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2008年3月 6日 (木)

つばらつばらに

京都の帰りに、娘のところへ。

わたしや翔のことで、去年何回か娘は石川に帰ってきたけど、わたしが彼女のホームグラウンドに泊まるのはまる一年ぶり。場所がかわると話の空気も深さも変わる。お互いどれだけ話がたまっていたのか、ってびっくりするくらい、時間を忘れるくらい、話して、放して、語りあって。

こんなときの話って、まるで泉のよう。あとからあとから言葉とキモチが一緒になってわいてくる。去年、わたしのこころが弱った時、どんなに娘に助けられたか。その時は無我夢中でありがとうも言えなかったけど、今回はいっぱい伝えられたぞ。

月日がすぎてなおはっきり見えてきたことは、弱ったこころがもとどおり(強く?元気?)になるのが正しいこと、なんかじゃないってことだ。もとどおりにもどっちゃったんじゃあ、あの経験がもったいない、って今のわたしは思ってる。こうやってより身の丈に、どんどん素の自分に近づいていくのが、われながら楽だなあ。

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1月の誕生日にもらって、その日はうれし涙でほとんど読めなかったバースデーブック。その本をつくろうと提案したJちゃんと、娘と、3人で食事しながら、また、話して放して。友だちってありがたいなあ、親が逆立ちしたってできないことを、さりげなくしてくれる。いい友だちのいるしあわせを、つばらつばらに感じた夜。

(つばらつばら、は京都でもらったお菓子の名前。しみじみと、こころゆくままに、あれこれと、という意味の万葉の言葉だそう)

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ひさしぶりに見る娘の部屋が、すっかり mai worksの仕事場っぽくなっていたのもおもしろかった。コトノハやポストカードやこまごました雑貨が生みだされる現場は、わたしにはちょっとした聖域みたいだ。いちごパックの入っていた箱を工夫して作ったトレースの道具とか、すぐれもののカッター台とか、色とりどりのテープや、あえて古い紙類などなど。いつかかたちをかえて、mai works になるやらならぬやら。

Photo  ← 大阪御堂すじの本屋さんでみつけた、硝子のペンを自分へのおみやげにした。娘と色違いのおそろい。

ひとつひとつ、手彫りだそうだ。忘れな草色のインクで。

数日、家をあけてもどると、チューリップの芽が数センチも伸びていた。昨日も今日も、朝は雪で真っ白だったけど、すぐに淡雪のようにとけてゆく。春は、もうそこにいます。

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