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2009年12月31日 (木)

family hour 

Photo12月の出前が全部終わってから、2,3日、西宮で family hour。娘の誕生日とクリスマスの、日にちはちがうけど、二つまとめて合同祝い。

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長くは家を留守にしにくい娘の都合もあって、このところ、私たちのほうから関西にでかけることのほうが多い。

それを実感したのは、夫のこのひと言。「もう子どもたちもいないことだから、こっちから時どき会いにいけばいいんだよ」

「こどもたち」・・・・そうか、彼のなかで翔だけでなくマーガリンも、そう呼ぶ存在になっていたのか。「子どもたちもいないことだから」。それだけ聞くとさみしい感じもするけど(事実、そうだけど)、私には、不思議なくらいあったかく響いた。

この何年間かは、その「子どもたち」のどちらかが老いて病気がちだったので、夫婦で泊りがけでは家を空けられなかった。

留守番役はたいてい彼で、ある時など、私のコレステロールの薬をマガに飲ませてしまって、大変っ!なんてこともあった。

でもそれも今はほろ苦い想い出、ほんとにいつもよく面倒をみてくれてたと思う。そんなことのつみ重ねで、猫は苦手だったはずの夫が、マーガリンのことも、いつのまにか「子ども」にしてくれていたんだ。

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家族3人+大切なともだちとで、一緒の夕ご飯の日曜日。

前々から行きたいと思っていた、和歌山桃山町のカフェ・muroさんを訪ねた月曜日。この日はちょうどカメリアーノさんの個展中。

カメリアーノさん展@神戸で、muroさんと娘が出逢い、それがきっかけでほめシャワもお店においてくださっている。何気なく自然体で、なぜかはじめて会う気がしなかったmuroママさん、ログハウスのお店は、まわりの風景ととけこんで、地域のひとたちに愛されていそうな、すてきなカフェだ。

Photo_2 カメリアーノさんにたのんで、家族のしょうどうが(衝動画)を描いてもらう。金沢に住んでるカメさんに、和歌山で会って、muroさんカフェで、私たち一家を描いてもらう、というのもまた記念すべきこと。

たまが駅長さんしている駅もおもいがけずに近かった。

たまさんにあいさつしたあとは、娘あこがれの和歌山のカフェ、はしごcafeさんへ。muroさんにみえてたお客さんが地図を描いてくださったおかげで、迷子にならずにたどりつけた。

もとは工場だったかもしれない、ゆったりとひろい空間を、それはすてきに工夫されてて、おしゃれな雑貨ももいっぱいならんでいる、はしごさんでした。http://blog.livedoor.jp/hashigocafe/

Photo 京都でほめシャワ取材中のMさんと一緒にランチ、の火曜日。娘は、電話やメールでいっぱいやりとりはしていたけど、Mさんと会うのは、この日がはじめて。私は3度目。

京都駅でのつかの間のランチタイム。でも、ほめシャワで伝えたい大切なことは、おたがいにもう共有できていることが、Mさんと直接会って話したことでいっそう、娘にも感じれたみたいだった。

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と、今年最後の「きもち」を書いていたら、もう新しい年まであとわずか。どうぞよいお年をおむかえください。

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2009年12月29日 (火)

ボトルシアターにて

Photo_3 東京は下井草駅ちかくにあるボトルシアター。びん博士が集めた7万個のガラスびんの、ほんの少しに逢ってきた。

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びん博士との出逢いは、7月の能登島ガラス美術館。ボトルシアター特別展がひらかれている期間中に、びん博士がお話をする日があって、その日の午前中に能登のヒロさんちで9teasの歌の練習をし、その帰りに9teasさんたちと能登島に寄ったのだった。

戦後しばらくまでは、ひとつひとつが手作りだったガラスのびんたち。明治・大正・昭和のびんたちの、色あいのうつくしいこと、プラスティックがないころは、ほんとにこんなものまで!と思うものがガラスでつくられていたんだ。

ガラスびんに惚れこみ、とりつかれたびん博士のトークも実におもしろく、それに博士自作のガラスびんの歌も味があって。

それだけじゃなかった。ボトルシアターの場所が、西武新宿線下井草駅ちかく、というのを知って、もうびっくり。

その駅から歩いて1分のところにある病院が、長いこと、水野の家のホームドクターだったのだ。思わず病院の名前を口にすると、そこからたくさんの古い薬びんを分けてもらった、とのこと。わお!

