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2009年4月28日 (火)

ほめ言葉のシャワーから平和へ

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  ティールームのこの日のケーキは、9のにんじんケーキ!

クッキングハウスのティールームは、40人の、お客さま+メンバー+スタッフで超満員。初の親子二人三脚での出前紅茶、私はともかく、娘はどんなに心臓ばくばくしてたろうか、と思う。

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これまでの「ほめ言葉のシャワー」のワークショップで、私がみなさんからお預かりして手元にある300近くのほめ言葉を、本にすることになったのが去年の4月。

その言葉たちを一度に目の前にしたとき、娘は、さあ、ここからいったいどうやって本にしていったらいいのだろう、と途方にくれたそうだ。

自分で自分をほめるなんてことが、実はとってもとても苦手な娘。そんな自分がうっかり?本づくりを引きうけてしまった・・・!

いっぱい涙したり、悩んだり、考えたり、さんざんまわり道をしたそのあとで、 やっとこんなふうに ーー たとえどんな自分であっても、わたしはほかの誰ともとりかえがきかない存在なんだ、わたしはわたしを大切に想っていいし、あなたもあなたを大切に想っていい、その大切さはたがいに行ったり来たりなんだ、と思える地点にたどりつくまでの、こころの旅の話。

まるいあたまの私と、しかくいあたまの娘、親子ながらこんなにも違う二人が、不思議な化学反応をおこしながらの協働作業で本をつくっていった過程についても。

出前のおはなし、後半部分では、「わたし」からはじまる娘オリジナルの憲法解釈が、実にダイナミックに展開していき、それはそれは不思議な、でも、今回の松浦さんからの出前注文、「ほめ言葉のシャワーから平和へ」という題にふさわしい、中味の濃い時間にもなっていき。

めっちゃキンチョーしながら、でも誠実に自分を見つめて、ひとつひとつ言葉をえらんで語ってた娘に、めちゃめちゃ感動しながら熱い拍手を送ってた私。

そしてまた、そんなきもちを経て、あの本づくりが娘の中で進んでいったからこそ、読んでさびしい気持ちになるひとがどうかいませんように、の願いがこめられ、いろんなひとのこころをやさしく開く鍵にもなる、あの本ができあがっていったんだろな、ってつくづく思った。

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何より、このテーマを選んでくださった松浦さんの目の確かさと、どんな話をしても、その奥にあるきもちを本当にていねいに聴いてくれるクッキングハウスという場の持つちから ーー それは去年、私が自分のこころの平和についての話をしたときにもいっぱい感じたことだけど --  いつもそれを信じられることが、大きな安心だし、まさにすごいことだなあ、と今まで以上に深く深く。

娘も、はじめてこんなにたくさんのひとの前で自分を語ったけど、それができたのはきっとクッキングハウスだったから、と。

うん、その場に満ちてるやさしいちからが、ひとのこころに勇気をださせてくれるんだろうなあ、としみじみ思いました。

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なんとも貴重な機会をプレゼントしてくださった松浦さん、私たちを待ちに待っててくださったメンバー、スタッフ、そして遠くからも聞きにきてくださった方たち、ありがとう。

川越紅茶のジュンコさん、なみちゃん、きやさん、川崎のマキコさんとほめシャワ「ちょこっと改訂版によせて」に登場してくれたお母さん、石川から運よくこの日に来れたmizuhoさん、池袋の「たまにはtsukiでも眺めましょ」の高坂さんのパートナーさん、それにそれに、私を中学生のときから知ってて、水野の父とも姉とも深いつながりの鎌倉の弁護士さん・敏子先生まで!

