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2009年6月14日 (日)

ちいさいおうち、「生きる]book

翌6日、川口のちいさいおうち紅茶。玄関先にはアジサイ、ちいさいおうちの扉の前には背の伸びたラベンダーが花をいっぱいつけている。

美知子さんちのおうち横の、文字どおりのちいさいおうちは、何度うかがっても祈りと安らぎを感じる、静かでやさしい空間だ。今は空の国にいる、娘さんのせっちゃん、せっちゃんの犬だったジェスちゃんの存在も、たしかにこの場所にあって。せっちゃんのいのちの日と、マガのその日とが重なることも、またあたらしい不思議のはじまりのよう。

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この日は、母娘さんが二組、若い男のかたが3人。「ほめシャワ」のご縁ではじめてお会いするかたも何人か。

マスノマサヒロさんの、ほんのひとことを添えた写真のなかから、一人ひとりが今日の「きもちの一枚」を選んで、自分のきもちを語ることからはじめてみる。

あわせて、これらの写真が生まれたわけも、私からすこし語らせてもらった。

マスノさんの大事なともだち、そのころはずっと入院中だったゆいちゃんに、マスノさんが毎日、なにげない日常のひとこまをレンズにすくいとってメール便で贈り、ゆいちゃんの病室はだんだんとギャラリーになっていったこと。

お母さんのまゆさんも、病室を訪れるドクターもナースも、そのギャラリーでどんなにかほっとしたこと。

「ほめシャワ」の本のおしまいのコラム、「十分にすごいこと」のなかで、「今ここに生きている。息をしている。」と書いた言葉の奥には、ゆいちゃんのいのちがあること。

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集まった15人で肩がふれあうほどのちいさな輪になって、谷川俊太郎さんの「生きる」を輪読。それぞれの、生きる、いま生きている、と感じることをすこし言いあってから、めいめいが思いつくかぎりの「生きているということ、それはーーー」に続く言葉を折り紙に書き出していく。

Photo ゆうに百数十枚を越える、この日の一期一会「いま生きているということ」を輪読。手にした折り紙は、自分のも、ここにいる誰かのも。そうそう、そうだよね~、と共感する言葉、どきり、としたり、へえ~~、そうか、こんな感じ方もあるよなあ、と発見する言葉も。ポジもネガも、それらのすべてが、今、生きているということ。

この中から、この日の自分のきもちに寄り添う「生きているということ」を、自分のであれ、ひとのであれ、好きなだけ選んで、自分だけの「生きる」bookをつくっていく。

ワークショップ、というものにはじめて参加したひとが、「泳げ、たい焼きくん」のような毎日で、まるで会社の部品みたいな気がしてたけど、いろんなひとのいろんな「生きる」を知って、やっぱり自分は生きてるんだ、部品じゃないんだって思えた、と。

自分ひとりの「生きる」が、実はほかのひとの「生きる」とつながっていること。ここにいる、ただ存在してる、ってことが、こんなにもすごいことで、この場の一人ひとりから、やさしいちからの「生きる」をわけてもらってるような、わたしにとっても、ものすごく貴重な時間になった。

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この日は、ランチも夕ご飯もすっかりごちそうになって、夜はちいさいおうちの賢治の時間にまぜてもらった。

「注文の多い料理店」にたくさん笑い、「黄色いトマト」で子どもの哀しみに胸をつかれ、美知子さんのお話にも、ああそうだったのか、とまだまだ知らなかった賢治さんに出逢う。

「黄色いトマト」は、賢治の作品のなかでも読まれることが少ないという。ちいさいおうち仲間の千鶴子さんが本当に深い、すばらしい朗読で聴かせて下さった。

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Photo_2翌朝、家からそう遠くない三鷹の駅なかカフェで、 私自身の「生きる」bookづくり。

みなさんが出してくれた「今、生きているということ」の言葉を中心に、自分の言葉もあいだに少しいれながら、
’09年版、ちいさいおうち紅茶オリジナル、の1冊を編む。

前の日の、みなさんの表情・言葉・雰囲気・・・など想い出しながら、ゆっくりゆっくりあじわってつくってみた。

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