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2008年7月31日 (木)

かみさまからのおくりもの

ある日のともの時間で。

はじめに、「かみさまからのおくりもの」という絵本を一ページずつ読んだ。5人の赤ちゃんに、かみさまからの贈りものを天使がひとつづつ運んでゆくお話。

ほっぺの赤い赤ちゃんには、よく笑う、を

大きい赤ちゃんには、ちからもち、を

泣いている赤ちゃんには、歌がすき、を

よく動く赤ちゃんには、よく食べる、を、

すやすや寝ている赤ちゃんには、やさしい、を。

読み終わってから、ではあなたへの贈りものはなんだったと思う?と問いかけて、思いついた言葉をかきだしてもらった。

このおくりもの探しには、追加もあり、だ。生まれたときだけでなしに、あとになってからも、かみさまはおくりものをくださるらしい。この絵本の作者のひぐちみちこさんがあとがきでそう書いてくれているので、ちょっと気が楽になる。自分が生まれたときになにをもらったかなんて、誰も正確には知りっこないものね。

うーん、すてきなものが思いつかないよ~、の声。

うん、私もそうだ。だけどひとつのものにはいつだって裏表、両面ある。100%のいい、も、100%のよくない、も、多分ないはず。だからいっけんすてきっぽくなくても、それはそれで贈りものなのかも。

そうだよ、やさしい、っていうのだって、やさしい、だけでは違うと思う。それだけなら、ときには優柔不断ってことかも。やさしすぎて、ときにひとを傷つけることもある。そこにはきっと、強さも必要なんだ。

              などなどのやりとりがあって。

             ***

さて私のそれがなんだったかというとーー

自分の子ども時代、真っ先に思い浮かぶのは、すねてる私、だ。気に入らないこと、思いどおりにならないことがあると、すぐすねる。おとなたちの間のひとり子どもで、あまやかされ、ガマンを知らない、超わがままな子どもだった。

ちいさいころの通信簿には、一つものごとに集中しないこととか、もうすこしまわりと協調することがのぞましい、などの添え書きがあったように思う。

なので、かみさまからのおくりものは、「わがまま」。追加が、「ちいさなことをうれしいと感じる心」。

自分でそう書いて、あらためて、これってすごく象徴的だと思った。いまだに私はじゅうぶんにわがままだもの。

追加的に、そのわがままのなかに、あるがまま、や、自分のきもちにありのまま、や、身の丈のまんまで通す、がはいってきたような気がするけど、基本的には、よくもわるくも、わがまま、なんだ。でもきっとそのおかげで、世間というものからは少し離れたところに身を置き、ささやかながらも、私は私なりの世界を持ち続けてこれまで生きてこれた、とも思うんだ。

                    *****

この「かみさまからのおくりもの」探しは、川口のちいさいおうち紅茶の落合さんからヒントをもらったもの。絵本は知っていても、こんなふうな味わいかたがあるって思いつかなかった。

ちいさいおうち紅茶は今年はじまったばかりだけれど、落合さんには長い年月、ちいさなひとたちと育んできた、わらべうたや絵本やおはなしの豊かな世界がある。だからごく自然に、それらをドアにしながら、集うひとたちが心ひらいていける場としての紅茶を育ててゆくのだろうな。

そう思うだけで、笑顔になる。うれしいのと、ありがとう、とで。

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コメント

Sueさんのコメントがすっと心に響きました。私は五歳位までは記憶はないけど小学校低学年のころはすねてた、素直でないと見られていた部分があったと思う。公民館行事で出かけた先で一人だけ写真撮らなかったり、その情景不思議と覚えています。先日「ほめ言葉のシャワー]送った70才の友人から「今の自分が一番好き」と返事が来ました。

投稿: 野の風 | 2008年8月 5日 (火) 13時50分

野の風さん
まあ、なんと不思議。幼稚園のころだと思うのですが、私だけが集合写真からはずれて、すねているところが、証拠写真としてのこっているのです。母の字で「すねている」とごていねいに解説までついて。

ほめ言葉のシャワーを70歳のお友だちに。うれしいな。
「今の自分が、、」の言葉、それこそ、最高のほめ言葉ですね、自分に贈る。
教えてくださって、ありがとうございました。

投稿: sue | 2008年8月 5日 (火) 23時27分

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