お名前書ききれないけど、あの時間を共有してくださったお一人ひとり、本当にありがとうございました。

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2009年4月22日 (水)

身の丈みのたけ、のおまじない

Cailztsb 紅茶の玄関先は、いま春爛漫。

ムスカリ、忘れな草、白いスミレ、ヴィオラ、もう散りぎわの、プリメラ・メラコイデス(つい、桜草、と言ってしまうけど)。

そして、地に落ちてまだ咲いてるような、桜の花びら、お向かいの家から舞ってくる桃の花びら。

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おとといの出前先は富山。心の病気のご家族をもつ方たちの総会によばれて。

はじめての場所 + どうして私にお呼びがかかったのか今いちわからなくて、行く前からめちゃくちゃ緊張してた。

会長さんがにこにこ顔で迎えてくださる。去年の春、石川の看護大で30分だけ話したのを聴いてくださってたんだとわかり、ちょっとだけ安心。それでも、私より年上の方々(しかも男の方が多い)がずらっと深刻そうなお顔で待ち構えるなかで話し始めるのは、やっぱり相当にどきどきするものだ。

こういうときのおまじない。身の丈みのたけ等身大、と自分に言い聞かせる。

紅茶のこと、クッキングハウスから学んだこと、ともの時間でいつもしていることを語る。もちろん、ほめ言葉のシャワーのこと、相手のいいところを見つけるのにも、それを伝えるのにも、練習が必要、ってこと、具体的に伝える。

いつもの私なら、話の間に、じゃちょっとやってみませんか、ってワークショップを織り込むところだけど、この日は早い段階でその計画をすっぱり手放した。空気が硬いときは、無理しちゃいけないんだ。

そのかわり、お顔がわかる会長さんや、司会役のお父さんに相手役になってもらって、「聴く練習」や、「ほめ言葉」のちょこっと実演。あとは、私の一人二役。お母さん役になったり、息子役をしてみたり。みなさんのなかから笑い声が出てきた時、ほんとにほっとした。

この日のほとんどのかたは、クッキングハウスをご存じなかったけど、レストランでのメンバーさんたちの様子、楽しくコミュニケーションの練習を日常的にしてるとこなど紹介して、最後に、クッキングハウスから出ているSSTの本や、市民公開講座のメンタルヘルスガイドブックの宣伝をすると、ほんとに!あっという間にみなさん手にとって買ってくださった。たくさん持っていった「ほめシャワー」もたちまち完売。

司会のお父さんが、会の終わりに、「なんとも、ものすごく、不思議な、紅茶の時間でした。SSTのことも、言葉では知っていたけれど、ああ、こういうことなのか、ととてもリアルに感じられました」とうれしいシャワーみたいな感想をいってくださった。

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今日早速、富山の病院デイケアから、ほめシャワーのご注文。おとといの家族会でどなたかが買ってくださった一冊が、その家の息子さんか娘さんの手に渡り、デイケアに持って行ってスタッフに見せてくれたんだね。

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明日23日の朝の電車で東京へ。東京駅で娘とおちあって、24日クッキングハウスでの、二人三脚出前のうちあわせ。

不思議なティールームで、お会いできること、楽しみにしています。1:30からティータイム、話し始めるのは2:00から。

27日夜にもどるので、それまではパソコン見れません、あしからず。

水曜日の4月29日、5月6日、どちらも紅茶はふつうにopenしてます。

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2009年4月19日 (日)

アチチチ・・・・

Cafce0g8 ← もう葉桜になってしまったけど、せっかく咲いたのだもの、遅刻でも登場してもらおう、わが家の桜。

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アチチチッ・・・!っと、お尻に火がつかないと、なかなかいのみら通信を書きださない私。

いのみら伝言板でお知らせする最初の出前紅茶の日の、すくなくとも5日前には相手先に届くよう逆算して、今書かなきゃもう間にあわない!ってなって、あせって書き始める。

で、今回も。

夢中で書いてるときの私のあたまはおそらく、いや、ぜったい、QPさんのとんがったあたま以上にとんがってて、そこからいのみらアンテナが突起し、そのアンテナがキャッチしたもろもろから、今号でお伝えしたいことがらを、ジグソーパズルのように組み合わせ、B4サイズ×4枚にはめこんでく作業をしてるのだ。

