だったような気がしている。最後に会ったその前日に訪ねた時は、私の顔を見たとたんに泣き崩れて「あなたは強いから、ってみんなから励まされるのはつらいんだ。ぼくは強くない」としぼり出すように言っていた。「あなたほど生きることを愛している人はいないよ。だから大丈夫」。やっとの思いでそうこたえると、うれしそうに微笑んだ。
 
生きることを誰よりも愛した人だった。ただ純粋に生きることを愛していた。生きる。人生はただそのことそのものに意味がある、と彼は自身の生き方を通して教えてくれた。
 
孤独な生い立ちの人だった。両親に捨てられ親を知らずに育った。田舎まちの極貧の生活から逃げるように13歳の時に貨物列車にもぐりこんでサンパウロまで出てきたという。「ここから乗ったんだ」と、生まれ故郷の線路の上で思い出話を語ってくれたことがある。大都会サンパウロで18歳までストリートチルドレンとして生きた。「市営劇場の奥の方から漏れてくるオペラの音楽に耳を傾けるのが好きだったよ」と言っていた。荘厳な建物の石の外階段に座り込んで目を輝かせていた少年時代のアラウージョの姿が目に浮かぶようだ。
 
路上の生活では、道端に落ちている新聞の切れ端を拾っては、いつも読みふけっていたとも言っていた。読書の好きな人だった。アクティビストとして政府の諮問委員なども歴任していた彼の会議の席に同席したことが何度かある。義務教育の4年生で家を出た彼とは大違いの博士号を持つスーツ姿の他の委員たちに囲まれつつ、ごく自然体に生き生きと、聡明に、時に激しく議論を闘わせていた。
 
学歴や肩書きや出自やその他もろもろの属性に関係なく、その人の素の魂そのものに触れることのできる稀有な人だった。運動のシーンで舌鋒鋭く容赦なく批判の言葉を浴びせかける相手とも、人間同士としてのリスペクトの関係を築ける人だった。
 
難しい思春期の年頃の子たちの懐に飛び込むことができる人でもあった。この10年ほどはサンパウロの貧困地域でセクシュアリティ教育に尽力していた。子どもたちは、先生や親には言えない悩みや疑問をアラウージョになら語れるようだった。生き生きとした対話や議論を通して、子どもたち自身に考えさせる。そして子どもたちの中にある先入観や偏見 – まわりの大人たちによって形作られたもの – を共に見つめて分解していく彼の授業は本当に見事だった。
 
自身は子孫を残すことはなかったけれど、次の世代に豊かなものを彼は手渡していった。「恵まれない過去を断ち切って」とか「困難を乗り越えて」とかじゃ、きっとなかったんだろう。歩んできた人生の喜怒哀楽苦を自分の一部としてそのままに慈しみながら、「いま」を生きたんだろう。
 
「ぼくは日本みたいに火葬がいいな」と、かねてから本人が口にしていた希望通り、ブラジルでは稀なことだけれど荼毘に付されて少なくとも一部は散骨されたと聞き及んでいる。墓が設けられたのかどうかは知らない。この先、それを確認することも私はないだろう。彼なりの強い美学を持った人だった。意識不明の状態で人工呼吸器の管につながれた姿を他者に見られるのは、本人にはひどく不本意なことだったに違いない。棺に横たわる姿も見られたくはなかっただろう。
 
キリスト教国のブラジルでは勇気の要ることだけれど、無神論者であることを公言してはばからなかった人だ。霊の存在も生まれ変わりも信じていなかった。「いま」を生き切って、きっぱりとこの世界から消え去ったのだ。そう受け止めることが彼ののぞみではないかと思っている。残された者たちが彼の意志を受け継いでいく、ただそれだけを本人は望んでいると思う。
 
旅立ちにも葬儀にも立ち会えなかったけれど、アマゾンの先住民族保護区に入り村々を訪ね歩いていたその時に彼が重い病床にあって、そして旅立って行ったことに私は意味を見出さなければならない。
 
わずか3週間程度とはいえ先住民族の村で生活を共にする時、いつも「生きるってなんだろな」と考える。アマゾン熱帯林の自然は過酷だ。そして村人たちは誰もが忙しい。生きる糧を、住まいを、道具を、自らの手で作り出す暮らし。小さな子どもたちは遊ぶのが仕事だ。若い者のようには体が動かないお年寄りも手を動かして糸を紡いだりしている。その人がただそこにいるだけで安心できる、そんな人もいる。
 