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Photo ボトルシアターでは、くらくらしそうなくらいのガラスびんたちにとり囲まれた。

博士が、それがストレプトマイシンのびんですよ、と何気なく指差したときには、どきり、とした。幼いころ、この薬が手に入ったおかげで、結核が治った私だったから。

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博士の弟さんにはすばらしい音楽の才能があったのだけれど、あまりにも若く、ご病気で亡くなられた。32歳というその年齢は、私の兄の亡くなった年と同じ。

弟さんは200曲以上もの歌を遺されていた。博士は去年あたりから、20年ちかくの封印をといて、その歌を少しずつ歌い始めた。そして現在は、高校生の息子さんも、一緒にその歌を歌うという。

お宅で、何曲か父子でギターを弾いて歌ってくださった。弟さんの遺した歌をお兄さんが、弟さんからすれば甥にあたる、息子さんと一緒に歌う。

若い伸びやかな高校生の声で、歌われてうれしそうな歌たち。弟さんからの、時を超えたものすごい贈りもの。たましいのギフト。聴けて、しあわせでした。

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わが家のホームドクターをしてくださっていた女先生は、いま85歳。今も診察室で、おなじみの患者さんたちを診ておられる。

私が高校生の時に、盲腸の手術をしてくださった男先生が、この夏、亡くなられたことを、今回の上京ではじめて知った。

今回のボトルシアター行きがなかったら、きっとそのことも喪のおはがきだけで知ったことだったろう。こんな、ときのめぐり合わせも、あるんだ。

お花抱えてお目にかかりにいけて、男先生のお参りもできて、ほんとうによかった。女先生の懐かしがりよう、お喜びようは、言葉であらわせないくらいで、思わず泣きだしそうな笑顔に、こちらもなった。

女先生がまだ医学部の学生だったころ通っていた教会に、水野の兄も通い、その教会で姉と知り合い、二人は結婚したのだ。

兄の話になるとすぐ涙になってしまう女先生だけど、どのくらい兄がお世話になったかしれない。そして兄の死後は、姉が、そして水野の父が。

おからだはとっても小さくなられてたけど、現役ドクターの先生にお逢いできたこと、12月の東京の、これまたお恵みのような時間だった。

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2009→2010 紅茶のおしらせ

年末年始の紅茶からのおしらせ。

いのみらにも書きましたが、12月30日の紅茶はclosed。

新年は1月6日(水)から、ふつうどおり。

翌週13日(水)は、恒例、「お薄の時間」が1:00~6:00まで。

どなたでも、何杯でも、お薄のお替わりご自由に。山崎さんが、これでもう15年も、年に一回、ボランティアでお薄を紅茶の時間で点ててくださる日です。

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新しい年のとくべつ紅茶は

2月14日(日)2:00~ @水野宅

加賀のお寺・こうせんぼうのご住職、佐野明弘さんをおまねきして、親しかったアレン・ネルソンさんのこと、アレンさんから気づかされた9条の持つ深い意味、佐野さんご自身の想いなど。

ニューヨークにお住まいだったアレンさんのお骨が、こうせんぼうさんに納められたのはどうして、そこにどんな物語があるのかも、お話していただくつもりです。 

くわしくはまた。

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2009年12月28日 (月)

川越紅茶のクリスマス

Photo_2  12月の土曜日に大宮の高校によんでいただいたおかげで、川越紅茶のクリスマスにもはじめて参加。

来年は10歳になる紅茶の時間in川越。この場のホスピタリティのこころに、いつも感心する。それぞれがもちよった、手のひらサイズのクリスマスプレゼントに、ジュン子さん手作りのメッセージタグをつけると、もうそれだけで、きもちも華やいでくる。

「サンタクロースと小人たち」は、フィンランドの、たぶんほとんどが本当のお話を絵本にしたもの。

自己紹介では、好きなおやつひとつ、の紹介もあわせて。ふだんそう甘いものは食べない私だけど、紅茶にYさんがいつも持ってきてくれる、抹茶クリームいりたい焼き、だけは例外。

ミニ・ワークショップは、「君の星、わたしの星」を。この前の松浦さんと学ぶSSTで教えていただいた「君の星は輝いてるか」を少しアレンジして。

あなたをこの1年ずっと見守ってくれていた守護星が、あなたにかけてくれる言葉を、それぞれが思い浮かべて書いてみる。その言葉を、1つ星同士、2つ星同士、3つ星同士・・・でかけあうひととき。

