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2009年6月27日 (土)

明日、紅茶shoppe

Photo_4 朝早くからウグイス、ホトトギス、シジュウカラ・・・たちの音楽がたえない、わが家の庭森。

明日はこの風景をバックに、5回目の紅茶shoppeがひらかれる。

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仲間たち思い思いの手作り作品のお店屋さん、ささやかながら、年に一度の紅茶のおまつりのようで、いつもわくわくする。

ことしもだいたい14,5の、風呂敷一枚分サイズのお店が出るもよう。

手縫いの作品小物・布ブローチ・箸ふくさ・9条しおり・焼き物の器たち・ヘンプのアクセサリー・「ほめシャワちょこっと英訳つき」・グリーティングカード各種・ビー玉ネックレス・チーズケーキ・米粉のケーキ・さつまいもチップス・国産小麦粉&無添加パン・おそらくクッキー各種・海苔ぺた玄米・ポテトサラダ・トマトサラダ・松前づけもどき・切干・煮豆・その他おかず各種、などなど・・・あとはいらしてのお楽しみ。

お店のopenは11:00から。開店準備は10:00から。お店屋さんもお客さんも、小銭と買い物袋ご持参でどうぞ。

みなさんのランチがすんでひと段落したところで、なにか楽しいことすこし。できれば、みんなで「不思議なレストラン」を歌いましょう。ピアノの伴奏つき(どうやって?!)。

お店のにぎわいが去ったあとも、紅茶は夕方までゆっくりあいています。どの時間でも、ふらりとお立ち寄りください。静かに楽しみたいかたは午後からのそんな時間帯にどうぞ。残り物にもきっとラッキー!がありますよ。

場所がわからないときは、telephone 076-288-6092

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ほめ言葉のシャワー・ちょこっと英訳つき

Photo おとなりの、沙羅双樹のひと枝。東京の姉の家にも、松浦さんちのお庭にも同じ木がある。お隣から伸びた枝を、わが家ようにいただいて。096

ナツツバキという名前でも呼ばれるらしい。花びんにいけて、ほどなく一輪が咲いた。               

Photo_2

紅茶shoppeめがけて、ぎりぎりたった今、西宮から、mai works「ほめ言葉のシャワー・ちょこっと英訳つき」がやってきた。

78のほめ言葉に英訳がついて(宣教師さんのジョンさんにずいぶん助けてもらい)、すべてのほめ言葉のページを娘がデザインしなおして。

去年の紅茶shoppeに初お目見えした初版のように、印刷から製本まで、完全手作りの私家限定版。お値段は100円upさせていただき、550円です。

版を重ね、今回で14刷目。版が変わるごとにすこしづつ育ち、進化してきたほめシャワ。

ふりかえれば、英訳つきほめシャワを、のきっかけは、アレンさんへのお見舞いに持っていっていただこう、と五つ、六つの言葉に英語を添えたことからだった。

今していること、今出逢っているひと、それが何であれ、誰であれ、さかのぼってその出発点をたどるとき(私はそれを、ハートすごろく、と呼んでいるのだけど)いつもいつも不思議でたまらないきもちにさせられる。

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Photo_2 mai worksからは、ほかに、グリーティングカードの新作もいくつか。ありがとう、や、おめでとう、や、39(thank you)カードなど。

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2009年6月25日 (木)

アレンさん

Photo

ことし3月に亡くなられたアレン・ネルソンさんの法要が、今日、加賀のお寺で。

3年ほど前の冬だったと思う、そのお寺でひらかれたアレンさんの非暴力トレーニング・ワークショップに私もまぜてもらった。本当の戦争を語る、アレンさんの講演会以上に、アレンさんの人がらがじかに感じられる、忘れられない一泊二日の時間だった。

このとき教えていただいた、自分を卑下することは自分に対する暴力、という彼の言葉、今も、何度でも思い出す。

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アレンさんの奥様もニューヨークから見えて、お骨もこのお寺に納められる。

今日は、石川県内はもちろん、全国からネルソンさんを知るひとたちが150人ほど集まるとのこと。私たち夫婦も、内灘、金沢の友人と、その時間をわけていただきに。

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2009年6月24日 (水)

