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2011年12月31日 (土)

2011年のおおみそかに

111211_ ← 生口島瀬戸田の平山郁夫美術館の前にいた雀。

することの一つ一つに、前よりなんて時間のかかること。
年をかさねてスローになって、その結果、時間が早く過ぎすぎる。これっぽちのことしかしてないのに、え、もうこんな時間、って毎日思う。

自分のきもちの記録のためにも、もっとブログにつづっておこう、と思いながら、目の前の、しなくちゃならないをしてるうち、いつのまにzzzzzz。出前から帰るたびに、そんな時をすごしてた。

ふりかえれば、若いときの私は、考える、という行程をすっとばして、感じる、動く、をしてきたものだから余計、あのころはいろんなことが素早くできてたように思えちゃうのだろう。

むろん、早けりゃいいってもんではなくて、その分、とりこぼしてきたことが確かにいっぱいいっぱいあったよ。

今の私は、すこしは考えるひとをするので、スローにもなったし、以前よりは、何かたいせつなもの、時にはひろいあげているのかもしれない。

                  ****

この春から、石川でも原発のことで若いひとや新しいひとたちがずいぶん動きはじめた。

これまで、ピースウォークで、鎌仲さんの「ミツバチの羽音と地球の回転」で、近江町市場のメロポチさんetc、、、で、つながってきたひとたち。ずっとずっと地道に活動して来たNさんはじめ、昔から行動してきた人たちとが、年の差を超えて原発でまたつながり。

金沢や志賀町や能登での、さまざまなアクション。今年は予定があわないことの方が多くて、あんまり参加できず。
そのなかで、7月24日の「さよなら志賀原発」の集まりで、路子さんの「ちきゅう」と一緒に歩けたことが、せめてもの。

そして、その「ちきゅう」の路子さんと、今年はいっぱい、金沢の外で旅をした。

                 ***

ごくごくちいさな集まりもふくめて、出前に呼んでいただくことのとりわけ多かった2011年。

一つ一つの場に向かう時、今年は一期一会どころか一瞬一会に思えてならなくて、毎回、去年より、これまでより、ずっと緊張した。

その日その時に、一番伝えたいことはなにか、その山のみきわめが、いつもギリギリになるまで自分にも見えないことが多くて、どんなひとたちが、どんな想いで、その場におられるのか、からだ中がアンテナになって話し始める自分がよくわかった。

                 ***

自分のきもちに変化があって、この4月から♪for the first time in my life ー生きてきてはじめて、という歌も歌うようになった。

これからのあたらしい日々もできるだけ、この歌の3番の歌詞のようなきもちで生きていきたいなあ、と、思っています。

♪ 今日という日に お初に出逢います

   きのう 今日 そして明日 ちがう風がふく

   きっと毎日が 生まれて 死んで

   二度とない 今このときを あなたといるのです

こんな私に今年おつきあいくださった、すべてのかたに、心からありがとうを言いたいです。
あなたに出逢う、ということは、あなたの人生の時間を私が分けてもらっている、ってことでもあるのだから。

来る年もどうぞよろしく。

111211__2 お腹をなでてもらって、うっとり。因島のペンション、白滝山荘のニコちゃん。

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2011年のおわり

mai works の mai より

2011owari3_effected


2011年のおわりに、
私はなんて言葉を口にできるのかわからなくって、
したらいいのかもわからなくって、
でも、
“全部”じゃなくても、“ちゃんと”じゃなくても、
伝えたいことがある、
なら、
伝えよう、って思いました。

2011年、出逢ってくれてよかった。
2011年、生きてくれてよかった。
その存在、ひとつひとつにかたちづくられた私が、
今日もここに生きてます。

2011年、涙ばっかりじゃなくて、
ふっと頬がほころぶ瞬間だって、きっとあったよね。

mai works には HP と WEBSHOP ができました。
『ほめ言葉のシャワー』のサイドブック、『贈りものの言葉』も完成しました。
銀座月光荘で、たくさんの懐かしいお顔、あたらしいお顔と出逢いました。
mai works の原点、『場の持つ力』が帰ってきました。

2011年12月30日から2012年1月3日まで、
mai works WEBSHOPはおやすみをいただいていますが、
あたらしい年に、作品を通してまたあなたとつながってゆけること、
心から願っています。