この世界のだれもに、この今生の世界に生まれてきた、その人なりの役割がある。その役割を果たしながら私たちは「いま」を生きるのだ。時間は誰にも平等だ。「いま」を積み重ねながら、未来を私たちは手繰り寄せていくのだ。そうやってアラウージョは「いま」を生き切って、そしてきっぱりと旅立って行った。
 
サンパウロに戻ってからも多忙な日々が続いている。忙は「心をなくす」と書くというけれど、時にはそれは救いです。私にとっては深い心の友であり同志だった。普段は地球の反対側に遠くに離れていても、3日とあけずにいつもおしゃべりしていた。いろんなことを語り合った。政治や社会やそれぞれの人生のことやバカ話もいっぱい。
 
自分の一部をもぎ取られたようで悲しくてたまらない。座り込んだら自分がだめになってしまいそうだからこのまま駆け抜けなくては、と彼の死がまだ現実感のないままに考えている。
 
 
これまで長きに渡ってアラウージョに友情と連帯をいただきました皆様、彼の講演会を実現してくださった皆様,彼に出会ってくださった皆様、本当にありがとうございました。深く感謝申し上げます。(アラウージョのいないサンパウロにて)

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2019年9月13日 (金)

Out in Japan@21世紀美術館

21世紀美術館でひらかれてるout in Japn。一人一人の表情がすごくいい!
これが自分だよ!って言ってる。
愛と法に出演してた2人の弁護士さんも見つけた!
撮影は全て、レスリー・キーさん。

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ほめシャワの納品に来て見たので、もう一回ゆっくり見たくて夕方にふたたび。
夜は、東京会場でお話しされるロバートCampbellさんのトークを、しいのき迎賓館のサテライト会場で聞きました。

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消費税のお話のおすそわけ草かふぇ

9/11の草かふぇは、奥迫さんが聴いてきた斎藤貴男さんの消費税のお話の、おすそわけ。草カフェで話してみない?ってお願いしてから1週間。奥迫さんが持参した斎藤さんの本には付箋がいっぱい、お話の復習もしたのだろうな、そしてこんなわかりやすい「消費税手づくり年表」まで用意してくれてた。
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1989 3%で導入
1997 5%に
2014 8%に
2019 10%へ
消費税がつくようになって丸30年、あるのが当たり前って人が、今はもう4割もいるんだ。
 
消費税、みせかけは公平中立、実質は弱いものいじめの、とんでもなく不公平な税。零細企業や個人事業主がどれだけひどい目にあってるか、立場の弱い人ほど自腹切らされてる。こんなに滞納率の多い税は他にない。
それでいて、輸出いっぱいしてる大企業にはすごくお得な消費税。輸出還付金がもどってくるから、トヨタ日産キャノン本田などなどのふところは痛まない。痛み覚えるのは中小れいさい企業やフリーではたらく人、100円の品にも税を払わなきゃいけない個々人。
 
広く公平に誰からもいただく税ですよ、そのお金は社会保障のために使うんですよ、ということではじまったけど、実は今、そのお金の多くが、大企業の法人税をさげた分の穴埋めに使われてる(そのこと、山本太郎さんも言ってたね)。
 
10月から消費税10%に上がるけど(これまでは7、8年の間隔があったのに、今回はたった5年であがる)、上がらないものもある。軽減税率のややこしいしくみ。新聞は据え置きであがらないことになって、報道がこの増税への批判に口をふさいでしまった。
キャッシュレスがお得、とかいうけど、それは監視社会をますます助長する。目先のことで本質を見誤らないこと。
正規社員を減らす方向が加速して、ますますワーキングプアを増やすことに。ますます破産も増えるだろう。
 
2015年に消費税導入して、でも4年後にやめた国も現実にある。それがマレーシア。今のところ、もどしたことの弊害はでてないそうだ。
 
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奥迫さんのおすそわけのおかげで、大きいところがもうけて、下を踏みつける構図、世の中の主人公は大企業、ってからくりが、いやってほど実感できた。
 
選挙の時に、暮らし、経済、景気、をよくしてほしいから、政権与党に入れる、入れたって人、いっぱいいると思う。その投票行動が今の政権を長期安定させてきたわけだけど、その一票が実は、経済よくするどころか現実に自分の首をしめ続けてるってこと、たっくさんの人にがつんときづいてほしいよ。
 