ほめシャワを読んだ方たちの想いを、12月はじめから取材中の二人のディレクターさんも参加。もちろんこの日は、カメラも持たず、ただのひととして、クリスマス紅茶を味わい、自由に感じて。なんの違和感もなく、お二人とも川越紅茶にとけこんでたのがうれしかった。

「贈りものの言葉」の歌は、もう何人ものひとが覚えていて、一緒に歌った。空白の言葉のところは、川越の仲間たちが言いたい言葉をいれて。

いろんな地域で、集う人と人。そのお互いが、なにげない、でも相手を認める、あたたかい言葉をかけあう。ほめシャワで伝えたかったことの実際が、この川越紅茶にも確かにあって。それが、うれしい。

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2009年12月27日 (日)

だいすきなものを、だいすき、と。

今でも、よくあんなことできたもんだ、と思い返す。ピース9フェスティバルという大勢のひと前で、歌を歌おう、と、だいたい思うことからして。

なんであんなきもちになれたのだろう。ずっと考えていて、今になって、すこし見えてきた。

それはとてもシンプルなこと。スーザン・オズボーンさんの歌ってた「graduation」があんまりにもすてきで、美しくて、大好きになったから。歌詞の一つ一つがとても深くて、私の胸に響いて共振したから。

「たとえ敵であろうと、誰もが人生の旅の道連れ」「生と死をくりかえす終わりのないらせん」「生きるすべてのいのちを抱きしめる、私たちの内なる宇宙」「私たちの生きる場所はここ、生きるときは今」――どれにも、そうそう!とうなずいた。

個人的なこともっといえば、歌詞のなかの「いのちのまなびや」も、私にとっては紅茶の時間のようで、「笑い声や怖れや涙をわけあうこと」も、「ともにすごす日々の美しさを決して忘れない」も、まさにそのとおりで。

そんなにも大好きになってしまったこの歌のこと知ってほしくて、日本語の詞を書いた。そしてあるひとに背中を押してもらって、歌おう、って決心した。

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だいすきなものをだいすき、と表現するのに、ものすごく勇気がいるんだと知ったのは、ずいぶんあとから。

ある日ふと、まあさんから「そうか~、そうだったか。世間の評価とかからぶっとんだとこに、君の歌はあったのか~~」と言われて、私もすとんと腑に落ちた。

歌も、絵も、字も(きっとまだほかにもいっぱい)、うまくないと、上手じゃないと、ひと様には聞かせられないもの、見せられないもの、っていうジョーシキに、私もまたすこしは縛られてたらしい。

だいすきなものを、だいすき、と言えて、よかった。そして、そう表現することに意味があることも知った。

その勇気の後押しをしてくれたさわこさん、9tasになってくれた紅茶仲間たちの勇気、そして、伴奏してくれた順子さん。1年の終わりに、あらためて、ありがとう。

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きもちを歌にする。歌で伝える。そのことを実感したおかげで、ふしぎなことに、私の中に歌が生まれた。

生まれてはじめてつくった歌「for the first time in my life」を、西東京紅茶にきてくださった水野の姉や兄と近しいひとの前で歌って、一緒に泣いたことも、今年の忘れられない一場面。

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ちょうどそのころから、ほめシャワの歌「贈りものの言葉」が生まれはじめてた。11月の大津の紅茶ではまだ伴奏なしで歌って、その2日後の宇治で、順子さんがすてきに編曲して伴奏つけてくださって、歌が歌になった。

燕の出前のときには、風邪でほとんど声が出なくて、ど、どうしよう・・・coldsweats02!だったけど、参加したみなさんが、小さな声で歌っててくださった。なんてしあわせな歌だろう。

能登の高校で、かほくの中学で、大宮の高校の保護者会で。生まれて間もない「贈りものの言葉」は、またすこしずつ育っていっている。

1月半ばに刷り上がる16刷目の「ほめシャワ」には、というわけで(って理由もないのだけど)、歌詞つきです。

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2009年12月26日 (土)

この1年

Photo すっかりご無沙汰していた「きもち」ブログ。やっとおちついてこの1年をふりかえれる時間がやってきて、ほっとしているところ。

それにしても、なんとよく動いた1年!

