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2008年7月14日 (月)

能登へ

2週続けて能登へ。二つの高校の思春期講座の出前。

能登の保健センターが高校に呼びかけ、その高校や養護の先生からの希望をお聞きした上で、おはなしの中味を詰める。

あちらからのリクエストは、性感染症の予防・HIV/AIDSに関して・人権のこと・性教育・思春期のこころとからだに関して、の話を50分授業で、という、注文の多い料理店!でも考えてみれば、どれも互いにリンクしてるのだから、この中のどれか一つだけを、ということのほうが、むしろよっぽど不自然なことで。

性や生に関して語るようになって、15年たつ。こころ、と、生きる、で、性、という字。語らしてもらってきたおかげで、自分の生も、性も、生まれるも、生むも、生きるも、そして、性にはとりわけ互いのコミュニケーションが不可欠だってことも、学びなおせてきてよかったなあ、と思う。

今、私のまわりの信頼するひとたちと、性の話が語りあえる状況があるのもそのおつり。からかいやふざけでなしに、性の話、HIV・AIDSの話がしあえる関係って、カップルであれ夫婦、親子、ともだちであれ、それは大事な、とてもいい関係だと思っている。高校生たちにもそんな話をした。

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当初、3年生だけで聞く予定だったのが、前日になって校長さんが2年生も一緒に、となったW校。1年生はいない。能登にも高校再編の嵐が吹きまくってて、今の2年生が卒業した時点で、この学校は幕を閉じるんだ。

M高校では、1年生に話すことになってたけど、せっかくの機会と、3年生の前でも話すことに。この学校でも、学年によって生徒数がものすごく違う。能登の高校生は、きっと誰もが、自分の今いる学校の今後や、自分の将来に、他地区の子たち以上にいろんな不安を持ってることだろうな。

3つの場面で、亡くなった兄の話も。これは以前は語らなかったことだ。それから、紅茶に来てた若者の話や、こころが便秘する話や、性の話や、何より、自分で自分のことを、むずかしいけど、認めてあげられるひとでいてほしいこと、など。

終わりあたりで、「ほめ言葉のシャワー」から「十分にすごいこと」と、それにつづくいくつかのほめ言葉を朗読。それから、「3億の一つがぼくになった」ではじまる「ぼく」の詩も。

限られた時間の中で、HIV/AIDSについてくわしく話すのはむずかしいので、15年前の小学4年生たちとした授業が収まってる「出逢いのタペストリイ」を、保健室においてもらう。養護の先生に本の贈呈式!をして、授業終了。

どちらの高校にも、県立看護大と金大の看護学科の学生さんたちがちょうど行政の実習で参加してくれてて、ほめことばのシャワーにもいっぱい感じるものがあったみたいだ。そればかりか、校長先生や養護の先生、若い男の先生までも。養護の先生の分のほめシャワ代を、校長先生が一時たてかえで、自分のとあわせてお買い上げくださったのがほほえましく、うれしかった。

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