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2008年1月 3日 (木)

新しい年に

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静かなお正月。予想されていた大雪も降らず。娘もまだ帰ってこないので、夫婦ふたりとマガの、                           3人のお正月。

 ← マガの肉球で、ごあいさつです。

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初紅茶にきた宮川くん。実は私のパソコン内ごみの大掃除と、大切な情報が何一つバックアップされてないのを去年から気にしてて(そういうことにまったくうとい私)、富山から新年早々きてくれたのだった。

これまでの数年間は彼が忙しくてほとんどあう機会もなかったけれど、去年のとくべつ紅茶で「等身大の僕の今」を語ってもらってからは時どきあえるようになって、たぶん10年ぶりぐらいの、たがいの出逢いなおしをしている。

彼とも、また他の若いひとたちとも、1,2年という時間でなく、5年、10年のスパンでつきあってゆくと、その過程でいろんな不思議な感動に出逢わしてもらえる。おとなのこちらのほうが、逆に教わることが多いくらいだ。

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すくなくとも、今日・あしたの「彼」や「彼女」を見て、ああだこうだときめつけられない。いくらこちらのほうが長く生きてきてても、生きることの経験の深さを、年数だけでくらべられない。私よりずっと誠実に、生きるということを深く考える若いひとたちを知っているので、単純な先輩風なんかね、吹かすことができなくなった。

     

私の知るどの子も(どのひとも)、前向きで前に進むだけじゃ苦しくなる。ときにたちどまり、ときに後退して、ときにはとじこもって、あるひとはこころの奥底で動きだす波を慎重にキャッチして、あるひとはこれまでしばられてた思い込みの呪縛からほどかれて、自分の一歩を踏み出してゆく。スマートとは程遠い、不器用な一歩。それを横から見ている私は、その勇気にやっぱり感動してしまう。

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そしてこうも思う。

若いころ、私ったらどうしてあんなふうになにも考えずに、自己中に、自分勝手に、生きてこれたんだろう。常識のものさしではかれば、相当にオカシナわたしだったに違いないのに、どうして私はそれでこわくなかったのか。オカシナわたしを自負すらして、多くのひとと違う自分を責めずにこれたのか。

それが仕事になる・ならないにかかわらず、どんなちっぽけであろうと、好きなことやしたいことが自分の中に確実にあったことが、わたしの生きるさいわいだった、それだけは確かにいえることだけど。

ふりかえれば、そのときどきで、たった一人でも、それでいいんだよ、のメッセージを真剣に発してくれるひとがいた、それがとっても大きいことだったと、今あらためてぞくりとしながら感謝する。

それにしても ーーー あのころは、社会がもっとずっとゆるやかだった。はみでるわたしを許容する空気があった。それにくらべて、今のこの息苦しさはいったいなんだ。息苦しいは、生き苦しい、にも通じてる。

あまりに酸素不足な社会の中で、必死に生きてるひとを、ささやかだけども応援する、そんな場でありたい紅茶。25年目にはいりました。ことしもどうかよろしく。

暮れにもお知らせしましたが、

1月9日のふつう紅茶は、お薄の時間です。1:00~6:00

お抹茶のおかわりを好きなだけ。どなたでもおいでください。

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