奥迫さんが一生懸命、自分の知ったことを、誠実に、平らに話す努力をして、私たちに伝えようとしてくれたこと、ほんとに感謝。こういう伝えあいと学びあいが、草かふぇの本来の役割だ、ってこの日もすごく思った。そのことちゃんと思い出させてくれて、ありがとう、奥迫さん。
 
ふりかえれば、ベテランズ・フォー・ピースのおすそわけ草かふぇも、「主戦場」の感想シェア会も、アーサー・ビナードさんプレ自主企画の小野ちゃんのお話も、みな、草かふぇのすてきな使い方だね。23日のアーサーさん講演会の翌々日の紅茶の時間では、アーサーさんのお話聞けなかった人のための、おすそわけ草かふぇしようと思ってるよ。講演会に行ってない人にわかるように話す努力をすることは、まわりまわって、自分の一番の学びになる、って思うから。

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2019年9月11日 (水)

今日の草かふぇ、来週はおりライ!

今日11日の草かふぇは、奥迫さんが先日参加した斎藤貴男さんの消費税のお話の、おすそわけ。紅茶の時間のなかで、3:00~4:00
専門家じゃない1peopleが聴いてきた話を、仲間に分ける。これぞ本来の草かふぇのすることかも。
草かふぇのあとは、仙台の松尾さんがたくさん送ってくださった喜久水庵のクリーム大福があたるよ!抹茶味、ほうじ茶味、モンブラン味、ずんだ味などなど。解凍しておきますね。

来週はいよいよ、おりライこと、広島の弁護士、はんどうたいきさんによる、憲法のお話。資料の準備があるので、参加ご希望でお申しこみまだのかた、私までご連絡くださいね。論理的にきっちり、でもめっちゃ楽しく、長時間でもあっというまの憲法のお話です。どうぞどうぞいらしてくださいね。Img_1067

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なのちゃんに

なのちゃん ご本が生まれておめでとう!

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菜の花ちゃんの沖縄日記 出版記念会

なのちゃんの「菜の花の沖縄日記」出版記念会。なのちゃんは母校の珊瑚スコーレで、自分で紅型染めして縫ったゆかたを着てました。
東京新聞の中山洋子さんが進行役。彼女が、なのちゃんの中2の時の作文を読んで彼女の感受性と表現力に気づき、中山さんの提案で北陸中日新聞でのなのちゃんの連載がはじまったんでした。Img_1046

沖縄テレビ制作の「菜の花の沖縄日記」上映後、なのちゃんトーク。1月にとくべつ紅茶でなのちゃんのお話聞いた時も思ったけど、いつも誠実に自分の言葉をさがすなのちゃん、自分に問題をひきつけて、自分だったらどうしよう、何ができるだろう、と考える。わかったふりしないとこがいいなあ。

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なのちゃんのお話からーーー
沖縄に行って学んだこと。違う意見の人と関わることの大切さ。遠くのことに対してはきれいごといえるけど、半径5メートル、自分の今いる場所で何していくか。前は、自分の正しい、を人に押しつけてたな、しゃべるより聴く人に、からだ動かす人になりたい。

沖縄に行って自分の生まれたところを考えるようになった。ここだけにしかないもの、自分の核、アイデンティティは何かって深く掘り下げるようになった。
帰って来てから、内灘闘争のこと初めて知ったことはおっきい! 沖縄で起こってることは日本のどこだって起きる。内灘のおっかたちやたくさんの人が撤退させた米軍の存在が、沖縄に行ったことを知った時、点と点が線になってじかにつながった。沖縄の問題って思ってたものがすぐ横にあった。自分は加害者だったんだ。

自分の意見の表し方を体現してるのが沖縄だと思う。辺野古基地県民投票の時、スコーレの子たちがU17(17才以下)の模擬投票したのに自分も参加した。自分で自分にタネを蒔いたな、って。

どこにいても理不尽なことはある。珠洲にかえってきて、この春からはじめた勉強会が、ゴミ問題を考える「なかまして」という会。スーパーに紙袋再利用のコーナーおかしてもらって、これは結構活用されてる。モノを通して人とコミュニケーションできる掲示板もつくった。ほしいもの、あげたい売りたい買いたいものが循環するように。
もう一つは、「珠洲みらい塾」。もっと市民が積極的に政治や社会に参加しませんか。珠洲市議会に傍聴にいったら、なんて行きにくいとこにあるんだ、ってわかった。足の不自由な父には特に。で、バリアフリーの請願書を市議会に。動いて行ったら変わるんだと、無力感なくすことをしていきたいな。