どうか、よいお年を。

mai

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2011年12月30日 (金)

贈りものの言葉

『ほめ言葉のシャワー』からはじまって、サイドブックの『贈りものの言葉』まで、3年の間、どれだけこの「ほめことば」という言葉ときもちの間を、旅してきたことだろう。

『ほめ言葉のシャワー』の冊子で、一番伝えたかったことは実は、ほめる、ではなかったんだ、と気づいたあたりからはじまった長い旅。

伝えたかったのは、そのひとがいること、生きてること、そのひとの存在そのもの、そのたいせつさをこそ、ってことだったんだ。

それはまた、成績や結果、といった目に見えるdo ばかりに焦点があてられ、一人ひとりのbeが、あまりにもないがしろにされていることへの、悲しみや痛みが底にあったからだと思う。

                       ***

お話の出前の最後にといかける、あなたが言われてうれしい言葉、というのは、文字通り、あなたご自身への、贈りものの言葉だ。

今年も、胸にしみてくる贈りものの言葉を、いっぱいいっぱい聴かせていただいた。

お一人一人が、自分に問いの矢印をむけて、一生懸命に考える、想いだそうとする、その言葉がでてくるまで待っている時間は、いつもどきどきする。

各地の出前先で、参加されたかたたちが出してくださった言葉たちの中から、いくつかをここに。
     111223_

「おかあちゃんがうれしいと、ぼくもうれしくなる」
幼稚園の保護者会で。

「ママ、やさしいよ」 え〜そお? 「うん、やさしいよ」
保育園への出前の場で。

夕焼け空を見て、「きれいだね」

「あんなに叱らなくてもよかったかな、と最近思う」と、母から。

「ちゃんと見てるひとは見てるから、だいじょうぶだよ」とおばあちゃんから。

一口食べて「うまっ!」

「やっぱりあなたにお願いしてよかった」

「お母さんは悪くないよ」

「そのまんまでいいやん」

「お母さん、一緒に逃げてくれて、ありがとう」
DVのサバイバーのかたたちとのワークショップで。

「一緒のお布団で寝よう、お母さん」
ふとんが人数分ゆったりとは敷けない一関の仮設住宅で、高校生くらいの娘さんから言われた、という言葉。

一つ一つ、宝石のような、贈りものの言葉。
ほんとにそう思っているからこそ伝わる、gift of words. あったかい、真実のことば。

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28日のラスト紅茶の時間中にかかって来たお電話は、「朗読の会」を主宰しているという仙台のかたから。

お友達が金沢の21世紀美術館で『ほめシャワ』を見つけてくださったそうで、冊子のなかの言葉を、声にだしてその会のお仲間たちと読みあったとのこと。仙台のコミュニティFMでも読ませてくださいね、と。

この日はじめて東京からやってきた大学生さんも、お話きいたらきっかけは『ほめシャワ』。木のおもちゃ・チッタさんで見つけてくれたご縁で紅茶に来てくれた。

今年も、冊子のおかげでほんとうにたくさんのかたたちと知り合えて、出逢えて。
しあわせの種をいっぱい、いただきました。ありがとうございました。

                       **

111230_ 10月にとくべつ紅茶のゲストで語ってくれた「あかりプロジェクト」のいづちゃんが、未来蝶.netのウェブサイトで、『ほめシャワ』をはじめ、mai worksの本たちを、それはすてきに紹介してくれています。
    http://future-butterfly.net/s_life/books_1.html

未来蝶は、そのサイト自体がほんとうに中味の濃い、いい内容。いづちゃんやちいちゃん、あかりのお仲間たちが心こめてつくっているのが、どのページからも伝わってくる。摂食障害のひとだけでなく、いろんなひとにも読んでほしいサイト。

「摂食障害と暮らす」の中の、「友人・恋人・家族」というところからはいっていくと、精神科医の明橋大二さんへのロングインタビューも読めます。自己肯定感、子育ての話など、とても具体的ですごくいいです。 http://future-butterfly.net/

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2011年12月29日 (木)

