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2012年1月30日 (月)

東京クラブランナーズのファイナルライブ

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東京クラブランナーズ トーク&ライブ ファイナル!のご案内

2月4日(土) 1:00open 1:30開演
@町から市になった、野々市市の文化会館フォルテの小ホール

2001年12月から、毎年ひらかれてきた東京クラブ(crab)ランナーズのトーク&ライブ。去年2月は、はじめて津幡で、TCR10年目のライブを、雪にうまった津幡森林公園内のホールでひらいたのでした。

草汰くんのお父さん、川崎さんからのメッセージです。
       ↓
「第一回目の時に、保育所の年中さんだった草汰は中学3年生に。
今では、ギターを弾き、作曲もするようになりました。
ランナーズが草汰の成長を作ってくれました。
これまで温かく見守って、そして支えてくださり、本当にありがとうございました。
今回は、ゲストに東京から、シンガーソングライターのよしだよしこさんをお迎えします。
ファイナルのトーク&ライブに、ぜひお越しください」

出演  東京クラブランナーズ/よしだよしこ/増田康記/でえげっさあ

主催 : 東京クラブランナーズトーク&ライブ実行委員会
後援: 野々市市教育委員会/白山市教育委員会
      一般1000円 小中高生・障がいのある人・介助の人500円
     ※当日は200円UP
お問い合わせ 川崎正美:090-2374-8784

草汰くんのギターの腕もすばらしいし、トークもとっても楽しい。
去年も津幡で、ゲスト出演してくれたよしだよしこさんの歌、めっちゃかっこいい。すてきな歌い手さんです。

ご予約いただいた方の分は、前売り券あつかいに。
紅茶にも切符あります。もちろん私も聴きに行きますよ。 水野tel:076-288-6092

               ***

また、翌日は、松任の楽器屋さん「ポンポロプー」さんの主催でよしだよしこさんのライブもあり。川崎さんまでお申し込みを。

よしだよしこさん アコースティックライブ

2月5日(日)
open 18:00 start 18:30

場所:純喫茶 青葉館(白山市幸明町※松任アピタ/スポーツゼビオ裏)
前売2,000円 当日2,500円

 


 

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2012年1月27日 (金)

空中オルゴオル展

雪の晴れ間、金沢市内あちこちの用事をすませて、21世紀美術館へほめシャワのお届けのあと、歩いて1分、柿木畠のカフェギャラリー、ミュゼさんへ。

ミュゼさんにご案内はがきをいただいてからずっと気になってた、本多厚二さんの、空中オルゴオル展。
どの作品見ても、おもわず、うわあぁぁぁぁ、、、!と、目が・状120127_ 態。120127__2

寄り添ってるのは「フタリデ」という作品。

どこからひろってきたんだろう、
どこからこんなゆたかな表情がうまれてくるんだろう。

「タテエリ」というタイトルの作品は、なんとも、うさぎっ!って顔してるし。

          

120127__3このブタさんは、なぜか「モンパルナス」というタイトル。ワインのコルク栓で。
120127__4

                             「キミ」という作品。

120127__5 「小さな畑」
全身で見るともっとすてき。
手の表情も、足も。

見に行けてよかった。ひとつひとつ、とってもいとしい。

オルゴオル展はあさって29日まで。
ミュゼさんは12:00〜19:00open.
おちついた雰囲気のだいすきなギャラリー。サイフォンでいれてくれるコーヒーもおいしいです。
telephone 076−263−1187

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2012年1月26日 (木)

51本のスイトピー そして枝野大臣へ、緊急メール

グイーングイーン、の音で目がさめる。朝4時半、除雪車の音。
じょせつしゃケイティーなみの働きぶり。
金沢より少し多め、ここ津幡では一晩で40センチほど降ったらしい。

毎年、この写真を撮る。ことしは51本。120126_
母のいのちの日に、一本ずつふえるスイトピー。

51年前、母のお葬式にかざられてるのが白い菊だけで、それがさびしかったから、近所のお花やさんに走ってって、母の好きなスイトピーで花かごをつくってもらったのだった。

