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2007年7月27日 (金)

エネルギーもんだい

元気がどうにも出なくて、手持ちのエネルギーもとても低下してるとき、

ひとはそのエネルギー消費を極力抑えるために、感じる心を鈍くさせる。

心に、感じないことを命じる。

泣いたり、笑ったり、外に出かけてひとと会ったり、が困難になる。

頭の回転もスローモーション、声もちいさく、または出なくなる。
話すことも、きもちじゃなくて、外側の、どうでもいいような情報のみ。

表情が消える。まわりが怖いから、じぶんも怖い顔になる。
そうすることで必死に、自分を守っている。

そうやって休んでれば、エネルギーがたまって元気になってくる?

それが、なかなか。

実はその貴重なエネルギーは、

不安や恐怖をとりこみ、そこで醸造される想像力で、おそろしい未来のストーリーを勝手に創りあげること、
じぶんを責め続けること、などでどんどん浪費されてしまい、

はた目にはなにもしていないにもかかわらず、
ぐったり、へとへとにつかれてしまう。

誰かがこういう状態のとき、まわりの人には何ができるのだろう。
きっとすごくむずかしいけど、ひとつには、

そんなわけわからん状態のそのひとを、そのまま、こわいならこわいんだ、不安なら不安なんだ、と、まるごと受けいれる、受けとめる、ってことなんだろうなあ。

それも、ああ、このどうしようもないじぶんという人間が、いま確かにこのひとには、この場では、受けいれてもらえているのだ、と、そのひと本人が実感できる誠実さでもって、受けいれられてるということ。

クッキングハウスのテーマソングの歌詞が、

♪不思議なレストラン、心の居場所。ここに、いても、いいのですね、

で終わることは、その意味でも、だからとってもシンボリカル。

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