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2011年3月31日 (木)

ともに考える場を (長い模索)

mai works のmai です。
今から書くことは、ここ何日間かの間、自分の中で続いている模索です。
とても長い文章だけど、
私の頭の中を、一人じゃなく、誰かとshareできたらと思います。

私は買い物をする前に、
インターネットの口コミサイトを利用することが多い。
なぜって、メーカー側の広告だけでは、本当の商品の価値が、よくわからないから。
「売りたい」側が、メリットしか教えてくれないのは、当たり前のことなんだろう。

こっちだってそれがわかってるもんだから、
損得勘定ぬきの意見を参考にしたいと思うのもまた、
当たり前のことって思う。
だからこそ、口コミサイトは成長できたんだろう。

メーカーに依らない「ここがよかった」や「ここがよくなかった」が、
ひとつの場所に並んでいれば、
それを比べることができるし、検討することもできる。
そうして最終的には自分の責任で「選択」することが、
「買う」ということだと、私は思ってる。

だけど、電力を買う時には、そういうわけにはいかないのだよなぁ。
私が買うことのできるメーカーは、住んでいる地域の電力会社しかないし、
その中でも、「こういう方法でつくられた電気を買います」って
選択することはできない。

「買う」という行為事態は、他の商品と何ひとつ変わらないのに、
選択肢がないというだけで、
その電力がどこでどんなふうにして作られて、どんなふうにしてやってきて、
そこにあるメリットとかデメリットとか、
私は真剣に考えるのを、放棄してしまっていたように思う。

というか、そもそも判断材料が少なすぎるよ。
それは今だって同じこと。
確かに毎日いろんな場所で、いろんな立場の人が、記者会見を行っている。
官邸、東京電力、原子力安全・保安院、原子力安全委員会。
そして、そこから得られた情報が、
テレビや新聞などのマスメディアを通して、連日報道されている。

にもかかわらず、判断材料が少ない、と私が感じる理由は、ただひとつ。
それは全部、推進派=原発を「売る」側からしかの情報でしかないからだ。

原子力発電は国策という大きなプロジェクトとして、
たくさんの税金が使われてきた。
産学協同の名のもと、経済界も学術界も、原子力発電をサポートしてきた、
原子力安全・保安院は、名目上は規制をする側だけど、
原子力を推進する経済産業省の内部に位置しているから、
独立しているとは言えない。

原発を日本に導入する時には、
中立であるはずのマスメディアが原発推進の旗振り役だったという歴史もある。
ましてや、今では電力会社が多額の広告料を支払ってくれる大口顧客なんだから、
それを度外視して報道をすることは、現実的に難しいんだろう。

その一方で、1986年にチェルノブイリの事故が起こった後、
各地でたくさんの市民が声をあげたのもまた、事実だ。
(母もその一人で、その記録を、『まわれ、かざぐるま』の中に残している)

技術者や研究者(元推進派)の中から、危険性を訴える人たちもあらわれた。
だけれども、この25年の間、そういう活動をする人たちは「反原発団体」として、
白い目で見られ、世間からも浮いた存在だった。
彼らの言うことは、
「反原発団体の言うことだから信用ならん」「理想論だ」として、
一蹴されてきてしまった。

(こんな状況にあってもなお、彼ら情報の発信は、
それでもやっぱり、「煽ってる」「大げさに言ってるだけ」と言われることがある)

でも、どうしてなんだろう。
他の商品に関して、私たちは当たり前のように、
いろんな立場からの情報を知ったうえで、選択したい、と感じているのに、
なぜ、こと「電力」になると、
簡単に「原発を推進したい」と思っている人たちの意見だけを、
正しい情報として、鵜呑みにしてしまえたんだろう。

原子力発電の問題は、おそらくお金とはきっても切り離せない。
推進派には、原子力発電があることで利益を得ている人もいるのだろう。
だけど、それに異議を唱えることで、
研究のお金をもらえなかったり、教授になれなかったり、
テレビに出してもらえなかったり、白い目で見られている人たちには、
いったいどんなメリットがあったのだろうか。

私自身は、声を大にして「原発反対」と言ってはこなかった。
母の活動を近くで見ることで、そのむくわれなさに、無力感のようなものを感じ、
自分が深く立ち入る勇気がなかったんだろう。
そして、電気がなかったら、じゃあどうやって暮らせばいいの、
なんて素朴な疑問を感じ、母の言っていることは理想論なんじゃないかと、
心のどこかで思っていたのかもしれない。

だけど今私は、自らが選択してきた態度は、やっぱり違った、って思っている。
原発を使わない暮らしが理想論だとするならば、
原発で事故は起こらない、絶対安全だということもまた、
理想論なのではないのかと、いまさらながらに気づいたからだ。

たとえ自分に、明確な答えが出せなかったとしても、
「本当のところを知りたい」と、
私は声をあげなきゃいけなかったんだ。

田中優さんの講演を聞いて、
スウェーデンでは、消費者が電力を選べるシステムだと知った。
アイスランドでは、すぐれた地熱発電を使っていて、
しかもそれは日本製だということも知った。
河野太郎さんは、日本の外では
再生可能エネルギーへの投資が伸びているとも伝えている。

でも、もしかしたらそこには、
私のまだ知らない問題点だってあるのかもしれない。
もしあるのなら、その問題点を聞きたいと思うし、
その問題点を克服するのと、原子力発電の問題点を克服するのと、
どちらが現実的なのかを、考えたい。
それを、日本に住む普通の市民である私にも、一緒に考えさせてほしい。

私が望むのは、原発推進派も、脱原発派も、中立派も、
その他、なんの名前もつかない人も、
同じテーブルに座り、それぞれの立場から情報を交換し、
建設的に話し合ってほしいということだ。

そしてそれを、私たちにも公開してほしい。
いろんな立場の人がいて、いろんな意見があって、
それを平等に知ることができる。
それが、「公共」のあり方だと思うから。

長い歴史の中で、推進派と脱原発派の間には、大きな亀裂が生じてしまった。
悲しいことだけれど、互いが互いを憎み、醜い争いだってあっただろう。
(脱原発派の放つ怒りのエネルギーが、一般人を原発議論から遠ざけてしまったのもまた、
 事実だと思う)

私は、0か100か、All or Nothig、の議論は求めていない。
派閥やイデオロギーも求めていない。
「世界の中の日本という国、そしてそこに暮らす私たちにとって、
 よりよい未来ってなんなんだろう」
ただその一点を、ともに考える場を、求めているのだ。

本当に、原発がなければ日本はやっていけないのか。
安全をとるか、文明をとるか、という二者択一しかないのか。
代替エネルギーへの転換は、非現実的なのだろうか――。

それは、これまでのような"VS"の構造ではなくって、
もっと中間であり、グレーであり、曖昧なものの模索だ。
(むしろ、完全を求めてしまったら、先には一歩も進めない)

今もってなお、福島原発の状況は刻一刻と変わる中、
「今そんなこと議論している場合か」という意見もあるのかもしれない。
だけど、年単位での対応が大いに考えられる中、
もし今事態を見守ることに終始し、
これからの未来を、私が自分で考えることをやめてしまったとしたら。

エネルギーの問題を考えるのも、軌道修正するのも、
正直ものすごく大変だと思う。
「これまで通り」で進んでいくのが、一番簡単だ。

だからこそ、状況がなんらかのかたちで収束を迎えたとき、
まるで「原子力エネルギー」の問題自体がすでに解決されてしまったかのように、
私を含め、多くの人たちの意識からすっぽり抜け落ちてしまうんじゃないか。
忘れ去ってしまうんじゃないか。
なかったことにしてしまうんじゃないか。

私は今、新しい選択の入口に立っている。
そのことを、ちゃんと自覚していたい。
目の前の事態に恐れおののいて、思考を停止させてしまいたくない。
それこそ、そんな場合ではない、と思うから。

mai

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2011年3月29日 (火)

優さん講演会のお知らせ

ただいま!尾道からもどりました。

4月7日の田中優さんの講演会の詳しいお知らせがメールで届いていたので、改めてお知らせを。(31日、少し追記)7日昼の部は要予約、また、8日にも講演会があります。

***************

□■ 絶望を希望に変える 田中優さん緊急講演会! ■□

「福島原発の現状とこれからの自然エネルギーの可能性」

原発震災の正しい情報、被ばくの実態や日本の新しい
エネルギーについて。被災地支援・復興の過程で、
私たちはこれからどんな世界をつくっていけるのか。
「希望を見つけた!」と全国で大反響の2時間講演。
未来に向けて今できることを、わかりやすくお話いただきます。ぜひ、お見逃しなく!