Susanさんにとっての、歌

Photo カルミア、という木に咲く花のひとつぶひとつぶ、まるでコンペイトウみたい。

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日曜日の、「題名のない音楽会」に出演していたSusan Osbornさん。インタビューにこたえて言ってらしたことは、この4月、白山ろくでのヴォイス・ワークショップの時に、私たちに話してくださったことまったくおんなじ。いま、ここに生きて在ること、そのことに心から感謝している、というSusanさんの態度も、あのときと同じ。

司会者が質問する。

声のワークショップではどういうことをしてらっしゃるのですか。

ーーー 私にもあまりはっきりとはわかっていません、でも、誰もが歌い手である、ということをみなさんに知ってもらいたくて、こういうことをしているのです。

すべてのひとは、生まれながらにして歌い手です。かつて、人びとは毎日一緒に歌っていた、そういう時代がありましたよね。それってとても大切なこと。

Susanさんにとって、歌、とはなんですか。

ーーー私はこれまでずっと歌って生きてきたので、いろいろな意味がありますけれど、今は、静寂にたどりつくために歌っているのだ、と気づきました。

ある意味、本当の音楽というものは、歌が終わった後に存在するのです。あとに残る、音楽によって創造された空間、それが本当の音楽です。

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Susanさんが日本の歌に英語の歌詞をつけたGraduation,その意味がほんとうに味わい深く、私の心に響いて、なんとかしてみんなして歌いたくって、Susanさんの言葉のたましいをそこなわぬようにしながら、日本語の詞をつけてみた。

京都の友人が、それはそれはすてきな伴奏をピアノで弾いてくれて、それを毎日パソコンで聴いている、その曲に日本語の歌詞をのせながら。

ただいま、練習中。いつの日か、ともに歌いましょう。私たちは誰もが、生まれながらにして歌い手、というSusanさんの言葉を信じて。

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2009年6月20日 (土)

5回目の紅茶shoppe

Photo 去年はたったひとつしか花をつけなかった八重のどくだみ。今年の花はいくつ咲くかな。

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5回目になる紅茶shoppe(これで、ショップ、と読みます。風変わりなお店、という意味だそう)
6月28日(日) 午前11:00よりopen  (開店準備は10:00から)
            @津幡町の水野宅  tel:076-288-6092
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年に一度、それぞれの手づくり作品を風呂敷サイズの"お店”にならべて、誰でもshoppeの店長さんになれるのが、この日。
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小物、アクセサリー、ケーキやクッキー、おかず、ご飯もの、何屋さんでもOK.今年は、素朴な陶器のお店もありますよ。
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店長さんになりたいひとは今からでも間にあうので、どうぞお申し込みを。エントリー料はいただきません。
しっかりお商売して、お客さんと出逢って、おしゃべりを楽しんで、
また新しいつながりの糸を結んでください。
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お店やさんするひとも、お客さんするひとも、どちらも大歓迎。
売切れ次第、閉店するお店もあります。お早めにどうぞ。
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品物がなくなっても、shoppeは夕方までひらいています。
お気軽にふらりとお寄りください。お待ちしています。

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2009年6月16日 (火)

アジサイのとき

Photo_5 東京、姉の家のアジサイ。

雨にぬれた姿がまたうつくしい。こんな鮮やかな色で咲くこともあるんだと、今回初めて知った。東京の家で過ごすのは、一回の上京につき、いつも数日なので、早すぎても遅すぎても、花のときにまにあわないことがしょっちゅう。

Photo_6 同じアジサイの木に、こんな色も咲いてた。これはいつものおなじみの水色。

どちらも誰かに見てもらいたくて、家から直接お訪ねするちいさいおうちと、JHC板橋のクラブハウス、サン・マリーナには、花束にして持っていった。

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東京にいる間、毎晩、めずらしく娘が電話をかけてきた。日中ひとと会ってるときはともかく、水野の家にひとりでいたら、きっと想い出しているだろう、と気遣ってくれていたこと、知っていたよ。

たしかに、ふっとマガの声を聴くような、足あとを感じるような、やわらかい毛にふれるような、不思議な感覚は今もまだ続いている。

それは津幡にもどってからもそうだ。とりわけ、床のあちこちに残る、吐きあとの白い地図を見たり、2階で何か音がすると、マガが自分の指定席にしていた和ダンスから、どた、っと飛び降りる音に聞こえたり、娘の部屋にはいるとすぐベッドに目が行って、そこに小さくまるまって寝てる姿がありそうに思う。

