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2007年11月 7日 (水)

いのちの日

紅茶の時間がまだはじまらないお昼少し前、翔が私の腕のなかでほんとうにおだやかに、やすらかな眠りについた。

だんだんかすかになってゆく心臓の鼓動、生きてるしるしのその音を、私はさいごのさいごまでてのひらで必死にたぐりつづけてた。翔を抱っこしたまま、いっぱいいっぱいありがとうを言い続けてた。

ごはんを口にしなくなってから9日目、おそらくお迎えはそう遠くないとわかっていたよ。でもその日が今日だと知らなかったよ。っていうか、まだ思いたくなかったんだ、ぜいたくな願いだけど。

でも逝くときに苦しまなかった。お祈りは届いたんだ。神さまありがとう。

           *****

今日が紅茶の日だったのは、なんてさいわいなことだったろう。

翔を自分ちの犬みたいに想っててくれた家族や、いのみら読んで翔のお見舞いにきてくれたひとや、半年ぶり、1年ぶり、4年ぶり!のなつかしいひとも、まだあったかい翔にじかに逢えた。くちぐちに、翔が呼んだんだね、って言いあった。今日があしたでも、きのうでも、翔にあえなかったろうから。

誰かが、翔はほんとにしあわせだったね、と言う。誰かが、翔はみんなをしあわせにしてくれたね、と言う。そうなんだ、私も、翔はしあわせだったと確信してるけど、それ以上に、翔は出逢うひとにしあわせを贈ってくれる存在だった。

紅茶に来る誰もが、翔に話しかけた。翔が前足でガラス窓をノックすると、近くのだれかれが、あ、翔、おうちに入りたいんだ、あ、外に出たいんだ、と窓を開け閉めしてくれた。

もう年だったけど、紅茶の看板娘だった。犬嫌いさんや犬恐怖症のひとを治す名人だった。すばらしいカウンセラーでもあった。

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今は夜。翔はピンク色のガウンをかけて、眠ってるみたいだ。娘がちいさいころのお寝巻きガウンがとてもよく似合う。

夫が心ばかりの祭壇をこしらえた。一番お気に入りの写真の横に、シベリアという名の白い百合をかざり、ろうそくを灯し、お香をたき、レクイエムをずっと流し続けてる。それは私が死んだときにかけてね、とたのんであるCDの曲。

そのCDのもとの持ち主は、6年前の11月10日に逝った姉。姉のいのちの日が近いので、白い百合を花やさんに買いにいってね、とたのんでた矢先、はからずも二人分の百合がかざられることになった。

今夜はずっとこのレクイエムを聴いていよう。家族で見送る夜。明日になったら、翔が庭でだいすきな居場所にしてた白樺と桜の木のあいだの土を掘ってお墓をつくり、そこにそっと翔の身をよこたえよう。

翔は、15歳と5ヶ月のいのちを翔らしく生ききった。今までもこれからも、翔を大好きなことはほんのちょっとも変わらないよ。翔とすごした歳月の重みは、これからもずうっと続く、わたしたち家族のたからものだ。

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