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2010年7月 7日 (水)

刈谷・紅茶の時間

Photo_2 1月の名古屋で、bandaidこと坂東さんと会わなかったら、そして彼女が夫さんと一緒に私を刈谷の郷土資料館まで即、誘拐して連れて行かなかったら、そもそもありえなかった今回の紅茶の時間 in 刈谷。

資料館でbandaidが父の話をし、即、職員さんが父に関する資料を出してきてくれ、その職員さんの一人だったNさんが、私には身近なひとと遠縁だとわかったんだった。

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明治生まれの父が、刈谷の亀城尋常高等小学校(それが後の、亀城小学校で、現在の郷土資料館)を卒業後、農家を継ぐのがいやで、家出までして東京に行き、それから苦学して弁護士になった、という話を、幼いころからまるで伝説のように聞いて育った私。伝説と感じてしまうくらいに、そのころの父は、私には遥かすぎる遠い存在だった。

若いころから郷里の若者たちをずっと世話してきた父、書生さんの初代だったひとはもう90歳を越えているだろう。
私が高校生のころ、東京の水野の家の隣に、父はちいさな育英会の寮を建てた。
そこが、刈谷の高校を出て東京の大学に通う学生さんたちの住いになった。寮といっても定員はたった4人。大学の1年生から4年生までが共同で暮らし、一人卒業すると入れ替わりに、高校の推薦で新しい学生さんが入ってくる、という、ほんとうにささやかな育英会寮だった。

そこから何十人もの刈谷の若者が巣立っていった。父を知る人も、知らない人もいる。そのなかには、「きもちは、言葉をさがしている」の中にも書いたように、父が息子のように愛したひともいる。父と直接逢ったことがなくても、私たち一家と今もつながっているひともいる。

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郷土資料館のNさんの遠縁にあたるKさんは、寮ができて確か2年目に入ってきた学生さんだったと思う。今は農園を経営し、市議会の副議長さんをしているという。

父が通っていた小学校の、その同じ場所に立って、父とつながるひとの名前を突然聞いたとき、私は一瞬で時空を飛び越し、あ!きっといつか刈谷に出前に来る日が来る!って勝手に思っちゃったんだ。

それが、今回の押しかけ出前紅茶の理由。Kさんから頼まれ、世話役をすることになったNさんにしたら、最初はわけわかんなかったと思う。でもちらしをつくり、準備し、知り合いさんに声をかけ、本当によくお世話くださった。あらためて、お礼申し上げます。

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紅茶の話のテーマは、この日も、きもちのいいコミュニケーションやほめシャワに関することなのだけど、その合間あいまに、今日の出前のとくべつなわけ、も語られる。

どきどきの緊張はしなかったけれど、父のふるさとで、育英会の卒業生であるKさんたちや、初めて会う刈谷の人たち、それに、石川から来てくれたきりりんさん、お友だち、以前、金沢から紅茶に来ていて、この日は名古屋から参加して13年ぶりに会えたHさん、、、たちの前で、ちいさな父の写真を脇において語る私も、とくべつなきもち。

家出までして、一度は捨てたふるさと。でも父は刈谷がほんとうに大好きだったんだと思う。ふるさとの若者を育てることは、まぎれもなく、父のライフワークのひとつだった。家族のためにだけ、生きなかった父の、父らしい生き方がそこにある。

娘の私は、父のそんな想いを若いころは知りもせず、ひたすら自分勝手で、家出も同然に日本を飛び出し、父をどんなに悲しませ、どんなに泣かせたか。

そういう私が、父の亡くなった2年後に母となり、子育て仲間がほしい、というほんとにただそれだけの単純な、自分だけの理由で、紅茶の時間をはじめたのだった。

26年半の紅茶の時間のなかで、でも少しずつ少しずつ、私は気づき、変わっていったと思う。
自分だけで、家族だけで生きることよりも、ひとと一緒に生きることのほうが、ずっとすてきで、めんどくさいけどおもしろくて、しんどくもあるけど楽しくて、幸せだなあ、の感覚を分けあえることかと、私は紅茶というschool of life で教えてもらったように思う。

父と娘の私と、仕事や生き方の分野はまったく違うけど、その志もスケールもはるかに違うけど、「ともに生きる」のキーワードは、どこかで相通じてる気がする。どこかで、父のバトンを受けとりながら、私も私の人生を、ひととともに、歩いている気がするのです。

父よ、刈谷の紅茶では確かここまでは語らなかったね。でも、語りながらすっごくすごく、あなたの存在を感じたよ。あなたが聴いてくれてる気がとてもしながら話したよ。お願いしたとおり、そばにいてくれてありがとう。

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夜の懇親会には、Kさん夫婦(おつれあいさんは、この日、刈谷の市民音楽劇「万燈の輝く夜に」のスタッフをしていて、夜のみ参加)、Nさん夫婦、うちによく来る酒井くん、そのご両親、酒井くんのいとこ、そして名古屋から来た紅茶つながりのHさん(料理を食べてる最中、酒井くんのいとことHさんが高校の同級生だと判明し、この日が30年ぶりの再会!という鳥肌もんのドラマもあり)、写真の中の父が、おうおう!!と声あげて笑ってるみたいだったよ。楽しい夜でした。

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Photo_3 ← 夕食の前に、連れて行ってもらった刈谷のハイウェイオアシス。そこに住んでるらしき猫。
ここのトイレが豪華なのと、観覧車で有名だそう。

県指定無形民俗文化財の「刈谷万燈祭(まんどまつり)」の展示もあった。竹と和紙でつくられた、おおきいものでは重さ60キロにおよぶ張子の人形、10数基の大万燈に灯りをともし、真夏の二日間、若衆がかわるがわる、ひとりで担ぐそうだ。

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