翔のときもそうだったなあ、ベランダをかつかつ、と歩く足音。なにか動く気配がすれば、思わず翔にみえて仕方なかった日々。

マガのいのちの日のおそらく一、二日前。自分でトイレの砂箱にいったあと、ぬれた足のまま歩いたのだろう、肉球のかたちのかすれた足あとが、ほんのわずかだけど、まだ台所の隅に残っている。ここだけはまだしばらく、雑巾でふかずにおいておこうと思う。

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Photo_3 5月は、20日過ぎからマガの体調が気になって、眠りの浅い日が続いていた。実をいうと、東京へは行けないかも、と思っていたので、出前のプログラムを練りだしたのも、行く直前になってからだった。

その週はたまたま、近くの出前紅茶が二つに、ともの時間など、いろいろあったなかを夢中ですごし、きもち張りつめたまま、マガのいのちの日のことを書きーーマガのことを書かずに東京に行ったら、逆にそのことが気になって、出前に集中できない自分がわかっていたからーーそして一気に東京に突入したのだった。

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川越紅茶の日。ワークショップが無事にすみ、持ちよりランチもすんで、午後に用事のあるひとが帰り支度をはじめるころになって、急に、私はへろへろふわふわ~、となり、それから突然、睡魔がおしよせた。

そんな私の一瞬をのがさなかった川越紅茶のMさんが、「スウさん、眠たいんじゃない?さあ、ここで寝なさい、ほら、枕」と大きなお母さんみたいに言ってくれたものだから、私はそのままその言葉に身をゆだねて、毛布までかけてもらって、たぶん5秒で寝てしまったんだ。目がさめたら一時間はたっていて、Mさんもみんなも、もう帰ったあとだった。

というわけで、川越紅茶9歳の記念撮影は、この日は、なし。私の寝顔に、おやすみなさいを言って、 みんな帰っていったそうだ。

どこででもすぐ寝ちゃうので有名な私だけど、さすがに出前先では初。よっぽど安心してたんだろう。そして、緊張の糸もやっとすこしゆるんだんだろう。

何度想い出しても笑えてきちゃう、9歳バースデイ紅茶のひとこま。寝かせてくれて、ほんと、ありがとさんでした。

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2009年6月15日 (月)

おしらせあれこれ

096 新潟のTさんが鉢ごと持ってきてくれたハツユキカズラ。根をつけたまま抜いて、花びんにさしたら、若葉も根も、どんどん伸びて伸びて。

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6月21日、朝9:00からのテレビ朝日「題名のない音楽会」で、
Susan Osbornさんが歌う。

スーザンさんは、日本が大だい好きで、日本の唱歌もたくさん歌っているひと。もし、日曜の朝、お時間あったらみてくださいな。

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映画「地球交響曲第3番」のなかで、なつかしい日本のメロディーに、自身で英語の歌詞をつけ、歌っていたスーザンさん。
何度も何度もその歌、「Graduation」を聴くうち、私にもすこしずつ歌詞の意味がわかってきて、歌声もだけど、なんてすばらしい歌詞だろう!って思った。
          
今年の4月、白山でスーザンさんの「ヴォイス・ワークショップ」があると知って、迷わず参加をきめたのも、スーザンさんの声と、その歌に惹かれたことが大きかったんだと思う。

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おなじく6月21日(日)
映画「夕凪の街 桜の国」 上映会。
1:30~3:30 @香林坊の教育会館

こうの史代さんが、静かにヒロシマを描いた同名の漫画がとても話題になり、
これはその作品の映画化。主演は田中麗奈、麻生久美子ほか。
主催は「核戦争を防止する石川医師の会」
入場無料ですが、会場で原爆症認定訴訟のカンパをお願いしたいとのこと。

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7月13日(月)
6人の女優さんたちによる朗読劇

「夏の雲は忘れない~1945・ヒロシマ ナガサキ」

6:30開場 7:00開演 @尾山町の文教会館ホール
一般 2500円(当日3000円)
学生 1500円 高校生以下 1000円
前売り券、うちにあります。

朗読劇「この子たちの夏~1945 ヒロシマ・ナガサキ」がもう演じられないことになって、「この子たち」にかかわってきた18人の女優さんたちが、自分たちでまったくあたらしく脚本を作り直し、自分たちでポスターもつくり、これからも演じ続けていこうと決心した作品。

               ***

「この子たちの夏」を聞いたことある方も、まだ一度も聞いたことない方も、この夏に初演の、「夏の雲は忘れない」をぜひ!

