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2007年8月27日 (月)

「はだしの校長先生」のおしらせ

子どもも親も先生も楽しくなる
そんな取り組みをしている学校を取材しました。

と、地元の放送局で、こつこつといい番組をつくっている友人からおしらせ。

      ++++++

「楽しい学校とは、何だろうか。。」
「教師が楽しめない学校が、
子どもが楽しいだろうか。」
それが、テーマです。

子どもも親も先生も地域の人も
みんなで繋がって生きることを楽しもう!
子ども達を豊かに育んで行こう!
そんな願いを込めて作りました!




石川では、北陸放送で今日、8月27日(月)10:50~11:20
いきいき夢キラリ! 
「はだしの校長先生~本物を伝える~」



本編放送に先駆けて、
15秒PRの配信が始まる!
http://www.tv-asahi.co.jp/yumekira/

テレビ朝日を始め、各局の放送日です。
よろしくお願い申し上げます。


民間放送教育協会ホームページ
http://www.minkyo.or.jp/01/2007/06/0153153_1.html 

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2007年8月24日 (金)

おでんトマト

25年近くぶりで香林坊のおでんやさんに行った。

おでんつゆのなかに、ぽこりんと浮かんでいる赤いまん丸。

      !?! 

トマトでした。熱々なのを、箸でつきくずしながら、ふうふう食べる。

お皿のおつゆもトマト味になる。夏限定版のおでん種。

早速うちでも。完熟トマトの、へたのまわりだけくりぬいて、皮つきのまま、薄味のたっぷりのだしつゆのなかでことこと煮る。

いたってシンプル、どこかユーモラスな、真夏の一品。

ただしプチトマトは向かないようだ。何度か試したおでんやのご主人。

皮が固い。味がしみない。「ただ熱いだけ」と。

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30年前にもはってあったおでんやさんの張り紙、3種。

春夏冬二升五合 三参3ありがとう 一斗二升五合

あきないますますはんじょう

みなさん ありがとう

ごしょうばいますますはんじょう

と読むそうだ。

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2007年8月23日 (木)

握指(あくし)

朝方の3時とか4時とかに、たいてい起こされる。

耳もとで、マガリンの、ごはん~~ごはん~~ごはん~~の催促コール。

こっちも眠くて、おつきあいは一回だけ。あとは、抱っこして、マガののどとおでこをなでる。

きもちよくて、うっとりして、ごはんのことを忘れて、ごろごろごろ、、、のBGMで、マガも眠りそうになる。

親指と人差し指でマガの肉球をぷにゅ、とはさむと、決して痛くはしないちから加減で、くいっ、と爪をたてて返事する。

おもしろくて、もう一度、ぷにゅ。くいっ。

ぷにゅ。くいっ。Photo_4

ぷにゅ。くいっ。

マガと握指しながら、いつのまにか私も眠ってた。

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2007年8月21日 (火)

ネギのスープ

共同購入でネギをたのんだら、ぶっとい見事なネギが届いた。薬味用の細ネギを頼んだつもりだったんだけど。

そのまま冷蔵庫に冷遇されてたネギが、よみがえる日が来た。ネギのスープの作り方を教わったのだ。

見事なネギの丸一本、白いところと緑のところもちょっこっと、ぶつぶつに切って、オリーブオイルでいためて、ちょっと塩して、水をそそいで、煮こんで、あら熱をさましてから、ミキサーにかける。冷蔵庫でひやす。

ガラスの器によそう前にもういちどかき回して。うす緑がかったクリーム色の、冷たいネギのスープ。トッピングに紫蘇の葉をきざんでちらして。

とてもネギと思えない、ほんのり甘くて、クリーミーな、でもやっぱりネギの風味が生きてる、とても新しい味!

今回は水でつくったけど、ネギスープの素だけつくっておいて、あとから豆乳や牛乳をたしても、また違った味になりそうだ。

教えてくれたのは、先週の紅茶に来てくれたおうちカフェの風さん、でした。

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2007年8月19日 (日)

23年目のおはなし会

ぶどう園のとなりの、細川律子さんちでの午後のおはなし会は、来た人の一話持ちよりで、その場でおはなし会のプログラムが決められる。手あそびや、すばなしや。

律子さんは毎年、この日のおひるに大なべいっぱいのすいとんを出し、おはなし会では平和の絵本か紙芝居を読む。今日は、ベン・シャーンの描いた第5福竜丸乗組員たちの絵を物語にした「ここが家だ」を。

私も毎年、戦争のお話を読む。あの日、9歳の女の子だったさかもととしえさんが見た戦争の本当、「あした また遊ぼうね」から、「ミシンの縫い目」。

戦闘機から、ネコの背中めがけて打ち込まれた機関銃の弾の「ツツツツ」が、その後、何年もたって学校ではじめてミシンをかけた瞬間に、あっ、と重なって、もうそこで手が止まってしまった、、というお話。