小さな沖縄はどこにもある。珠洲原発反対運動はまだ小さくて知らなかったけど、構造は沖縄と同じと知った。原発も沖縄も、生活か経済かの選択で分断される。市民がまっぷたつになった。目先のお金に動かされず、自立することが大事。「沖縄の問題は、尊厳の問題」だと。日本は、沖縄の尊厳をないがしろにしている。

石川テレビの赤井朱美さんがつくった珠洲原発のドキュメンタリーに出てた人が「春はわかめとか山菜、魚は取れるし。これ以上、電力さんは何が豊かというんだ」って言ってたのをよく覚えてる。いま・かね・じぶんさえよければ、でない生き方。どこでも、自分で考えて、自分で生活していくことが大事、って思う。
(これ聴きながら、笠木透さんの祝島の歌「豊かな青い海」を思い出したよ。♪魚と野菜と いい友だちがおれば ほかに何がいるのだろう 私のこの人生)

(菜の花さんが中学生の時から社会のことに関心持つようになったのは、敏感なのはどうして?と会場から問われて)
家では当たり前のように、食事の時も政治とか社会の話をしてた。学校で話してると、みんなが知らないことがわかる。あ、うちって変わってるんだ、と。自分が敏感かどうかはわからないけど、小学生の時からのいじめは、大きかったかな。人の感情に目がすぐ行くようになった。小学5年の後半から和歌山の寄宿舎のある学校にいったのは、ここにいたらいのちがあぶない、って思うくらい追い詰められてたんだろな。家が、家族だけでなくて、いつも誰かしら来てはお茶のんでた、いろんな人が出入りしてたから、息がしやすかった。いま、どこにも自分の居場所がない人、多いだろうなと思う。

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なのちゃんの話、また聴けてよかった!質問にも、いつも自分に引き寄せて考える。なのちゃんの連載には途中から沖縄テレビさんも同行して、ヘリパッドがおちた牧草地、保育園、海のすぐ近くのおうちも訪ねて、そこの人のお話をじかに聴いてる。地方の新聞と地方のテレビというメディア。そして一冊の本というメディアで、全国の人が読めることになった。さらに、来年には、沖縄のドキュメンタリーに追加取材をくわえたものが、一本の映画になる。ってことは、なのちゃんの15歳から現在までの発見も学びも、全国の人が知ることができるってこと。なのちゃんの体験を通して、沖縄のこと、これまでと違う角度からきっと知ってもらえるな。

最後に中山さんが、なのちゃんの小さい頃から、石川テレビの赤井さんというすばらしいドキュメンタリストが近くにいたことで、テレビというメディアを信頼してくれてた、と言われた。そうか、この一連の流れの中で、それもまた大きなこと、信頼できる大人と出会えていた、ってことだったのだろうな、と。その中にはもちろん、赤井さんのお連れ合いの五十嵐さん(なのちゃんと沖縄を本格的につなげてくれたお二人)、また映画監督の三上ちえさんも。

写真は、みゆきちゃんとはじめてあえて大喜びのなのちゃん、そしてホンソンちゃんと。

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ホンソンちゃんと

菜の花ちゃんの「菜の花の沖縄日記」出版記念会に参加するために、大阪からかけつけた、ホンソンちゃん。会場に行く前に、しばし、紅茶の時間の雰囲気をあじわってもらいました(曜日は違うけど)。

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珠洲の坂本一家から、なぜか、ホンソンちゃん、とよばれてるそうなので、私も、さんづけでなく、ちゃんづけで。
なのちゃんにあったのは彼女が8歳くらいのときですって、12年ぶりの再会!

大阪国際大学で人権を教えている彼女、今、社会でおきているいろんな現実の映像を学生さんたちと共有します。こんな先生だったら、若い人も社会に関心持つようになるよなあ。なのちゃんの映像も授業で学生さんたちに見せてくれています。

毎回の授業の準備で時間がどれだけあっても足りない由。今日の会にも、大学が夏休み中なので、金沢にくることができました。

笑顔がとってもいいよね!ホンソンちゃん。Img_1036

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2019年9月 8日 (日)

11日の草カフェは

4日の紅茶内・草かふぇは、その前日の鶴岡出前紅茶のミニ再現バージョンでした。
それに参加してくれてた奥迫さんが、草かふぇのあとでちょろっとつぶやいたこと。「この間、斎藤貴男さんの講演会に行ってきたけど、とてもいいお話だった。消費税がいかに不合理かってことよくわかった」と。
なら、それ今度の草かふぇ(11日の3:00~4:00)でおすそわけして、って即、頼みました。