ふだんはそうとう弛緩してる私のあたまが、このときばかりは居眠りもせずフル回転フル稼動。で、これがけっこうスリル満点な時間で、どきどきわくわく、おおいに私のあたま活性化に役立ってくれてる気がする。(っていっても、年に2,3回しか通信出さないからなあ、効果がどのくらい持続するか、あやしいもんだけど)

水曜の午前中に印刷やさんが届けてくれたいのみらを、たまたまこの日の午後の紅茶にきたひとと一緒に、家内制手工業で、せっせせっせと2枚組みに。

この日も8人の作業で紅茶の時間内にぜんぶ組みあがった。紅茶にずっと来てる若者が、前回のときよりずっと自然に自分から、こころよく、手伝ってくれるのも、うれしい変化だ。

それから超特急で発送作業。手渡し分は別として、500部ちかく、今回は4日で出し終えた。えらいじぃ~~~~!(じぃ~~~、は金沢弁)。でも、はっと気がついたら残り部数が意外に少なくて、ありゃ、もっと刷っておくべきやった、と計算の甘さを反省中。

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というわけで忙しくしてて、この場所ににくるのもひさしぶり。ほっと一段落したと思ったら、もう今週は東京に行くのだった。ま、ちょっと気持ちひとやすみしてから、その準備にかかりませう。

まずはひとしごと終えました、のご報告。

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2009年4月 5日 (日)

星野さんの詩画展

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風はつめたいけど、やわらかな陽をあびながら、冬の枯れ葉をおしあげて、次つぎに咲く翔のスミレ。私のいちばん好きな早春の花。

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大和デパートで開かれている、星野富弘さんの「花の詩画展」に行ってきた。

入り口であるひとと待ち合わせ。何年ぶりにお会いするだろう。印刷のお仕事をされていた影山さんは、星野さんの存在を最初に私に教えてくださったひとだ。もう30数年前のこと。

そのころ出ていた立風書房の雑誌「いつかどこかで」には、たしか創刊号から星野さんのページがあり、同じ雑誌の中に、私のちいさなページ「スウの歳時記」(それがのちに、単行本の「てのひらごよみ」に)もあった。

星野さんの文章にも、絵に添えられた詩にも、とても強く惹かれて、富山で彼の詩画展が開かれたときに見にいった。そして、こういうことがもし金沢でもできたらすてきだなあ、と紅茶仲間のお母さんたちに、星野さんの詩画展を開きたいと思う?と声をかけたのだった。

1986年の春休み、だからちょうど23年前の今ごろ。このデパートが片町にあった最後の年の春に、ほとんどが子育て真っ最中の、紅茶の仲間たちが中心になって、それにもちろん、たっくさんのひとたちにもお手伝いいただいて、星野さんの花の詩画展が大和デパートで、入場無料で、すべてボランティアの手で、開かれたのだ。

会期中、紅茶の部屋は毎日、保育室になって、仲間がかわるがわる保母さんをして、会場係をするお母さんの幼子たちが、そこでお留守番してたっけ。未満児保育園を卒園して、幼稚園に入る前の娘も、その中の一人だった。

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30年間の、星野さんの詩画が展示された会場。ゆっくりゆっくり、作品と対面した。再会する絵もあり、はじめまして、の絵もあり。

神さまであるあなた(You)への詩もいくつか。まじめな言葉の書き出しで、終わりにおもわずくすっと笑ってしまう、星野さん独特のセンス・オブ・ユーモアが好き。「芙蓉の花」の絵にそえられた、神さまの扶養(ふよう)家族、という詩は、何度よんでも楽しい、そして、深い。

数年前の七尾展のときにはついていなかった英訳が、すべての詩に添えられていて、日本語と英語をあじわいながら、会場をまわった。

There is no short cut in life.

How much I appreciate---

I will walk in loneliness when I’m lonely.