◆◇ 昼の部 ◆◇
4月7日(木)13:30~
Kapo(カポ) 兼六駐車場となり山越ビル2F(賢坂辻方面)
定 員:70名(先着順)→要予約、になりました。
参加費:1000円 

※注意※ 

kapoは駐車場がありません。
・車で来られる方は、有料駐車場をご利用ください。
・バスならば兼六園下バス停から歩いて1分です。
・自転車ならば、kapoとなり小将町中学校前の公共駐輪場をご
利用ください。)
定 員:70名(※要予約となりました!)  
  sira@yacht.ocn.ne.jp (白川)まで。 
参加費:1000円

■□ 夜の部 ■□
4月7日(木)18:30開場・19:00開始
野々市文化会館フォルテ 小ホール
定 員:300名
参加費:1000円

主 催:田中優さん講演会実行委員会
連絡先:076-240-0413 happykoara3@ybb.ne.jp(小原) 
076-246-0617(コミュニティトレード al)

※昼・夜とも、託児ご相談ください(お早めに)
(託児問合せ 076-246-0617 アル )
※参加費の一部は、東北関東大震災の義援金にさせて
いただきます。

    ▽  ▼
◇■ 緊急講演会決定! 詳細は続報にて! □◆
4月8日(金)13:00~ (12:30開場)
「3.11以降の日本社会をどう変えるか」
    ~被害からの復興を社会のターニングポイントに~
 場所:石川県地場産業振興センター 新館
 定員:108名


■□■□◆◇◆◇■□■□◆◇◆◇■□■□◆◇◆◇

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2011年3月27日 (日)

田中優さん、石川へ!

こんばんは。
mai works のmaiです。
母が尾道へ出張中に、急きょ情報が入ってきましたので、
今日は北陸のみなさんへ、私からお知らせを。

4月7日(木)

田中優さん講演会

@ 野々市町文化会館フォルテ 小ホール

石川県石川郡野々市町本町5丁目4番1号

18:30~ 開場
19:00~ 開演

* タイトル未定、取り急ぎ日時と場所だけでも。
    詳細が決まり次第、またお知らせします。

→ 最新情報はコチラでアップしています

もう何度もお名前が登場している、田中優さんが、
(あ、先日も「赤ちゃんお預かりプロジェクト」でご紹介したばっかりだ)
なんと石川県へも。
以前から、優さんはいろんなところでお話をされてらっしゃいましたが、
震災が起こってからは、以前にもまして日本全国を飛び回り、
今だからこそできる話、聞きたい話を、
私たちの耳まで届けてくれています。

私も、今月の17日に大阪でお話をうかがったばっかり。
震災が起こってから、テレビやパソコンの前で
途方に暮れることしかできなかった私にとって、
「お話を聞きにいこう」と思えたことは、
ようやっと無力感の鎖をほどき出したきっかけだったかもしれません。

優さんのお話の内容はもちろんのこと、
どうしたらいいんだろう、何をしたらいいんだろう、と
いま同じように不安に感じている人が、こんなにもいるんだということ。
そうか、これはひとりきりで考えることじゃない、
みんなで一緒に考えるんだ。
その気づき、それ自体が、
ささやかな勇気を、私に手渡してくれたように感じています。

講演会の詳細はまたおって。
それぞれがひとりで抱えこんでいるかもしれない、
被災地を、家族を、子どもたちを、未来を想うきもちを持ち寄って、
みんなで一緒に模索し、考える時間をもてれば、何よりです。

mai

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2011年3月25日 (金)

ともしび

クッキングハウスの松浦さんと電話でお話してて、金曜夜レストランのハッピーアワーでは、停電のこともあって、文字通りキャンドルナイトのレストランになってるとのこと。そんな夜ほど、みなさん、いっぱい語りあうそうです。

あ、そう言えば、と思い出したのがこれ、100時間ろうそく。まとめて買ったのはもう7、8年も前のこと、たしかまだいくつか残っていたはずだ、と探してみたら、あった、あった。震度7でも倒れないという、一つで100時間もつすぐれもの。110324__3        

わが家の最後のを二つ、クッキングハウスへ。ちょうど今日は金曜日、レストランでこのあかりが灯るかな。

110324__2

うちでも久しぶりに灯してみました。

****

では、明日26日から29日まで、出前にいってきます。

今度の旅の友に、21年前に書いた本、「まわれ、かざぐるま」も持って行こうと思う。子育てと紅茶の本だけど、後半には原発のことも。

チェルノブイリの原発事故の時、娘もまだおさなごだった。
原発のお話を藤田ゆうこうさんからお聴きして、せめて自分の知ったことだけでも伝えなきゃ、と必死に書いた遠い日々。間違ったこと書いたらよくないので、原発に関わるところは、ゆうこうさんに先にお渡しして、原稿のチェックもしていただいたこと、思い出す。

 

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福島の赤ちゃんお預かりプロジェクト

こんにちは。
mai works のmaiです。

今日は、ひとつお知らせを。
福島原発事故を受け、「心縁隊」という若者たちが、
福島の妊婦さん、赤ちゃんたちを関西へ疎開させようと動いています。

心縁隊HP 

心縁隊ブログ 

まーちゃんブログ 

 ↑
まーちゃんは実際に福島へ入っているので、
まーちゃんブログが、一番リアルタイムで詳しく更新されています。

3月17日に、田中優さん(*後述注)をお招きしての講演会があることをネット上で知り、
初めて彼らの存在を知ったのですが、
実は、主催者の「まーちゃん」さんは、私の友達の友達でした。

そういうご縁だから、というわけでもないのですが、
今現在、たくさんの団体が動いていて、
どこにお金や物資を託したらいいのかと迷う気持ちがあり、
そんな時彼らのプロジェクトを知りました。

放射線や放射性物質の影響をまっさきに受けるのは、
未来をつくってゆくはずの赤ちゃんたちで、
その赤ちゃんを守ることは、みんなの未来を守ること。

そして、心縁隊のみなさんが、
福島のお母さん・赤ちゃんたちを、とピンポイントでサポートしている こと、
まだ始まったばかりのプロジェクトで、彼らへの支援も集まりにくいと思われる こと、
などを考えて、私は彼らに託そうと思いました。

私も現地に入ったり、積極的にかかわりたいと思いながら、
今は、自分の仕事を続けています。
そのことに罪悪感や後ろめたさも感じましたが、
自分の作品を通して、今手渡したいと思うものがあり、
それを諦められない私であるなら、
この暮らしの中でできるサポートだけでも、と、今は思っています。

これだけの広範囲な被災状況の中、
大きな団体は、ダイナミックに、
ちいさな団体は、小回りをきかせて、
個人は、日常も保ちながらその中でできることを息長く、と、
いろんな立場の人が、それぞれに役割分担しながらサポートできたら、と願います。

* 田中優さんについて

チェルノブイリ原発事故が起こったとき、ちょうど子育てをしていたという経験から、
ap bank や未来バンク事業組合など、様々な活動をされてきた田中優さん。
彼の話からは、何が起こっているか、ということだけでなく、
今この中でも、未来に対する希望が感じられました。

これから先、私たちは何を選択するのだろう。
だけど選択するためには、まず選択肢を知る必要があるということ。
それは、今ここに生きる一人ひとりの責任なのだと思います。

17日の講演は、こちらからご覧いただけます

エコレゾウェブでは、小林武史さんとも対談

* 2011.4.1追記(エコレゾウェブより転載)

講演会の中で、スパイラルマグナスについて
「風速50mでも発電した」という発言がありますが、
正しくは、「風速50m/sの風に風車本体が耐えた」
(風車は回転させておらず、本体が強風に耐えた)です。

