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2009年8月31日 (月)

能登で、はじめて。

Photo_2 きもちのよい朝。

応援してたこんどう和也さん、ほんとうにがんばりました!
最終的には、相手候補と2、200余票差で、能登にはじめて、自民党以外の、35歳の国会議員が誕生。
 
昨夜、津幡のこんどうさんの事務所に9時すぎにいくと、みんなも集まっていて、テレビでどんどん、他県の結果が出る中、石川3区はなかなか数字がでず、やきもき。

輪島や奥能登で強い、相手候補との差が、はじめは7000くらいもあって、一時は、ヒヤリ。
でも、津幡のとなりのかほく市、内灘町で勝ち、そして真夜中近く、私たちの津幡町で、11、000:10、000でこんどうさんが勝ったとわかったとき、第一段階の、やった~~~!の声。

何度も何度も、誰も見ていないところでも、たとえ一人でも立って、
街頭演説していたこんどうさんの誠実さ、あきらめない意志が、
津幡のひとたちにも届いたのだと思った。
実際、駅の近くで家のなかから何度も演説をきいていたという女性が
もういてもたってもいられなくて、と事務所をさがして、駆けつけてきていた。

それから、七尾でも、羽咋でも、こんどうさんの票が相手よりうわまわり、こんどうさんの間違いない勝利が確定して、第2段階の、やった~~~~!!よかった~~~!!
一緒に草の根の応援をし続けてきた仲間たちとも思わず抱きあう。
この歴史的な瞬間にたちあうことができて、ほんとうにうれしかった。

こんどうさんの、涙と笑顔でくしゃくしゃ、でも実にいい顔が、ほどなく地元のテレビにうつしだされた。
3日前に亡くなられたお母様の遺影を高くかかげて。
以前よりご病気だったお母様は、期日前投票の初日に投票されたとのこと。

世襲でなく、地盤もなく、テレビで顔が知られてもいない、元証券マン。
能登に生まれて、能登に帰ってきて、政治の道をめざしたこんどうさん。
無党派の70%のひとが、こんどうさんにいれたと今朝の新聞に出ていた。期待が大きい分、これからさらに大変な、厳しい日々がはじまるのだろう。
経済に強いこんどうさん、国会にいって、しっかり高級官僚たちともたたかってほしい。

そういう議員さんになれると信じています。
そのことをこれからもちゃんと見ていきたいと思っています。

応援してくださってたかたたち、ありがとう!

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