自分が聞いてきた話を、自分の中に取り込んで、聞いてない人にわかるように話す。その練習の場に草かふぇはうってつけだよ。インプットしたら、アウトプットするのが大事。斎藤さんの話を聞いてない私は、へえー、そんなお話をされたのか、と知ることができて得するし、話す方は自分の頭が整理されて、理解深まって、それもまた得することだし。

話のプロじゃないから、上手に話せるかどうかはそんなに気にしなくていいと思う。わからないことがあればこっちも気軽に質問できるし、学びあって行く時間になれば何よりの、草かふぇ。

先日の草かふぇのおやつは、関川村コンさんの草もちだったけど、今度11日のおやつは、仙台のまつおさんが送ってくださることになってる、喜久水庵のおいしいお菓子だよ!お楽しみに。

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写真は、文章とは関係ないけど、鶴岡のsuiden terrasse(スイデンテラス)の朝ごはん風景。199_20190908195401

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菊地くんからの報告

鶴岡の出前紅茶のこと、菊地くんが報告をアップしてくれました。FBよんでない方には読めない記事なので、コピーして、紅茶なきもちのブログでもシェアしますね。

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9月3日(火)
スウさんのでまえ紅茶@つるおか
『ほめ言葉のシャワーから平和へ』
(ふりかえり①)

鶴岡に、スウさんが来てくれました!


今年の4月まで石川県に暮らしていた自分に、「紅茶の時間」や「ピースウォーク」「ベテランズ・フォー・ピース」などを通じて
沢山のピース仲間・すてきな先輩たちと出逢うきっかけをくれた、恩人である、スウさん。

ちゃんと関わったのは、わずか半年くらいだったけど、まちがいなく、自分が未来を考えるための視点や気づきを与えてくれた、スウさん。

そんな、スウさんが、仙台に来ると聞いたので…
「隣っす。」
と言って来てもらいました…
(後から、言われて気づいたのですが、片道2時間半かかるとは言ってませんでした💦)

6月の地震があった日に、鶴岡市にもどって、その月に、鶴岡生協の中で活動している「憲法カフェ」におじゃまさせてもらいました。
憲法っぽい感じ皆無で、素性の知れない自分をみなさん、あたたかく迎えて下さり、
スウさんのことを話すと、皆さん、とても前向きに考えてくださって

「ぜひ、来てお話もしてもらおう!」

と動き出した6月。


鶴岡生協で憲法カフェの担当をしている高橋さんと、たった2人の
"きもちことば企画委員会"を発足。笑

チラシづくりも初めて、段取りも不安ではありましたが、(きっと、高橋さんや憲法カフェの皆さんのこれまでの活動のおかげで…)
鶴岡生協さんが、後援をしてくださり

〜〜〜〜〜〜
スウさんのでまえ紅茶@つるおか
『ほめ言葉のシャワーから平和へ』
〜〜〜〜〜〜
という、会を開催することができました。


大切にしたのは、
「憲法」というフレーズを出しすぎないこと。
そして、すぐにSNSでイベント告知をせず、興味を持ってくれそうな方や一緒に話を聴いてほしい方のところへ、なるべく足を運んで、直接はなしを聴いてもらうこと。

一つは、憲法に興味がない人にも参加してもらいたかったのです。
例えば…子育てで忙しいおかあさんとか、今は学校を休んでる途中の学生さんとか。。
“憲法”ってフレーズだけだと、憲法を勉強してない人には、少しプレッシャーになると思ったし、いちばん皆さんとシェアしたかったのは、

“あなたもわたしも大切な存在”

っていうことだったから。

そして、なるべく足を運んで会いに行ってイベントのことを伝えたのは、
スウさんが来てくれた後こそ、本当のスタートだと思うので。。

鶴岡・庄内という、この地域で、いろんな想いをもって活動している方たちがいる。きっとお互いを知って、お互いの大切さを確認し合ったら、これからも鶴岡・庄内で
「ほめ言葉のシャワーから平和へ」につながる活動をみんなの力を合わせて続けていけると思ったのです。


当日は、3ヶ月の赤ちゃんから、学生さん、隣の酒田市や、寒河江、新潟県の関川からも参加して下さいました!(うれしい!!)

