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2007年11月21日 (水)

贈りもの

よもや行けるとは思っていなかったクッキングハウス20周年のお祝いの日、私は調布にいた。

前の晩の夜行で東京へ。まっすぐ姉の家にいって8ヶ月ぶりの大掃除をし、それから多摩墓地。クッッキングハウスの記念日が、姉のいのちの日と重なっていることは最初から気づいていたけれど、一人でお墓参りしながら、ああ、ほんとうに来れたんだ、、としばらくそこに立ちつくしてしまった。姉のお墓は、私の育った家の家族全員のお墓でもあるから、報告することがいっぱいあった。もちろん翔のこともふくめて。

そこから調布へ。私が来れるとは夢にも思ってなかった川越紅茶のひとたちのびっくり顔!

ジュン子さんは逢うなり、「スウさん、泣けた?いっぱーい泣いた?」とあったかく訊いてくれた。彼女は、私が一時期、泣くことも笑うこともできなかったころをよく知っている。それからだいぶたって私の涙の堰がどっと切れた時、心からよろこんでくれた一人。翔を亡くしていっぱいいっぱい泣けたことは、悲しみと同時にお恵みでもあるんだってことが、彼女にはとってもよくわかってたんだろうと思う。

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クッキングハウスが満20歳!不思議なレストランの存在が、これまでどれだけ多くのひとの胸に、希望の灯を灯し続けてきてくれたろう。

全国から駆けつけた800人のお客さんを前に、ケイ先生のSST公開講座は、ふだんクッキングハウスでしている雰囲気そのままの拡大版。

歌でつづるクッキングハウス物語も、松浦さん役のIさんの演技が絶妙で、見てるこっちも泣き笑いでぐちゃぐちゃになる。

舞台で、自分たちのつくった歌を歌うメンバーたちの、なんて誇らしそうなこと。松浦さん、メンバー、スタッフ、応援するひとたちの、笑顔がきらきらして、ほんとうに美しい。

会場のあちこちで再開をよろこぶ、クッキングハウスのみんな、西東京紅茶つながりのひとたち、去年出前に行った伊那のひとたち、八千穂村の織座農園のひとたち、あ、京都のひと、関川村のひと、高崎のひと、、、。まるでまるで同窓会みたいだ。

そうだね、学校では学べないことーー心の病気のこと、おいしいご飯を一緒に作ってたべることの深い意味、SSTのちから、松浦さんからいつももらう安心感、ひとを迎えるレストランの空気、人間ってすごい!と思わせてくれる、一人ひとりの可能性、などなどーーーをクッキングハウスに行ってみんなと逢うたび、松浦さんをおよびするたび、たくさん教えてもらってきたから、その意味ではわたしにとってとくべつな、にんげん大学校かもしれない。

会場中で歌う♪不思議なレストラン、

振り付けつきの♪ピースナイン、

今回のオリジナル♪生きてみようよ、

アンコールは、大々好きな♪君は君の主人公だから                    

ーーーーを、この日、ここにこれたことのしあわせをこめて、私も一緒に口ずさんでた。

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夜、織座農園のひとたちと、クッキングハウスの本をたくさん出している教育資料出版会のひとと、一緒にゆっくり語れたことも、この日のしあわせのひとつ。今月から、織座の有機野菜を私も頼むことにした。お願いできますか、と言った時の、織座のみんなのよろこびよう。頼めてうれしいのはこっちなのにね。

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夜行で行って、夜行で帰った今回の東京。

もう心配しなくていいんだから、行ってくれば。そう言って、躊躇する私の背中を押し出してくれた夫。私の土産話をききながら、行ってよかったな、翔からの贈りものだよ、と夫が言うから、私、うん、うん、とうなづきながら、またいっぱい泣きました。

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