白い祭壇に、そこだけがピンクで、ちょっとうれしかったな。

                 ****

あるひとをお訪ねするつもりで、でも前の日から天気予報は大雪だと言ってたので、朝起きて、うわわわ、、、の雪だったらやめましょう、と約束してた。

予報は大当たりで、うわわわ、、、。というわけで今日は断念。
かわって一日中、家で書きものの続き。

               ****

福島のお母さんたちがかわるがわる、東京の経産省の前でず〜〜〜〜っとテントをはっているのだけど、そのテントに撤去命令が出された。

枝野大臣あて、どうかその命令を撤回してください、のメッセージをだそう、というメ−ルをうけとって、たった今、送信したところ。貴重な意思表示の場をうばわないで、と。
私は13400何番目でした。

どうぞみなさんもおきもちあったら、メッセージを届けてくださいませ。
とっても簡単に送れます。私がメッセージを書き込む間にもどんどん、送信数がリアルタイムでふえてました。

このアドレスをクリック。
http://www.avaaz.org/jp/stand_with_fukushima_mothers

お母さんたちの膝にかかってるキルト、かざぐるまのパターン。もしか、ミチコさんの型紙で20数年前にぬわれたかざぐるまフレンドシップキルトの一枚かも!

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2012年1月22日 (日)

ミチコさんの想いが、引き継がれていくこと

去年の秋から心待ちにしていた記事が、やっと紙面に。

ミチコさんの、かざぐるまフレンドシップキルトやちきゅうキルトにこめた想いが、20年あまりたって、今また、若いお母さんたちや、紅茶つながりのひとたちにバトンタッチされて引き継がれていってること、22日付けの朝日新聞大阪本社版の社会面に。110828_

限られた紙面のなかで、若い女性記者さんが、これだけのつながりのものがたりをよく記事にしてくれたな、と思う。

浦和の保育園で「ちきゅう」が、名古屋のカフェで、縫い掛けのまま20年間とまっていたかざぐるまキルトが再び、そして川口紅茶であらたなかざぐるまキルトが、ちくちくちく、たくさんのひとの祈りや願いを縫い込んで、いままさに縫われている。Photo

みんなのその縫い目のなかに、ミチコさんはいるんだ、きっと。

かさぐるまのキルトで、地球がばんそうこうしてるのが、ミチコさんの。その斜め下の「ちきゅうはみんなのほし」と刺繍してあるのが、私の。

            ****

去年の春から「ちきゅう」を抱いて、ミチコさんといっしょにいっぱい旅した。原発を語るだけだったらおそらく伝わらない想いの部分を、「ちきゅう」の曼荼羅が伝えてくれてた。

東京のクッキングハウスで、川越紅茶で、練馬で、金沢で、大津で、京都で、川崎で、川口紅茶で、銀座の月光荘ギャラリーで、瀬戸内海の生口島で、能登で、西東京で、福井の越前で、和歌山で、富山で、and more、、、と、書き出してみたらこんなにも。

10月に、越前で原発のことと「ほめ言葉のシャワー」のお話した時、聴きにきて、そのことすぐ記事にしてくれた朝日の記者さん。

11 彼女は、縫い継がれるキルトの話にとっても関心を持って、浦和へも、名古屋へも、安宅さんちにも、わが家にも、それにミチコさんのキルト展がひらかれてた金沢の神社にまで取材にきて、いろんなひとの話を聴いたんだ。

          

浦和の保育園と私のご縁は、はじめはキルトじゃなくて、古いふるい紅茶仲間のKさんのおかげ。

原発のことむずかしすぎてよくわからない、というひとにこそ読んでもらいたくて大急ぎでまとめた「いのちの未来と原発と」のリーフレット。
それがKさん経由で保育園の園長先生の手に渡り、そのリーフレットにはさみこんである「ちきゅう」キルトのカラー写真に、先生は何か強烈なものを感じられたのだろう。

11月、その保育園にうかがったとき、ミチコさんの「ちきゅう」からインスピレーションをもらったオリジナルの「ちきゅう」は、ここまで縫われていた。
いまはきっともっと針と糸が進んでいることだろう。

