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2011年10月10日 (月)

西東京紅茶

二日間の西東京紅茶、今年はまったく新しい試みの、歌つき紅茶を。
こんなことを考えつくこと自体、2年前の私には想像もできないこと。
私にとっての大切な三つの歌を、西東京で出会うひとたちとわけあいたい、
その思いだけでこんな企画を。

Tokyo_2_3

来てくださった、二日間で15人の方たち、一緒に歌ってくださって、ありがとう!
姉が亡くなって10年のこの家にコーラスの歌声が響き渡るなんて、
ふつうならありえないこと。
他の出前紅茶とちがって、西東京のは主催者がいない不思議な紅茶です、
と話した私に、昨日来てくれたひとが、
ここの紅茶の主催者はきっとお姉さんだよ、と言ってくれた。
確かに!
今回も、一人ひとりのbe――いること、存在そのもの――が
どれだけ大事か、大事にできるか、ってことが大きなテーマだっただけに、
この一言はすごくうれしかった。


二日目の紅茶では、
一人の学生さんの投げかけた問いがみんなの間でどんどん深まって行って、
紅茶というよりさながら、
コミュニケーションの学びの場のともの時間みたいになって、
そうやって変化して行く場のダイナミズムがとても面白かった!
doをしすぎるとbeが縮こまる、なんていう表現も、
そんな場からひょこりと生まれて来たりして。


伝え方にいろいろあるんだね、キルトのちから、歌のちから、と、秋田のお母さん。
きつい労働の中からもたくさんの歌、
ワークソングといわれるような歌がいっぱい生まれてれてきたけど、
原発からは歌が生まれてこない、と茨城のお母さん。


初めて西東京紅茶にきたひとも、
川口や川越の紅茶、川崎のわたぼうしやたまりば、それにクッキングハウスetc、、と
これからつながっていけそうな予感。それがうれしい。

Tokyo_1_2



ちかごろ、ものごとや自分の行動を判断する時に、
これって原発的か、そうでないか、を自分のものさしにすることが多い。
何を持って原発的というかは、人それぞれと思うけど、
私の場合は、もっともっと、であったり、
便利すぎることであったり、スピード最優先だったり、
一人ひとりのbeを大切にできないほど忙しくなりすぎること、だったりするかな。


その意味では、毎週の紅茶は私を原発的にさせない、すぐれた装置だろうし、
いまだに手描きの、たまにしかでない超アナログないのみら通信もそうだなあ。
そして年に一度のささやかな西東京紅茶は、まさに原発的じゃない見本みたいだ。


非効率的で、目に見えるかたちあるものは何も生み出さず。
そのかわりに、目にはみえない希望や安心感やつながり、といったものが、
みんなで畳の間で輪になってつくった場の空気の中に生まれて、
それは一人ひとりがその気になれば、お土産に持ち帰れるもの。


そんな気がいっぱいした、今回の歌つき紅茶でした。


(ブログに代理up人:mai)

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