月に4回の紅茶の時間と、3回のともの時間と、1回のワークショップのwow、それに津幡の市民グループ「風」の活動のほか、近いところ、遠いところへ、40回ちかく出前のお届けを。

とりわけ今年は遠くへの出前がいつもより多かったので、家をよく家を留守にした。もどってくると、庭の緑の顔つきがちがっていたり、葉っぱの色が変わってたりした。

(変わらず、支えててくれてたまあさんに、感謝賞!)

どの出前にも、ひとつひとつ、忘れられない場面があり、準備してくださったかた、来てくださった方々のお顔が思い浮かび、ほんとにたくさんのひとのおかげで、幸せを感じて生きていられる。文字通り、because of everything ―― すべてのおかげ、です。   

4月、母娘でクッキングハウスによんでいただいて、二人のリレートークで「ほめ言葉のシャワーから平和へ」を語れたこと。

夏に「ほめシャワ・ちょこっと英訳つき改訂版」がでたこと。

NHKさんや朝日新聞さんがほめシャワのことを紹介してくださって、あのちいさな冊子が、たんぽぽの綿毛のように全国に飛んでいったこと。

8月に、いしかわピース9で、はじめて9teasの仲間たちと「graduation」と「不思議なレストラン」を歌ったこと。

燕や三条へ、7年ぶりの再会&出前紅茶に行けたこと。

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紅茶では、念願の、紅茶ミステリーバスツアーを実現できたこと。

越川さんに「紅茶の時間から中学生への贈りもの」を語ってもらったこと。

紅茶shoppeをことしもひらけたこと。

カメリアーノさんの色鉛筆画教室で、ゆきあたりばったり絵本をつくったこと。

川崎父さんと草汰くんに、トーク&ライブコンサート「ギターは、ぼくのともだち」をしてもらったこと。

律子さんには、ちいさなひとのためのおはなし会・ぶどう狩り・賢治の時間。

そして、川越、川口、京都、大津・・と県外の紅茶でまた、ひととひとの輪がクロスして、重なって、つながっていく。

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5月には、うちのちいさな家族のマーガリンが、16歳と9ヶ月で star catになってしまった。

マガは、娘のつくったマガパタメモリアルbook「PLACE」に描かれてる通り、あたらしい居場所を見つけたんだ、と想う。

いろいろなかたからのお淋見舞い、ほんとうにありがとうございました。

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2009年12月10日 (木)

静かな紅茶

Photo 昨日のふつう紅茶には、久しぶりの顔が不思議とあつまった。

春のとくべつ紅茶・ミステリーバスツアーで能登までの旅をともにしたひとたちと、半年ぶりの再会。あのバスツアーでガイドさんの大役をはたした、観光シーズンにはめったに紅茶に来れないKさんもなぜかやってきて。

Kさんとは、紅茶以前からのつきあい、息子さんとパンやさんをしていたOさんとは、紅茶がはじまって2年目くらいからのつきあい。

どちらも、紅茶の歴史を肌で知ってるひとたち。何年間、紅茶に来てなくても、またいつでもふらっと来れる場所なの、と、広島と京都からはじめてみえたお二人に、紅茶のことを説明してる。

広島からみえた若い女性は、バスで京都まで来て、そこからまたバスで金沢まで、というスローな旅びと。京都からの旅の若いひとも、スローな生き方、スローなビジネス、を選ぼうとしているひとらしい。きっとどこかで、人生の価値観をかえる出来事と出逢ったのだろうなあ。二人とも、すごくやさしい目をしてるのが印象的だった。

毎週、静かなドラマがある紅茶。はやっていないからこそ、ちいさな声に耳を澄ますことができる。混んでる日にはじめてきたひと、逆にごめんなさい、って時もあるし。

昨日は特に、はやってなくてよかった、って思える紅茶でした。

                  ***

今夜の夜行で東京へ。もどるのはたぶん月曜日の夜遅く。その間はメールが読めないので、お返事もおそくなること、お許しください。

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2009年12月 8日 (火)