Only one thing is needed for a man.などなど。

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詩画展は、あさって、4月7日まで。香林坊大和にて。

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2009年4月 4日 (土)

wow-net に来てみませんか

wow-net(わう・ねっと)は、私がずっと参加しているワークショップの月一回の自主勉強会。誰でもどうぞ、でこれまでも来たけれど、10年になる節目の今年に、すこし積極的に参加を呼びかけて仲間をふやしていこう、ということに。

  
2000年5月に、ワークショップを学ぶ会としてはじまったこの会には、ほどなくwow-netという名前がつきました。

workshop of workshop(ワークショップのためのワークショップ)の頭文字に、人のつながり/network を足したのが、名前の由来。もっと略して、ただ、wow・わう、って呼ぶ時もある。

          
正解も、結論も、決まった答えもない、のがワークショップ。
私たちのwowでは、ふだんは当たり前すぎて特別に考えようとはしないこと、
なにげなく通り過ぎてしまっていること、もっと知りたいこと、深めたいこと、などにていねいに光をあてて、いっしょに考えたり、動いたり、話したり放したり、書いたり描いたり、掘り下げたり、していきます。
これまでのテーマとして、
*怒り
*共感するってどんなこと?
*9条とわたし・平和
*失敗をこえて~ふりかえるということ
*自分と他者と
*否定的なひとりごとの掃除
*私の人生
*私の心の位置~~期待する・されること/あきらめる・あきらめないこと
*「ふつう」ってなんだ?~生きること・働くこと
*「世間」と「わたし」
*いま「生きている」ということ
*さまざまな絵画ワークショップ
って、思いつくまま書きだしたらこんなにいっぱいあって、われながらびっくり。
                
wow-netは、毎月最終月曜日 pm6:30~9:30 
金沢市高岡町の松ヶ枝福祉館3Fで、月例会をしています。
ワークショップに興味や関心のあるかたなら、どなたでも大歓迎。
月例会の参加費は、ビジター参加は1回につき100円、
メンバーとしての参加費は、年会費500円。
               
年に2回、春と秋に、拡大版wow-netも。
午前から午後にかけての半日ワークショップ、
紅茶が会場になるときは、「紅茶なwow」と呼ばれています。
テーマを決め、オリジナルのプログラムでメンバー以外のかたにも呼びかけて、というやりかたで、こちらも10年、開いてきました。
                 
参加しているひとたちと、ときにははじめて会うひとたちと、いつもとちょっと違う場面や感覚を体験しながら、たがいの違いやいろんな発想に驚き、やがて自分と他者が違うことそのものを認め合い、ひとりひとりが気づきを得ていく。
そういうワークショップの時間を積み重ねることによって、私自身は、ずいぶんと、ひとや、ものの見方が広がり、成長もさせてもらってきたように感じています。
毎週の紅茶の時間、コミュニケーションの練習の場・月いちのともの時間×3ヶ所、七尾のおかみさん勉強会のせんだんの集い、そして、このwow、と、私にとってはどれもみな、とても大切な場所です。

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wowやワークショップに関心おありのかた、ぜひ一度参加してみてください。
お返事をいただいた方には、4月例会・4月27日(月)のテーマを、追ってお知らせいたします。4月には行けないけど、wowには興味あり、というかたも、どうぞ、お知らせください。sue-miz@nifty.comまで。

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2009年4月 2日 (木)

声が届くということ

Cab5r7oa 翔のお墓のスミレと、フェンスのぐるりにからまるアケビの新芽のコラボレーション。あら、幼い葉っぱとともに、もう、花のつぼみがスタンバイしているよ。一輪挿しの中ほどにあるつぼみ、ちいさな写真だけど、見えますか。

この季節、一瞬一瞬、手のひらをひろげてゆく若葉、おもわず見とれて、本当に見飽きない。

                   ****

石川野々市のローカル放送局FM-N1、エイプリルフールの日の生放送。ずいぶんたくさんのかたが家や車のラジオで、パソコンで、聞いてらしたようだけど、思いがけない遠くのかたも、実は聞いてくださっていた。