津波の前に、地震で

Photo_3 津波より前に、地震ですでに原発は破損していたのではないか。
そう考えないと、すでに3月11日の17:50に、1号機の建屋入り口付近で放射線量が急上昇していたことの、つじつまがあわない。

8000キロ離れたスエーデンで大気中のキセノンがいつもの1000倍の値で検知された。キセノンの、日本からの発生推定時間をたどると、11日の18:00ころ、と符号が一致する。

12月28日、古館伊知郎さんの報道ステーションSPは、ここからはじまった。

国も、事故調査委員会の中間報告も、電力会社も、経済界も、こぞって津波のせいですまそうとしている時、そもそもは地震が原因ではなかったか、と言及することは、日本中にある原発の耐震基準を根っこから揺さぶること。
地震の多いこの国に原発を建てる、というそのこと自体を問うこと。

おおきなメディアでよくぞ言ってくれたと思う。ちいさなメディアでいっぱい知らせあっても、届かないひとには届かないから。

SPEEDIの数値を知っていながら、知らせなかった国、県、文科省、保安院、原子力安全委員会。

白い防護服のひとが津島に放射線を測りにきて、そこで出逢った女のひとに、「どうしてここにいるんだ、頼む、逃げてくれ」と叫んだという。

ひととして、言わずにおれなかったのだろう、こんな放射線の高いところに、何も知らされずにまだ大勢のひとがいるなんて、そのことが許せなかったのだろう。

せめてこのひとの百分の1のきもちでも、国や県にあったなら。

つらい映像だった。痛かった。怒りがこみあげてくる。
国ってなんだろう、国は国民を守らないこと、ここでもまたつきつけられる。

白い防護服のひとのまわりに普段着のひとたちがいる光景。25年前のチェルノブイリのあとにも、こんな映像、確かに見た記憶がある。
東海村の臨界事故の時にも、小学校の校庭にそういう人たちが来ていたと聞いたし。

                 **

 

番組の最後に長野智子さんが、震災前にテレビ局が原発の危険性をきちんと伝えてこなかったことの反省を述べ、古館さんはたしかこんなふうに言ってた。

―― 原発反対の意見のひと、経済の面から推進というひと、それぞれ自分の意見をしっかり持っているひとは、それはそれでいいんでしょう。ちょうどそのはざまで、どうなるんだろう、と迷ってる多くの方、一番怖いのは、少しずつ忘れて行く、成り行きにまかせてしまうーだとしたら、今も苦しんでおられる方たちに、顔向けができない。
徹底的に、原発に関して、議論して行きましょう、これからずっと。

                       *****

番組のスポンサーの一つは、「カタログハウス」だった。そうだね、こんな番組のスポンサーに電力会社は決してならない。だいたい、こんな番組自体、3.11前はつくれなかった。

3.11以降の東京新聞(北陸では北陸中日新聞という名前だけど)の論説委員室に手紙を書いたように、古館さんにも手紙を書いた。津波の前に地震で、と言ってくれてありがとう、と。

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2011年12月28日 (水)

クリスマスカードと感謝状

111116_   ―― 知事さん、国の方ばかり見てないで、石川県民を見てください。
  石川のみなさんのいのちは私が守ります!という強い意志を、私たちに示してください。

春から2機とも止まっている志賀原発。他県では、自分の考えを表明してる知事さんもいるけど、石川の場合はいつも、国の動向をよく見た上で、という言葉しか聞けない。

Nさんのよびかけで、クリスマスカードを知事さんに届けよう、と、22日、15人ほどで県庁へ。原発の再稼働をみとめないで、という思い思いのメッセージを、大きな大きなクリスマスカードにはりつけて、秘書課に持って行く。

サンタやトナカイになって届けたひとが何人もいたので、それはにぎやかなカードお届け集団になった。私の届けた言葉は、上のようなこと。

23日の朝日新聞石川県版には、このように。
http://mytown.asahi.com/ishikawa/news.php?k_id=18000001112230003