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東京days

東京の日曜日は、プライベートSunday。

20年前、新人記者として初任地の金沢で数年くらしたみねちゃんと、5年ぶりに会ってランチ。

そのころ、私たち一家は大手町のマンションで暮らしていたので、すぐそばの検察庁帰りに、みねちゃんたち、若い女性記者さんたちはしばしば紅茶に寄って、ほっと一息のティータイムをしていたものだ。誰もが、取材目的でなくきてたのがよかった。時にそこからひょいと記事が生まれたことも、もちろんあったけど。

紅茶のことを、人間交差点みたい、と表現してたのは、みねちゃんだったかもしれない。転勤してもいのみら通信を読み続けてくれてて、5年前、西東京紅茶で、翼くんをゲストに「介助という仕事」の話しをしてもらったとき、再会して以来だった。

彼女は今も新聞社にいて、「医」直接というより、「医療」のまわりで、生きることの質のゆたかさを考え、動いてるひとたちに関心を持ち続けているらしい。前日の土曜も、金沢大学の先生で、すばらしい保健師でもある、私の知り合いさんと研修会で一緒だった、というシンクロ。

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この日私は、夕方から松浦さんちへ。お宅の居間で、時間をかけてていねいに、自力整体のちゆゆをする。クッキングハウスの総会を終え、ハワイに行き、帰ってきたばかりの松浦さん。ちゆゆをしたあとは、それまでたまっていた疲れが二人とも出たのか、どこもかもふにゃふにゃにゆるんで、その顔が二人ともすっごくおかしかった!

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東京の最終日は、板橋のサン・マリーナに、出前紅茶で「ほめ言葉のシャワー」。

これまでは、お弁当つくりとカフェのJHC秋桜、という居場所に行っていたので、このクラブハウスははじめて。秋桜さんから何人かの顔なじみさんも参加してくれて、みなさんとてもいいお顔だったのが、うれしい。

Ca4cic8q 縫い物部門を担当しているJHC志村さんが、頼んでいたオリジナルバッグをサンマリーナまで届けに来てくれた。粋な和柄、丈夫な布、しっかりしたつくり、これで1500円と2000円という、うれしいお値段。紅茶でお分けしています。

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夜は、前からずっと、来てね、行きたいな、といい続けていた金沢生まれのともだちの家へ。

高田馬場から乗って、途中、日本橋駅を通ったときは妙にこころが騒いだ。今から30年以上も前に、当時80歳過ぎた父が、日本橋にあった事務所に通勤するのに、毎日乗っていた同じ地下鉄、同じ路線。

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彼女とは、川越紅茶やクッキングハウスの出前でよく会っていたけど、数年越しの初訪問。

手料理の夕ごはん。やがて帰宅された彼女の夫さんとは、まる25年ぶりの再会となった。

話してるうちに、やっぱりお互い変わってないことを確認する。彼の口数のすくないとこもそのまんま。だけども、彼女が体調くずして苦しかった時には思いきった英断で、妻を守ったひとでもあるんだ。とはいえ、そんなそぶりは決してみせてないけども。

夜行列車の時間までゆっくりさせてもらって、ありがたかったです。夜のJRのホームを、彼女が重い私のバッグかかえて走ってくれたことも、あったかいきもちになる、東京の夜の想い出。

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2009年6月14日 (日)

ちいさいおうち、「生きる]book

翌6日、川口のちいさいおうち紅茶。玄関先にはアジサイ、ちいさいおうちの扉の前には背の伸びたラベンダーが花をいっぱいつけている。

美知子さんちのおうち横の、文字どおりのちいさいおうちは、何度うかがっても祈りと安らぎを感じる、静かでやさしい空間だ。今は空の国にいる、娘さんのせっちゃん、せっちゃんの犬だったジェスちゃんの存在も、たしかにこの場所にあって。せっちゃんのいのちの日と、マガのその日とが重なることも、またあたらしい不思議のはじまりのよう。

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この日は、母娘さんが二組、若い男のかたが3人。「ほめシャワ」のご縁ではじめてお会いするかたも何人か。