また、「犬吠崎の沖合に風車を建てたとしたら」の発言は、
正確には「関東地方沿岸50km以内に風車を建てたとしたら」です。

このことに関する私の雑感は、こちら

現在、日本全国でたくさんお話されているので、
最新情報はどうぞ田中優さんのblogをご覧くださいませ。

田中優の'持続する志' 

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Bandaidとシンクロ

昨夜のNHK「クローズアップ現代」を見ていて、えええ〜〜!とおもわず声をあげてしまった。ゲストのお医者さんが、チェルノブイリのことで話していて、たしかに子どもには放射線の影響があったけれど、大人にはこのせいで後から癌になったという人たちの報告はなかった、と。

びっくりのおさまらぬまま、バンドエイドのブログをみたら、ぴたりとシンクロしてた。彼女もまったく同じ風に感じてたんだ。ぜひ読んでみてください、がま口塾のブログ。 金沢とご縁の深いニーナ先生のこともでてきます。

がま口塾

バンドエイドは自らウクライナに行って、かの地の友だちも、知りあいも、たくさんいる。「届け、ウクライナへ」って本も書いてる。チェルノブイリ後に、病に倒れた人たちのことも知っている。それだけに、私以上に、今日のテレビに、えええええ〜〜〜!だったに違いない。

テレビに登場する学者や先生たちよりも、もっともっと語ってほしい人たちが日本にはいっぱいいるのにね。

                  ****

同じ日、名古屋の高校生たちが、「私たちはリスクを負い、原発で働く人々を被ばくさせてまで原子力を必要とする生活を追い求めません」と、中部電力に浜岡原発の運転停止を要望しに行った、という記事を見た。

働く人々を被爆させてまで。
赤ちゃんを抱くお母さんたちを、こんなに不安にさせてまで。

原発でしか電気ってつくれないと思い込まされてる、この呪縛を、30日の中垣さんの出前の日にすこしでもほどけたらいいな、と思う。

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2011年3月24日 (木)

原発のお話の出前@来週の紅茶

110324_本当にひさしぶりに、この冊子を読み返している。1999年におきた東海村の臨界事故について、当時は慶応の物理の先生だった藤田ゆうこうさんが、事故のひと月後に、金沢でお話ししてくださった。

その講演がとてもわかりやすかったので、金沢の中垣たか子さんが、お話をテープ起こしして冊子にしませんか、と声をかけてくれて、何人かの紅茶の仲間たちにも協力してもらって、こんな冊子ができたのだった。ワープロうちは、すべて中垣さん。

今読んでも、中味は古くない。臨界事故と今回の福島の原発事故と、原因はちがっても、原発そのものの仕組み、本質的な根っこは同じ。原発問題は、エネルギー問題ではなく、放射能問題なのだ、という言葉がこわいくらいリアルに響く。

                 *******

急ですが、来週の紅茶でこんな場をつくります、のお知らせ。
    ↓
「原発震災を案じる石川県民」の世話人であり、「原発のお話・出前のお店」の店長さんでもある、金沢の中垣たか子さんが、3月30日(水)の紅茶に、お話の出前に来てくださることになりました。

今週土曜日の午後、七尾へお話に行かれるのですが、七尾まで行けない方も、その日は時間の都合がつかない方も、どうぞ紅茶にお話聞きにいらしてください。
こういうことはタイミングが大事。
刻々とかわる原発関連の情報、放射能汚染のこと、新聞とテレビからは見えないことも、
中垣さんが集めてくださった情報などから、そして一緒に語りあう中から、もう少し見えてくるかもしれません。もっと知りましょう、語りましょう。

30日(水)2:00〜4:30ころまで @紅茶/水野宅  参加費 おきもちカンパ
お話のテーマは、七尾のときと同じで、
        『ご一緒に考えてみませんか、いまできること 
         ・・・福島第一原発で 原発震災が現実になって』

中垣さんからのメッセージもあわせて、再び。
     ↓
いま、悪夢のような原発震災が 現実のものになって、
不安な気持ちでいっぱいの方も 多いことでしょう。
そんな中で、まず「いったい何が起きているのか」を知ること、
そして「いま ここで 私たちができることは どんなことか」いっしょに語り合える場になるといいな~と思っています。

     お時間の許す方、ぜひお出かけくださいね。

東京の水も汚染されてしまいました。煮沸しても、ヨウ素は減らないどころか、むしろ濃縮されるとのこと、どうか煮沸しないでくださいね。減らすためには、活性炭が有効とか。この日はそんな話も出ると思います。

                         ****

3月22日に放送された広河隆一さんのお話、youtubeで見られます。以前に紅茶のブログでもお知らせしたことが、広河さんのお話でもっとくわしく聴けます。司会は上杉隆さん。テレビで本当のことを言ってバッシングされた方。上杉さんの司会も広河さんのお話も、とても聴きやすい。

22日のニュースの深層

 ↑3部にわかれています。  

                ****

このお知らせをブログにupして間もなく、26日土曜日から29日火曜日まで、私は尾道の方に行っていて、留守します。メールのお返事できませんが、お許しくださいね。

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2011年3月23日 (水)

24日の鎌仲さん@石川テレビ、26日の中垣さん@七尾

石川テレビを見られる方にお知らせ。富山でも見れるそうですよ。

3月24日(木)午後6時台のニュースで、鎌仲ひとみ監督、登場!
「ミツバチの羽音と地球の回転」が今、たくさんの人に見られてることと、
今回の原発震災のことが、あまりにつながってると思えてなりません。
鎌ちゃんの言葉で聴きたい、今のこと、これからのこと。

               ****

3月26日(土)のお知らせもあわせて。
「「原発震災を案じる石川県民」の世話人であり、
「原発のお話出前のお店」の店長さんでもある、金沢の中垣たか子さんが、
今週土曜日午後、七尾へ原発のお話の出前に行かれるとのこと。
その日、私は尾道に行く移動日で参加できませんが、もしお時間の許す方いらしたら、ぜひお出かけを。

お話のテーマは、『ご一緒に考えてみませんか、いまできること ・・・福島第一原発で 原発震災が現実になって』

中垣さんからのメッセージもお伝えしますね。
     ↓
「いま、悪夢のような原発震災が 現実のものになって、不安な気持ちでいっぱいの方も 多いことでしょう。
そんな中で、まず「いったい何が起きているのか」を知ること、そして「いま ここで 私たちができることは どんなことか」いっしょに語り合える場に なるといいな~と思っています。

3月26日のお話の、
場所は 喫茶「モリタートはた坊の間」七尾市小島まちレ99 
     tel:0767−53-4522
時間は 午後3:00〜5:30
問合せ先 暮らしの安全を願う市民のネットワーク
     tel:0767−68-2796 笹川栄子さんまで

お知らせは以上です、また、つながって行きましょうね。 

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3月因島へ、4月東京へ。

先月に引き続き、尾道へ。コミュニケーションの学びの旅は続いています。
                   **
因島では、出前紅茶も。
去年9月にとなりの島へ出前に伺ったときに、泊めていただいた今井さんちで、語ります。

3月27日(日) 紅茶の時間 in 因島

    2:00〜5:00  @因島外浦の今井さんち   参加費 500円

    出前のご注文は、
    ・たったひとつの出逢いから・聴くことの静かなちから・doからbeへ
    とお聴きしてるので、そんなお話ができればいいな。
    私のトークと、お茶とお菓子、みなさんとのトーク、の3時間です。

    お問い合わせとお申し込みは今井さんまで telephone 0845−24−0546

    残れる方は、一品持ちより夕ご飯をご一緒に。

                 *****

このところ、クッキングハウスの松浦さんとお電話で話すことがたびたび。輪島の研修会にピンチヒッターでうかがったことの報告や、あゆみさんの会の様子など。

東京の計画停電や、スタッフが通勤できない、などいろいろな不便をかかえながらも、松浦さん達はちからあわせて、レストランを開き続けてくださっています。この10日あまり、不安でないひとは一人もいないでしょう。気持ちを出して、語り合って、肩たたきあえる、こういう場は本当に貴重です。