できあがったキルトは、前からつながりのある東北の保育園の、再びのオープンの日に、贈られるのだそうだ。

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111120_ これまで沢山のかたの手に渡ったこのちいさな冊子も、本文中に「ちきゅう」の写真とものがたりがあることで、いっそう読むひとのきもちの奥に入ってゆけるのだと思う。
ミチコさんは今もおおきな、大事なしごとをしているね。

       ****

同じ日の別の紙面に「女を恐れた原子力村〜女性"懐柔”策」という記事が載ってたのは、なんという皮肉だろう。

女性は、「理論的に話してもわからないし、純情そのもので、こどもを守ろう、と言うようなことだけだから、かえって怖い」のですと。

家事が楽になるよ、CO2が減らせる、温暖化対策、リサイクルできる、などと、それも有名な女性たちを原子力の委員やCMに起用して、原子力の平和利用を進めて行った国。

私も、理論的なこと、たしかにいまだに詳しくは知らない。でも、原発の本質的なことに気づくのに、学者ほどの知識は必要ないと思ってる。

むしろ、原発を”正しく理解する”のに、理論にごまかされず、すぐれた直感で判断してる女性たちはいっぱいいると思うな。

それになにより、どんな学者でどれだけ知識があろうと、東京電力のあの原発で、何が起きたのか、何が今どうなってるのか、わかるひとは誰もいないのだから、わからないってことは恥ずかしくないよ、ちっとも。

はっきりしているのは、原発も原爆も、いのちと共存できない、ってことだ。

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2012年1月20日 (金)

ビー玉の約束

「すうさん元気ですか? (^_^)v
 忘れられてたらどうしよう (;>_<;)ビェェン」
で始まるかわいいメール。

「すうさんあのね
 大切なお友達がアメリカにお引っ越ししてしまいました
 それで、私の大切なペンダントを渡しました」

数年前の紅茶ショップで買ってくれた、ビー玉のペンダント。たいせつな友だちにあげたことは後悔してない、でもやっぱり自分用のがほしいので、まだありますか、とのメール。

2歳半くらいでお母さんと一緒に富山から来ていたNちゃん。ごくごく幼い時にとても濃く出逢ったので、もちろん忘れるはずないよ。
いま中学2年生で部活もしてる彼女とは、一年にいっぺんも会えないけど、会った時にはかならず、ぎゅっ、のハグ。

やっとやっとお初紅茶の日、お母さんや弟と一緒に大雪のなかを来てくれた。
Nちゃんの好きな色を選んでもらって、その場でペンダントをつくった。120120_

会いたかったよ、
だいすきだよ、
うれしいな。

こういう言葉をたがいに言いあえる、子どもや若い人たちとのつながりは、紅茶のおかげ。彼らはどんどん大きくなって、私の背丈をおいこしていく。

その中の一人は、2月にお父さんになる。何とありがたいことに、私はどうやらgodmotherになるらしい。



 

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城南さん、ふたたび

夕べのブログに城南信用金庫さんの脱・東電のことを書いた後、いつものように、寝る前に続きを読もうとふとんの中で手にとった本が、「脱原発社会を創るための30人の提言」。

21世紀美術館で今も開催中の、そらあるき展本棚で見つけた一冊。
続きのページをめくったら、そこがどんぴしゃり、13人目の吉原毅理事長さんの登場だった。すっごいシンクロ。

「これまで原子力発電反対というと、一部の市民運動の方々がやっていることかなと思っていましたが、私たちは普通の人間として、あるいは普通の企業として真剣に考え、この問題に対する態度をはっきり決めていかないと、日本全体が大変なことに ――」

原発震災を機に、そう気づかれたという城南信金の理事長さん。

企業として脱原発宣言するとともに、実際に行動にうつした省エネ、節電対策の数々で、電力消費、三割減。これって、原発にかわる架空発電所を建てたのと同じことだよね。

HPにも、こんなふうに出ている。http://www.jsbank.co.jp/   

・お客様の節電を応援する新商品の取扱い
・ 「原発に頼らない安心できる社会」実現のため
 原発を使わない電力会社への契約切換を実施
・当金庫の「脱原発」に関する取組みが各サイトでご覧いただけます

