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2007年11月 4日 (日)

ぐるぐる

10月はじめ、縁側におく翔のあたらしい家を夫がつくった。

断熱材をはり、なかにバスマットを敷き、さあ、今夜からここで寝ればあったかいよ。そうはいっても、翔はなかなか新築の家にはいろうとしない。老いてから、あたらしいことを学習するって、そりゃあむずかしいことなんだ。

何日目かに、あ、と思い出して言ってみた。翔、ここ!ここ!夜はここで寝るんだよ。何度もそう言って聞かせた。

翌朝、翔はあたらしい自分の家で寝ていた。えらいぞ、翔!憶えてたんだね。ここ!の意味。

翔が若かったころ、家のなかにいるときは窓際のマットの上だけ、という決まりがあった。ここ!ここ!と憶えさせて、何年間かはその約束を翔はみごとに守った。

7,8歳になったころから、そのしばりをほどいて、家のなかを自由に歩きまわってた翔。ときには2階にまで登ってきてた。4年ぐらい前からは、足をふみはずして骨折したらおおごとと、階段のぼりはご法度になってたけど。

5月に、翔が、庭からのあたらしい階段のぼりを学習した時も、私たちはおおいに感激した。

庭と縁側の登り降りが翔の足でだんだんおぼつかなくなり、一度はジャンプに失敗してケガまでした。段差のひくい階段を夫が工夫したけど、そこから登るようになるまでに、そうとうな日数がかかった。翔が自分ではじめてその階段を登り終えたとき、私たちは思わず拍手した。ちょうど、赤ちゃんがはじめてはいはいしたときのように、はじめて立ったときのように。

だんだん、その階段を登るのもむずかしくなってきた。庭でおしっこするときは、抱っこしておろした。翔のできることが、すこしづつ減ってゆく。それが老いるということ。

でも不思議なんだ。できることが少なくなればなるほど、翔へのいとしさはましてゆく。翔がこれまで私たち家族にくれた贈りものの日々が、心のなかをぐるぐると巡り巡る。

一週間前から、翔はごはんが食べられなくなった。ふらつきながらも何とか自分の足で歩こうとする翔の腰を支えながら、またいとしさがこみあげてくる。どんどん小さくなる翔だけど、いまはただ、そばにいて、ずっとずっと大好きだよ、と伝え続けてる。そして、それは確かに伝わっているんだ。

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