金曜の夜のレストランでは、ろうそくのあかりを灯しているとのこと。クッキングハウスがかわりなくあいていて、おいしいご飯をたべられて、そこにともる明かりはまさに、希望の灯だと思います。

                 ***

今日いただいたお電話で、さて、4月のスウさんの日をきめましょう、という話になり、え〜、クッキングハウスだって大変な、こんなときに?と言ったら、こんな時だからこそ来てもらいたいのよ、と松浦さん。

というわけで、今年も行きます。クッキングハウスさんへの出前。今年でたしか7年目。毎年4月の末に、お話にでかけています。

4月21日(木)午後 出前紅茶 @クッキングハウス
  22日(金)には、 夜のレストランのハッピーアワーにも参加します。

この春、東京調布のクッキングハウスでお会いできたら、とってもうれしい。
くわしくはまた、4月に入ってからお知らせしますね。

去年もクッキングハウスの翌日にうかがったキャンディケイトさんにも、
4月23日(土)ちいさな出前に行くことになりました。
以前から、クッキングハウスに来るときにはキャンディさんにも、とお約束していたので。
こちらのお知らせ、時間やご連絡先などもまたあらためて。

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2011年3月22日 (火)

いま、当事者ということ

こんにちは。
mai works のmai です。

地震の発生から、11日目をむかえました。
最初に予想していたよりも、
ずっとずっと被害が大きく、打撃も大きく。
いま、被災地で何が起こっているのか、
新しい報道が入るたび、ひたすらやりきれない気持ちになった10日間。

目の前のテレビから差し出される映像や情報から目が離せなくって、
やるべきことが手につかない。
なにやってんだと思いながら、
情報を追いかけて、消耗して、
無力感だとか罪悪感しか残っていないはずなのに、
それでも関西にいる私には、被災もなく、停電もなく、
平穏な日常が、なんにも変ることなく続いているのもまた、現実なんだ。

自分が今この時、どこに立っているのか、
まったくと言っていいほど、わからなくなってたんだと思う。

ふっと、そういえば昔、嵐に揺れる船の中で過ごしたとき、
ひどい船酔いになったなぁ、なんて、脈絡なく思い出す。
あの時は、足元がぐわんぐわんと揺れているのに、
目に映っている光景は、いつもと同じ船内。

「感覚と視界の状況が一致しなくって、
 身体が混乱してるから気持ち悪くなるんだよ。
 外に出て揺れ動く海を見て、
 今嵐が起きてるんだ、って視界に納得させてあげたらおさまるよ」

って言われて外に出たら、吐き気が本当におさまったんだったっけな。
そのアドバイスが、本当のことなのかなんなのかは、わかないんだけど。

もしかしたら、今回はその逆のことが起こってたのかもしれない。
テレビで映し出される映像も、情報も、
すべて確実に、私と切り離せない事実であって。
私の身体感覚が及ばないところでは、
すでにもう事態が走り出しちゃってるのに、
それをちゃんと受け入れることが、恐ろしかったのかもしれない。

うん、すごく時間がかかったけど、ようやく、自分の中で一致した気がする。
それは、私はまぎれもなく当事者なんだ、っていうこと。
なんというか、これは、覚悟、みたいなものなのかもしれない。
被災地のことも、原発のことも、日本経済のことも、電気のことも、石油のことも、
私の身体の一部が、今ダメージを受けているということ。
だからその痛みを、背負わなきゃいけないっていうこと。
きっとそれは、これから先も、ずっと。

あぁぁ、それにしてもなんと遅い覚悟だ。
恥ずかしくもある、だけど、しかたない。
これが私のスピードなんだ。
みなそれぞれの速度があって、それぞれのかたちで、その痛みに触れるんだ。

今わたしは、問われているんだろう。
何をするのか。
何を信じるのか。
どう生きることを選びとるのか。

その表出のかたちは様々で、きっと自分でしか決められない。
(これまで私は、どれだけのものを、自分で選びとったって言えるんだろう)
だけど、それが自分の納得できるものであれば、それでいいのだと思う。

きっとこれまで経験したことのないくらい、
私は大きな変化に立ち会うことになるんだろうなぁ。
だけど、私はひとりじゃないね。
みなで選びとるのだね。

一昨日、思いがけず両親に会うことができた。
そうして、何日かぶりに、笑えたような気がする。
こんなときに笑っていいのか、とも思ったけど、
でも、こんな時だからこそ、笑い合える瞬間が、
人を内側から楽にするんだって、知った。
あぁ、誰かと言葉を交わすって、
視線を合わすって、体温を感じるって、大事だなぁって、
今更ながら感じてしまったよ。

2人に会うまでの間、自分の中にインプットした情報も不安も、
なかなかうまく外に出せなくって、
なるほど、人はこんなふうにこころの便秘になるんだなってこと、
よくわかった。
だから、今どんな状況であれ、
なにか苦しかったり、不安だったり、つらかったりしている人がいたとしたら、
どうか1人で抱え込むという選択をしないでほしい。
電話1本かけるのでもいい、誰かの手当てを求めてほしい。

そしてなにより被災地のみなさんに、
てのひらとか声とか、笑顔の温度を、感じられる瞬間がありますように。
決してひとりじゃないっていうことに、どうか気づいてくれていますようにと。

mai

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サコ魔女サンバ、いてくれてありがとう

3月19日は、京都あゆみ助産院の25周年の日。サコ魔女サンバこと左古さんは、こんなときにこの会をひらいて本当にいいのだろうか、迷いに迷い、悩みに悩んだそうだ。

たくさんの人に相談し、あゆみさんにつながる助っ人さんたちにも意見を求めたところ、みなさんが、こんな時だからこそ、しましょう!いのちが絆にかわる場所の話をしましょう!と力強く背中を押してくれたのだという。

ほんとにそのとおりの会になった。会場にはちっちゃい赤ちゃんもいっぱい、お腹の中から参加するいのちもいっぱい。あゆみのサコさんと出逢えたこと、そして、あゆみさんで仲間たちと出逢えたこと、その感謝が会場中を包みこんでた。
ステージの上におざぶとん敷いて、くるま座になって、おとうさん、おかあさんとサコさんが語りあう場もよかった。そして、そのステージを、ハイハイで大陸横断しそうな赤ちゃんの存在もなおあゆみさんらしく。

語り合いのあとは、ポルトガルギターとマンドリンの名手、マリオネットさんのお二人によるコンサート。ふだんなかなか耳にしない、独特の音色が、気持ちの中に深く深く入り込んで行く。音楽の、やさしいちから。

いのちの不思議や奇跡、子どもの持つすばらしいちからで、気が満ちてゆく会だった。
サコさんと出逢って15年、去年11月に出前にうかがったこともあり、懐かしい顔もたくさん。来れて本当によかった。クッキングハウスの松浦さんは来れなかったけど、他にも来れなかった人の分まで、何人分も味わった。

今回の震災以来、一人で不安をのど元まで貯めこんでいた娘のとこにも寄れて、だからこの日は思いがけなく、家族3人でこの会に参加できた。そのことのお恵み。
110319_

サコさんへの花束贈呈の時、津幡の長曽さんと二人、飛び入りで渡せたのがこのタペストリイ。彼女もぎりぎり来れることになって、会場に駆けつけたのだった。

さくらの花びらのステンシルは、長曽さんの労作。
私はこの日のテーマを書いただけね。
「いてくれてありがとう 〜ともに支え、支えられて〜」

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声の便り

110318_ きのうはうれしい声にいくつも出逢えた。

福島のKさんが、今は山形にいる息子さんのアパートに、家族や友だちと避難していること、石川の友人が教えてくれた。早速電話する。
急に大人数になった暮らしで、今いるものまずはお米のよう。お味噌、梅干し、のりなどとあわせて詰めこんで宅急便へ。

彼女から福島のAさんの連絡先もわかった。こちらも一気に大人数で暮らしてるけど、お米は保冷庫にあるよ、野菜は地震の日にすぐ収穫したから、食べ物は大丈夫、と明るい声。避難区域にまだ残ってるらしい親戚の人を助けにいかなきゃ、と大救出作戦を敢行したばかり、二人とも無事で、と本当にうれしそうだった。とりあえず今は大丈夫なので、見守っててね、と。