                 *****

28日の御用納めの日に、富山の北陸電力本社に行く人たちがいるように、石川では同じ日、金沢の北電に感謝状を届けにいこう、とまたNさんが声をかけてくれた。

表彰状みたいにすてきにしつらえられた感謝状は、

―― 3月以降、原発を二基とも止めておいてくれて、ありがとう!
  夏も冬も【原発なくても大丈夫】ということが分かって、
  本当によかったです。
  年末年始も原発が止まっているので、安心して新年を迎える
  ことができます。
  (止まっていても核燃料がある限りは、
  大地震や停電でプールの冷却ができなくなったら危険ですが)

  どうか、来年もこのまま止めておいてくださいね。
  どうぞよろしくお願いします。
  では、皆様 どうぞよいお年を!』

                 ******

それにしても、東電の原発事故でこれだけのことが起きているのに、県も県民に対して、北電もお客様に対して、いっこうに向き合おうとはしないのだよなあ。

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ラスト紅茶 of 2011

今日28日は紅茶おさめの日。

東京から学生さんが来る予定になってるけど、雪のぐあいはどうにか大丈夫そうだ。
25日の朝はけっこう降って、庭はこんなぐあいだった。111225__2 文字通りのホワイトクリスマス。

水曜日の紅茶。ちっともはやってなくてすいてる週、かと思えば妙に混んでる週。いつもシナリオのないささやかなドラマが展開する時間。そうやって毎週、紅茶はひらきつづけて、もうすぐこの一年も終わる。

いつも思うけど、紅茶の時間の意味は、いまだにはっきりとは私にわからない。
意味は、ここにみえるひとたちが、それぞれに見いだして行くものなんだろう。

             ***

新しい年の初紅茶は、1月4日。

新年の紅茶恒例、お薄の時間は、1月11日。
毎年、山崎さんがボランティアでお薄を点ててくれる。これで16、7年目。
どうぞどなたでも。お作法はおかまいなしの、気楽なお茶です、おかわり何杯でも。

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2011年12月23日 (金)

因島で

遠くの出前の旅に行けば行くほど、私だけでそこのひとたちに出逢うのが申しわけないような、こんないい時間を私がひとりじめするのはもったいないような、しばしばそんな気持ちになる。

去年と今年、何度も瀬戸の島々によんでいただいて、島のひとたちとのおつきあいが深まり、だいすきな島のひとたちがいっぱいふえた。

今年のはじめ、家族にあてた年賀状の末尾に、瀬戸の島に家族でいけますように、と書いたのもそんな想いから。
111210__2 いつもの年以上にあちこち出かけた一年の終わり、その願いがほんとになった。

           ***

お泊まりした因島のペンション、白滝山荘は、春に行ったおり、ランチをごちそうになったところ。もとは古い宣教師館が、めぐりめぐって、今は島のご家族が一家でいとなむ懐かしさあふれるお宿になってる。

設計したのはヴォーリズさん。神戸女学院や関学の時計台のある建物などなど、たくさん設計した彼の建物が、この島にもあったなんて。111211__2

111210__3 出迎えてくれたのは、ニコちゃん。白滝山荘の看板犬。ちょうど翔が紅茶の看板犬だったように、このニコちゃんも、来るひと一人ひとりに、ようこそようこそ。

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因島の紅茶では母と娘の語りを@いまいさんち。

親しくなったひとたちばかりのこじんまり紅茶、と思っていたけどふたを開けたらとても大勢。
リラックスして話しはじめたつもりが、あらら、なぜだろ、すごくどきどきしてるわ、私。
そのどきどきのまま、語りのバトンを娘に渡して、しまった、ごめん、と思ったけど、その先は、娘のほうが何とかうまくつないでいってくれたように思う。

○(まる)い頭の私と、□(四角い)頭の娘と。
そうか、お互い、こんなにも違うんだよね。

家で一緒に暮らしてたころには気づかなかった娘のあたらしい顔がみえてくるたび、違いを発見するたび、私の中の娘の像は、何度も何度も軌道修正され、今にいたる。

親であっても、子であっても、まっすぐに聴きあうことなしには、とうてい今の10分の1もたがいに理解できなかったろうなあ。

たくさんの違いを認めあいながら、一緒に仕事するということ。いや、そもそも認めないことには、とても恊働できなかった。

自分に正直に、相手にも正直に、時によわさを見せあいながら、きもちを言葉にしあいながら、自分のできることをすることが、私たちにとっては、ともにはたらくということだった。

