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2011年3月18日 (金)

当たり前の奇跡

2011214 織座さんを見送って、私は奥能登へ。メンタルヘルス・ボランティアさんたちのところへお話とワークショップの出前。

松浦さんから、いつもスウさんがしてるように、って言ってもらっていたけど、折角、松浦さんの作ってくれたレジメのプリントがあったので、なるべくそれにそって、「聴く練習」や「きもちを言葉にする練習」、そして、クッキングハウスでしている、相手を認める「ほめる」ってことと、お世辞やおだての「ほめる」がどう違ってるか、や、ほめ言葉のシャワーのワークショップなど。

不安なきもちを聴く、という場面は、これからますますふえてくるかもしれない。不安を一人で満杯までためこんで、それを出せないままでいたら、誰の気だって病んでしまう。きもちを受けとめて共感しながらも、だけど聴く側が、不安の増幅器になっちゃったら、それは本末転倒だよね、とも。

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無事にピンチヒッター役をおえてから、帰りはほんのちょっと寄り道、田鶴浜のヒロさんちに。
テツさんもヒロさんも運よくいてくれた。そしたら自分でも予想してなかったんだけど、突然、♪贈りものの言葉、の歌を聴いてもらいたくなって、二人の前で歌っちゃった。

火曜日にともの時間、水曜に紅茶の時間、と仲間たちに逢ったら、なんかひとつ私の中で吹っ切れたものがある。どうしようどうしようと、檻のなかの熊さんで居続けることはできず、私は私の、ささやかでも出来ることをするしかないんだな、と覚悟を決めた、そんな気がする。

そのせいでかどうか、ともの時間も、紅茶も、織座さんも、奥能登の出前も、ヒロさんちの15分の訪問も、いつもよりずっと新鮮で、貴重な時間に思えたな。

当たり前に暮らすこととか、そこに行けばいつでもその人に逢えるのが当たり前、いるのが当たり前、とか、普段つい思っちゃうけど、実はそのどれ一つとっても、当たり前なんかじゃないんだ。実はほとんど奇跡に近いことなんだ。

そう思ったらね、ほんと、ありがとう=有り難う、ってきもちがじわあっと湧いて来てね、そう感じてるきもち、もっと素直に出したい、伝えたい、って、なんか、前以上に思えてきたんだなあ。

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バンドエイドのブログに教えてもらったよ。いつもありがとね、教えてくれて。

   ↓

 元気が出る動画のご案内です。
 (* 音が出ますのでご注意を)

東北関東大震災 宝地図ムービー「あなたたちは一人じゃない」

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18日から、3日間、京都、関西へ。その間はお返事できませんこと、ご了承ください。

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