二人とも、いのみら&紅茶つながり。西東京の紅茶にも津幡にも、来てくれたっけ。

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Photo_2 そして栃木は那須の、原始林窯のげん・こりんちゃん。
お茶碗の9割は割れてしまったとのこと。しかも、窯もこわれて。

だけど秋には川越で原始林窯展があるし(そうでした、津幡の紅茶と一年おきなので今年は川越の番)、まずは窯をなんとか復興させなきゃ、とげんちゃん。
家中ぐちゃぐちゃだけど、なんとか寝るところだけは確保。食べ物は、心配した人たちがいっぱーい持って来てくれたから、ふだんよりあるよ、というこりんちゃんの声にほっとする。

また、お茶碗やお皿、つくってもらおう。げんこりんちゃんの作る丈夫なやきもの、普段使いじゃなかなかこわれないけど、今回の地震じゃそうはいかなかったもんね。

いつもいつも、使う人の幸せを祈りながら作っているお皿、お湯のみ、お茶碗。これからあらたにできる器にこめる祈りは、きっとこれまで以上に、深いだろう。あたらしいお茶碗を作れる日のくること、そしてお茶碗のできる日を、待っています。

原始林窯

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名古屋のバンドエイドこと坂東さんのHPから、私はいっつも大事な情報と元気と勇気をもらってる。

バンドエイドのブログ: がま口塾  

岩手のなっちゃんという若いお母さんからのメールに即、反応して、大急ぎで救援物資を段ボール何箱分も用意して、岩手に確実に届けてくれる東海市に持っていったというバンドエイド。(前の日、同じものを春日井市に持っていったら、水以外、運べないと断られたとのこと)

バンドエイドのこんな働きっぷりと、ひとへの想いは、もう20年以上も前から。いつも遠くから見て、感動して、せめて私もほんのちょこっと、と思う。

ちなみになんで彼女がバンドエイドっていう名前なのかっていうと、坂東さんは「チェルノブイリ救援中部」の初代代表で、日本から、市民グループとしては初めて、ウクライナ(チェルノブイリ原発は、ウクライナにあった)に、山のような救援物資を届けに行った人だから。
バンドウ+救援・助け(aid)、っていう意味で、そう呼んでる。もっともそう呼んでるのは私だけだけど。

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一人一人が、東北にいるひと関東にいるひとに、想いを飛ばしながら、祈りながら、今できることをする。beがbeでいられるために、それぞれが、doしながら、一緒に行きていく。

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2011年3月18日 (金)

当たり前の奇跡

2011214 織座さんを見送って、私は奥能登へ。メンタルヘルス・ボランティアさんたちのところへお話とワークショップの出前。

松浦さんから、いつもスウさんがしてるように、って言ってもらっていたけど、折角、松浦さんの作ってくれたレジメのプリントがあったので、なるべくそれにそって、「聴く練習」や「きもちを言葉にする練習」、そして、クッキングハウスでしている、相手を認める「ほめる」ってことと、お世辞やおだての「ほめる」がどう違ってるか、や、ほめ言葉のシャワーのワークショップなど。

不安なきもちを聴く、という場面は、これからますますふえてくるかもしれない。不安を一人で満杯までためこんで、それを出せないままでいたら、誰の気だって病んでしまう。きもちを受けとめて共感しながらも、だけど聴く側が、不安の増幅器になっちゃったら、それは本末転倒だよね、とも。

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無事にピンチヒッター役をおえてから、帰りはほんのちょっと寄り道、田鶴浜のヒロさんちに。
テツさんもヒロさんも運よくいてくれた。そしたら自分でも予想してなかったんだけど、突然、♪贈りものの言葉、の歌を聴いてもらいたくなって、二人の前で歌っちゃった。

火曜日にともの時間、水曜に紅茶の時間、と仲間たちに逢ったら、なんかひとつ私の中で吹っ切れたものがある。どうしようどうしようと、檻のなかの熊さんで居続けることはできず、私は私の、ささやかでも出来ることをするしかないんだな、と覚悟を決めた、そんな気がする。

そのせいでかどうか、ともの時間も、紅茶も、織座さんも、奥能登の出前も、ヒロさんちの15分の訪問も、いつもよりずっと新鮮で、貴重な時間に思えたな。

当たり前に暮らすこととか、そこに行けばいつでもその人に逢えるのが当たり前、いるのが当たり前、とか、普段つい思っちゃうけど、実はそのどれ一つとっても、当たり前なんかじゃないんだ。実はほとんど奇跡に近いことなんだ。

そう思ったらね、ほんと、ありがとう=有り難う、ってきもちがじわあっと湧いて来てね、そう感じてるきもち、もっと素直に出したい、伝えたい、って、なんか、前以上に思えてきたんだなあ。

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バンドエイドのブログに教えてもらったよ。いつもありがとね、教えてくれて。

   ↓

 元気が出る動画のご案内です。
 (* 音が出ますのでご注意を)

東北関東大震災 宝地図ムービー「あなたたちは一人じゃない」

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18日から、3日間、京都、関西へ。その間はお返事できませんこと、ご了承ください。

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2011年3月17日 (木)

長崎の祐幸さん

半日留守にして戻ったら、たくさんメールが届いてた。

そのなかに、懐かしい藤田ゆうこうさんの動く映像が、鹿児島のMさんから送られて来てた。もと、慶応の物理の先生。私はゆうこうさんのお話を聴いたことではじめて、原発ってどういうものなのか、気づかせてもらった気がする。

珠洲の海にもどれだけ一緒に行ったろう。翔と珠洲のキャンプ場で出逢った19年前の夏も、一緒でした。

今は長崎に住んでるゆうこうさん、短いニュース映像だけど、大事なこと、本質的なこと、端的に言葉にしてくださってる。

「原発があれば労働者が被ばくし
事故があれば住民が被ばくする」と。
      ↓ 
3月16日の、TV長崎で。

藤田祐幸さんのコメント 
 

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鎌田みのるさんは、毎日毎日、ブログで原発事故のことを。

チェルノブイリ、イラクの子どもたちの医療支援をずっとつづけてらした鎌田さんとJCF(日本チェルノブイリ連帯基金)で、このような支援もはじまるとのこと。

           ↓ 

JCFでは、東北関東大震災で被災し、さらに福島原発の周囲で二重三重の被害に遭っている地域を支援していきます。募金をいただける方は、こちらまでお願いいたします。
 
郵便振替口座番号  00560-5-43020
加入者名      日本チェルノブイリ連帯基金
連絡欄      福島原発震災被災者支援寄付
 
連絡欄に「福島原発震災被災者支援への寄付」であることを明記してください。
 
ネットや他銀行のATMから振り込む場合は以下の情報が必要です。
 
他金融機関からの振り込用口座番号
059(ゼロゴキュウ)店(059)当座 0043020
 
JCFの電話番号は0263-46-4218

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種を蒔く

110226_昨日の紅茶にはなぜかたくさんみえた。福井から、小矢部から、いつもの金沢から、津幡から、そして、長野からも。

じかに逢って、語って、何杯も紅茶をおかわりして。
その間ずっと、地震の話だけ、原発の話だけ、してたわけじゃない。でもみんな心の底で、原発のこと気になってるから、もちろんその話もでる。その話に耳を澄ます。
話しながら、聴きながら、不安や、知らなかった情報や、知りたかった情報を共有する。一人じゃないんだな、って思いも、同時に共有する。

長野から車で見えたのは、織座農園の典子さん。福井で有機農業の全国大会があって、それで11日から(そう、あの日だ)福井に来ていて、その帰り、紅茶に初めてよってくれたのだった。

20年くらい前からの、いのみら通信の熱い読者さん。そして私たちがはじめて逢った場所は、なんとクッキングハウス。
今では定期的に、クッキングハウスに野菜をとどけ、うちは月に一度、織座さんの野菜を宅急便で送ってもらってる。広い織座の農園は、今では、クッキングハウスのメンバーさん達が研修旅行にいく場所にもなっている。

