もうすっかりわが家のシンボルツリーになった栴檀の大きな木。一週間ほど前から、その先っぽが淡いピンク色にかすんで見える。
夢の雲、と私が名づけた、ほんの10日あまりの栴檀の花の季節が、今年もやってきたんだ。
これからも毎年咲くはずのこの”花のとき”が、来年からはこれまでと違う、とくべつなとき、になるのだろうな。16年と9ヶ月のあいだ、私たちと一緒に暮らしたマーガリンが、ちょうどこの花の咲きだした日の朝、旅立っていったから。
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何があっても必ず来るから、ぜったい知らせてよ、と娘に言われていた。マガの写真を携帯で撮って毎日送って、という注文もあった。
撮り出して3日目のマガの写真をみて、その翌日、紅茶の日の夕方に、急きょ駆けつけた娘。映像が言葉をこえて、マガの今を伝えていたんだ。
1・5キロの、ちっちゃな細いからだ。マガはもう自分のからだを支えれなくなっていた。夜のあいだずっと、二人でマガに添い寝。規則正しく上下するおなかを目で確かめながら、マガの手をなで、にぎりしめていた。
うっすらあたりが白んできたころ、おなかの上下が浅くなったのに、二人同時に気づいて、その瞬間に、マガの片方の足がつっと伸びた。あ、翔のときと同じだ、もうお迎えがくるんだ。
娘がマガを抱っこした。二度、三度と手足を伸ばして、そのあと、本当に幸いなことに、静かに、おだやかに、苦しまずに、娘の腕のなかで、マガはもう息をしなくなった。
いつもは離れて暮らす娘が、マガのその瞬間に間にあって看取ることができたなんて、今思っても奇跡に近いことだ。私がうとうとしてた間に、娘はマガにずっと話しかけていて、一人と一匹の、それはとくべつな、なかよし時間を持つことができたそうだ。
桜と白樺の木のあいだにある翔のお墓、その隣、白樺と胡桃の木のあいだにマガは眠っている。
2009年5月28日早朝。
マーガリン、よくここまで生きてきたね、長いこと私たちの大切な家族でいてくれてうれしかったよ。本当にありがとうね。
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本名、中西マーガリン。母猫ブルーベリーが産んだ4匹のなかでただ一匹、曲がったしっぽを持っていたから、曲がりん。
小さいときから私や娘にどれだけおもちゃにされても、マガはおこらなかった。本当によく、私たちのほうが遊んでもらってた。
若いころはまん丸なからだで、おなかのたるみが床につきそうだったマガ。2年ほど前から急にやせてきて、甲状腺の病気とわかり、心臓はいつもフルマラソンの状態、食べても食べてもおなかがすき、以来、夜中でも朝でも、目が覚めるたび、何度も何度も私を起こしにきてた。
しつこく泣いても私の目がさめないときは、右手の肉球を私のまぶたの上にのっけたまま、起きて、起きて、ごはんほしい~、起きろ~、と泣き続けた。それでも私が起きないと、肉球のあいだからそぉっと爪を伸ばした。けど伸ばすだけで、ただの一度だって、その爪でひっかきはしなかったマガ。
おととしの11月に犬の翔が逝ってから、マガはめだって甘えんぼうになった。早くに妹猫のバター、それから母猫のブルーベリーを亡くし、そして翔を見送ったあとは、ただ一匹の動物家族になってしまった。
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ひと月ほど前から、マガはだいぶ弱ってきてた。ご飯を食べたり食べなかったり。
今のうちに逢っといたほうがいいね、と娘が様子を見にきたのが5月10日ごろ。そのときはびっくりするぐらいの食欲で、今ふりかえれば、よくぞあれだけの元気な姿を、私たちにさいごにみせてくれたものだと思う。
マガとすごしたこの歳月、とりわけ翔が亡くなってからの一年半、あの個性的なだみ声で自己主張する姿と、まんまるの目と、やわらかい毛と、とびきりの存在感ーー。年をとってちいさくなったマガから、私はどれだけ安らぎとしあわせをもらっていたことだろう。
マガが生きてたしるしは今も、この家のそこいらじゅうにある。
床のあちらこちらに残っているいくつものふしぎな地図は、老いてからの翔やマガが調子悪いときに吐いたあとだ。ベランダの柱にはさんざん爪とぎをした跡がある。どれもこれも、大切なしるし。たくさんあってよかった。
動物にとって、死ぬことは悲しくないんだよ、自然なことなんだよ、と娘が何度も私に言った。そうだよね、悲しむのは人間たち。
空の野原で、もうマガは翔と再会してるだろう。また前みたいな犬猫姉妹にもどって、じゃれあってる二匹を想像しただけで、悲しみではないなみだがあふれてきて、私の胸は、どなたかへの感謝のきもちで、いっぱいになった・・・。
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