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2009年8月15日 (土)

阿蓮さん

Photo 玄関の窓ごしに見える合歓の木。

このところわが家によくセグロセキレイがやってきて、長い尾をスィ~スィ~と上下させながら、あの美しい飛行をみせてくれる。

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ことし3月に亡くなったアレン・ネルソンさん。彼と親しかった加賀のお坊さん、佐野さんのお寺での、アレンさんの遺志に添う納骨式、そして偲ぶ会に出させていただいてからもう2ヶ月近くたつ。

本当に貴重なひととき、心のふかいところから勇気のわいてくる時間を、沖縄や北海道、信州、関西など、日本中から集まったひとたち、アレンさんが日本の家族とよぶひとたちと、一緒にすごさせてもらえたこと、今、思い返しても感謝でいっぱいになる。

この10年間で、アレンさんの講演会は800回を越えたという。その半分以上が、小・中・高校での、「本当の戦争」の話。そして、私たちが憲法9条を持っていることの意味についてもアレンさんは語ってくれた。

この60年余り、日本の子どもたちが戦争を知らずにこれたのは、お父さんやお兄さんが戦争で外国のひとを殺さずにこれたのは、日本に9条があるからなんだよ。この9条の持つ値打ちは、日本のひとだけでなく、地球上のすべての一人ひとりの人間ににとって、大切なたからものなんだよ、と。

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偲ぶ会の最後に、アレンさんのパートナーのアネッタさんがこんなふうにお話された。

  ――ー アレンも、私も、違うとき、違う場所で、神さまと同じ約束をした二人なのです。

彼はベトナムのジャングルのなかで、神に、もしあなたが自分を生かして帰してくださるのなら、私の生きている限り、あなたに仕えます、と誓いました。そして私はまだアレンに会う前、がんの手術をする病院のベッドの上で、同じことを神さまと約束していたのです。

アレンは、一年の半分ちかくは日本各地で講演していたけれど、具合がよくなくてしんどい時、もう帰ってくれば、と言っても、「いや、僕はGod’s workをしているのだからね」と、なかなか帰ってこようとしませんでした。そんな彼は、私の prince of peace です。

私たちの内に力がある、と信じなければ。でもそのときに大切なのは、私たちの心のなかが平和であること、そして平和は私たちのhomeから始まること。たとえどんなに難しく、困難にみえても、私たちは平和の大地をしっかりと踏みしめて、立っていましょう。

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佐野さんは5年前にはじめてアレンさんに会って以来、20回近くもの講演会やワークショップをひらいてきた。彼のお寺でアレンさんの非暴力ワークショップが開かれたおかげで、私もそこに参加させてもらえたのだった。

ニューヨークのアレンさんと加賀の佐野さん、お二人が知りあってからのこの数年間、お互いにどれほど大きく影響しあう関係を育ててきたことか、と思う。

佐野さんはそれまで漠然としか大切に思っていなかった9条の意味に、アレンさんからあらためて気づかされ、

アレンさんは自分より一回り年の若いこのお坊さんと会うたび、宗教について、ひとが哀しみと矛盾をかかえて生きることへの問いについて、二人で深く語り合い、

最後には仏教徒として、お骨がこの加賀のこうせん坊さんに納められることになった、そのえにしの不思議さ。

僕は絶対に語ることをやめないよ、一人になっても言い続けるよ、と日本の友人たちに話していたというアレンさん。法名は、釈阿蓮。アレンさんは、お釈迦さまのお弟子の、阿蓮さんになった。

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来年のいつか、佐野さんにとくべつ紅茶のゲストで語っていただきたいと思いはじめてからひと月あまり。なかなか書けなかったお願いのお手紙を今日、やっと書いた。

書き終えて、新聞を開いたら、その日の社説「九条とビルマの竪琴~終戦の日に考える」の中に、アレンさんのこと、佐野さんのことが載っていた。(北陸中日新聞2009・8・15付け)

またもや、こういうシンクロが起きるんだ。昨日でもなく、明日でもなく。きっと今日が、佐野さんにお便りすべきの日、だったんだ。

焦らずとも、急がずとも、ちゃんとこうなる、という、これまた一つの証拠みたいだ。

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