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2011年10月30日 (日)

cafe muro さんで、言葉のワークショップ

23日、母娘で和歌山紀ノ川のカフェmuroさんへ。
1年ぶり、2度目の出前紅茶は、言葉のワークショップ。111023_

去年の会場は2階のカフェだったけど、今回は夏にギャラリーに改築したという、一階のひろびろとしたスペースに、ラグを敷いて。

muroさんギャラリーの白い木の壁に、とても映えてる「ちきゅう」です。

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この7年間につくってきた本のタイトルのどれにも、「言葉」という文字がはいってるように、私と言葉は切っても切れない深い関係。

でもそれは、私だけがそうなんじゃなくて、きっと誰にとっても。

ひとは、言葉で傷つくことももちろんあるけど、言葉が、こころのたべものになることだって、言葉で抱きしめられたり、支えられてきたこと、勇気もらうことだって、いっぱいある、あった、と思う。

そんな言葉のうしろにある物語を、この日の一期、ならぬ、一瞬一会のひとたちと、できるだけわけあえたらいいな。そんな願いをもってはじまったこの日のワークショップ。

mai worksの一筆メモ帖を、お一人一人に渡して、そこにじかに、自分の人生のなかの忘れられない言葉を書いてもらう。

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はじめはなかなか見つからなかったね、そんな言葉たち。
それはたぶん、私のはじめのインフォメーションが漠然としすぎてて、みなさんを戸惑わせちゃったせいと思う。
でも誰かが一つ出すごとに、それぞれの記憶の小箱のふたが、ぱかりと、ひょいと、ふっと、開いていって、みなさんの口から、こころから、たからもののような言葉たちが、次つぎに語られ始めた。

自分だけのノートに、あ、それ、単語帖登録しとこ!っていう言葉がいくつも。

はじめはそれぞれの違うドアからはいっていって、終わりごろには、ちいさいけどもゆったりとした広間にみなでたどりついて、こころをshareし得た時間になった気が、する。

つらい時に、つらいと言える場があること。自分がしんどいことをわかってくれてる、知っててくれるひとがいる、と知ることの安心。

それは、一人ひとりが、きもちをひらいて言葉にしていった結果、手渡される贈りもののようなもの。
私もひらいたし、娘もひらいたし。ほかのみんなも、おそらく言うつもりじゃなかった言葉を、いつの間にひらいていったね。

muroママさんは、参加人数の少ないことをはじめ気にしてたみたいけど、いえいえ、ちょうど10人、あの日あの時のくみあわせ、あの場の空気の中でこそ、飛びだしてくることのできた言葉たち、めぐり逢えた言葉たちかも、と思うのです。

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はるばる京都から車で、滋賀から今年も黒一点で、21美つながりの和歌山のひとも今年ははじめて娘と逢え、そしてmuroさんとつながるかたたちと私もお初に逢えて。
あの空間をみなさんと一緒にすごせて、しあわせでした。

muroママさん、ほんとにありがとうね。

111023__2 無理せず、気負わず、のびのびと。そういう時を、これからもあの場で積み重ねていけたら、すてきだなあ。

muroママ、和歌山と石川、そう近くはないけど、cafe muro応援団がここにいること、覚えててくださいね。

このウサギさんたち、チェーンソーによる彫刻。muroさんカフェに住んでいます。

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