« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月24日 (月)

ぶきようでも

宮川くんをかこんで、その日集まった20人が耳を傾けた。
これまでの自分をふりかえり、見つめなおす作業は、
彼自身が思ってた以上に、苦しい作業だったのだろう。
だけど苦しんだ分、聴くひとにはたしかなものが伝わった。
       *****
きれいごとで語ってないな、
そりゃしんどかったろうな、何度も逃げだしかったろうな、
よく弱さをさらしてくれたな、正直な君。
         *
ひとりの若者が心をひらいて話す、
だから聴いてる人たちも、心をしぜんとほどいてゆく、
自分のどこかと重ね合わせながら聴く。
         *
ぶきような生き方、要領よく生きられないこと、
それって、悪いことではなかったんだ、
って言ったひと。
そう思わせた、彼の生き方。彼の成長。
           *****
ひさしぶりにひらいた、とくべつ紅茶。
そこに身をおいていて、
わたしはものすごくしあわせな気持ちでいっぱいになった。
         *
「皆さんが真剣に、また責めず温かく、
聴いてくださった、合いの手を入れてくれたーー
傷が、ふさがって行くような気がしました。」
「いつもそちらで話をさせてもらう時は、原点に戻るような」
と、次の日に届いたメールを読んで、なおそう思った。
         *
彼が感じた空気は、語り手と聴き手の双方がつくりだすもの。
聴きながら、語り手のきもちと交流する時間。
         
それは紅茶のたからものだ。
あらためて、
わたしはなんとたくさんのものを紅茶からもらっていることか実感して、
しみじみ、感謝がこみあげてきた。

|

2007年9月22日 (土)

レッテル

不登校の成功者、とか、エリート、とか、見られてしまうことが多いらしい。

世間が貼りたがるそんなレッテルは、きっとしんどいだろな、彼には。

ここ最近、宮川くんとのやりとりをとおして何よりも感じるのは、ここに一人の、深く悩み、葛藤をくりかえし、苦しみながら、こんなにも必死に生きてる若者がいる、ということ。

紅茶でうまく語ろうとしなくていいよ。そのまんまでいいよ。

レッテルがはがれても別にどうもないよ。

私も、レッテルみたいなもん、はがしてからずいぶん楽になったから。

そういうものがあろうとなかろうと、私が私なように、君も君だよ。

|

another 風san

畳の上に、20数枚のやさしい写真がひろげられていた。一枚一枚に、ほんのみじかい言葉が添えられていて。

どれもほんとになにげない風景、なにげないひと言なんだけど、写真と言葉がひとつになって、胸にあったかくしみてくる。なんてやさしい世界だろ。

その日集まったひとたちに、この中から今の自分のきもちに寄り添う一枚を選んで、なぜその一枚なのか話してみて、と頼みました。ある日のワークショップの、それがウォーミングアップ。

          *****

それらは、富山医薬大病院に入院していたYちゃんの病室に、毎日のようにメール便で一枚ずつ届けられていたという、マスノマサヒロさんの写真と言葉。

Yちゃんの部屋は、だからまるでギャラリーのようになった。お母さんも、訪ねてくるひとも、病院のひとも、マスノさんの写真と言葉からどんなにいっぱい愛をもらったろう。

その写真たちが、9月21日から10月6日までの期間限定で、その病院にかざられる。Yちゃんのお母さんが病院にはたらきかけ、仲間たちも応援して、医薬大、こと富山大学医学部の院内で、ミニギャラリーが生まれることになったのだ。私もきっと見にいこう、と思ってる。

マスノさんのHPは、kazesan。光と風を感じる写真たち。だいすきです。

  →   http://plaza.rakuten.co.jp/kazesans/3000

                *****

12月1日の午後、とくべつ紅茶でも、マスノさんの写真と言葉とおはなしとの一日ギャラリーを。

|

2007年9月14日 (金)

another 風のこと

私の住んでいる町にこの春、ひとつの風が生まれた。

ボートピア、というギャンブル場の建設をなんとかとめたい、っていうひとたちの想いが集まって、「風」になった。

ボの計画を知って、ちょうど一年になる。とてつもなく長い時間だったようでもあるし、逆にあまりにいろいろありすぎて、ふりかえる今となっては短かかったようにも思えてくる。