父と子のコンサート

日曜日のとくべつ紅茶、父と子のコンサート、
親子の間にただよう信頼の空気。
お二人の顔を見ながら歌と演奏を聞いてて、とてもあったかかった。
        ***
水頭症というハンディキャップのキャップ(帽子)をかぶって生まれてきた草汰くんは、自分で自分を奇跡の子だと知っているなあ、と思った。
これまでたいへんなことがいっぱい、そしてこれからもあっても、
正美お父さんが、草汰くんが生まれたときに、
「君は野の花」という歌をつくったように、
草汰くんのオリジナルの花がじょじょに咲いていってること、
そのことをいっぱい感じたコンサートだった。
      **
親や家族にとどまらず、たくさんのたくさんの、ひとのつながりのなかで
ひとは生き、成長していくんだってこと。
―― 正美さんの師匠の笠木透さんや、
草汰くんの師匠・雑花塾の増田さん、
車椅子にのってる銀色のランナー・渡辺さん、
クッキングハウスのメンバーで桃色ランナーの吉岡さん、
そしてもちろん、お父さんも一員のフォークグループ「でえげっさぁ」のメンバーたち、
それに歌と演奏をきいてくれるコンサートのお客さんたち。
中学一年生の男の子、草汰くんは、
ひとはひとりで生きていないことを、
つながりの中で生きてることを、
その全身で教えてくれてた。
         **
すばらしい絶対音感を持ってる草汰くん、
(お父さんのおならの音をあてちゃったり!)
ギターの腕前はお父さんをはるかに越えている。
だけどそれって、彼のものすごい練習のたまものだったと
この日のトークではじめて知った。
ハンディを持っているため決して器用にはできていない指で、
草汰くんは小さいときからどれほど練習してきたことだろう、
うれしいときも、つらいときも、ギターに向かい、手にマメをつくり、
その積み重ねのたまものが、あのギター演奏なんだ、
とあらためて実感した。
演奏のあとのトーク、草汰くん独特の感性やユーモアがあふれてて、
なんだかいっぱい笑ったなあ。
   **
野菜ばっかりのわが家の夕ご飯に、
二人で、んまい!んまい!を連発。
この父と子はおうちでもよく、ごはんがおいしいとき、よっ!って握手しあうそうで、その場面を再現してくれて、こっちまでうれしくなった。
           **
                ***
9teasメンバーで、能登のヒロさんから、こんなメール。
 「よかったねーーーー 本当にいいコンサートだった
 川崎父さんと  草汰くんに 光が射しているような気がして
 あの 明るさ  優しさ
 いっぱいくるしんだだろうことよりも ・・
 静かに
 積み上げていった たしかな 愛情の 奇跡
 ようこそようこそ  と 言葉以前の ありがとうが
 包み込んでくれて  じーんとすることばかりだったね」
       ***
あとから正美お父さんのメールで、この日の紅茶コンサートが、川崎親子にとっても新しいチャレンジの日だったことを知った。
これまでのコンサートは、草汰くんのおいたちとそれにまつわる歌や演奏で終わるのがふつう。
でもこの日は、場所が紅茶、ということと、たっぷり時間もあったことで(とくべつ紅茶の時間枠は3時間、ゲストのお話や演奏のあとにいつも「きもちキャッチボールの時間」があって、そこでゲストと参加したひとたちとがコミュニケーションする)、「家族」や「ともだち」のことも語れて、これから先の表現を探っていくうえでのヒントになるような、収穫があったとのこと。
           ***
こんな言葉こそ、紅茶という時間への、一番のほめ言葉だ。
正美さん、草汰くん、本当にありがとう。
そして、つめたい雨の日にもかかわらず、
家族できてくださった川崎さんの教え子さん一家、
この日はぜったい行くぞ~、と前からカレンダーにしるしつけてて来てくれたかたたち、ありがとう。
 

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2009年12月 4日 (金)

山口からのお問い合わせ

山口県の若い女性から、ほめシャワのお問い合わせをメールでいただいて、返信でお返事だしたのだけど、その度、もどってきてしまう。

どこかの新聞に、60代のかたが、おともだちからプレゼントされたほめシャワのことを投稿されたらしい。それを読まれての、お問い合わせ。お返事がとどけられないので、もしそのかたがこのブログを読んでくださってたなら、どうか水野までお電話ください。telephone 076-288-6092

           ****

明日、あさって、といいお天気はのぞめそうもない。日曜日も足元わるいかもしれないけど、あさって6日(日) わが家でとくべつ紅茶。

川崎正美さん・草汰くんの、父と子のコンサート「ギターは ぼくのともだち」。2:00~5:00 参加費は800円です。どうかおでかけくださいな。くわしくは、この一つ前の、紅茶なきもちのブログに。

PS・私の声はどうにかいつものに近づきました。風邪がひどいのに発展しなくて、ほっとしてます。ご心配いろいろ、ありがとうございました。

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2009年12月 1日 (火)