マスノマサヒロさんの、ほんのひとことを添えた写真のなかから、一人ひとりが今日の「きもちの一枚」を選んで、自分のきもちを語ることからはじめてみる。

あわせて、これらの写真が生まれたわけも、私からすこし語らせてもらった。

マスノさんの大事なともだち、そのころはずっと入院中だったゆいちゃんに、マスノさんが毎日、なにげない日常のひとこまをレンズにすくいとってメール便で贈り、ゆいちゃんの病室はだんだんとギャラリーになっていったこと。

お母さんのまゆさんも、病室を訪れるドクターもナースも、そのギャラリーでどんなにかほっとしたこと。

「ほめシャワ」の本のおしまいのコラム、「十分にすごいこと」のなかで、「今ここに生きている。息をしている。」と書いた言葉の奥には、ゆいちゃんのいのちがあること。

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集まった15人で肩がふれあうほどのちいさな輪になって、谷川俊太郎さんの「生きる」を輪読。それぞれの、生きる、いま生きている、と感じることをすこし言いあってから、めいめいが思いつくかぎりの「生きているということ、それはーーー」に続く言葉を折り紙に書き出していく。

Photo ゆうに百数十枚を越える、この日の一期一会「いま生きているということ」を輪読。手にした折り紙は、自分のも、ここにいる誰かのも。そうそう、そうだよね~、と共感する言葉、どきり、としたり、へえ~~、そうか、こんな感じ方もあるよなあ、と発見する言葉も。ポジもネガも、それらのすべてが、今、生きているということ。

この中から、この日の自分のきもちに寄り添う「生きているということ」を、自分のであれ、ひとのであれ、好きなだけ選んで、自分だけの「生きる」bookをつくっていく。

ワークショップ、というものにはじめて参加したひとが、「泳げ、たい焼きくん」のような毎日で、まるで会社の部品みたいな気がしてたけど、いろんなひとのいろんな「生きる」を知って、やっぱり自分は生きてるんだ、部品じゃないんだって思えた、と。

自分ひとりの「生きる」が、実はほかのひとの「生きる」とつながっていること。ここにいる、ただ存在してる、ってことが、こんなにもすごいことで、この場の一人ひとりから、やさしいちからの「生きる」をわけてもらってるような、わたしにとっても、ものすごく貴重な時間になった。

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この日は、ランチも夕ご飯もすっかりごちそうになって、夜はちいさいおうちの賢治の時間にまぜてもらった。

「注文の多い料理店」にたくさん笑い、「黄色いトマト」で子どもの哀しみに胸をつかれ、美知子さんのお話にも、ああそうだったのか、とまだまだ知らなかった賢治さんに出逢う。

「黄色いトマト」は、賢治の作品のなかでも読まれることが少ないという。ちいさいおうち仲間の千鶴子さんが本当に深い、すばらしい朗読で聴かせて下さった。

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Photo_2翌朝、家からそう遠くない三鷹の駅なかカフェで、 私自身の「生きる」bookづくり。

みなさんが出してくれた「今、生きているということ」の言葉を中心に、自分の言葉もあいだに少しいれながら、
’09年版、ちいさいおうち紅茶オリジナル、の1冊を編む。

前の日の、みなさんの表情・言葉・雰囲気・・・など想い出しながら、ゆっくりゆっくりあじわってつくってみた。

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2009年6月13日 (土)

9th Birthday 紅茶

Photo6月5日、 満9歳の、紅茶の時間 in 川越。

その日に、26歳の紅茶から9歳の紅茶に、バースデイ出前紅茶をすることになったのも、思えばなんとも不思議なシンクロ。

川口のちいさいおうちに6日に行くことが先に決まっていて、ではその前日、川越に。そう決めた後で、それがどんぴしゃり、川越紅茶の誕生日、と気づいたのだった。

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京都向日町紅茶10歳のときのように、あつまったひとたちと、私の最近の身のまわり話&バースデイブックづくりのワークショップ。

「ほめ言葉のシャワー」のてのひらbookが誕生してちょうど一年。

去年4月の出前紅茶の日、

このほめ言葉たちを、マイちゃんの手描き文字で一冊の本にしてくれない?と、本つくりのおおきなきっかけをくれたはったんさん、

自分のまさに言ってほしいほめ言葉をやさしく声かけられて泣き出したお母さん、

ジュンコさんといっしょに川越紅茶をはじめたなみちゃん(たかはしべんさんのマネージャーでもある)、

いのみら通信つながりで出逢って、いまはすっかり川越仲間の、誰さん、かれさん、

気がつけば、9歳の川越紅茶に参加してくれてるほとんどのひとが、「ほめシャワ」本の実際の生みの親さんたちだった・・・。

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この日のバースデイブックの中の1ページは、「生まれてきてくれてありがとう」のページ。私も、思いつく限りの、生まれてきてくれてありがとうを言いたいひとや動物や場所を書いた、ページいっぱいに。

