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2008年10月30日 (木)

祈りがはいってるんだ

Photo 麻の葉・網代・青海波・籠目・蛸唐草・七宝・矢羽・四ツ割花紋

   ーーーまではなんとなく読めそうでも、

砥草・麦藁手・菱青海・三重襷・雷門 となると、いったいなんて読むのやら。とくさ・むぎわらで・ひしせいかい・みえだすき・らいもん、と読むのだそうだ。その他にも、格子・花唐草・変り砥草・太い格子、などなど。

4回目になる今回の原始林窯展では、日本の紋様の名前をいろいろと教えてもらった。ひとつひとつの紋様に、祈りの意味がこめられていることも。

準備の日から数えると3日間。紅茶ギャラリーにゆったり身をおいて、今回もまた、げんさん・こりんちゃんから、働き方、生き方、の話をなにげなく、だけどいっぱい聴くことができた。

「ある作品展にきてくださった老子さまにね、どういうきもちで描いているのか、ってきかれたんです。

絵付けしてるときって ーーー 淡々としてて、そんなにピーンと集中してる感じじゃなくて、でもいつも、これを使ってくださるかたが、少しでもほっとできますように、おだやかでいられますように、幸せになりますように、そして平和でありますように、って祈りを込めながら模様を描いてると思います。

そうお返事したら、老子さまが、写経とそっくりですね、って。」

と、こりんちゃん。

「細い線をすっすっと描きだしてみて、いつもとは限らないけど調子がいいときは、とても冷静に自分の手が見えるんです。頭の上に一本アンテナが立った感じで、自分の手なのに、まるで誰かが動かしてくれてるみたいに、勝手に動いて、ひたすら線を描くのがここちいい。

遅めの朝ごはんのあと、書き出したら夜までずっと。お昼はたいてい食べないです。細かい模様は、とちゅうで長く休むと調子をくずしちゃって戻れなくなるから。夜ごはんたべて、また遅くまで描くけど、でもそれって、ちっとも苦しいしごとじゃないんです」

たった一個の注文からつくる、というげん・こりんさんの仕事の仕方を知ってる人はもう驚かないけど、はじめてのひとはたいていびっくりする。

この大きさのおちゃわんで、デザインはこのお皿のこの花で、それに一枚ずつ家族の名前を描きいれて。そういうわがままな願いをきいてもらえるうれしさ。しかも、個別の注文でも、お値段はかわらない。

「私たちのしてることは、橋渡し、みたいなものかも。誰かの、こういうものをつくってほしいんだけど、とか、赤ちゃんの小さい手でも持ちやすいこういうお茶碗があったらいいなあ、という願いをお預かりして、それをかたちにしていくのがしごとだから。でもそれって、すごーくしあわせなしごと」

それが、27年前からの原始林窯のやりかた。私も2年前に、翔とマーガリンのお皿を頼んで作っておいてもらって、本当によかったと毎日使いながら思うのです。

作品展会場で、本職はなんですか、とか、どこでお教室開いてるんですか、ってふたりはよく聞かれるそうだ。

やきものだけをなりわいにしているひとは、どうもそう多くないみたい。本当にそれだけでやってきた二人にとって、働くと暮らすと生きる、は、線引きのできない、並列のものらしいよ。

割に合う、合わない、という言葉をちかごろよく耳にする。その価値観では、決してはかれない、げん・こりんのしごとスタイル。でもそれで27年間、食べてこれたからね、たくさんのごほうびいただいてるしね、って言いあう二人の顔が、なんともおだやかで、出逢ったそのころからもずっとそんなふうで、変わらない、ということのすてきさを、しみじみと味わった3日間でした。

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コメント

ブログ読んでいて、涙がすぅっと流れた。
こころの奥にあたたかな風を感じた。
そっかぁ。すごいことだね。ひとつひとつの器が
手書きで、使う方々のことを思い祈りつつ書いていらっしゃるってとこに。スウさんが、げん・こりん夫妻を大好きって
おっしゃる意味もほんの少しでしょうが、私にも伝わるものが、あったからの涙かな。我が家で・・・。相も変わらず
自分が一番の誰かさんが、威圧的なものいいで
、何か話すたびに、傷ついていた日々。てもね。このごろ
私、想うの。こんな風にしか、物言えぬ人のこと。ある意味
自分で気づかずに、誰も逆らうこともなく日々過ごしてきた
人に。同情や哀れみとかでは、なくてこころから悲しいと
想うの。そういう環境でしか生きてこれなかったのだもの。
切ないひとだなぁと想われてならないの。自分の息子の
男泣きの涙のその本当の意味さへ。知ろうとする努力を
しないで、生きてきた人だからね。そして、自分はまだ
大丈夫と想うの。人の振り見てわが振りなおせってむかしの人は、いうでしょう?その意味も私やっと今、理解しつつ
あるのかなって。あたたかで豊かな澄んだ秋空のような
原始林窯のおふたりにこの場をお借りして会えてよかった
なあ。私も幸せな人だなあ。て想うよ。このところ、私の態度が以前とは、違うようで、何かが少しづつ変わりつつ
あるなあと、感じているの。夫にも息子にも目に見えぬほどの小さな、我が家の前進みたいなものかな。私のわんこ
ベルへの態度でね。まわりが少しづつだけれど。とにかく
自分の出来ることを、精一杯しようよ。て感じなかな。
スウさんに、会えて、この場に会えて良かった。この家に
お嫁にきて二十五年で、初めて本当に幸せって思える
クリスマスや年末を迎えられそうな気がしているの。確かに、息子のことはね、いろいろあるにせよ。優しい子だもの。パソコンの待ちうけ画面?かな。大好きな猫ちゃんに
変えててくれたり。真夜中に起きててベルのこと。心配
して、力かしてくれたり。言われなくても、そういうことは
してくれる息子なの。そして、見習うべきは、あまり人のこと。悪く言わないとこ。私は、まだまだだめ母さん。すぐ
愚痴言いたくなるもの。なってないぞう。って自分で思うもん。でも、それも私なんだもん。嘘で自分の心固めたくない
だけなんたもの。自分に嘘つけないもの。人にもつけない
けどね。正直に生きたいだけだもの。

この場で、本当に会ったことのないけれど、
すてきな、すてきな方々に会えている今の自分のなんと
しあわせなこと。そしてげんさん、こりんさんまた、いつか
すてきな器見せてくださいね。そして、何よりお元気でね。
スウさん、もともと私実家が、旅館ってこともあり、何ヶ月かに一度くらいの割合で、九州の有田焼の問屋さんが
家に瀬戸物を持って売りにきてらしたの。それを亡くなった
祖母と並んで、瀬戸物を見ていたってことが。きっと焼き物が、好きに結びついていったのだと思うのね。そしてね。
今の出会い。素敵でわくわくして心ときめく出会いを
本当にありがとうね。桜のお皿ね。本当に心から離れません。まして、どんなふうにつくられているかをお聞きして
しまったのですもの。

いろいろと問題点はあるにせよ。親ならば、それをすべてひっくるめて、彼の個性と見てあげたいもの。私だって
いいとこもね、悪いとこもあるにんげんなんだもの。

投稿: 津軽・today | 2008年10月30日 (木) 20時24分

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