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2009年12月29日 (火)

ボトルシアターにて

Photo_3 東京は下井草駅ちかくにあるボトルシアター。びん博士が集めた7万個のガラスびんの、ほんの少しに逢ってきた。

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びん博士との出逢いは、7月の能登島ガラス美術館。ボトルシアター特別展がひらかれている期間中に、びん博士がお話をする日があって、その日の午前中に能登のヒロさんちで9teasの歌の練習をし、その帰りに9teasさんたちと能登島に寄ったのだった。

戦後しばらくまでは、ひとつひとつが手作りだったガラスのびんたち。明治・大正・昭和のびんたちの、色あいのうつくしいこと、プラスティックがないころは、ほんとにこんなものまで!と思うものがガラスでつくられていたんだ。

ガラスびんに惚れこみ、とりつかれたびん博士のトークも実におもしろく、それに博士自作のガラスびんの歌も味があって。

それだけじゃなかった。ボトルシアターの場所が、西武新宿線下井草駅ちかく、というのを知って、もうびっくり。

その駅から歩いて1分のところにある病院が、長いこと、水野の家のホームドクターだったのだ。思わず病院の名前を口にすると、そこからたくさんの古い薬びんを分けてもらった、とのこと。わお!

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Photo ボトルシアターでは、くらくらしそうなくらいのガラスびんたちにとり囲まれた。

博士が、それがストレプトマイシンのびんですよ、と何気なく指差したときには、どきり、とした。幼いころ、この薬が手に入ったおかげで、結核が治った私だったから。

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博士の弟さんにはすばらしい音楽の才能があったのだけれど、あまりにも若く、ご病気で亡くなられた。32歳というその年齢は、私の兄の亡くなった年と同じ。

弟さんは200曲以上もの歌を遺されていた。博士は去年あたりから、20年ちかくの封印をといて、その歌を少しずつ歌い始めた。そして現在は、高校生の息子さんも、一緒にその歌を歌うという。

お宅で、何曲か父子でギターを弾いて歌ってくださった。弟さんの遺した歌をお兄さんが、弟さんからすれば甥にあたる、息子さんと一緒に歌う。

若い伸びやかな高校生の声で、歌われてうれしそうな歌たち。弟さんからの、時を超えたものすごい贈りもの。たましいのギフト。聴けて、しあわせでした。

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わが家のホームドクターをしてくださっていた女先生は、いま85歳。今も診察室で、おなじみの患者さんたちを診ておられる。

私が高校生の時に、盲腸の手術をしてくださった男先生が、この夏、亡くなられたことを、今回の上京ではじめて知った。

今回のボトルシアター行きがなかったら、きっとそのことも喪のおはがきだけで知ったことだったろう。こんな、ときのめぐり合わせも、あるんだ。

お花抱えてお目にかかりにいけて、男先生のお参りもできて、ほんとうによかった。女先生の懐かしがりよう、お喜びようは、言葉であらわせないくらいで、思わず泣きだしそうな笑顔に、こちらもなった。

女先生がまだ医学部の学生だったころ通っていた教会に、水野の兄も通い、その教会で姉と知り合い、二人は結婚したのだ。

兄の話になるとすぐ涙になってしまう女先生だけど、どのくらい兄がお世話になったかしれない。そして兄の死後は、姉が、そして水野の父が。

おからだはとっても小さくなられてたけど、現役ドクターの先生にお逢いできたこと、12月の東京の、これまたお恵みのような時間だった。

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