実は、この日を迎える前の憲法カフェに、体調不良で参加できず…皆さんにちゃんとお手伝いをお願いできていなかったのにも関わらず…
参加者の案内係、紅茶を淹れる係、受付係…etc
高橋さんはじめ、憲法カフェの皆さんが、バッチリ準備をしてくれていました。

本当に、自分ひとりでは絶対に出来なかったな。とつくづく思うのです。

《つづく》

 

 

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鶴岡お土産話しの草かふぇ

鶴岡からもどった翌日が水曜日。この日は出前旅のお土産話ししようかな、と行く前に書いてたこともあり(忘れてたけど)、草かふぇタイムは、鶴岡の出前の2時間半を、1時間以内で再現、というのにチャレンジしてみました。
 
紅茶のことも憲法のことも、おなじみの人たちなので、話をショートカットしても伝わる。でも、鶴岡に行ったわけと、私のあらたな発見と、すてきな時間の話は、はしょれない。そしてほめ言葉のシャワーのワークで、鶴岡のみなさんが折り紙に書いてくれた、言われてうれしかった言葉を一枚一枚、リレーでよみあげることも。
 
うめの〜!(おいしい!)
おっ母、俺、おっ母の子でよかったよ。
そげ がんばらなくていいあんねが〜〜(何かをしなくっちゃって焦ってた時、夫から)。
お母さんと誰かと比べることはできない、お母さんを嫌いになれない。
生きることを選んでくれて 本当にありがとう。
また、親子になろうね。
40年前、身長140センチの私。「小さいのは体だけでいい、心まで小さくなるな、今のままでいい」といわれたこと。
おじいちゃんの最後の言葉。「よく 来てくれたね」
実家に遊びに行くと、母が「今日はぽっかりもちもろだ〜」とよろこんでくれること。(ぽっかりもち、とは、思いがけなくおいしいものをもらったり、すてきなことがあった時にいう言葉)
86歳の母が、私に「おまえがいてくれて安心だ」と言ってくれた。
20代の時に父に言われたこと「家の中にいる時まで気を使わなくていいよ」
話したくなかったら、話さなくていい。
お父さんとお母さんの子どもでよかった。
「あ〜〜あ〜〜」(障がいのあるお子さんが、お母さんにむかって話しかけた言葉だそうです)
ママ、ばあば、ママのこと好きだって。(離婚して、母にすまないと思っていた時、わが子がいきなり母に電話して、「ママのこと、好き?」って聞いて、その答えがこれだった、とワークのあとで教えてくれました)
ケガをしたのが、お母さんでも妹でもなく俺でよかった。(この言葉は今から10年前、3人でバトミントンをしていた時に妹の振ったラケットがお兄ちゃんに当たった時、当時10歳の息子さんが言った言葉だそう)
言葉が思い浮かばなかった。ペロペロ(と、舌の絵が描かれていて)うちの犬がペロペロしてくれてうれしかった(お話会が終わった後で女の子がそっと折り紙を渡してくれました)
 
全部はご紹介しきれないけど、鶴岡のみなさんが書いた言葉、8人で順に読みあったおかげで、お土産話し草かふぇがとてもいい時間に。私にとってはなによりのふりかえりタイムになったよ。平らに話す練習もまた、12条することの一つ、と確信できたのがうれしかった。
 
199_20190908174401 この日のお菓子は、新潟関川村のコンさん手づくりの草餅。たっくさんヨモギがはいってて、お餅が黒くみえるほど。たっぷりのあんこも甘すぎずとってもおいしい。来た人全員、半分こずつ当たりました。文字通りの、ぽっかり餅もろた〜です。
 
我が家の小さな朝顔、この1週間、毎日咲いてます。199_20190908174501

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鶴岡におとどけのつづき

鶴岡に出前に行く前に、菊地くんからきいてたご注文はーー自己紹介かねて紅茶の時間のこと、ピースウォーク、ほめ言葉のシャワー、私がふだんしてることの話、しあわせまわしのワーク、話を聴くこと、透明なガラスのボウル、対話ー平話ー平和のおはなし、ほめ言葉のシャワーのワーク、けんぽう13条、ふだんの努力の12条のおはなし。これを2時間半枠でする、というもの。
 
わ!もりだくさん、どう組み立てよう、って思った。このキーワードは、4月、菊地くんも参加してた藤沢の出前の時のだ。たしかに全部出てきてた、このワードが印象的だったんだね、でもあの時は3時間枠で、人数も今回の半分。今回これ全部できるかわからないけど、前の晩に話しあった上で最終的に決めればいいんだ、と鶴岡に向かいました。そんで話し合ったら、やっぱりこのワードが鶴岡では全部必要だ、って思えたんです。
 
