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2008年2月26日 (火)

あきらめる あきらめない

先月、「あきらめる」をキーワードにして、何人かで一時間近くも話しこんた。そのなかで、若いころの私を、いい意味で、あきらめてくれていた父のことが話題になった。きっかけのひとつは、たぶん、以前の「きもち」に書いた、ここの部分。

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「ただただありがたかったのは、そういう私に、53歳も年の差のある父が説教しなかったことだ。私のヘンさや頑固さを、とうてい理解しがたいがゆえに、”理解”するしかなくて、いい意味であきらめてくれてたことだ」

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あきらめる、って通常は、よくない意味合いでつかわれる。夢をあきらめるな、とか、簡単にあきらめちゃいけないよ、とか。そして本当にあきらめちゃいけないことがあるのも、確かだ。

父があきらめてくれたのは、おそらく、父が抱いた、私にこうあってほしいという父の夢や父の期待、父の理想。父がそれに強く執着していたとしたら、きっと今の私はこんなふうに自分を生きてないだろう。

親の望む生き方、大学、仕事、結婚。親の大事にする世間体。そういうものをもし親があきらめたら、楽になる子どもはいっぱいいるだろな。あきらめることで見えてくるものもあるだろな。

それは、見放すことじゃないよ、見捨てることじゃないよ。その子の存在をあきらめるんじゃないよ。それこそあきらめちゃいけないものだ。

父はなぜ、あきらめることができたのか。私にとっても謎の、なぜ?を、このところずっと考えている。理解ができないから、手に負えないこの娘をただそのまま受入れるしかなかったのか、ってこともあったかもしれない。

それからも、なんでだろうなと考え続けて、行き着く一つのヒントは、父が失った身近ないのちの多さ。

先立たれる、という言葉があるけど、父は実に、四人もの家族に先立たれたのだ。二人の妻と二人の息子と。残った実の娘がもう私しかいないとしたら、望むのは、とてもシンプルなものにならざるを得なかったんではないのか。ほかをあきらめて、あきらめてはいけないものだけ守ってくれようとしたのではないのか。

父の謎は謎のまま、これからも考え続けていきたい私の宿題です。

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この前の日曜日、年に一度の「紅茶なwow」があった。表向きのプログラムにはふせていたけど、実は、「あきらめること・あきらめないこと」というもう一つのテーマが隠されていた。

ちょっと一筋縄ではいかなさそうな、こみいったテーマのワークショップ。そんなときよく相談に乗ってくれる娘と長電話していて、逆説的みたいけど、こっちの一つをあきらめるということは、それよりもっと大切なものをあきらめない、ってことじゃないのかな、「あきらめることは、あきらめないこと」だよ、と娘がヒントをくれた。

そのことを参加したみんなで考えあいたかった、感じあいたかった。その結果、「期待する・される」にも、「あきらめる・あきらめない」にも、一人じゃとても考えつかない多くの発見があった。これぞ、ワークショップのちから。

おかげで、「あきらめる」という言葉の、もうひとつの本当の意味にも気づかされました。

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2008年2月18日 (月)

紅茶&そのほか・お知らせ特集

今週土曜日23日は、2月のサタデーナイト紅茶 5:30~9:00  

持ち寄り夕ご飯をご一緒に。

手ぶら参加費 500円 (そのときは要予約)

       @水野宅 tel:076-288-6092

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2月24日(日)紅茶なwow

早春恒例の紅茶なwowでは、普段は立ち止まらないなんでもない「言葉たち」を毎回とりあげています。

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wowは、8年前にはじまった月に一度の、ワークショップ自主勉強会。年に一回、wow仲間が考えたオリジナルの半日ワークショップをしてきましたこれまでに「市民力を育てる」「平和」「怒りのワークショップ」「共感するってどんなこと?」「自分と他者と」など。

今回のメインテーマは「私のこころの位置」 

これだけじゃ漠然としててちょっと?ですが、当日は二つのキーワード、「期待すること・されること」 「○○○○ること・○○○○ないこと」(○○○○の部分は当日に…)から、日常を非日常的に掘り下げてみたいと思っています。帰りに小さなおみやげつき

@ 紅茶の時間・水野宅 受付9:30~ 10:00~4:00 

参加予定者がそろいしだい遅くとも10時にはスタート

メンバーの反省会あり(残れる人だけ)5時まで

 お昼の一品もちより(ごはんものでもおかずでも 作れなくてフルーツなどでもOK)    参加費は100円です。  要お申込み

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3月1日(土) 京都のおうちカフェ風(ふう)さんに、出前紅茶に行きます。

ふうさんは東山区下梅屋町の小路にある、文字どおりのおうちカフェ。

ちょうど2年ぶりの出前紅茶。
はじめてのかたとは 最初の糸の結びめを、
2度目の方とは つながり糸の結び直しを。
お逢いできること、とっても楽しみにしています。

1:30 open 2:00~5:00
わたしの心の旅の話、「ともの時間」の話、
ミニ・コミュニケーション・ワークショップ、
お茶をのみながら、きもちキャッチボールタイム

