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2007年12月11日 (火)

きもちの一枚

マスノマサヒロさんのとくべつ紅茶で、紅茶の床にひろげられた
40枚近くのマスノさんのひとことつき写真たち、
そのなかの20枚を、あの日お願いして紅茶に譲っていただいた。
10月の結ともを、その写真のなかから
「今日のわたしの一枚」を選んで語ることからはじめたように、
これから先、出逢うひとたちとのコミュンケーションワークショップでも
生かさせていただきたいと思って。
そのときには、この写真たちがどうしてこのかたちになって、
今ここにあるのか、そのものがたりも知ってほしいと思って。
               *****
先週は、たまたま、月いちのともともと、ふた月に一度の、
七尾一本杉どおりのおかみさんたちの会・栴檀の集いとが、
同じ日に重なった。
それぞれの場に、マスノさんの風景がひろがり、
そこから仲間たちが、今のきもちに添う一枚を選んで、語りだす。
同じ一枚でも、語られるものがたりは100人100色。
どのひとも、自分の人生と重ねてお話される。
聴きながら私は、
ひとりひとりから人生のおすそわけをしてもらってるような、
深くてあたたかなきもちになる。
作者の手をはなれた作品は、
作者をまったく知らないひとたちの間でこうやって、
あたらしいものがたりを創ってゆく。
それはまた、作者のあたらしいしあわせだ、って思う。
                   *****
冬の空気のなか、枝に残ったたった一枚の葉っぱの写真、
添えられたコトバは、「最後の最後まで」。
その一枚を選んで、
「私はいま、2度目の最後の入口に立ったところのような気がする、
そう思うと希望がわいてくる」
って言った栴檀のおかみさんの言葉に、ぞくぞくする。
栴檀のおかみのひとりは、県知事にこの会のことを聞かれたとき、
「哲学の勉強仲間です」って言ったそうだ。
たしかに、鷲田清和さんの言う、哲学の作法、ということからすると、
栴檀は、てつがくする場所かもしれないって私も思ってた。
(せんだんに限らず、紅茶も、ともともや結ともも、ほかの場所も、
そう感じることが多々ある)
そんなおかみさんたちと、来年の栴檀では、
老いることを問題としてでなく、
老いることの課題とは何か、それを、
年重ねのいいとこめっけ、ということからはじめようと思ってる。
               ******
マスノさんからのお返事メールに、この前の時間のこと、
「ぼくの人生の中でも、あれは珠玉の輝きを放つひととき」
とあって、あちらとこちらと、
双方がそう感じられたことに、また、感謝。

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