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2006年9月27日 (水)

銀座 月光荘

沖縄の平良さんが、1時に釈放されたとのことです。駆けつけた近しい仲間たち、全国からの応援や抗議のFAXや電話が、どどどど~~~~と、那覇の検察庁に押し寄せたことも、きっと力になったのだと思います。行動起こしてくださったかた、ありがとう&うれしいね。

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今日の紅茶の最中に、いま東京にいる娘からめずらしく電話がかかってきました。「行ってきたよ~、月光荘!」と、第一声。

月光荘、は私が高校1年生のときからよく通った、銀座の画材やさんです。月光荘のおじちゃん、と呼ぶそこのおやじさんに、わたしはほんとにほんとによくかわいがってもらった。ふりかえれば、私の思春期で一番あぶなっかしかったあの年代、当時すでに70歳ぐらいだったおじちゃんに、私は丸ごと受け入れてもらえてたのだなあ、あのお店は、あのころの私にとっての、たしかな居場所だったのだなあ。

ごくごく若い時期に、おとなに出逢い、ひととして認めてもらえること、それがその子のなかに、どれだけ自信と誇りを育ててくれるか、あのころはまだわからなかった。今、紅茶をしてて、若い人たちに逢う時、彼らの話を聴くとき、そのことの意味を痛いほど思う。おじちゃんは、すっごいことを私にしてくれてたんだ、、。おじちゃんのこと大好きで、何回も本の中で書かせてもらったけど、そしておじちゃんはそれをとてもよろこんでたけど、でも20数年前に書いてたときは、出逢ったことの深い意味までは、きっとわかってなかったなあ。

おじちゃんがなくなった後、月光荘の場所はかわっても、おじちゃんの娘さんがやはり銀座で、お店を継いで開いています。その娘さんと、娘は今日、初めて出逢うことができたのです。(私はまだお逢いしたことないの)娘さんは、もうもう!!とってもびっくり、よろこんで、私にもいつかきっときっと逢いたい、と娘に。

70歳のおじちゃんと、15歳の私。その娘同士が、何十年もの時をこえて、はじめて出逢った、今日という日。生きてる、ってうれしい、すごいことだなあ。

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今日の紅茶、はじめて見えたひとが何人か、みんな違ってて、でもどこかに共通点があって、話しながら点と点がふっと線になる瞬間。それもまた、私には、生きてるってうれしい、と思える瞬間です。moment がつらなると、時間になるんだ。そういう当たり前のことが、とても貴重に思える、ふつう紅茶でした。

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