そういう働きかたのおかげで、前よりずいぶんお互いのことがわかってきたかなと思う。とりわけこの3年間はそういう濃い時間だった。

娘も言ってたけど、彼女がいなかったら「ほめ言葉のシャワー」は、決してああいう作品になってなかった。違ってる二人でつくったから、あのかたちになった。そのことを、神さまのくれた絶妙なスパイスみたいにも感じてる。「贈りものの言葉」もしかり。

もっとも、来る年にはきっとそれぞれの分野で、またあらたな仕事を、別々にしていくんだろうけど。

             ***

今回とてもうれしかったのは、島のひとたちが、逢うたびごとに、きもちを外に出してくれるようになって、言葉で伝えてもくれるようになって、お一人一人の表情がどんどんやわらかくなってく、美しくなってく。111210_

そういった変化も、因島紅茶の夜の、心においしいごちそう。                

因島のいまいさんファミリー、まわりのお仲間たち、向島、生口島瀬戸田、伯方島のかたたち、そして京都からふうさんご夫婦、土佐から若いご夫婦。一年の終わりに、よい時間をわけあえたこと、感謝。

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2011年12月 9日 (金)

因島へ

おとといの紅茶は、
一人が帰られるといれかわりに別の一人がみえて、そのかたとまたすれちがいであらたなひとがみえて、そのかたとまたいれかわって別の誰か一人が、ということがとぎれなくくりかえされる、不思議な紅茶の時間でした。Photo_6

Aさんがいられる30分だけ、Bさんがいられる45分だけ、その時間だけでも紅茶があってよかった!と思えるような濃い時間を、それぞれのかたと過ごし、その度に熱い紅茶がそそがれ。

おもてなしは、きっとたった一杯の紅茶でも十分なのでしょう、こんな時は。

                ******

去年から何度もうかがっている瀬戸内海の島々。
いつも私だけで出逢ってるのが家族にももうしわけなく、一年の終わりに、家族旅行を計画しました。

因島の古い西洋館にお泊まりすること。
瀬戸田の平山郁夫さんの美術館を訪ねること。

そしてせっかく行くのだから、と
12月10日は、 因島の今井さんちで、母娘トークの出前紅茶。
          3:00〜5:00     tel:0845−24−0546 
                 参加費は600円  夜は放課後夕食会

               ******

親子で語る機会は、ことし、3度目。
6月の大津紅茶で、
8月の銀座月光荘さんで、
そして今回。

語りながら、毎回、新しい発見をして行く。
それもまた、聴かれる、という経験をとおして、きもちが言葉をみつけだしてゆく過程なのでしょう。

           ***

というわけで、たびたびでもうしわけありませんが、9日から12日まで留守しています。



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2011年12月 8日 (木)

to be listened  聴かれる、ということ

Photo_5    自分の感じていることって、自分でなかなかわかっていない。そういうことが、意外みたいけど、現実にはとても多い気がする。

自分の話が、さえぎられず、横取りされず、先回りもされず、安易にくくられもせず、指導されたり、助言されたりもせずに、ただ、ただ、聴かれること、受けとめられること。
その静かな受け皿があることで、ようやっと、きもちが言葉をさがしだせる。きもちと言葉とが、出逢っていける。
そうやって話すことは、放すこと。こころの詰まりやしばりから、ほんの少しとき放たれること。

きもちと言葉のそういった関係を、28年の紅茶の時間のなかで、何度も何度も見せてもらってきたなあ、と思う。

                   ***

重たい話、しんどい話ほど、聴く側はついつい、何か言いたくなってしまう。
黙ってないで、何か言ってあげなくちゃいけないんじゃないか、って、助言したり、励ましたり、なぐさめたり、、、してしまう。時には、後ろ向きのきもちを前向きにさせようと、はたらきかけたりも、してしまう。
それって、相手のためを思ってというより、きいてる自分が楽になりたくて、黙ってるのがしんどくて、何か言ってる場合が、ほとんどかもしれない。