「風」のそもそもは、「津幡町の子どもたちの育つ環境を考える100人委員会」。それが「500人委員会」になり、やがて「700人委員会」になった去年の秋。

町の議会をボウチョウするのもはじめて、セイガンを出すのも、書くのも、はじめて。ショメイをもらいに歩きまわった暮れとお正月もはじめて、という冬。

                            *****

町の半分以上のおとなたちが、ボ計画に反対の署名をした。いっしょに動いたどのひとも、こんなカツドウはじめてのひとばかり。

はじめてづくしを通して、それまでとは違う町が見えてきた。不等式で書くと、比べるまでもなく、がっかり>うれしい。

だけども、うれしい、の中味はものすごく濃い。この町に、想いを同じくするひとたち、あきらめないで行動するひとたちが、こんなにいたんだ!と発見したこと。希望の芽。

「700人」は、春には「風」に脱皮して、ボはいらない、をかかげて、県議選と町議選というはじめての嵐みたいな経験をした。「風」仲間のふたりが、町の議会にはいることになった。

                 ****

多数決ですべてがきまる議会のミンシュシュギ。町のひとたちの願いはいっこうに届かない。

けれど少なくとも、声を議会に届けてくれるひとがいる、町の決めごとがどのように決まってゆくのか見せてくれるひとがいる、そのことの意味は大きい。

「風」ができること。

議会を傍聴する。議会のなかみを知らせる「風つうしん」を、町のすべてのおうちに届ける。町をもっと知る。町のひとたちの声を聴く。

ボ問題とあわせて、今は、この町のたからもののような河合谷小学校をなんとか残そうと、自分たちのできるお手伝いをする。

ちいさな市民グループ「風」。

追い風どころか、つねに向かい風だ。動くたび、壁にぶつかるだろう。議会に送った仲間を支えることは、だからとっても大事な「風」のしごと。

空気が動いて風になる。

一人ひとりのなかにある空気を、風にするのはだれだろう。気づいたひとから順じゅんに、あせらずに。

|

2007年9月12日 (水)

9・12の紅茶

宮川くんが、9月22日のとくべつ紅茶のうちあわせで紅茶にやってきた。

不登校の子どもたちの支援、ということで話す機会は多くても、紅茶みたいに、あなた自身を語って、というリクエストはあまりないらしい。だからどう話そう、って悩む。こっちは、そうやって悩んで語ってくれるとこがいいんだよなあ、って思う。

彼と話してる最中に、「とにかく、生きるのに必死で。これしか、僕にはなくて」という言葉が何回かでてきて、ああ、これだなあ、って感じた。そう、そこのところ、聴かせてください、ぜひ。

前回の「不登校だった僕から」のとくべつ紅茶から、10年ぶりの再登場。

9月22日(土)14:00~ 水野宅

宮川正文くんが語る、「等身大の僕の、今」。

どうぞどなたでも。彼のプロフィールは、8月8日のブログに書きました。

        ******

この日の紅茶には、小6のSちゃんもやってきて、おとなたちの話をききながら、話が一段落したころあいをみて、黙って、紙芝居の用意をはじめた。

出し物は、「おじいさんのできること」。核実験に反対します、と手描きの看板を持って町を歩くおじいさんに、つづくおばあさん、おかあさん、おばさん、、、。

これまでも何回も見せてくれた紙芝居。終わってから、「ひさしぶりだねえ、おじいさんのできること」と言うと、Sちゃん、「だって昨日は忘れちゃいけない日だから」。

そうだ。9・11だ。

6年前のその日の翌日も、今日のように紅茶の水曜日で、集まった何人かと、今、感じてることをとにかく話そう、言葉にしよう、って必死に語り合ったことを想いだす。

テロとの戦争(闘い、じゃなくて)を宣言した国に、ついてゆくぞと宣言した首相がいて。それをバトンタッチした次の首相がいて。

その首相は、給油の約束をしたけどそれがかないそうもなく、いきなりやめる、と。それが、9・11の翌日っていうのも、なんかすごい歴史の皮肉だ。

|

2007年9月11日 (火)

マガとの時間

マガが薬をのみはじめて10日。気のせいか、前ほど「ごはん~ごはん~」と言わなくなった。あんまり吐くこともないみたいだ。

気のせいじゃなかった。病院に行くと、ほんのちょっとだけど、体重がふえ、肝臓の数値もすこしよくなってた。10日前は早すぎて先生もはかれなかった心拍数が、今日はようやっと数えられた。