参加費は お茶とケーキがついて 1000円

お申込みはふうさんまで tel&fax 075-541-2788

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クッキングハウスの松浦幸子さんとまなぶSSTワークショップ

3月22日(土)
9:30 受付 10:00~4:00 
@金沢市富樫教育プラザ 1号館3F 131号室
定員50名まで お昼は各自でご用意ください。

参加ご希望の方は、参加方法などお伝えしたいことがあるので必ず事前に、水野までお問い合わせ&お申込みを。076-288-6092

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2008年2月17日 (日)

オレンジのあかり

久しぶりに、まだ暗い朝方の、ごお~~~ごお~~~という除雪車の音で目が覚めた。

2月半ばになっての、どか雪。ああ、やっぱり来た来た、という懐かしいようなほっとする感覚。去年も今年も、あんまりにも雪が降らなくて、暮らす分には楽だけど、すこし、というかおおいに、不気味でもあったから。

雪が降って、それまで大木の枝えだの先っぽに黄色いイルミネーションのようにちりばめられてた栴檀の実が、一つ残らず落ちてしまった。ひよどりたちの貴重なごはんだったろうに。

そんなこともあってこの間から、縁側のわきの山椒の枝に、みかんをまる半分に切ったのをつきさしてある。きっとすぐに鳥たちが食べに来るよ、とともだちに教わって。

Photo

ほんとに、来る来る。ひよどりとめじろが常連客。くちばしで見事にみかんを彫刻する。外側の皮と白い薄いうち袋だけを残して。真っ白い世界に、はっとするオレンジ色のあかりのよう。

                                    Photo_2

 ← だいぶ食べられました

静かに、休みなく、降り積もる雪。山椒の枝にも、どどーーっと屋根雪が、大きな鳥の翼のように何度も何度も落ちて、オレンジのあかり彫刻も雪に落とされてしまった。

雪がやむのを待って、また、新しいみかんを冬のあかりにしてもらおうか。

Photo

 ← もっとたべられて、皮だけに

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2008年2月15日 (金)

風の一週間

発行部数12,000部の「風つうしん」は、私たちの大事なメディアだ。12,000軒ある町内のおうち一軒一軒に、風のメンバーと応援して下さる方たちの手でお届けしている。

そんな配達中に、何人かのひとから、「あ、風さん」と声かけられた。

風さん、かぁ。まるで誰かの苗字みたいだ。呼び捨てじゃない、さん、のなかに、いつもごくろうさん、いつも読んでますよ、というあたたかなエールが聞こえる。そうだね、風は、ひとりひとりの意思が集まったものの呼び名。市民団体、というよりは、ずっとひとっぽいから、さん、ってつくのも不思議じゃないかも。

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ここのところ、桐生競艇をもっていて、その場外舟券を売るボートピアを、津幡に作りたがっている群馬県みどり市の動きが急にあわただしい。

1月28日、市の議員全員がいる席で、津幡にボートピア進出を、の話がはじめて出たのだという。津幡?一体どこだ?と、寝耳に水の、とまどう議員たちもいたとのこと。

で、急きょ、2月1日 みどり市長がはじめて津幡を訪問。
ボートピア、どうぞ来てください、の町長たちが出迎えたため、町民有権者の半数以上もがボに反対してることは、とうてい伝わらない。

2月8日、津幡の3人の女性議員(うち二人は「風」のメンバー)がみどり市に行って、市長に面談。「風」が、ボに関してこれまで40以上の請願をだしてきたことも。

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前々から計画していた「風」の看板づくりにいよいよとりかかる。

2月9、10日。連休の2日間で、「風」仲間は、みんなペンキまみれになりながら、朝から晩までかかって、畳4枚分の大きな立て看板を完成させた。

「ボートピアはいりません、NO!」の大きな字の横には、「多くの津幡町民は、ボートピアに反対です」の文字。看板の中の、「場外舟券売り場」や「市民グループ」の字と同じように、プラスティックファイルをカッターで、一字一字切り抜いて、ステンシルPhotoにして、ペンキをポンポンたたいて塗りこんだ。

2月11日、町役場の斜め向かい、中央公園の真向かい、という、超目立つ場所に看板を立てて、マスコミさんにも来てもらって完成式。Photo_2

津幡の町を走りながら、どうぞ見つけてください。アルプラザから来たら、信号一つ目越えて、右手。明るい黄色がいやでも目に飛び込んでくる。

                  

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翌12日、「風」の15人で、バスでみどり市へ。市とみどり市議会に、ボートピア反対の要望書を手渡しにいったのだけど、市職員のオープンな対応に、住民へのサービス、を感じた。本来はそれが行政の当たり前なのだけど。

前回の風つうしんに、向三軒両隣市町と津幡町の情報公開度を比較した一覧表がのっている。本会議中の常任委員会(の話し合いの中で、出した請願の採択か否決かが、ほぼ決められてしまう)の傍聴も、教育委員会の傍聴も、許可されないのは津幡だけ。

みどり市でははたして傍聴が可能かどうか聞いてみた。  

「もちろん。慣例です、開かれた行政をめざしてますから。住民が主役ですから」 そもそもそんな当たり前のことをなんでいまさら聞くのか、と不思議そうな議会事務局のひと。みどり市では、市外のひとの傍聴も許可されてるそうだ。津幡のお隣のかほく市も同じく。