翌3日、鶴岡生協さんが準備してくれてた会場のやわらかい空気に、まず安心する。菊地くんが最初の挨拶して、また空気がほぐれる。いつも通りだよ、身の丈で話せばいいよ、と自分に言い聞かせる。
 
36年前に紅茶の時間をはじめたわけ。はやってた子育て井戸端時代から、はやらない紅茶の時間へ。そんな紅茶にやって来た、目の前の一人ひとりをどうしたら大切にできるだろうと考えて、私のしたこと、してること。その人にお茶をいれること、まっすぐな耳で聴くこと(透明なガラスのボウルに水をはったみたいなきもちで、その人の言葉をうけとめる)、いいとこ見つけたら言葉にして伝えること。doの価値観でひとを測らない、beのいいとこみつけを心がけた。だって誰もが、身の丈に認めてもらいたい、って願って生きているのだから。
 
自分が言われてうれしかった言葉を書いてもらうワークショップを全国でして、その言葉たちを集めて母娘の協働作業でつくった冊子「ほめ言葉のシャワー」。その冊子の最後に、「あなたの存在はほかのだれともとりかえがききません」というコラムを書いたのは当時、ひきこもりをしてた娘だったこと。
 
各地での、言われてうれしかった言葉を紹介した後で、「では、あなたが言われてうれしかった言葉はなんですか? 思い出して、折り紙にかいてみてください」とお願いして、ほめ言葉のシャワーのワーク。全員分のは読めそうもないけど、先に書けた人のを集めて読み上げる、贈りものの言葉のリレーをしました。(その時間がとってもあったかくて、うれしくて。そのこと、また別に書きますね)
 
ワークを体験した後で、クッキングハウスから「ほめ言葉のシャワーから平和へ」という出前注文をもらった娘が、その注文のおかげで、13条を発見していった話。
戦争中は、国や公が何より大事で、個人、はなかった。一人ひとりのいのちは、国にとってつごうのいい、とりかえのきく部品みたい。だけども13条に、あなたは個の人として尊重される、と書いてあった。それは、あなたがほかの誰ともとりかえがきかない存在、ってことだし、ほめシャワの最後のコラムにぴたりと重なることだった。
 
でもね、いくら憲法にそう書いてあったって、私たちの自由も権利も、私たちのふだんの努力で“12条する”ことなしには叶わない。
憲法を知ることも、こんな場を菊地くんと生協さんがつくってくれたことも、この場に参加することも、みんな、一つ一つささやかな、あなたのする12条だ。
 
初めて知った憲法のこと、知らない人に伝えることだって12条することだよ。その時はどうぞ平らに話してね、上から目線でなく、えらそうにでなく。
戦争と暴力の反対語は対話、だそうです。だとしたら、平らに話すことは、対話を練習すること。対話ー平話ー平和は、つながっていると思うから、今からちょこっと、平らに話す・聴く、の練習をしてみよう。
 
最近起きた、ちっちゃなうれしいことを、二人一組のお相手に、ほんの短い時間話してみて。お相手は、そのちっちゃなうれしい、を、まっすぐに聴くよ。話してる人が、ああ、今、自分の存在が大事にされてるな、ってきもちになれるよう、ていねいに聴くよ。
たとえば最近の私の、ちっちゃなうれしい、は、仙台に来る時に生まれて初めてキスした新幹線を観れたことだよ(北陸新幹線は連結してないから、こんな図は見れない!ちなみに、これは帰りの大宮駅でとった証拠写真)。
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これはしあわせまわし、っていうワーク。自分のきもちを言葉にする練習であると同時に、ふだんから民主主義する練習でもある、って、ワークしながら思った。
 
金沢では毎春、平和を願う個々人が集まって街を歩く、ピースウォーク金沢っていうことを19年間してる。これも、仲間たちとの12条する、の一つ。今年のウォークの開会宣言は菊地くんがしてくれた。彼が卒業した北海道士幌の中学校の、生徒たちがつくったすばらしい生徒憲章を諳んじてくれたんだよ。はじめの「自主の章」なんて、13条そのもの! 13条が出たついでに、13条のうたも、歌っちゃおう。
 
締めの挨拶は菊地くんが、ちらしに書いた彼の言葉を読みあげてくれた。198_20190908164801
そうすることであらためてこの日の目的を思い出させてもらえて、とてもよかった。次週は、鶴岡生協さんでこの日のふりかえりの会、「ほめ言葉のシャワーから平和を、ふりかえってみっ会」というとくべつ憲法カフェします、の告知もして、時間ぴったりに終了しました!
 