聴かれている側はきっと、そんな言葉は望んでないんだと思う。

かつての私、よくそんな失敗をした。今でも時どきしてしまう。昔と少し違うのは、その失敗にすぐ気づけるようになったこと。

自分の中の透明なガラスのボウルに水をはって、その人が紡ぎだす言葉を、ただ、うけとめる水面になる。
そのひとが、話しながら自分のきもちに気づいていけるような、そんな聴き方って、毎回はむずかしいけど、でもできるだけそんな聴き方をしたい、と願っている。

まっすぐに聴かれることって、きっと、自分という存在が大事にされている、と感じられること。
こちらがまっすぐに聴くことで、あなたというひとが大切な存在です、とそのひとに感じてもらえたらいいな、と思いながら、静かに聴く。

                      ****

「今、自分がこんなきもちでいる、ということをわかってくれてるひとがいる、と知ることで、きもちが少し楽になる。少し救われる」

あるひとがそんなふうに言ってくれて、そうか、聴くということ、聴かれるということって、そういうことなんだ、と前以上に思うようになった。

                    ****

去年の9月に続いて、今年も一関によんでいただいた。「贈りものの言葉」という題で、私にいったいなにが語れるだろう、と前の日までも迷っていた。

そして語ったのは、上に書いたようなこと。きもちが言葉をさがせるって、どういうことだろうか、ということ。

集まってくださったかたたちは、先生だったり、親ごさんだったり。つらい話を聴く側になることも多いだろうけど、まず、ご自分たちこそ、ほんとはまっすぐに聴かれてほしい、と心から思いながら語った。

前もってリクエストもあったので、今年も、「ご自分に矢印を向けて、純粋に、あなたが言われてうれしい言葉、あなたへの贈りものの言葉を、どうぞ書いてみてください、よければ言葉のうしろの物語もかき添えて」とお頼みした。

ちいさな折り紙にびっしりと、ご自分のきもちやご家族への想い、過去のこと、現在のこと、書いてくださった方がいっぱいいっぱいいらして、7人で読み上げたこの日の「ほめ言葉のリレー」は、20分以上も続いたのでした。ひとつひとつが、いとおしい物語でした。

                    ****

午後は、陸前高田をとおって、大船渡へ。

かつてのにぎわいを知ってる先生にしたら、その道を通り抜けること自体、どんなにおつらかったろう。ずっと泣きながら運転してらっしゃるようにも思えた。
夜の道もまっくらで、それがいっそう切なかった。以前は港にも街にも、もちろん暮らしのあかりがいっぱいだったのに。

                    ****

この日、参加してくださったすべての方に一冊ずつ、私たち親子のあのちいさな冊子をおみやげにさせてもらった。Wow                                          

あの冊子の中の言葉はどれもみな、日本のどこかの誰かが、こんなふうに言ってもらえたらうれしい、こんなふうに言われたい、と願って出してくださったもの。

この日のどなたかの胸にも、その願いがそっと届きますように。

冊子を手にしたお一人おひとりが、あの3月の日からもうじゅうぶんにがんばってきた自分を赦したり、みとめたり、うけいれたりして少しほっとできる、、、そんな贈りものの言葉が、あの中にどうかひとつでもありますように。

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2011年12月 2日 (金)

「場の持つ力」、紅茶にもあります。

東京と埼玉の出前で石川を留守にしてる間にできあがってきた、mai worksの「場の持つ力」新装改訂版。上京中に、川越紅茶のジュンコさま気付、で川越に届いていた。

6年前の卒論がもとになってるので、文体はカタイけども、内容はやっぱり読み返すたびに今でもおもしろい(興味深い、という意味でね)。
それに、案内役が、前のはマチルダ(という名前の女の子)だけだったのが、今回は「助手のコトリです」というのがくわわってて、そのコンビがなんだか妙にオカシイ。
地の文をよみながら、同時に、らくがきタッチで登場するマチルダとコトリ、二人の会話を横目で見つつ、読み進む卒論。その体験がまた、新鮮。

今回くわわった、はじめの前書きとおわりの後書きは、おもわず吹き出したり、うう〜ん、そうだったねえ〜と、何度もうなづきながら読んだ。

それにしても、冊子作り、に関して、ほんとに、mai worksは腕をあげたねえ!と、こういうことまるでできない母は、感心しきり。お値段が旧版から200円もupしたけど、外も内もだいぶ進化してるので、ま、許されるでありましょう。