知らなかったよ、そんなに駆け足のどきどきだったとは。ずっと駆けっぱなしじゃ、誰だってしんどいに決まってる。

甲状腺機能亢進症がすすむと、攻撃的になる猫も多いらしい。

さいわい、今んとこマガは違う。でも、こころもち顔つきがきつくなったのは、やせて小顔になっただけでなく、この病気の特長で、目ぢからが強くなったせいもあったんだね。

なにより、とっても甘えんぼになった。

抱っこしてて。なでなでして。うん、そこそこ、あごの下。おでこの間。

マガとの時間、とってもいとしいよ。

|

2007年9月 7日 (金)

風のこと

窓辺の麻の布が、風をはらんでゆるやかに舞いあがる。

ふわぁぁ、、、。布が生きてるみたいだ。息してるみたいだ。

そこに、風が居る。

葉っぱが揺れる。さわさわさわ。しゃらしゃらしゃら。

風が歌わせている。光まじりの、木のうた。

そこに、風が居る。

むかしっから風がすき。風に吹かれてる感じがすき。

追い風よりは、多少の向かい風がすき。

朝の風。夕の風。海から渡る風。山から来た風。

風と話すのがすき。

ひとのなかにも、風が居る。

そのひとが持ってる空気が、風のもと。

でもじぶんの風は、じぶんにみえない。

風もいろいろ。突風も嵐も北風も熱風も、風のうち。

ひとのなかに居る風も、きっと千変万化だ。

|

2007年9月 4日 (火)

夢で、走る

夜の動物園のライオンを、テレビで見たことがある。寝ながら、足を激しく動かしてた、まるで草原を翔ってるように。

そのとき、ライオンは夢の中で走っているんだって。

そういえば、翔もよくする。あれはやっぱり、夢の中で走ってたんだ。

若いとき、翔は近くの森でよく全力疾走した。ふだんのおとなしい顔が別人のようにきりりとしまって、キツネ顔になって、すごくかっこよかった。

心臓が弱くなって、薬ものむようになったこの数年間は、もう森で放せない。たちまちキツネになって、疾走するもの。

でもきっと、森を翔ける憧れはずっと翔のなかにあって、夢でそれをしてるんだ。ときにはシャカシャカシャカと、足で床を蹴ることまでして。

            ******

今年に入ってからは、翔の寝てる時間が多くなった。ときどき薄目をあけたまま寝ている。寝てるのかな、って思って近づくと、ただ横になって考えごとをしてるときもある。きっと哲学してるのだ。

きのうも、目をあけたまま横になってた。そして走ってた。これは夢か、本物か、確かめたくて近づいたら、しっかり寝ていて、夢で走ってた。

翔、翔、って呼んでも、目をあけたまま、目をさまさず、走り続ける。ふいに、翔がどこか遠くに行ってしまった気がして、こわくなって、翔、翔、って名前を呼んだ。

夢見ているの?翔、お願い、起きて。翔。

そのとき急に、翔の瞳に光がやどって、一瞬で夢から醒めた。

え?なに、今、わたし、何してた?

まるで突然、催眠術からさめたみたいに、きょとんとしている。いつものくりくりのまんまるい目で、わたしを見ている。

ああ、、、よかった。

翔が夢からさめて。翔が遠くに行かないで。

|

2007年9月 1日 (土)

15歳の誕生日

Photo← 三つ指ついてるわが家のマーガリン。

私たちがこの家に移った夏のある時期から、半分だけうち猫になったブルーベリーの、4匹産んだ仔猫のうちの1匹。

でも、もう残ってるのは、マガ、おまえだけだよ。

翔とおないどし。だから今回の誕生日で15歳になった。

一時はずいぶんグラマーで、おなかの脂肪がぷよんぷよん、右に左に揺れていた。けど、去年の秋ごろからほっそりしてきて。

そしてこの夏、急激にやせて、誕生日に体重をはかったら、2400g。

ああ、娘が生まれたときと同じ重さだ。そうか、こんなに軽かったのか。たよりなかったのか。そう思えばなおさら、このいのちの重さは、いとおしい重みだ。

マガは、年老いた猫がよくそうなように、甲状腺がすこしはれてきた。そのせいでか、食べても食べてもおなかがすく。それが身につかない。心臓にも、働け、もっと働け、と命令がですぎるらしい。

いんふぉーむど・こんせんと、なんて動物にはないもんなあ。人間が守ってやるしかないもんなあ。

でも2人とも、毎日なんだかんだ、文句言い言い、どうにかごはんを食べてくれる。それにほっとする。

そうして翔もマガも、この暑い夏をのりきった。えらい!

マガ、お誕生日、ほんとにおめでとうね。

|

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »