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2011年12月23日 (金)

因島で

遠くの出前の旅に行けば行くほど、私だけでそこのひとたちに出逢うのが申しわけないような、こんないい時間を私がひとりじめするのはもったいないような、しばしばそんな気持ちになる。

去年と今年、何度も瀬戸の島々によんでいただいて、島のひとたちとのおつきあいが深まり、だいすきな島のひとたちがいっぱいふえた。

今年のはじめ、家族にあてた年賀状の末尾に、瀬戸の島に家族でいけますように、と書いたのもそんな想いから。
111210__2 いつもの年以上にあちこち出かけた一年の終わり、その願いがほんとになった。

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お泊まりした因島のペンション、白滝山荘は、春に行ったおり、ランチをごちそうになったところ。もとは古い宣教師館が、めぐりめぐって、今は島のご家族が一家でいとなむ懐かしさあふれるお宿になってる。

設計したのはヴォーリズさん。神戸女学院や関学の時計台のある建物などなど、たくさん設計した彼の建物が、この島にもあったなんて。111211__2

111210__3 出迎えてくれたのは、ニコちゃん。白滝山荘の看板犬。ちょうど翔が紅茶の看板犬だったように、このニコちゃんも、来るひと一人ひとりに、ようこそようこそ。

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因島の紅茶では母と娘の語りを@いまいさんち。

親しくなったひとたちばかりのこじんまり紅茶、と思っていたけどふたを開けたらとても大勢。
リラックスして話しはじめたつもりが、あらら、なぜだろ、すごくどきどきしてるわ、私。
そのどきどきのまま、語りのバトンを娘に渡して、しまった、ごめん、と思ったけど、その先は、娘のほうが何とかうまくつないでいってくれたように思う。

○(まる)い頭の私と、□(四角い)頭の娘と。
そうか、お互い、こんなにも違うんだよね。

家で一緒に暮らしてたころには気づかなかった娘のあたらしい顔がみえてくるたび、違いを発見するたび、私の中の娘の像は、何度も何度も軌道修正され、今にいたる。

親であっても、子であっても、まっすぐに聴きあうことなしには、とうてい今の10分の1もたがいに理解できなかったろうなあ。

たくさんの違いを認めあいながら、一緒に仕事するということ。いや、そもそも認めないことには、とても恊働できなかった。

自分に正直に、相手にも正直に、時によわさを見せあいながら、きもちを言葉にしあいながら、自分のできることをすることが、私たちにとっては、ともにはたらくということだった。

そういう働きかたのおかげで、前よりずいぶんお互いのことがわかってきたかなと思う。とりわけこの3年間はそういう濃い時間だった。

娘も言ってたけど、彼女がいなかったら「ほめ言葉のシャワー」は、決してああいう作品になってなかった。違ってる二人でつくったから、あのかたちになった。そのことを、神さまのくれた絶妙なスパイスみたいにも感じてる。「贈りものの言葉」もしかり。

もっとも、来る年にはきっとそれぞれの分野で、またあらたな仕事を、別々にしていくんだろうけど。

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今回とてもうれしかったのは、島のひとたちが、逢うたびごとに、きもちを外に出してくれるようになって、言葉で伝えてもくれるようになって、お一人一人の表情がどんどんやわらかくなってく、美しくなってく。111210_

そういった変化も、因島紅茶の夜の、心においしいごちそう。                

因島のいまいさんファミリー、まわりのお仲間たち、向島、生口島瀬戸田、伯方島のかたたち、そして京都からふうさんご夫婦、土佐から若いご夫婦。一年の終わりに、よい時間をわけあえたこと、感謝。

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