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2010年3月23日 (火)

好きなこと

17年前、紅茶ではじめて出逢ったときは10代だったMくんが、この春、大学院を卒業する。なんと、12万字におよぶ修士論文を書いて。

お隣の県の小杉町で、子どもの権利支援センターのセンター長をしていた彼が、行政学を学びたくて、院生になって東京に行ったのは2年前の春。

その前の年の秋、とくべつ紅茶のゲストになって再び語ってくれたとき(一回目は10年以上も前のことで、そのときのタイトルはたしか、「不登校だった僕から」だったと思う)、参加してた人たちが(もちろん私も)感じた、「器用に生きられなくてもいいんだね、ぶきような生き方してたって、いいんだよね」というあの思いが、まっさきに思い出されて胸が熱くなった。

そして、彼のメールのなかのこの言葉に、うん!と大きくうなづく。

「特に好きなことを突き詰めれば、いつかは花開くというか学問にはなるのだろうと思います」

ほんとに、好きなことをつきつめれば、それは花にも、学問にも、なる。なっていく。ときには、しごとにもなっていく。
したい、と思うことがあって、それがほんとうにしたいことであったなら、
ひとはそれをずっと続けていくことができるんだ、と思う。そのことを、彼が身をもって(とはいえ、この2年間は心身にとんでもなく、無理もしたらしいけど)示してくれたように思える。

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「好きなこと」という彼の言葉に、つい2週間ほど前、「団さんと家族面接を学ぶ石川の会」で団士郎さんが言ってた言葉も思い出した。

オールラウンドで一人の人がわかる必要はない。自分の得意なこと、好きなこと、できること、それを持ってるほうがずっと大事。いくつになってもおもしろく続けてられることは、好きで、これからもやっていけること、だと。

団さんは、「好きなことしかしない。それで困らない」を自分の生き方として、貫いてきたひとだ。この日もはっきりそう言い切っていた。

団さんの物言いは、時に辛らつで、極端で、毒舌っぽいことも多々あるけど、その中に、すとん、と落ちる見方や考え方がいくつもあって、それで私も学び続けてるんだろうと思う。

私にとっても、紅茶の時間や、ともの時間など、好きで、おもしろくて(愉快、という意味でのおもしろい、とは違うけど)続けてこれたことは、きっとこれからも続けていくことができるもの。

紅茶も、ともの時間も、ある意味、私にとってのまさしく”学校”だから、なおさらです。

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