みどり市まで行かなければ見えてこなかったこと、ボートピアに関する不透明な部分、いっぱいある。また仲間たちとくんずねんずしながらつうしん作って、町のひとたちに知らせていかなくっちゃね、風さん。

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2008年2月 9日 (土)

ともの時間

月に一度のコミュニケーションの練習の場、ともともがこの2月で満3歳に。ともともに続いて、結とも、というグループが生まれ、去年の12月からは、ともさん(3番目のとも、という意味)がスタートして、ともの時間は、あわせて3つになった。

水先案内人役をすることになった当初は、はたしてつとまるのかどうか不安もあって、私自身も緊張していたっけなあ、と想い出す。

ともの時間の一番の原則は、そこは誰かが答えを出してくれる場所では決してないこと。参加する一人ひとりが実際に練習をしながら、それぞれ自分にーー自分のコミュニケーションのくせや、思い込みや、ものの見方や、毎度のパターンや、なによりも自分のきもちにーー気づいていく場所だということ。

それをしつこいくらい何度も確認しあったけど、今思っても、それってほんっとに大事な原則だった。

回を重ねるごとにメンバー間の信頼が育ち、するとみんなからの知恵や協力がしぜんにもらえるようになってきて、それと反比例するかたちで、私もどんどんリラックスしていく。

場の力が育ってくると、案内人(の力)はちいさくてかまわない。いや、むしろ大きすぎてはいけないんだ、ってことも実感する。

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実際にしてることの多くは、クッキングハウスで日常的にしているSSTというコミュニケーションの練習方法から学んだことが一番多いけれど、それに加えて、この10年余りのさまざまな”貯金”が、いろんな場面でそれとなく役立ってくれてることも、ひしひしと感じる。

さまざまな場所で展開してきたワークショップや、アサーショントレーニングやピアカウンセリングの学び。まっすぐに聴くことの練習、わたしメッセージできもちを伝える練習。8年目になるワークショップの自主勉強会・wow-netや、七尾のおかみさんたちとの勉強会・栴檀の集いの存在。この間も参加したばかりの、5年目になる団さんと家族面接を学ぶ会、などなど。そしてその底流に、紅茶の24年間が流れてる。

はじめは点と点にすぎなかったものが、だんだんと線になり、面になり、少しずつ私のからだにしみこんでいく。

そういう意味でも、ともの時間をSST というひとことではくくれないなあ、と思う。なにかユニークでオリジナルなものが組み合わさった場を、仲間とともに毎回創りだしている感覚。

場が育つ、ってたぶんこういうことなんだろう。どんなに私ががんばっても、一人じゃ決して作れないもの。参加してる一人ひとりの、こうありたい、家族としぜんに話したい、きもちを素直にわけあいたい、自分のことも相手のことも大事にしながらこの想いを伝えたい、というささやかな、でも具体的な希望を、一つずつかたちにしていく作業の積み重ね。

きっとそれが、ともの時間なんだ、って思っています。

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2008年2月 3日 (日)

ミードのヒーロー

沖縄にすむAくん、短い石川の帰省のたび、家族で寄ってくれる。二人目くんとは初対面。っていうことは、Aくんとも会うのは2年ぶりになる。

沖縄らしく、ここんちのお兄ちゃんは、にいに、と呼ばれてる。お母さんは子どもたちからときどき、ミード、ってあだ名でも呼ばれるらしい。結婚したてのみどりさんをうちにつれてきたとき、紅茶や私たちのことを、どんなふうに彼女に説明したの、とAくんにきいたら、僕の遠い親戚みたいなひとたちだよ、って言ったそうだ。

彼が紅茶に来てたのは20歳のとき。金沢大学の学生さんだった。卒業して医学生となり、その6年後にほんとにお医者さんになった。看護婦さんをしてたミードさんと結婚してーーーあらら、ちゅらさんみたいだなあ。

私たちが沖縄を旅したときも、娘がバイクで旅したときも、毎回逢ってるから、私たち家族にとってもAくんは、きもちの近い「遠い親戚」かもしれない。

彼が津幡をはじめて訪ねた時からもう15年になるという。そういえば富山の宮川くんとも、今は大阪にいる翼くんとも、若者たちとは長いスパンのつきあい。一人として似たような生き方してない、その違いがみごとに際立って、きもちよいほどだ。

はた目からは、すごい、えらい、立派、とか見られがちだけれど、一人ひとりは、ぶつかって、回り道して、これっきゃなくて、必死に、自分らしく生きていく道を模索しながらつくってる真っ最中だ。そこが、私が彼らに惹かれる理由。

お父さんのあだ名を、偶然知ることになった。ミードのだいすきなヒーローだもんね、と子どもたちが言う。この子たちにとっても、お父さんはきっとヒーローだ。何より、この家族の間に流れている空気のゆったりさが、いまどき貴重品。

だいすきする、という言葉は、ここんちでは、ハグの意味。別れるとき、2歳の和くんが、その「だいすきする」を私にも。

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