写真はしあわせまわしのタイムキーパーしてる菊地くん。199_20190908164901
関川村からきてくれたコンさんとおともだち、大学の後輩で塾をしてるよしこさんの変顔で記念撮影。199_20190908165001
鶴岡生協の憲法カフェのみなさんと。199_20190908165002

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2019年9月 7日 (土)

鶴岡にお届け

9月3日の鶴岡でのおはなし会のことまとめたい、って思いながら今になりました。
そもそもが、私9月に仙台に行くよ、って鶴岡の菊地くんに言ったら、「隣っす!」っていうので、じゃ会いにいこっかな、そうつぶやいたのが今回の発端。「隣り」の範囲が高速バスで2時間半、とは知らずに。だけどそのおかげで、庄内鶴岡に行けてほんとにほんとによかった!
 
鶴岡生協さん内で月いちで憲法カフェを続けてきた人たちが、私のけんぽうぶっくを読み合っていることを発見した菊地くんが、その憲法カフェに足を運び、僕、スウさん知ってます、9月に仙台まで来ます、と告げて、そこから協同でこのおはなし会を準備してくれていたのでした。
憲法カフェの人たちは以前から、映画「不思議なクニの憲法」での、私の「12条する」発言に心をとめ、その後、けんぽうぶっくを取りよせ、いつかこの人呼びたいね、でも、遠いよねえ、、と言い合っていたのだとか。
 
それにしても、6月に鶴岡に帰ったばかりの菊地くんが、生協に出かけていって、生協の人たちとの企画をすすめていったのだから、あいかわらず彼の、ひととひとをつなげて行く力はすごい。
 
鶴岡生協さんのお店の2階にある、生協の広い和室に集まってくれた50人ほどの方たちは、生協の憲法カフェの人たちや組合員さんはじめ、菊地くんのダンスつながり、友だちつながり、さらにそのまた知り合いつながり、私つながり、ちらしを見てきてくれた人たち、私の友人で新潟関川村から来てくれたコンさんとそのおともだち、と年齢層幅広く、文字通り多様な方々でした。
 
生協さんだけでは、僕だけでは、とてもこんなふうにできなかった、という菊地くん。「ほめ言葉のシャワーから平和へ」のおはなし会を、協働で、ともばたらきで、助け合いながらつくって行けたことがほんとにすばらしいや。おたがいにありがとうが行ったり来たり。この関係性がつくれているから、またこれからも繋がっていける。
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すでに田おこしの行われていた田んぼに、この日またぐいとあらたに畝をおこし、土を耕した感のあるおはなし会を一緒につくれて、私もしあわせでした。その具体的な中身は、また追って。
 
すてきな看板。ようそこ、のままで十分すてき!199_20190907104501

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2019年9月 5日 (木)

鶴岡にお届け

鶴岡生協さんの会場で、残ってくれた人たちと、記念撮影。今回の仕掛け人の菊地くんも生協さんの協力なしにはできなかった、と。本当に互いの力をもちよっての協働から生まれた至福の時間。

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鶴岡生協でけんぽうかふぇを続けて来た人たち、菊地くんのダンスつながりのひとたち、私の後輩で、酒田で塾してるよしこさんつながりの人たち、もちろん生協の組合員さんたち、そして新潟関川村からコンさんたち。鶴岡が故郷で今は豊田に住んでる大江さんつながりの人たち。。。

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3日の夜に我が家に戻り、翌朝9時半まで爆睡しました。
きのうの紅茶は東北の旅のお土産話満載。

またゆっくり、報告しますね。

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庄内の鶴岡で夕ご飯

2日の夕方、仙台から高速バスに乗って2時間半、鶴岡へ。
出迎えてくれたのは、菊地くんと、私の大学の後輩にあたるよしこさん。
よしこさんは酒田で、めっちゃ楽しくて不思議でユニークな塾をしてる。
こんな後輩がいて、誇らしいぜ!

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それから庄内のおいしい野菜をたっぷりたべさせてくれる菜あさん、という農家民宿でゆうごはん。
お仕事終えて駆けつけてくれた看護師の川俣さんこそ、金沢の21美でほめシャワを見つけて、当時は沖縄にいた菊地くんにプレゼントしてくれた、そのひと。

庄内にはこんなおもしろい三強がいるのかー!
山形は仙台の隣っす、という菊地くんの言葉をそのまま信じて、庄内まで来れてほんとによかったよー。

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