自助グループとはどういうもの?セルフヘルプな場って何なんだろう?と思う方には読んでいただきたい一冊です。紅茶の本屋にもおいてます。

                   *****

111116_ これは、ベランダでいつの間に、レースのartになったほおずき。

明日から、岩手の一関、大船渡にいってきます。

一関には去年9月にお話の出前に。そのときに呼んでくださった先生たちが、今度は別の地区で。

戻ってくるのは5日の夜、それまではメールのお返事ができませんこと、お許しを。

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浦和と川越で

前の日に北区で初めてお会いした浦和の保育園の園長先生。
なんと、そこのお母さんたちにとつぜん、いのちの未来と原発と、のお話をすることとなり。

111125__4 子どもたちが園にきているあいだに集まって、キルトを縫っているお母さんたち。なんのキルトか、というと、「ちきゅう」です!

お部屋の真ん中に、いまつくってるまっさいちゅうのキルトが拡げられ、それぞれが手にした針と糸を動かしながら、私の話を聴いてくれました。
111125_
路子さんの「ちきゅう」からヒントを得て、このたねの家保育園オリジナルの「ちきゅう」を2年がかりでつくって、以前からつながりのあった釜石の保育園の、ふたたびの開園の日のお祝いにするのだそう。

短い時間だったけど、ほめ言葉のシャワーの話もちょこっと。

doの最大見本みたいな原発と、いのちそのもの、そのひとが今いる、ある、生きててくれることのbe、という両極端にみえるふたつのことが、実は、かけがえのないbeのたいせつさにいっそう気づかせてくれることだった、という話しをさせてもらって。

お話の最後に、園の先生が弾くピアノ伴奏つきの「贈りものの言葉」の歌を2回、歌いました。

2回目を歌う時、園長先生が、今度はご自分への拍手のつもりで歌ってね、とおっしゃって。そうそう、この歌の本当の意味は、そういうことだものね、とうなづいた私でした。

111125__2 この鐘は、園の子どもたちが鳴らす鐘。礼拝の時には、子どもたちが賛美歌を歌うそうです。
とってものびやかで、目がきらきらしてるこどもたちだったよ。

ここの園舎は木造で何気ないつくり、きらびやかに飾り立てたりしてないとこがおちついてていいな、安心する、って感じた。「ここでは子どもが、色ですから」という園長先生の言葉に、う〜ん、なるほど!っと納得。

             ****

園のこどもたちと同じメニューの給食を食べ終わるころ、紅茶仲間のQちゃんがお迎えにきてくれて、一路、川越紅茶へ。

集まったちょうど10人(いい人数サイズ!)で、言葉のワークショップ。10月に和歌山のカフェ・muroさんでしたのの、またちょっとアレンジ版。今回は、それぞれにとっての、おまじないの言葉、というのも間にいれてみた。

けっこうすぐに、いろいろな言葉がでてきて、ああ、みんな、なにか事がおきた時、パニクった時、たいへんな時、それをきりぬける言葉を何かしらもってるんだな、ってわかる。

どの言葉も、これまで生きてくる中で身につけた、生き方の知恵、自分とのつきあい方の、ちょっとしたコツ。それを分けてもらえることって、なんかこころ丈夫というか、安心、というか。

その次の、自分をささえてくれた言葉、あの時のあの言葉で救われたなあ、といった言葉はなかなかすぐには、思いうかばない。想い出せない。だから、考える、ふりかえる。それから、ぽつぽつ、と出てくる言葉たち。

ひとの言葉をきいてるうちに、あ、そういえば、と思い浮かぶ言葉。ワークショップが終わってから、夜になって、ああ、あの言葉、とぽっかり胸の奥から浮かんでくる言葉。

ワークショップって、その時間内に何かみつからなくとも、いっこうにかまわない。その時間中に答えをだそうとしないことが、そも大事。

と思ってるから、そうやって夜になって、または一週間経って、言葉がむこうからやってくるのを待つのもまた、ワークショップの楽しみのうち。

             *****

浦和と川越、その前の日の、北区でのちいさな集まりも、どの場もぎゅっと想いが凝縮されたような、すてきな時間でした。ありがとさん。

 

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