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2007年7月23日 (月)

鍵のかかった話

そのお話、私が聴かせていただいて、ほんとによかったのだろうかーーそんな、畏れやとまどいにも似たきもちになるたぐいのお話を、ごくごく少人数の紅茶や、二人紅茶の時間でお聴きする機会が、少なからずある。

こちらから言葉を迎えにいかないで、でもそのかたが話された、ということは、おそらくそのかた自身、話したかったのだ。話すことで、放したかったのだ。

と、思いなおして、そのお話をこころの引き出しに納めて、鍵をかける。

それが割りと私のふつう。なので、そんな鍵つきのお話が、けっこう貯まっている。引き出しの奥に。

              * 

ひさしぶりの誰かにばったりあった時、その誰かさんが、そこにいない私の知り合いの、わたし的には「鍵つき」に思えるお話まで聞かせてくれちゃったりすると、私はうろたえる。

たぶんあのひとは、そこまでは私に知られたくなかったろうなあ、と秘密をのぞき見したようなうしろめたさで、からだが固くなる。

              *  

ある時、たくさんのひとのプライバシーがつぎつぎあかされる場にいあわせた。正直、きもちが悪くなった。なのにそこから逃げ出せなかった。ききたくないです、とも言えないじぶんにとても自己嫌悪した。からだがきゅうっと固くなった。

たぶん、ほかのひとには別になんてことない、ひと様の家庭の話、よそごと、他人事。それがちくちくささって、私が過剰に反応しまうのは、じぶんのなかに「鍵つき」の話をいっぱいしまってるせいだ、とあらためてわかりました。

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