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2007年11月15日 (木)

どんぐりと山猫

紅茶での賢治の時間の回数はそのまま、津幡で暮らした年数。昨日は15回目、顔ぶれは毎年ちがうのに、ここ数年はいつもおなじような人数で、15人。

賢治さんの37年の生涯のなかで、世に出た本は「注文の多い料理店」と「春と修羅」のたった2冊、と知ってあらためておどろく。今日の賢治ワークショップの作品は、そのうちの一冊から、「どんぐりと山猫」。

五郎さんが一郎さんのせりふを、紅茶にはじめてみえた富山のひとが山猫を、夫がどんぐりの1と2を、私は、読むたび気になってる馬車別当を、ほかのひとも全員それぞれの役になって、作品を読みあう。いろいろな声で聴く賢治の世界。窓からひろがる紅葉をバックに、秋舞台の朗読ワークショップ。

どんぐりのなかで誰が一番えらいかをきめるあらそいに困った山猫が、一郎に知恵を借りる。この場面が、いつも楽しくて大好き。

紅茶でも、毎週くるひとがえらいとか、たまにしか来ないひとはふまじめ、とか、そんなことでまったく競わない。「どんぐりと山猫」を読んだ放課後なので、いらした方に「ぶり」からはじまる自己紹介をしてもらった。

紅茶には半年ぶりの、五郎さんとYさん、そういえば半年前のその日にもふつう紅茶であいましたね、といいあう二人。1年ぶりのひと、2週間ぶりのひと、金沢→高知→金沢と住まいをかえて、5,6年ぶりのひと。能登から1年ぶりに来たちょろさんは、さかのぼれば20年前、五郎さんをはじめて紅茶につれてきてくれたひとだった。

翔を知ってるひとたちが次つぎ翔を偲んで下さり、それもまた幸せな時間。

Yさんに、あなたのくれた桜と白樺の木の間に翔のお墓をつくったのよ、という。

Kさんからは、翔の名前には羽がついていると教えてもらった。このことは、知ってたはずが、忘れていた。珠洲のキャンプ場でひろったとき、足がわるくて、だから翔るように走れたらいいな、とつけた名前だったのだ。そうか、翔は飛んでるんだ、と思ったらなんかすごくうれしくなった。

小1のときからほとんど毎週きていた6年生のSちゃんは、多分一番多く翔にあってる紅茶の子。子どもたちだけでよく散歩にも連れて行ってくれた。全速力で走ってたときに突然翔が気絶して、子供たちが真っ青になったのはもう何年前だったろう。あのころからもう心臓が弱かったのだ。

「翔はもうよろよろだったけど一所懸命生きていたね」とSちゃん。紅茶の玄関のドアに、「しょうがとつぜんおそとにとびださないよう きをつけてあけてくださいね」と翔の顔写真入で注意書きがはってあるのを、「これ、このままはずさんでおこうね」と言ってくれた。

翔に白い百合をもってきてくださったかた、お墓参りしてくださったかた、ありがとう。お墓はみなさんがそなえてくださった秋の菊たちで、朝の雨にとてもきれいに輝いている。ふかふかの庭の土のうえには、クヌギやナラのどんぐりがいっぱい落ちていた。

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コメント

久びさにコメントを書きました。さおです。翔が亡くなってしまったということをこの日に聞きました。来ている人が翔の事を話していたので私も翔の事を覚えているかぎり話ました。                                  どうかみなさんも翔の事を忘れないであげてください。 みなさんが心の中で覚えていれば翔も永遠に残るから

投稿: さお | 2007年11月28日 (水) 17時00分

さおちゃん 
書き込んでくれてありがとね。さおより年上だった翔。さおちゃんが小学校一年生になって紅茶にくるようになるずっと前から翔は紅茶にいたものね。
翔がだんだん足腰弱っていくのを見ながら、さおちゃんはきっと、でもそれが年をとってゆくってこと、生きてくってこと、と、身近な翔からいつも感じとってくれていたんだと思います。
玄関の翔の写真も、はずさないからね。そこにもさおのやさしさを感じましたよ。

投稿: sue | 2007年11月28日 (水) 23時51分

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