今回の原発事故の深刻さに、いったいどうしたらいいんだ、どうしようどうしよう、と大きな不安が押し寄せるのは当たり前だし、私も実際、すごくおたおたしてた。だってほんとにどうすればいいかわからないから。

こんなとき、典子さんならどうする?と訊いたら、一瞬おいて、「私は種を蒔く」って言った。
「いのちをつなぐためには食べなきゃならないからね、私は、種を蒔きます」って言った。

こんなシンプルで当たり前なことを、揺らがずに言う典子さん。この20年間で、逢うのはたぶんこれで6度目くらいと思うけど、ほんとにこのひとはぶれない。そこが好き。

この日紅茶にきて、織座さんに逢えたことで勇気をもらった人、きっと少なからずいたと思う。この大変なときにあえて紅茶にきて、互いに一期一会の出逢いをする。昨日の紅茶はいつもどおりのふつう紅茶なんだけど、なんだか、とくべつ紅茶の時間みたいだった。

こんな時だからこそ、紅茶にきてくれて、お泊まりしてってくれて、うれしかったな。

朝ご飯のあと、♪贈りものの言葉と♪graduation を聴いてもらって、ぎゅううっとハグして、元気で!またね!とエールをかわしあった。

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2011年3月16日 (水)

ぴんちひったー

110227_ 金曜日の夕方から、いろんなことがめまぐるしく変化する。

土曜日のともの時間はお休みに。
日曜日の団さんの勉強会は4月に延期。
来週、東京北区に出前に行く予定だったけれど、今日、主催者さんからもうしわけなさそうな声で、とりやめのお電話。
全然もうしわけなくなんかないよ、今の東京は交通網が混乱してるから、おそらく今は行かないほうがいいのでは、と予想もしてたので。
落ち着いたらきっとうかがいますからね、と約束。

昨日は、クッキングハウスの松浦さんからお電話。
今週木曜日、精神保健ボランティアさんたちの研修で能登に見える予定だったのだけれど、今の松浦さんはとても現場を離れられない。メンバーさんたちの不安も大きいし、何より、計画停電の影響で、クッキングハウスまで通勤できないスタッフさんもいて、とても手が足りない。

というわけで、急きょ、ピンチヒッター。
いつもスウさんのしてるコミュニケーションワークショップやほめ言葉のシャワーのワークショップで、かわりをお願いできるととってもうれしいの、とのこと。
突然のお話だったけど、幸い、研修会に参加する人たちの中には、以前お話の出前で聞いてくれてる人もいるし、去年は、会の研修として30人近くでうちに来てくれてもいるので、私もちょっとだけ安心して出かけようと思う。

                ****

今日は富山で、ともの時間。
こんな時だからこそ、みんなに逢いたくて、と他の用事があるひとも遅れてからでもやって来た。
はじめてのひともいたので、ひさしぶりに「聴く」練習をする。
こんな時だからあえて、と、ちいさなうれしいを探して、話して、聴いてもらって。

今日はともの時間で、むしろ私の方が、いっぱい元気をわけてもらったなあ、と思う。
こんな大変な時だからこそ、集まって、きもち話して、放して、ちいさな恵みや喜びをわけあって。
ひさしぶりに、大声あげて笑った!
負のメッセージばっかり終日うけとっていると、たしかに、きもちがどうしたって下向きになっちゃう。
おさなご二人のお母さんは、子どもがいる時はテレビを見ないようにして、見るのは子どもたちが寝てから、と言ってた。それって大事なこと。子どもたちがあのおそろしい場面を見続けてたら、それこそ、トラウマになる。

この仲間たちとコミュニケーションの練習を重ねてきて6年近く。
悩みや、抱えてる問題はそれぞれ違うけど、この仲間たちの、ひとを受け入れる包容力はすごい。みんな、なんてすてきに変ってきたろう。一人一人が自分を認め、他者を認め、育ち合いながら、一緒に学んでることを誇りに思ってるとこが、なおすばらしい。

そうだ、こんな誇らしい仲間たちがいて、この場から学んだことを、ワークショップで生かさせてもらってるのだ。その出発点に、クッキングハウスで教えてもらったものがたくさんある。

紅茶と、クッキングハウスと、ともの時間と。ぐるぐるまわっているんだなあ。


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2011年3月15日 (火)

原子力資料情報室より

3月15日朝
原子力資料情報室より 後藤さんの会見がたったいま、始まりました。

後藤さんは、もと、原発の原子炉格納容器の設計者、研究者。
つい先日の情報室の会見でも、実にわかりやすく説明してくださっていた。
こういう人を、NHKでもTBSでもスタジオによんで話をさせて!
 時間の許す方見てみてください。 
    ↓     

http://www.ustream.tv/channel/cnic-news

先ほど、生中継は終わりましたが、上記のustreamに行くと、録画で見れます。
後藤さんが先日おこなった、外国人特派員向けの記者会見の様子も。

これから行われる会見については、原子力資料情報室http://cnic.jp/のHPで予定がわかります。

後藤さんのようなかたをよんでください、とNHKに電話する方法も。
NHK 0570-066-066 

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かまたさんのブログ

昨日夜に、福島原発2号機の燃料棒が全部出ている、というあまりにおそろしいニュースが飛びこんできた。
めっちゃとんでもないことが立て続けにおこると、こわすぎて感覚が麻痺していく。
ほんとはものすごいことなのに!!
2号機に関する、深夜の東電の会見は全く意味不明。テレビに出てる専門家の話もわけわからない。
そして、あっと思い出した。諏訪中央病院の鎌田みのるさんのこと。
チェルノブイリやイラクの医療支援をずっと続けてこられたお医者さん。

かまたみのるさんのブログ 

もう、毎日毎日、ずっと原発事故のこと、書きつづけておられます。
鎌田さんも、原発事故後最初の雨に、どうかぬれないで、と書いてらっしゃる。
とろろ昆布やわかめを食べて、とも。放射性ヨウ素で甲状腺が満たされる前に。
もう何十年もいのちの側にたって原発の危険性を長年うったえてきた原子力資料情報室とも、しっかりつながって情報を共有してらっしゃる。

どうぞ鎌田さんのブログをよんでください、何も知らずにいて、これ以上のヒバクシャをふやさないためにも。
国の情報をうのみにするのでなく、いのちの側から発信される情報を、私たちもいっぱい共有して生きていきたいから。

                      ****

若い友だちからのメール。彼女の学生時代の仲間の一人が、福島原発に勤務していて中央制御室で働いている、とのこと。いのちをかけて。ああ、、、。

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2011年3月14日 (月)

広河さん、森住さんのお話

DAYS  JAPANの広河隆一さんや、写真家の森住卓さんの、音声と映像いりのyoutube 、画像や音声ははよくないけど、耳をすませばお話してくださってる内容はしっかり聴き取れます。
国がきちんと発表していない、貴重な生のレポート。福島の原発の町まで放射能値をはかりに行ってくださっての、報告です。ぜひ、耳を澄ませて。
    ↓

広河さんと森住さんのお話

3月13日、ということは昨日。原発のある双葉町に入られた時のお話。町に近づくにつれ、どんどん放射線値がたかくなり、広河さんのもっている放射線検知器をいつもの100倍にしても、針がふりきれて測れなかったとのこと。
町役場にそのことを知らせに行っても、もう誰もいない。
そして、それだけの高い値であることを知らない町の人が、花に水をやりに帰って来たりしている。
針が通常にもどったのの一番遠くは、280キロだったとのこと。
これから降る雨には、どうか濡れないでほしいです。

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10:20 双葉町役場玄関(福島第1原発から約4キロの地点)
10:30 双葉厚生病院
どちらも、1000マイクロSV(1mSv)まで測れる検知機の針が振り切れたとのこと。
広河さんの最近のチェルノブイリ原発から4キロの地点での放射能測定値は0.4mR(4マイクロSv)。(1986年に爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発周辺30キロメートルは、汚染が強いために現在でも立ち入り禁止。)

