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2008年8月12日 (火)

ひ・にちじょう

森のひびきのコンサートに、一番遠くから聴きにきてたのは、川越紅茶のジュンコさん、ヒデコさん。

去年秋の原始林窯展@川越紅茶にあわせて、ジュンコさん、げん・こりんさんたちに、福井さんのCDをお届けしたのだった。以来、ずっとずっと聴き続けてたというジュンコさん。津幡にくるのは4年ぶり。

森のひびきの幹さんと由美さんにじかに逢ってみて、生で聴いてみて、放課後の夕ご飯にも語りあってーー。庭森のそんな時間のなかで、どうしても聴きに行きたい!って思ってたわけがわかったみたいだった。

ほんとに来ることができて、よかった、よかったねえ、二人とも。そんな顔、見れることがまた、私のしあわせ。

       ****

翌日は、私の好きな場所に二人をお連れする。

まるびぃこと、金沢の21世紀美術館。

まるびぃには、フリーで楽しめる展示や空間がいくつもある。水のなかに人がいるスイミングプールや、空と対話するタレルの部屋や、緑の植物が壁のような緑の橋、などなど。

なかでも今回は、感情のテイスト、というメニューの展示に惹きこまれた。

「驚きの効いた楽しさと隠しきれない嬉しさのテイスト」

「後をひく悔しさと さらに怒りさえもこみあげるテイスト」

「恐ろしさと不安がゆっくりと交じり合うテイスト」「痛快さのテイスト」

などと名づけられたメニューの食材は、カリフラワーやマッシュルームやアメリカンチェリーや海藻やオリーブやカシューナッツ、、、だったりする。

感情に、こんなにもたくさんの言葉があって、しかもそれを食で表現する試みに驚く。
                   ↓
http://www.kanazawa21.jp/designgallery/foodcreation.html#menusample

自分の感情に名前をつけてみる、なんてワークショップもできそうね、といった話がしあえるのも、川越で紅茶が生まれて6年あまりたち、ことしからは「きもちブーケ」とよぶ、コミュニケーション紅茶(こちらで言う、「ともの時間」的な)もしているおかげ。

               ****

ランチは、ぶどうの木で。今が旬のぶどう棚の下で食べるお昼ごはんは、そのまま、場所を移動した3人紅茶の時間だ。ときおり、ともの時間みたいでもあったけど。

主婦が泊りがけの旅をする、ってとても大きなこと。ある意味、心の冒険。

いっとき、非日常に身を置くことで、逆に、日常の持つ輝きを実感できたりする。心がひろがって、いつもの自分の台所からは見えにくかったことが、あ!と見えてきたりもする。

そんなおつりのいっぱいある旅が、いい旅、と思う。

冒険したね、二人とも。貴重な時間を、ありがとう。

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コメント

スゥさんが、おっしゃっていた言葉。
主婦が、泊りがけの旅をするってとても大きなこと。
ある意味心の冒険。
いっとき、非日常に身を置くことで、逆に日常の持つ輝きを
実感できたりする。心が広がっていつもの自分の台所からは、見えにくかったことが見えてきたりもする。そんな、おつりのいっぱいある旅がいいと思う。ってとこ。ほんとに
そうなんだよね。って気がした。ちょっと私の場合、意味合いも少しちがってたかも知れないけど、長男が大学生の時の四年間は、私にとって今もしあわせな想いが、蘇る宝の時間なんだ。うつが今よりずっとずっとひどくてしんどかった時だったから、息子が、仙台に居るその事で何かと
仙台に足を運べた時代。しあわせだった。家に居るだけで
ときおり息苦しく、たまらない気持ちが、強くなってくるのが
私の仙台行きのシグナルだったみたいだ。
夫がいつもいっぱい楽しんできなって駅まで、送ってくれたっけ。そして、自分の毎月のささやかなお小遣いからいくらかのお金を工面して、いつも貧乏旅行の私にこれで、いっしょに、ご飯食べておいでって手渡してくれたっけ。
本当に感謝してたし、今でもありがたく思っているよ。
だってね。あの旅が今の私を形づくっているもの。仙台の街で、解き放たれた私の心は、本当に自由にのびのび
手足を伸ばして楽な気持ちになれたもの。何にも制約されず、気をつかわず。大好きな宮城県美術館の佐藤忠良さんのブロンズ像をのんびり時間かけ見学しながら、いつも
館内にあるカフェのテラスで昼食やお茶を頂くのが、お決まりコ-スだったんだ。こころがほんとに広がっていく時間だった。お金は、いつもぎりぎで、しんどかったりもしたけど
旅に出してもらえたそのことだけで、心が救われていた。
多いときは、年に三度くらいも仙台に行けてしあわせだった。だから、息子が、卒業して、引越しを手伝いに行ったときは、辛かった。もう、ここには、これないのかなって思って。舅たちには、理解できない旅だったもの。悲しかった。
でも、残ってる私の心に自由を感じたあの時間。ほんとに
宝の時間だったと思えているもの。今から思えば、貴重な時間だったものなあ。

投稿: 津軽・today | 2008年8月14日 (木) 21時19分

todayさん
仙台への旅は、自分に還れるとくべつな時間だったのですね。
その旅の意味を、わかってくれてるひとがいたみたいで、よかった、と想いました。まわりのすべてのひとにはとうてい理解されないことでも。

投稿: sue | 2008年8月14日 (木) 23時54分

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