Photo_2 Photo_3

ジュンコさん、そして私の、この日のバースデイブックの表紙。

Photo_4 二人一組になって、相手のすてきなところを書きだしているところ。その言葉を目の前の相手に贈って、それから言葉を書いた折り紙を手渡す。めいめいきれいにレイアウトして、それがまた、自分のバースデイブックの1ページを飾る言葉に。

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私からのお祝いは、スーザン・オズボーンさんが英語の歌詞をつけて、「地球交響曲第3番」の映画の中で歌っていた、今、大だい好きな歌、「Graduation」。なみちゃんがギターで伴奏してくれた。

歌詞の言葉は、知れば知るほど味わい深い。

 ーーー 誰もが、ともに学んでいる人生の学校、いのちの学校の生徒のよう。また、生と死を繰りかえしながら進化していく、旅の道連れのよう。それはまるで、おわりのないらせん。長い歳月をともにして、わかちあったこの日々の美しさを、私は決して忘れることはありません。

私にとっては、まさに紅茶の時間が、その”学校”に思える。

若いころは独善的で自己中で自分勝手で、とも、とよべるひとはいなかったに等しい私が、いま、ともに学ぶひとたちがこんなにたくさん、私の心のなかに住んでいてくれること。そのしあわせ。

このような日々を美しい、と思える現在の私を、20代、30代のころの私はおよそ想像もできなかったよ。私を変えてくれた、いのちのまなびやに、こころから感謝です。

そんなまなびやは、川越にも、川口にも、そしてほかにも。

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2009年6月 4日 (木)

行ってきます。

094 ← なぜか4月の新潟駅のシャクナゲの花。

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今晩4日の夜行列車で東京へ。

5日は、満9歳になった紅茶の時間 in 川越で、お話と「紅茶9歳のバースデイ・ワークショップ」。

6日は、川口のちいさいおうち紅茶で、お話とワークショップ「いま、生きているということ」。

どちらの場もそこに集うひとたちにとって、そして私にとって、とても大事な場所。年に一度は出前の紅茶にうかがって、それぞれの場の、懐かしいひとたち+はじめてのひとたちと出逢えること、語りあえることの、しあわせ。そのよろこびは、年ごとに増してゆくみたいだ。

7日は、私のプライベート・サンデー。

8日は、板橋区にあるJHC板橋のクラブハウス、サン・マリーナで、「ほめ言葉のシャワー」のお話とワークショップ。

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津幡に戻るのは、9日の朝。東京にいる間はパソコンが使えないので、しばらくはここにもよれません。

もし、「ほめ言葉のシャワー」の冊子のお問い合わせ&ご注文などお急ぎでしたら、おそれいりますが、娘の本工房 mai works 

→ maimai_of_cillz@yahoo.co.jp までお尋ねください。

             *****

それでは、行ってきます。

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紅茶の時間から中学生への贈り物

Canvp9dy みどりの若葉を背景に、鳥たちのさえずりをBGMに、白山市の中学校で先生をしている越川由美子さんは、いつもどおりの自然体で(彼女のブログをよむと、始まる前はかなり緊張してたらしいけど)、この日集まった20人ほどの私たちに語ってくれた。

とくべつ紅茶「紅茶の時間から中学生への贈り物」。

お話の中心になったのは、前に受け持っていた中学生たち3人と一緒に作った絵本「なずなちゃんの笑顔」と、「ほめ言葉のシャワー」の授業のこと。

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大きな紙芝居になった「なずなちゃんの笑顔」、ゆみこお母さんのアシスタントで紙芝居を持つのは、小3のひろっち。

紅茶にきてた富山のまゆさんが、障がいを持つ娘のゆいちゃんの一番安心していられる場所は、よそのどこかではなくやっぱり自分のおうちだと気づいて、「ほっころろ~んの家」を自宅ではじめてから、「ほっころ」はまた新しい一つの、きもちの居場所になった。

