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2011年4月28日 (木)

川越紅茶で

22日、ジュンコさんに逢ったら、やっぱり最初はハグ。11年前から川越紅茶をしてるジュンコさんのまわりには若いお母さんたちがたくさんいて、その人たちの不安の受けとめ役になったり、時には伝えたい想いが空回りしたりして、彼女もまたしんどいひと月あまりを過ごしたのだったろうと思う。

110422_ ジュンコさんちでもかざらせてもらったちきゅうのキルト。キルトにちょこっと重なる黄色の表紙は、「東海村であの日、、」の冊子。

集まった20人あまりのひとたちとともに、まず祈り、それから、前の日のクッキングハウスで語ったようなお話を、2時間ほど。

この日は、東海村のJCOから2キロのところに住んでいたYさんも参加してくれてた。7、8年ぶりの再会。あの時の痛みを体験してるお母さんだけに、今回の事故が、あたかも自分に罪があるかのように、ご自分のこと、責めておられて、それがいっそう痛い。

JCOの臨界事故が起きるまでは、安全という言葉を信じ、子どもたちの安全もまた、然るべきひとが護ってくれるものだと思っていたけれど、その「然るべきひと」は、私でしたーー彼女が以前話してくれたときにも聞いたこの言葉は、今も本当に重い。

東海村には、地縁、血縁、そして原子力縁、という言葉が存在するそうだけど、彼女は、でもね、いのち連帯原子力縁、って言葉もあるんだよ、と教えてくれた。

わかる気がする。私も、20数年前に原発が縁で出逢ったひとたちとは、経済でなく、いのちのつながりの仲間たち、とずっと思って来たから。

ちきゅうキルトの物語に続いて、歌。今回の旅は、キルトと歌、この二つに私自身、ものすごく助けられている。
そして話を聞いてくれた人たちが、あれ以来もやもやしてたのがすっきりした、原発の話がす〜〜〜っとはいってきた、何か自分の中で抜けた、すっとした、といった感想をくれて、私も、語って出した以上のエネルギーをみんなからもらってる。

                      *****

川越は3時過ぎまで。東武東上線→山手線→京王線、と乗り継いで、夜はふたたびクッキングハウスへ。金曜夜のレストラン、ハッピーアワーにともされる100時間ろうそく。お役に立っててなにより。

この夜はてっきり交流会だと思ってたのだけど、お客様もたくさんみえて、聞きたくても昨日は聞けなかった人たちもいて、松浦さんからリクエストで急遽、30分だけ、原発のおはなし。そして、歌。

京都のふうさんは二日連続で、奈良のKさんは日帰りで、朝から聞きに来てくれてほんとうにありがとう。

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