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2011年3月22日 (火)

いま、当事者ということ

こんにちは。
mai works のmai です。

地震の発生から、11日目をむかえました。
最初に予想していたよりも、
ずっとずっと被害が大きく、打撃も大きく。
いま、被災地で何が起こっているのか、
新しい報道が入るたび、ひたすらやりきれない気持ちになった10日間。

目の前のテレビから差し出される映像や情報から目が離せなくって、
やるべきことが手につかない。
なにやってんだと思いながら、
情報を追いかけて、消耗して、
無力感だとか罪悪感しか残っていないはずなのに、
それでも関西にいる私には、被災もなく、停電もなく、
平穏な日常が、なんにも変ることなく続いているのもまた、現実なんだ。

自分が今この時、どこに立っているのか、
まったくと言っていいほど、わからなくなってたんだと思う。

ふっと、そういえば昔、嵐に揺れる船の中で過ごしたとき、
ひどい船酔いになったなぁ、なんて、脈絡なく思い出す。
あの時は、足元がぐわんぐわんと揺れているのに、
目に映っている光景は、いつもと同じ船内。

「感覚と視界の状況が一致しなくって、
 身体が混乱してるから気持ち悪くなるんだよ。
 外に出て揺れ動く海を見て、
 今嵐が起きてるんだ、って視界に納得させてあげたらおさまるよ」

って言われて外に出たら、吐き気が本当におさまったんだったっけな。
そのアドバイスが、本当のことなのかなんなのかは、わかないんだけど。

もしかしたら、今回はその逆のことが起こってたのかもしれない。
テレビで映し出される映像も、情報も、
すべて確実に、私と切り離せない事実であって。
私の身体感覚が及ばないところでは、
すでにもう事態が走り出しちゃってるのに、
それをちゃんと受け入れることが、恐ろしかったのかもしれない。

うん、すごく時間がかかったけど、ようやく、自分の中で一致した気がする。
それは、私はまぎれもなく当事者なんだ、っていうこと。
なんというか、これは、覚悟、みたいなものなのかもしれない。
被災地のことも、原発のことも、日本経済のことも、電気のことも、石油のことも、
私の身体の一部が、今ダメージを受けているということ。
だからその痛みを、背負わなきゃいけないっていうこと。
きっとそれは、これから先も、ずっと。

あぁぁ、それにしてもなんと遅い覚悟だ。
恥ずかしくもある、だけど、しかたない。
これが私のスピードなんだ。
みなそれぞれの速度があって、それぞれのかたちで、その痛みに触れるんだ。

今わたしは、問われているんだろう。
何をするのか。
何を信じるのか。
どう生きることを選びとるのか。

その表出のかたちは様々で、きっと自分でしか決められない。
(これまで私は、どれだけのものを、自分で選びとったって言えるんだろう)
だけど、それが自分の納得できるものであれば、それでいいのだと思う。

きっとこれまで経験したことのないくらい、
私は大きな変化に立ち会うことになるんだろうなぁ。
だけど、私はひとりじゃないね。
みなで選びとるのだね。

一昨日、思いがけず両親に会うことができた。
そうして、何日かぶりに、笑えたような気がする。
こんなときに笑っていいのか、とも思ったけど、
でも、こんな時だからこそ、笑い合える瞬間が、
人を内側から楽にするんだって、知った。
あぁ、誰かと言葉を交わすって、
視線を合わすって、体温を感じるって、大事だなぁって、
今更ながら感じてしまったよ。

2人に会うまでの間、自分の中にインプットした情報も不安も、
なかなかうまく外に出せなくって、
なるほど、人はこんなふうにこころの便秘になるんだなってこと、
よくわかった。
だから、今どんな状況であれ、
なにか苦しかったり、不安だったり、つらかったりしている人がいたとしたら、
どうか1人で抱え込むという選択をしないでほしい。
電話1本かけるのでもいい、誰かの手当てを求めてほしい。

そしてなにより被災地のみなさんに、
てのひらとか声とか、笑顔の温度を、感じられる瞬間がありますように。
決してひとりじゃないっていうことに、どうか気づいてくれていますようにと。

mai

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