ゆいちゃんの体調がとても悪くなって入院していたとき、同じ病院で、まゆさん・ゆいちゃん親子とほっころの仲間たちは、なずなちゃんとその若いご両親に出逢う。

1年と8ヶ月のいのちをせいいっぱい生きたなずちゃんのこと、お母さんの千なみさんがほんの少し語ってくれたある日のとくべつ紅茶の場で、ゆみこさんは千なみさんとはじめて出逢った。

絵本づくりのお話からも、絵本そのものからも、ゆみこさんがなずちゃんのパパとママのきもちを大切に預かって絵本にしていったこと、さりげなく、でもしっかりと、この絵本にかかわった子どもたちを守っていること、ともに育っていること、がとてもよく伝わってきた。

こんなふうに一人ひとりを大切にするきもちと意識を持つ大人が、中学生の先生をしてくれてることに、聞きながらいっぱい感謝。

絵本の最後に登場する、なずちゃんの妹のみわちゃんのページには、

「みわちゃんは、なずなちゃんの分も生きるのではなく、なずなちゃんと共に生きていくのです」と。

                  ****

「ほめ言葉のシャワー」の授業の様子は、NHK金沢版の放送をDVDで見てもらってから。

ゆみこさんはもともと、「ほめ言葉のシャワー」という言葉に出会う前から、内容としてはそれと同じことを、これまでの授業の中でずっとしてきてたのだ。

(それは紅茶にもあてはまる。昔から、一人ひとりのいいとこみつけを、紅茶はずっとしてきた気がする。その積み重ねの延長線上に、「ほめ言葉のシャワー」という新しいすてきな名前をもらって、その意味がもっと深まったと同時に、多くのひとのきもちにもふれることができたのだと思う。)

中学生たちが書き出したたくさんの、「言ってもらうとうれしくなる言葉」、「こころがよろこぶ言葉」の数々を読ませてもらった。ほほえましくて、かわいくて、きらきらしてて、みんながんばってて、おもわず顔がほころぶ。

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冬の間にきまっていた今回のとくべつ紅茶の日にち。まさにその一週間前に、この日はじめから話す予定だったほめシャワの授業風景がNHKで全国に流れる、というすごいシンクロ。

でも紅茶って、なぜだかふしぎとこんなシンクロが起きる場所なんです、と私もはじめのあいさつで言ったけど、その予想をうわまわるシンクロが起きた。

京都のおうちカフェふうさんたちと一緒に来ていた、この春、京都の大学を出たばかりの若いひとが、なんと、ゆみこさんの教え子だった!しかも彼女は、この日のゲストが、自分の中学時代の先生とはつゆ知らずに、はじめての紅茶に来て。

夕ご飯つき放課後前のこの日のとくべつ紅茶は、「授業参観のつもりできました」とおっしゃるお母さんと、娘のひろこちゃん、それぞれに、ゆみこさんから贈る感謝の言葉でしめくくられた。

             *****

近所に住む現役中学2年生のさおちゃんが、とくべつ紅茶にも、また夕ご飯タイムにも来てくれて、いっそううれしかった。ゆみこさんはもちろん、私たちにとっても。

小1のときから6年間、毎週ここに来てた彼女にとって、紅茶はたしかにもう一つの学校だった。その学校で、一人の大人としての、ゆみこさんにもたびたび出逢ってたさおちゃん。ごはんのあとは、おとなたちが胸のうちを語り続ける横で、ひろっちと二人でこっぽり遊んでて、それもまたうれしい場面だったな。

ゆみこさん、お母さん、ひろっち、親子3世代で来てくださって、ほんとうにありがとう。こんなふうにその場を作ることのできた紅茶が、私はちょっぴり誇らしい。

この日の紅茶の時間のこと綴っているゆみこさんのブログは、こちら。

     ↓

http://koshinene.blog59.fc2.com/blog-entry-202.html#comment

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栴檀の花、マガのとき

Photo_4  もうすっかりわが家のシンボルツリーになった栴檀の大きな木。一週間ほど前から、その先っぽが淡いピンク色にかすんで見える。

夢の雲、と私が名づけた、ほんの10日あまりの栴檀の花の季節が、今年もやってきたんだ。

これからも毎年咲くはずのこの”花のとき”が、来年からはこれまでと違う、とくべつなとき、になるのだろうな。16年と9ヶ月のあいだ、私たちと一緒に暮らしたマーガリンが、ちょうどこの花の咲きだした日の朝、旅立っていったから。