原子力資料情報室は、政府、原発地元自治体に対し、福島原発30キロ圏内の住民に対し、ヨウ素剤を配付することを要請するそうです。

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何か出来ること

11日のあの瞬間から、一体どれだけの時がたったのか、長いのか短いのか、時間の感覚が異常になってしまったけど、いまはただ、とてつもなく長く感じる。

流れてくる映像や刻々変わる情報から恐ろしくて目が離せず、でも同時に、この映像も情報も、被災地のかたたちは見れない、届かないことが多いのだ、ということに思い至る。
撮られている人の映像は、通常の生活している人は見れるけど、そのご本人は見れないのだ。

福島原発の現場では、今が今も、原発の中で大量に被曝しながら、文字通り、いのちがけで作業しておられる方たちがいる。それを思うと胸がつぶれそうだ。

東北のかたたち、どんなに不安な思いでいらっしゃることか。何かできることはないかと思い、以下の募金の送り先をお知らせします。

            ↓

AMDA 

AMDAとは、The Association of Medical Doctors of Asia(設立時の名称:アジア医師連絡協議会)の頭文字をとったもの。医師、看護士さんたちからなる、信頼できるNGOです。

AMDAでは、医療チームを派遣することを決定し、13日までにすでに第3次の派遣、11名の医療関係者を現地に。
具体的には災害弱者となりがちな高齢者を中心に医療活動を行う予定

郵便振替:口座番号01250-2-40709 口座名は「特定非営利活動法人アムダ」
*通信欄に「131」もしくは「東北地方太平洋沖地震」とご記入下さい。

もう一つ、こういうところも。

震災がつなぐ全国ネットワーク

阪神・淡路大震災のNGOが全国のネットワークを通じて被災地に向けて行動を行っています。非常に長期化、複雑化することが考えられます。移動費、人件費、諸活動費に、ぜひご協力ください。

口座名は「  震災がつなぐ全国ネットワーク 」 郵便振替01180-6-68556 
*通信欄に「東北地方地震」とお書きください、とのことです。

                ******

静岡在住で、石川にも時どき住んでる馬場利子さんから、こんなメールももらいました。ご協力できるかたはどうかお願いいたします。文中の要望書の中味は、プラムフィールドのHPから読むことができます。

          ↓

静岡県には浜岡原発があり、福島原発の話は決してひとごとではありません。石川の能登には志賀原発、お隣の福井県にはいくつもの原発があるので、その意味では日本中のどこにいようと、ひとごとではないこと。

静岡からのメールです。

  ↓

3月11日に発生しました東北地方太平洋沖地震では、
今だに被害の全体像がつかめないまま、被災した多くの方々が苦しんでいらっしゃる事態に対し、少しでも不安や苦痛が和らぎますよう、日々、祈っております。

本日、皆様にメールをお送りしますのは、今回の地震で起こった福島原発事故を受けて、
『予想される東海地震の震源域で運転されている浜岡原子力発電所の運転の停止を願う要望書』への賛同のお願いです。

要望書は、静岡県知事と中部電力社長宛に書きました。

要望書は、すべて個人名の連名で届けたいと思います。
世界中からの賛同をお待ちしています。

賛同いただけます方は、plumfield9905@yahoo.co.jp (提出事務局 プラムフィールド)まで、『要望書に賛同という件名で 住所と氏名』を返信ください。

(お預かりしたアドレス、お名前は要望書の提出以外には使用いたしません)

要望書を 3月17日(木)または18日(金)に届ける予定ですので、
賛同のお返事は 3月17日朝、7時までにお願いします。

この胸の痛む災害をきっかけに、私たちの願いを届ける事により、
日本の原子力政策が転換されるよう、出来る限りの行動をしたいと思います。

引き続き、来週には、内閣総理大臣、資源エネルギー庁長官などへの要望書を送ります。
この件につきましては、プラムフィールドHP
をご覧下さい。

          *******馬場さんからのメールここまで******

 

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2011年3月12日 (土)

生中継 福島原発で起きていること

昨日からの映像に、胸が痛くてたまりません。
信じがたいことが、でも現実に、おきている。

津波の恐ろしい力に、いったいどれほど多くの方のいのちや人生や家や船が、、、呑み込まれたのだろう。

そして今日、福島の原発で燃料棒がとけだしました。

今、生中継でしています、見てみて!12日夜8:00〜
福島第1、2、原発で何がおきているのか、原子力資料情報室が会見しています。

http://www.ustream.tv/channel/videonews-com-live

   ↑

2時間あまりに及ぶ会見。原発の設計にかかわった技術者さんたちの話、ぜひ多くの人に見てほしい。見逃した方は録画もあります。政府や原子力を押し進めて来た人たちの会見では、何も肝心のことが語られず、ずーっとイライラしてた。こういうことだったか!とリアルにわかりました。

110312原子力資料情報室記者会見 録画Ust

原発の設計条件をはるかにこえることが起きて、とにかく炉心溶融をとめなきゃいけないので、海水を注ぎはじめたという。原子力資料情報室の会見の最中にそのニュースが流れてきた。

政府が隠そうとしても、みんながもう知っている、という状況を、まさにネットがつくっている。

少しでも少しでも、被害が少ないように、被曝が少ないように祈ります。

日本に住む私たちはある意味、もう、運命共同体。節電もしよう、ほんとに必要な人のところに電気が供給されるように。

            ****

こちらからは、名古屋のバンドエイドのブログにのっていた情報です。

   ↓

沖縄宮古島の仲間Hさんから、早速こんなメールが届きました。転送大歓迎とのことです。

********************************************
ただいま、私の関わっている阪神・淡路大震災のNGOが全国のネットワークを通じて被災地に向けて行動を行っています。非常に長期化、複雑化することが考えられます。移動費、人件費、諸活動費に、ぜひご協力ください。

   震災がつなぐ全国ネットワーク  郵便振替01180-6-68556
   「震災がつなぐ全国ネットワーク」 通信欄に「東北地方地震」とご記入ください
現地の状況、活動の状況などはHPにも随時掲載されています。
http://blog.canpan.info/shintsuna/

  被災地では非常に電話が混雑しています。住民の切迫した命を救う電話がつながらなかったら目も当てられません。また、こちらからは一度でも向こうには多くの人からの安否の電話かもしれません。そうなると、大事な時に携帯が電池切れで使えなくなるということも。家族やお友だちを思う気持ちは非常に分かりますが、かけないことが逆に命を救います。電話は極力控えましょう。
  安否の確認方法はwebで!

・メールは届きやすい
・各携帯の災害伝言板を利用する(他社携帯でも確認できます)
災害用伝言ダイヤルweb171 
・ツイッターで検索、つぶやく
・スカイプを利用する

・安否を確認したい相手がNTTの固定電話があるならば、
 171のダイヤルの後に2をダイヤルし、伝言を聞きたい電話番号をダイヤル
 ※携帯の番号は検索できません(登録も)

あとは、今、自分の身に同じことが起きた時、死なない、連絡が取れないという状況を起こさないことが、
身動きの取れない私たちのできること、亡くなった多くの方たちの追悼につながると思います。同じことを繰り返さない。悲しみを連鎖させないように、今一度、自分の身を守る、連絡を取る手段を考える、普段の生活での危険を予測し、どう対処するかを考えることをしてください。参考に私の関わる支援団体のアドレスを掲載しておきます。

  ●被災地NGO恊働センター

    転送ここまで*****

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2011年3月 8日 (火)

ジュンク堂書店・秋田店さん

110227_ このたび、秋田の本屋さんでも、「ほめ言葉のシャワー」がお求めいただけることになりました。秋田県内ではここだけ。とてもうれしく、ありがたく。

いつもなら、こういうお知らせはmai worksの担当なのですが、今回は以下のようなつながりからのお話なので、maiに代わってハハよりご報告を。

          *************

つい先日、ジュンク堂書店さんの秋田店副店長さんから、お電話をいただきました。ある集まりで、秋田のみどりさんがおすすめの一冊として、「ほめ言葉のシャワー」をジュンク堂さんに紹介して、その上なんと、どうかこれをお店で買えるようにしてください!って頼んでくださったのでした。

