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2007年11月12日 (月)

ラブレター

ブリ起し、とも呼ばれる冬かみなりが激しく鳴って、光って、大粒の霰がバシバシバシっと屋根や縁側をたたく。

翔がいたらどんなにこわがったろうねえ、と異口同音に夫と話す。かみなりが怖くて怖くて、それで真夜中、必死に真っ暗な階段をのぼって2階にきて、ふとんの中の私に鼻息かけて起した夜のことを、もう7、8年も前のかみなりの夜を、想い出す。あれ以来、2階に登るってことを憶えたんだね。

翔が最期の10日間、寝ていたお風呂用マットは、今は台所の足元マットになった。翔がこの半年間使っていた安定感のあるお皿は、娘の赤ちゃん時代のもの。そのお皿はふたたびブーメランみたいに巡って、今度は私たちのお皿になった。

今は何を見たって、翔に結びつく。想い出す。

だけども、翔が若い元気いっぱいのときに突然逝ったのだったら、今みたいな、悲しいけれどもおだやかな気持ちではきっといられなかったろうな。

想い出すのが全部、尻尾ちぎれんばかりに振ってる元気げんきの翔だったら、悲しくて、かわいそうで、無念で、どんなに私たちがつらかろう。
どの翔のイメージも決して、かわいそう、ではない。
そうなんだ、かわいそう、ってきもちにならないことが、私をとっても救ってくれている。

11月はじめから無我夢中で泣きながら書いた「きもち」は、まさしく翔へのラブレターだ。これが私の悲しみ方なんだ。

書くことはもっと悲しくなることだったけど、そうしないではいられなかった。きもちを言葉にせずにいられなかった。翔が、書かせてくれたんだ、本当にそう思う。

そして書いたから、気づいた。なんであの夜にかぎって翔に添い寝したのか、なんであの朝にかぎって一時間もずっと抱っこしていたのか。後になって、私のことをしあわせなきもちにさせてくれるために、そうと知らずに、私はそうしていたんだ、、、ね。

    *****

思いのほかたくさんの方がたが、この間の「きもち」を読んでくださってた。そして、メールやお手紙や声できもちを届けてくださった。ありがとうございます。翔に代わって、お礼申し上げます。

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