                    ***095

何があっても必ず来るから、ぜったい知らせてよ、と娘に言われていた。マガの写真を携帯で撮って毎日送って、という注文もあった。

撮り出して3日目のマガの写真をみて、その翌日、紅茶の日の夕方に、急きょ駆けつけた娘。映像が言葉をこえて、マガの今を伝えていたんだ。

1・5キロの、ちっちゃな細いからだ。マガはもう自分のからだを支えれなくなっていた。夜のあいだずっと、二人でマガに添い寝。規則正しく上下するおなかを目で確かめながら、マガの手をなで、にぎりしめていた。

うっすらあたりが白んできたころ、おなかの上下が浅くなったのに、二人同時に気づいて、その瞬間に、マガの片方の足がつっと伸びた。あ、翔のときと同じだ、もうお迎えがくるんだ。

娘がマガを抱っこした。二度、三度と手足を伸ばして、そのあと、本当に幸いなことに、静かに、おだやかに、苦しまずに、娘の腕のなかで、マガはもう息をしなくなった。

いつもは離れて暮らす娘が、マガのその瞬間に間にあって看取ることができたなんて、今思っても奇跡に近いことだ。私がうとうとしてた間に、娘はマガにずっと話しかけていて、一人と一匹の、それはとくべつな、なかよし時間を持つことができたそうだ。

桜と白樺の木のあいだにある翔のお墓、その隣、白樺と胡桃の木のあいだにマガは眠っている。

2009年5月28日早朝。

マーガリン、よくここまで生きてきたね、長いこと私たちの大切な家族でいてくれてうれしかったよ。本当にありがとうね。

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Photo_3 本名、中西マーガリン。母猫ブルーベリーが産んだ4匹のなかでただ一匹、曲がったしっぽを持っていたから、曲がりん。

小さいときから私や娘にどれだけおもちゃにされても、マガはおこらなかった。本当によく、私たちのほうが遊んでもらってた。

若いころはまん丸なからだで、おなかのたるみが床につきそうだったマガ。2年ほど前から急にやせてきて、甲状腺の病気とわかり、心臓はいつもフルマラソンの状態、食べても食べてもおなかがすき、以来、夜中でも朝でも、目が覚めるたび、何度も何度も私を起こしにきてた。

しつこく泣いても私の目がさめないときは、右手の肉球を私のまぶたの上にのっけたまま、起きて、起きて、ごはんほしい~、起きろ~、と泣き続けた。それでも私が起きないと、肉球のあいだからそぉっと爪を伸ばした。けど伸ばすだけで、ただの一度だって、その爪でひっかきはしなかったマガ。

おととしの11月に犬の翔が逝ってから、マガはめだって甘えんぼうになった。早くに妹猫のバター、それから母猫のブルーベリーを亡くし、そして翔を見送ったあとは、ただ一匹の動物家族になってしまった。

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Photo_2 ひと月ほど前から、マガはだいぶ弱ってきてた。ご飯を食べたり食べなかったり。

今のうちに逢っといたほうがいいね、と娘が様子を見にきたのが5月10日ごろ。そのときはびっくりするぐらいの食欲で、今ふりかえれば、よくぞあれだけの元気な姿を、私たちにさいごにみせてくれたものだと思う。

マガとすごしたこの歳月、とりわけ翔が亡くなってからの一年半、あの個性的なだみ声で自己主張する姿と、まんまるの目と、やわらかい毛と、とびきりの存在感ーー。年をとってちいさくなったマガから、私はどれだけ安らぎとしあわせをもらっていたことだろう。

マガが生きてたしるしは今も、この家のそこいらじゅうにある。

床のあちらこちらに残っているいくつものふしぎな地図は、老いてからの翔やマガが調子悪いときに吐いたあとだ。ベランダの柱にはさんざん爪とぎをした跡がある。どれもこれも、大切なしるし。たくさんあってよかった。

動物にとって、死ぬことは悲しくないんだよ、自然なことなんだよ、と娘が何度も私に言った。そうだよね、悲しむのは人間たち。

空の野原で、もうマガは翔と再会してるだろう。また前みたいな犬猫姉妹にもどって、じゃれあってる二匹を想像しただけで、悲しみではないなみだがあふれてきて、私の胸は、どなたかへの感謝のきもちで、いっぱいになった・・・。

    

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