「ギターは ぼくのともだち」

今年最後の月の、12月最初の日曜日の6日は、
今年最後のとくべつ紅茶。
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川崎正美さん、草汰くん、父と子のトーク&ライブコンサート
「ギターは 僕のともだち」
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1:30 open 2:00~5:00 
@紅茶・水野宅 telephone 076-288-6092
参加費は、800円。
              **
お父さんの正美さんは、
石川のフォークグループ「でえげっさあ」のメンバー。
暮らし、教育、平和を自分たちの言葉で、「どういうことだ、それは!?(でえげっさあ)」と問いながら、見つめながら、
でえげっさあの仲間たちと、オリジナルの歌をたくさんつくってきたひと。
小学校で先生をしています。
    **
草汰くんは、中学1年生。ギターの名手。作曲もてがけます。
クッキングハウスのメンバーの吉岡さんと、
筋ジストロフィーで車椅子にのっている渡辺さんと、
草汰くんとの3人で、「東京クラブランナーズ」をつくり、
♪ハンディキャップという名の帽子をかぶり、
♪僕は音楽大好きさ、ステージの上で輝くよ、僕はオンリーワン、
とよく伸びる透明な声で歌います。
この歌「どこまでもいっしょに」も、草汰くんの作曲。
   **
コンサートは2部構成で、
「1部は草汰と楽器との出会いをたどりながら、
歌や、マンドリン、一五一会、ギター演奏を。
2部は教育、共同、家族に関するしゃべりと歌を」
というプログラムを、正美さんが考えてくださってるようです。
          **
大すきな「海に向かって」「君は野の花」「ハコベの花」など、
リクエストしましたが、
きっと、平和や9条につながる歌も聞かせて下さると想います。
**********
ぜひぜひ、聞きにいらしてくださいな。お待ちしています!
お時間許す方は、
終わってからの放課後一品もちより夕ご飯会もご一緒に。

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燕にて

ヤギさんの声で目がさめた朝、一番にしたこと。おそるおそる声をだしてみる。案の定、というか、やっぱりというか、なんちゅうひどいかすれ声。この日の午後、燕で出前紅茶というのに、ほんま、もうしわけないことです。お宿のIさんにもずいぶん心配かけてしまった。

         ****

燕のまちづくり協議会が主催する子育て講演会は、今回が初のとりくみとのこと。若手のYさんが、私をよぼう、と一大決心、目上のかたたちを説得してくれたのだろう。

そのもとをたどれば、みずすましさんでの出前紅茶に、Yさんが聞きに来てくれてたから。Yさんは、珠洲にすむKさんから私のことをきいて、そこに足を運んだ。それから7年、という年月が、今回の燕の日までにきっと必要だったんだと思う。

私の声はひどかったけど、みなさん、その分、耳を澄ましてよく聴いてくださって、とてもいい時間になった。燕の町のひとたち、前の晩も一緒だったみずすましさん、賢治の会のSさん、クッキングハウスがご縁のKさん。それに、ともの時間仲間の、今は長岡に住むTさんも、地域のお仲間たちを誘って来てくれて。

                   ***

いつもの出前のように、ほめシャワのワークショップもすこしはさんで。そして最近のいつものように、最後は歌で終わりたかった。すてきな伴奏のメロディが流れてきたものの、ありゃりゃ、歌になったら、さらにまったく声が出ず・・・こ、こまった・・。

Photo でもそのとき、とってもふしぎなことが起きたのだ。参加してるひとたちの間から、歌声がちいさく、ちいさく聞こえてきた。黒板にはった、大きな紙にかいた歌詞をみながら、メロディにあわせて、ちいさく、口ずさんでるひとたちがいる。びっくり。

見るに見かねて、いや、聞くに聞かねて、みなさんが助けてくださったのだ。そのことに胸が熱くなった。こっちこそ、みなさんに、ありがとうがいっぱい、の、忘れられない燕になった。

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ヤギさん

Photo_3 カラン、コロン、カラン・・・というカウベルならぬヤギベルの音と、めえぇぇぇぇぇ~、というヤギさんの声で目がさめた。この子はまだ仔ヤギ、朝ごはんのキャベツをほおぼって食べているところ。

