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2008年9月 1日 (月)

how を越えて

8月のともの時間には、クッキングハウスの若者、Kくんが参加した。

SSTのロールプレイの時、彼があるお母さんの息子役をすることになった。お母さんに向かって、非難めいた口調の「あなたメッセージ」でいってほしい場面なのだけれど、いかんせん、彼の言葉がやわらかいのだ。

あなたメッセージの、相手を攻撃する口調でなかなか言えないことに、彼自身もあれれ?という表情。

そういえば、松浦さんからも、「いつも私メッセージばかり言ってるから、あなたメッセージの言い方忘れちゃった」と聞いてびっくりした覚えがあるけど、そのことが、ここでも部分的に裏付けられた?かな。

ひっくりかえせば、いつもけなされ、責められ、命令される言葉ばかりあびてたら(なんとうれしくないシャワー)、返す方だって、それを返したくなるよなあ。いつも上から命令口調で言われていると、今度は自分より弱いものに、そのボールを無意識に投げてしまうように。

                   ***

何人かのひとと、私とも、彼と親子の役でロールプレイ。最後に、その課題をだしたお母さんと彼との場面で、おもわず胸がいっぱいになった。SSTの2番目のSはスキルの頭文字だけど、スキルなどはるかに越えた、きもち、がからだ全体からにじみでていて、言葉以上のものがたしかに、まわりにいる私たちにまで伝わったのだ。

ロールプレイ、と聞くと、シナリオがあって、せりふをきめて言ってみる、演じてみる、と取るひともいるかもしれない。でも私が願うSSTはそういうものではないと感じてるし、そのことを仲間にも実感してほしいと、いつも思ってる。

そのひとのことを大切に想っていて、どうしてもこれだけは伝えたい!というきもちがあるとき、それは、how・どのように・どうやって、というものを越えて、きっと伝わっていくんだ、と信じたい。

そう思わせてくれる、ともの時間でした。

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