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2011年12月29日 (木)

津波の前に、地震で

Photo_3 津波より前に、地震ですでに原発は破損していたのではないか。
そう考えないと、すでに3月11日の17:50に、1号機の建屋入り口付近で放射線量が急上昇していたことの、つじつまがあわない。

8000キロ離れたスエーデンで大気中のキセノンがいつもの1000倍の値で検知された。キセノンの、日本からの発生推定時間をたどると、11日の18:00ころ、と符号が一致する。

12月28日、古館伊知郎さんの報道ステーションSPは、ここからはじまった。

国も、事故調査委員会の中間報告も、電力会社も、経済界も、こぞって津波のせいですまそうとしている時、そもそもは地震が原因ではなかったか、と言及することは、日本中にある原発の耐震基準を根っこから揺さぶること。
地震の多いこの国に原発を建てる、というそのこと自体を問うこと。

おおきなメディアでよくぞ言ってくれたと思う。ちいさなメディアでいっぱい知らせあっても、届かないひとには届かないから。

SPEEDIの数値を知っていながら、知らせなかった国、県、文科省、保安院、原子力安全委員会。

白い防護服のひとが津島に放射線を測りにきて、そこで出逢った女のひとに、「どうしてここにいるんだ、頼む、逃げてくれ」と叫んだという。

ひととして、言わずにおれなかったのだろう、こんな放射線の高いところに、何も知らされずにまだ大勢のひとがいるなんて、そのことが許せなかったのだろう。

せめてこのひとの百分の1のきもちでも、国や県にあったなら。

つらい映像だった。痛かった。怒りがこみあげてくる。
国ってなんだろう、国は国民を守らないこと、ここでもまたつきつけられる。

白い防護服のひとのまわりに普段着のひとたちがいる光景。25年前のチェルノブイリのあとにも、こんな映像、確かに見た記憶がある。
東海村の臨界事故の時にも、小学校の校庭にそういう人たちが来ていたと聞いたし。

                 **

 

番組の最後に長野智子さんが、震災前にテレビ局が原発の危険性をきちんと伝えてこなかったことの反省を述べ、古館さんはたしかこんなふうに言ってた。

―― 原発反対の意見のひと、経済の面から推進というひと、それぞれ自分の意見をしっかり持っているひとは、それはそれでいいんでしょう。ちょうどそのはざまで、どうなるんだろう、と迷ってる多くの方、一番怖いのは、少しずつ忘れて行く、成り行きにまかせてしまうーだとしたら、今も苦しんでおられる方たちに、顔向けができない。
徹底的に、原発に関して、議論して行きましょう、これからずっと。

                       *****

番組のスポンサーの一つは、「カタログハウス」だった。そうだね、こんな番組のスポンサーに電力会社は決してならない。だいたい、こんな番組自体、3.11前はつくれなかった。

3.11以降の東京新聞(北陸では北陸中日新聞という名前だけど)の論説委員室に手紙を書いたように、古館さんにも手紙を書いた。津波の前に地震で、と言ってくれてありがとう、と。

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