          *****

律子さんのあたらしいご本、「風と光の散歩道」が出ました。賢治のお話や詩に登場する、草や木や花たちをめぐるエッセイ集。

日ごろから、ひとつの草とも、一輪の花とも、きもちを通わせあってる律子さんが、賢治の作品のなかの草木や花たちと交流し、日々の暮らしと物語のあいだを行き来する。ただ一本のなにげない草が、ひとを賢治の世界に連れて行ってくれることが、ほんとうにある。

本のなかの「やまぶどう」には、お隣のぶどう園やぶどう狩りおはなし会のことも。

一話ごとのやさしいさし絵も、律子さんの作。カラーなのがいっそう良い。

紅茶本やにあります。1800円。

       ******

律子さんの、ことしの「賢治を読む時間」@紅茶は、

11月14日(水) 14:00~ 紅茶の時間にて。

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木の名前

藤稔  高雄  赤嶺  紅瑞宝  安芸クイーン

ふじみのり たかお せきれい べにずいほう あきくいーん

みんな、木の名前。

Photo_3 ←これは、赤嶺。

毎年ぶどう狩りでお世話になるぶどう園で、今日知ったぶどうの木の名前。

一本の木が横に、横に、長い腕を伸ばして実をつける。春にはもっと高いところにあった枝々が、ぶどうの房の重みで、今はこんなに低くたわんでいる。

この園で一番の高齢だったネオマスカットの木は、ことし、その役目を終えて伐られたそうだ。年齢をきくと、ちょうど60歳。戦後の2年目からはたらきはじめたんだ、この場所で。

ことしは23年目のぶどう狩り。ということは、私は20年以上も毎年、その木の実を味わってきたことになるんだなあ。

この園での今の一番の年長者は、40歳の紅瑞宝。 ことしも食べられた、ありがとう。

           

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2007年8月13日 (月)

コトノハ在中

というタイトルの、てのひらブック在中の手紙が、娘から届いた。

 

詩ともエッセイともいえないような、言の葉たちをあつめた、

002_3         ちょうど手のひらサイズの手づくり本。

  彼女の日々の時間のなかから生まれては消え、消えては  生まれてくる感情のきれはし、その幾つかが、コトノハというかたちになった。

なんともぶきっちょな生き方してる彼女の、誠実なつぶやき。

「コトノハ在中」、一部200円。 紅茶本やにおいています。

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2007年8月12日 (日)

いろんな時間

お盆の日にも、水曜日の紅茶はあいている。

この暑いのに、京都から、おうちカフェ風さんが来てくれる。

この前逢ったのはもう去年の春だったね、京都で。

     *****

このごろ、ゆっくりと、ときがもどってくるような感覚を味わっている。

時間には、激しい時間、おだやかな時間、熱い時間、白い時間、

苦い時間、やさしい時間、こわばる時間、寒い時間、恐怖の時間、

いとしい時間、静かの時間、夢みたいな時間、おいしい時間、、、

なんていろいろあるんだろうって実感してる。

過ぎた時間を想いだすゆとりもやっとでてきた。

    ********

お知らせひとつ、紅茶ぶどう狩り、今年も。

 8月19日 今年は日曜日 高松の細川さんち 10時~

午後はいつものように、もちよりおはなし会。

場所がわからないかたは、9時半ころまでにうちへどうぞ、ご一緒に。

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2007年8月11日 (土)

日本のこれから

「考えてみませんか 憲法9条 日本のこれから」が8月15日、NHKで。
番組つくりに当たって、アンケートを求めている。
10の問に、私なりの一なる声を送りました。
      *****
                 *****
憲法はそもそも、権力をしばる道具。
そして憲法に今の9条があるから、私たちは、戦争に反対です、と声をあげられる。
声をあげる自由が保証されている。
    ***
でも、おととし、自民党が出した「新憲法草案」のなかの9条を読めば、
せんそうほうき、の文字が、あんぜんほしょう、に変えられ、
自衛隊は、自衛軍に変えられ、
その自衛軍は日本の外に出てゆくだけでなく、
国内の治安を守るためにも活動する、と書いてある。
    ***
「国民には国を守る責務がある」、
と書かれた新憲法草案の前文とセットで考えれば、
戦争に反対することそのものが、憲法違反になってしまいうる。
そのことの危うさ、怖さ。
それが、政府を、でなく、国民をしばるものとしての、
新しい憲法草案の本質。
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                     *****
先日、高橋哲哉さんの講演会「自衛軍・靖国・愛国心」で知ったこと。
前防衛省の大臣が、かつてこんなことを言っていたと。