みどりさんは、ほめシャワのおしまいあたり、「ちょこっと改訂版に寄せて」のページに登場しているお母さん。
缶の中に自分が言われたい言葉を紙に書いて入れて、それを家族に読んでもらっています、というお話を聞かせてくれた人。
なので、はじめのころの呼び名は、“秋田の缶のお母さん”。
超あっつい去年の夏、秋田から家族旅行で石川に。その時、みどりさんだけほんの2時間ほど、紅茶に滞在(笑)したことがあります。

そのみどりさんに、あるところから、秋田県の少子化応援ファンドを使って何かしてもらえませんか、というお声がかかったことから、みどりさんが「秋田のかあさんのにっこり事業」の中で、ほめ言葉のシャワーのワークショップもし、冊子も mai works から取り寄せて、すでにみなさんにもひろめてくださってたのです。

これまでも、みどりさんや、(おそらくみどりさんつながりの)秋田日赤病院のお医者さんからのご注文で何度か秋田には発送していたのだけど、これからは、送料のご負担がなく、お求めいただけるようになったのが、とてもうれしいです。

                    *****

ジュンク堂書店秋田店さんは、県内で一番大きい本屋さん。秋田駅近くのフォーラス6階にお店があります。

ジュンク堂書店秋田店さん

住所:秋田県秋田市千秋久保田町4番2号  秋田フォーラス6階
電話: 018-884-1370 / FAX: 018-884-1377
営業時間: 10時~20時
定休日: 3月・4月無休
  
喫茶コーナーはありませんが、10000円以上お買い上げで、秋田フォーラス1Fのナガハマコーヒーの喫茶券をさし上げていて、通常のコーヒーよりも小さなセットコーヒーを一杯お飲み頂けるとのことです。

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さくらの椅子

110306_5、6年前、薪になる運命でわが家にきた山桜の木が、こんな椅子になった。

おしゃれな雑貨店で椅子を買おうとしてた娘を見て、
待て!そんな高いの買わんでいい、俺が作るから、
と約束してたまあさんだったけど、刈谷の酒井くんのちからを借りて(というか、酒井くんが来てくれたおかげで)、こんなかっこいい椅子ができあがった。

座るところも、三本の足も、支えの枝も、すべて山桜。
かんなをかけ、木屑だらけになりながら、うれしそうに椅子を作ってくれた酒井くん。仕上げにお手製の椿油も手でぬりこんで、それは美しい色つやの椅子に。

                  *****

4時間あまりにおよぶ男たちの手作業の時間。
その横で、私は姉の着物を黙々とほどいた。
このところ、心にわだかまる出来事があって、何もしないでいると、きもちがふさぐ。
そんな時、淡々とした手仕事に集中することで、何かしら救われるきもちのすることがよくあったから。

こちらも3時間ちかく、淡々と、粛々と。
糸をほどくことに専念しているうち、きもちがだんだん透きとおっていくのがわかる。
透明なこころで見つめてみると、こんがらがっていた毛糸玉の、ちいさな糸口がようやく見つかる。
ひとつほどけたら、また一つほどけて、そうか、そうだったか、そういうことだったのね、と一人二役の自問自答で、さらに問題がほどけていく。

10年ほど前からコミュニケーションの練習を続けてきた中で、自分をしばる「自動思考」に気づくことや、それを他の考え方に変換して考えてみること、ものの見方、とらえ方である「認知」を変えること、そういった練習も、いつのまに身についてきてたのかもしれない。

単調な手作業は、自暴思考切り替えのヒントをくれる、その意味で私にとって大事な、こころ作業の一環。

男たちが椅子を仕上げるまでの時間に、私はいくつもの、そうか、そうだったのか、を見いだし、おかげで、こころの体重もずいぶんと軽くなったのだった。

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2011年3月 7日 (月)

きもちを言葉にするということ

110311__2この3年間で、尾道へは4度、うかがっている。とりわけ、去年の6月に瀬戸内海の伯方島に行ってからは、いくつかの島と島、人と人の、糸のつながりがどんどん伸びていって、そんな時間を持てるようになってきた。

2月にも、ちいさなコミュニケーション・ワークショップの出前で尾道へ。

毎日何気なくしている、聞くことや話すことや伝えること。それが知らず知らず、誰かを傷つけていたり、悲しませていたりすることって、けっこうある。近しい関係や家族のあいだならいっそう、それがもう当たり前になっていて、そのことになかなか気づけないんだと思う。

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どんなワークショップに行っても、参加してくださった方がそこで何かちょこっと気づくことがあったなら、私はとてもうれしい。

・聞いてるつもりが、全然聴いていなかった。ああしたら、こうしたら、ばかり言ってた。

・あの子は、もっと、わかってほしかったんだと思う。もっと、わかるためには、これまでと違う何かをする必要があったんですね。

・doだけに目がいってた。あの子のbeを認めてなかった。あの子の存在より、世間体や見栄を優先してた。今のあの子をみっともない、とか、隠したい、と思ってる自分がいた。

・「聴く」練習で聴いてもらってた時は、懐かしい想い出がふわあ〜っとよみがえってきてすごく楽しかったのに、「聴かない」練習のときは全然ちがってた。たちまりいやになっちゃって、もうそれ以上話す気もしなくなった。

・前はあんなふうにしてたじゃない、って自分としては励ますつもりで言ってたけど、それは今のあの子を否定してることだったんだ。

・せっかく話す気持ちになってくれてたのに、つい、答えを出してる私がいた。聴いてもらいたかっただけだったろうに。いつも、答えを押し付けてる私がいるのかもしれない。

 −− などなど、カッコわるくても、こんなふうにきもちを言葉にすることで、そのひとの気づきは深くなる。言葉に出さないうちは、その人自身にも、きもちってなかなか見えないものみたいだ。

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みっともない、という言葉で、急にあッ、と思い出した一場面がある。
もう何年も前のある日の紅茶でのこと。めずらしくお母さんと一緒に来た娘さんが、言ったひとこと。

「お母さん、私のこと、みっともないと思ってるでしょ」

うわぁ、すごい爆弾発言だ。
その娘さん、当時はまだ、大勢の人の前や社会に出ることがこわかったころ。お母さんはそういう娘さんのことを人に知られたくないおきもちが強かったと思う。

親がそう感じてるってこと、子どもは見抜く。感じる。伝えてないつもりだけど、しっかり伝わってしまう。
このひとことは、ほんとに大きな示唆を含んでいるように思う。

ふりかえれば私にも、娘にも、カッコわるいとき、みっともないとき、これまで生きてきた中であったよ、ありました。でも、そういう過去を、恥じてはいないな。そういうもろもろあっての、今、ここ、に生きていること、生かされてること、に感謝したいな、と思う私がいる。

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2011年3月 6日 (日)

「ブックレット、とは何でしょう」

110227_ ーというご質問をうけた。お話の出前に行った先で、「ほめシャワ」に続くブックレットを今度出します、と言ったのを覚えていてくださったのだ。

ブックレットの中味はほぼ、その日、お話していたことと重なる。
いのみら通信にも書いたように、ほめる、という言葉の勘違いやきもちのボタンの掛け違いについて。ほめ言葉の呪縛や、doとbeの視点からみた、ほめる、みとめる、といったことなど。
ブックレットの裏表紙のポケットには、♪贈りものの言葉のCDがはいる予定。出来上がりは、はじめの予定より遅れて、6月ごろになるでしょうか。

そうお返事してから、ふっと、この質問の単語が気にかかり、ちょっと調べてみた。

ブックレット/booklet は、ちいさな本、のこと。
-let には、smallとか、littleという意味があるらしい。

パンフレットやリーフレットの−letもそう。
starlet は、ちいさな星
piglet は、子豚ちゃん
tablet は、錠剤
hamlet は、ちいさな村、ですって。

-letにはもうひとつ、飾り、という意味もあるらしくて、
アームレットやブレスレット、は、どうやらそっちの方らしい。

さて、新しいちいさな本の名前は、「贈りものの言葉」(発行元 mai works)。
歌になった「ほめ言葉のシャワー」と同じ名前。
それはささやかなbeの歌なので、
songというよりきっと、songlet(なんて英語はもちろんないけども)。

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