       ***

三条で心地よいお宿をしてくださったIさんは、新潟大学や県立大学やJICAの先生でもあり、ヤギネットワークの代表もしておられるかたなのだけど、農業とヤギは趣味で、本職は、資源の循環、だとおっしゃる。食べ物の残りを、知恵と経験と、発酵その他の技術でもって、飼料化すること、そのことを語り、広めることが、本当の仕事、と。

ヤギと暮らすと、そのことの循環がとってもリアルにわかるのだそうだ。ヤギさんたちが野菜くずやくず米をたべて、うんこをして、それを堆肥にして、野菜を育てて、そのサイクルが見事にぐるぐるしてる暮らし。

朝ごはんにいただいたヤーコンのきんぴら、ヤーコンの黒酢漬け、セロリの茎と葉のちりめんまぜ炒め、アスパラ菜のおひたし、パセリのいっぱいはいったオムレツ(タマゴももちろん、自前)、それに具たくさんのお味噌汁。どれもこれも、素材そのもののおいしさが際立っていた。

前日のふかしさつま芋の、べにあずまも太白もパープル・スイート(紫芋)も、特別に甘かった。きっと土自体が、ふかふかしてて、おいしい作物を育ててくれるのだろうなあ。虫たちも、土のなかでいい仕事をしているので、害虫ではないのだそうだ。

7年前のみずすましさん10周年でお会いしただけなのに、あったかいおもてなし。のどのことも心配してくださり、即、生ねぎをつぶして、ガーゼタオルでくるんでのどにまいたらいいですよ、と用意してくださったIさんご夫婦。きっとまたどこかで、お会いできますね。

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三条で

Photo 金沢から「北越」に乗って、もうすぐ東三条の駅につくころ、なにげなく窓の外をみてたら、いきなり目に飛びこんできた看板。

え?今、9条、って書いてあった?それに、「ありがとう」も?一体どうしてこんなとこに。

一瞬で景色は遠ざかり、私の見間違いかと思ったけど、そうじゃなかった。この日、三条で「出会いの夕べ」を計画してくれたみずすましさんやそのお仲間たちは、「9条の会・三条」の仲間たちでもあり、それでこういう看板を3枚、町にたてたのだという。9条・三条、さかさから読めば39(サンキュー)。

この写真は翌日、別の場所にたってた看板を撮ったもの。看板の下には、なぜか白菜が見事に育っていた。

                   ****

エコロジーショップ・みずすましさんの10周年記念によんでいただいて、あれから7年。お店にはじめて寄せてもらった。石川のフェアトレードのお店、alさんで見るような品が並ぶ。お店の外には、地域の農家さんの育てた野菜たち。地味だけど誠実な仕事ぶりで、地域のひとたちをつないできた店主のKさんも、ちっとも変わらない。

Photo_2 お店から近い、みずすましさんお知り合いの設計事務所の、それはすてきな場をおかりして、賢治の会主催の出会いの夕べ。集まった20人のかたたちと、賢治さんの「虔十(けんじゅう)公園林」を輪読、私のミニトーク、それから地元のお野菜いっぱいのバイキング。

三条の賢治の会のきっかけは、3年半前の、3人ジョイントとくべつ紅茶。クッキングハウスの松浦さんと、岩手の言葉で賢治の作品を読み続けている律子さんと、紅茶の私、がそれぞれのしていること、3人のつながり、平和への想い、をリレーで語り、そのとくべつ紅茶のなかで、律子さんが朗読してくれた作品が、この「虔十」のお話だった。

その日の紅茶に参加していた三条のSさんが、その後、みずすましさんたちとちいさな賢治の会をつくり、集まってはずっと作品を読んできたのだそうだ。

            ***

この夜は、文字通りの出逢いの夕べになった。クッキングハウス20周年であった三条のKさんも、三条出身で今は珠洲にすむYさんの同級生も、この場を提供してくださったNさんとも、みずすましさんネットワークのかたたちともはじめて逢えて。それにくわえて、なつかしい再会も。

                  **

夕べの最後に、「贈りものの言葉」を小声で歌ったのだけれど、どうもこのあたりから、のどの調子が本格的におかしくなってきて、みなさんにご心配かけすみません。

風邪をひくと私の場合はたいてい、のどが真っ先にやられるのだけど、今回も、あ、しまった、また来た!という感じ。忙しいけど、元気です、なんてえらそうにブログに書いたら、てきめん、調子に乗るんじゃありません、と、お叱りの、風邪っけ毎度の、声変わり。

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