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2011年1月19日 (水)

山下兄弟の、当たり前。

先週の15日土曜日は、金沢の三小牛(みつこうじ、と読む)にある北陸学院大学の公開講座へ。

この講座の仕掛人は、今はこの大学の教授で、個人的には昔からの友だちの、金森俊朗さん。
その金森さんからの声かけで、三小牛にちかい別所の田んぼで、無農薬のお米と野菜を、お父さんから引き継いでつくっている山下レイジくん、シンくん兄弟に、山下さんちのお米を23年間食べ続けてる「お米の会」のメンバーでもある私がインタビューする、という時間。

この日のために、お米の会の古い資料までさかのぼって全部読み返してみたら、会員数30世帯ほどのささやかな会だけど、こんな意味があったのか、そうだったか、と再発見することがいっぱいあった。

山下兄弟のお父さんが、23、4年前から思っていたこと、そして、会員の私たちにもずっとつきつけてきた問いの一つが、「お金さえ出せばなんでも手にはいる」という考えや、食べ物をつくる人、買って食べる人との間の明確な境界線に、それでいいのか、ほんとにそうか、ってことであったと思う。

私たちのお米の会が、その問いにきちんとこたえきれず、山下さんもこれ以上無農薬を続けるのは無理、って思いかけたとき、ちいさいころから当たり前に田んぼや畑を手伝ってきてたレイジくんが、彼のなかでは当たり前のこととして、そのバトンを受け取ったのだった。

紅茶では、2006年と08年、とくべつ紅茶で山下兄弟トーク&ライブをひらいて、実に自然体の彼らの話も聴いてたのだけど、そのときには出てこなかった話も、今日はいっぱい聴かせてもらえた。

寡黙な山下父さんと3人の息子たちをつないできたもの、その一つが農作業の休みの日の、ダイナミックや山遊び、川遊びだった、ということもこの日初めて知った。
他の人から見たら、ええ〜、それって遊びなの?休みの日にまで汗かいて、めっちゃ疲れて、と思えるくらいハードだけど、ぼくらにとっては、それが趣味で、おもしろくって、楽しくって、「だよなっ?」とシンくんレイジくんが顔みあわせて笑うの見てると、いろんな「?」がするするほどけていく気がした。

まわりの山や森、川、おっきな自然の中で、親父と息子が、きのこを探し、山菜をとり、魚をつりあげ、そうやって親子で共有した時間の積み重ねがいっぱいいっぱいあったんだろうな、と想像した。
親父は黙って働いてる背中見せてればいい、っていうのとは違う。からだまるごとで対話してたのかもしんない、そうと意図せず、意識せず。

Photo_2 親父が守ってきたものを、あたりまえのこととして、引き継ぐ。
今日の私が山下兄弟からうけとったキーワードは、「当たり前」。

あたりまえすぎて、その大切さ、かけがえのなさに、気づかない場合がどれくらいあるだろう。自然も、そのひとが黙々としている「こと」も、その「ひと」が存在してくれてることも。

親父のあたりまえをうけとって、職業は農業、とこたえる金沢の若者は、いま28歳。レイジくんは、来月、お父さんになる。

写真は、山下農園で昨夏生まれたヤギの赤ちゃん。生後二日目。

 






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