午後は紅茶の日だったので、放送がおわってすぐ津幡にもどると、家に着くなりのタイミングで電話が鳴って、はずんだうれしそうな声で「聞きました!」

え!どうして知ってたの? 聞けば、お父さんが、紅茶なきもちのブログで見つけて知って、息子さんがパソコンでのラジオの聞き方を教えてくれて、とのこと。

このお母さんとは、遠くてめったに逢えない。いつも懸命に努力しておられるけど、いっぱいいっぱいになった時は、声が聴きたくて・・・とお電話くださる。

彼女がラジオを聞いてくれて、もちろんうれしい。それ以上にご家族の協力もうれしい。お父さんにも、息子さんにも、う~~~んとたくさんの、ありがとう、だね。

                 ***

N1コミュニティ・水曜日担当のポテトシスターズさん。お一人は、14年前のとくべつ紅茶に来たことのあるかただったと、もうおひとりは、なんと夫さんが、私たちが28年ほど前に乗ってた水色のビートルことフォルクスワーゲンの、3代目の持ち主だった、と判明。

一週間前にうちあわせでお会いして、「きもち」の本とシャワーbookをそれぞれ求められ、本番までに読んでくださってたので、わたしもそう緊張しないでおしゃべりできたかな、と思う。

と同時に、言葉を耳で聞く/聴くことと、文字で目にする/味わうこと、との違いにも、おおいに気づかされた時間でした。

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2009年4月 1日 (水)

もうひとつの、「生きる」

Carruzoa_2 ← なにげなく持ち上げたグラスの底の、光のアート。   

月いちワークショップ勉強会のwowが、年に2回ひらく拡大版wow。そのひとつが、この季節の、紅茶なwow。今年は、20代から60代まで、初対面のひとやワークショップはまったくはじめてというひといりまじっての、14人で。

今回のテーマのきっかけは、去年の秋、津幡図書館の「詩を楽しむ時間」できりりんさんから紹介された、谷川俊太郎 with friendsによる「生きる」(角川SSC)。

谷川さんの書いた詩「生きる」の、

「生きているということ いま生きているということ それはーーーということ」

の「---」に、それぞれの想いをつなげていく試み。

それをこの日、私たちは午前中から、

きもちの準備体操をし、子どものころの心象風景を描き、

おいしいもちよりランチをともにし、

お互いの肩がふれあうほどの輪になって谷川さんの「生きる」を輪読し、

それから、私たち一人ひとりの「生きる」をだしあっていった。

「生きているということ いま生きているということ それはーーー」

に続く言葉はあわせて100ちかくにもなり、それをまた14の声がゆっくりと読み上げていく。

7まわりか8まわりかして、すべての「いま生きているということ、それはーー」が読み上げられた瞬間、14人の輪のまんなかに、ほゎぁ~~っと、なんとも言えないしあわせな空気が流れた。
その空気を、全員感じてるのが感じられた、ふしぎな瞬間。

それから、自分の出した言葉、みんなから出てきた言葉、
そのどれを使ってもいい、何ページでもいい、思い思いの、my「生きる」bookを、その場で作った。

最後に、それぞれの作者による、もう一つの「生きる」の朗読。

それもまた、深く深くこころにしみてきた。

一つ一つはなにげない、生きている、と感じる瞬間。

Ca5cao4w 夕焼けを一緒にみあげるということ、も、
草原にねっころがって空を見上げるということ、も、
熱いなみだがこみあげるということ、も。
ごはんがたべられることだって、眠ることだって、
あたりまえに思えて、でもあたりまえじゃないひともいて、あたりまえじゃない日も時もあるし、あって。
そして、
語り合う仲間がいること、誰かと響きあうこと、
いとしく想うひとがいること、
老いること、いつか死ぬこと、
みんな、生きるということ、そのものだ。

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