   ***

「国家の安全のために個人のいのちを投げ出せなどとはいわない。
が、90人の国民を救うために10人の犠牲はやむをえないとの判断はあり得る」。

日本全体で言えば、1200万人の犠牲も「しょうがない」のだろうか。
そういう考えがもともとあったから、
原爆もしょうがない、とおもわず言ってしまったのか。
     ****
硫黄島で玉砕を命じられた兵隊たち、
沖縄で軍から自決を迫られたひとたち
生き残ってはならないと教育された国民。
軍隊はわたしたち国民を守るものでなく、
国・国体を守るものとして存在すること。
そのこと、しっかり肝に銘じておきたい。

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2007年8月 8日 (水)

等身大の僕の、今

紅茶の時間に、何年ぶりかで宮川くんがやってきた。4年前の夏からこの5月ころまで、隣の県にある、子どもの権利支援センター「ほっとスマイル」のセンター長をしてた彼。

はじめて彼が来たのは、14年前。そのころは自転車で毎週のように。

こじんまりしたとくべつ紅茶で、「不登校だった僕から」を語ってもらった。

その後、「不登校の真実」という映画のつくり手の一人になったり、大学の非常勤講師をしたり。

彼が管理人をしてるネット相談の掲示板は、安心して書き込みのできる、まれなピアサポートの場に。

かつての自分と似たようなことで困ってるひとがいたら、何か自分にできることはないか、と考える。でも自分ひとりじゃとても無理、だからどうか力を貸してください、って謙虚にお願いする。表方、より裏方、の彼の生きかたスタイル。

そんな彼がいま、自分のために使える自由時間ができたのも、きっと誰かのおはからいでしょう。

彼の話をゆっくり聞きたくなって。とくべつ紅茶に10年ぶりで再登場。

9月22日(土)14:00~ 宮川正文くんが語る、「等身大の僕の、今」。

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2007年8月 6日 (月)

あの10年

偶然まわしたテレビのチャンネルで、「真珠湾への道」をしていた。

1931年から1941年までの10年間を、2人の若い旅人を案内人に、たどってゆく。

若者のひとりは、日系5世の映像作家のジェームス、彼のおじいさんは戦争に反対した日系人。もうひとりは、近衛文麿が曽祖父にあたるヒロ。

「中学校の『歴史』は、戦争が始まる前で終わり、高校に行くとまた最初から習いなおして、戦争が始まる前で終わる。そのわけを僕は、(この学校に)僕がいるからなんだろうかと思っていた」と、ヒロさん。

ヒロさんの家族をめぐる状況ーー曽祖父は東京裁判の前に自決。祖父はシベリアに抑留されたまま、戦後11年目に病死しているーーーが、それを不思議と感じさせたのか。

多くの若者は、それを不思議とも思わずにすごして、「しりませ~ん」「習ってませ~ん」ですましてしまうのか。

知らないのは、戦争への道だけではない、8月6日は何の日?と、街で100人の若者に聞いたら、100人がわからなかったという。

今でなければ、と日系3世の監督が、インタビューだけでつないだ、貴重な歴史の証言、『ヒロシマナガサキ』。 8月6日に、アメリカ全土でテレビ放映とのこと。
http://www.zaziefilms.com/hiroshimanagasaki/

この映画、今、香林坊のシネモンドで上映中。

8/4(土)~8/10(金)11:50より上映
8/11(土)~8/17(金)17:05より上映

ヒロシマ、といえば今週の金・土に、「はだしのゲン」が初のテレビドラマでありますね。

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2007年8月 2日 (木)

あの日の夕日

今、夕日が、あの日の空みたいになってます!

と加賀の友人から電話。あわてて縁側に飛びだす。

ほんとだ、西の空が、ピンク色と夕暮れの空色との縞になってる。「あの日」みたいに。加賀の空と津幡の空は、この日、ピンクの縞でつながってたんだ。

Wow ←2ヶ月前に彼女と一緒のとき、金沢で見た「あの日」の空。

この空を見た「あの日」は、娘がまだ幼いころに見た、遠い「あの日」の夕日、を想いだした。部屋中、オレンジ色の夕日にそまり、私たち母子の顔までオレンジ色になった、あの日の夕日。

ひとつひとつの夕日はもちろん違うのに、「あの日」を共有した同士には、年月がたっても、あの日の夕日、でコトバが通じる。娘も、あの日の夕日を憶えていた。

あの日の虹、あの日の月、あの日の空、あの日の海、あの日の雪。あの日の風景、できごと、時間を、ともにする、共有する。

そんな「あの日」の共有貯金は、私の生を豊かにしてくれる。とはいえ、何かをともにしても、片方が忘れてしまうこと、きっとこれから多くなるんだ。相手が憶えていても、私が「あの日」を忘れちゃうこともあるんだ。

でもね、共有したものがほんとにほんとに大事なものだったとき、誰かとともにした「あの日」の事実は、残る。記憶の表面で忘れても、記憶の底の底に、きっと残ってる。

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