                   111211_       

地域とともに生きる信用金庫なのだから、こうするのはあたりまえのこと、と生活者の視点でものをいってらっしゃるところが、なんともきもちいい。 こういうまっとうな考えや意見が、あたりまえに通用する社会になっていったらいいのだけどなあ。

 

金沢のマンションに住んでいた20年以上前は、冬の月々の電気代が万をゆうに越えていて、そのことについて何も感じなかった私だった。少なくともチェルノブイリのことを知るまでは。

津幡に移って、エアコンを持たない暮らしになってほんとに電気代はどんどん減っていった。わが家なりの、ささやかな架空発電所だ。

人々の暮らしよりも何よりも、経済最優先。それって、今のいのちにも、未来のいのちに対しても、不謹慎で、傲慢だと、私は思う。

 

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2012年1月19日 (木)

城南信用金庫さん

福井県にある大飯原発が、ストレステストに合格したという。
その審査をする部屋に山本太郎さんたちがはいって、抗議してる様子が昨日のテレビで映し出されてた。止まってる原発の再稼働ありきで話が進んでくこと、怒って当たり前、おかしいと声あげて当然、と思う。

去年暮れに野田さんが出した、しゅうそく宣言。この言葉だって、聞きようでは、「終息」に聞こえちゃう。終わってない終わってない、収束もしてない、原発事故の現場。

武田邦彦さんのブログによれば、やっぱりいまだセシウムの値の高い日が続いていると書かれてる。原因はわからないけど、ゆるい警戒はしておいた方がいいんだろう。http://takedanet.com/

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原発が止まっていて火力発電を動かすのに燃料代が高くつくから、企業向けの電気料金をあげる、と東京電力が言ってるけど、脅し文句に聞こえちゃうのは私だけかな。
去年の春、東京での計画停電もほんとはする必要なかったと、河野太郎さんもはっきり言ってたから、なおさらそう思う。

原発が(動か)ないから電気料金が高くなるんじゃなくて、原発があることで、際限なくこの先も電気料金があがってくとしか、私には思えないんだけど。                          120114_

去年の春、早々に「原発に頼らない安心できる社会を」と脱原発宣言した城南信用金庫さん。12月には、脱東京電力もした。自然エネルギーで電気をつくって売る新しい電力会社と使用電力の契約をかわしたのだ。電気料金は年間1千万円の節減になるという。

そうそう、経産省も東電の電気はたしか使ってないはず。入札で東電より安い、別の電力会社の電気を買っている、って以前に読んだ記憶あり。

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2012年1月17日 (火)

暮らしと地続きで

能登の志賀原発にず〜〜っと反対してきた住民&市民運動や、差し止訴訟の裁判記録を、本にする、という壮大な計画があって、その編集作業が今現在、進行中なのだそうだ。

その記録の中に、どういうわけでだか、いのみら通信もちょこっと加わるらしい。今年のお正月に、1988年からのバックナンバーをすべてそろえる必要があったのは、そのためだった。

その捜索中に、まだ名前のなかった0号を見つけた。

原発サヨナラつうしん、とか、原発サラバ通信とか、原発とめよう通信とか、まだ仮の呼び名で出されたもの。それが翌月の4月には、「いのちの未来に原発はいらない通信」という正式名称になって、第1号が発刊されたのだった。

編集委員の方々は、うちに見える前に「まわれ、かざぐるま」の本もていねいに読んでくださっていた。

大学教授でらしたお一人が、「この本、いいですねえ。子育ての話から、まったく地続きで原発の話になってゆく、何の違和感もなしに」と言ってくださったのが、すごくうれしかった。

地続き、という単語がとりわけうれしい。まさにそのとおりで、運動、という意識はまるでなくて、暮らしや生活のなかで仲間たちと動いたことを、そのまま書いたのだったから。

22年も前の本ながら、いま読んでもおもしろい、って自分でも思う。書いておいてよかった。これだけnetの時代になっても、紙には紙の役割、きっと。

こんなに古いものが誰かの役にたつのってうれしいね、と路子さんが「ちきゅう」キルトのことを言ってたけど、「かざぐるま」の本にも、それと同じこと、言いたいな。

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             ***      

いのみら通信は、その記録の本のどこかにちょこっと登場した後は、すべてのバックナンバーが、立教大学内、共生社会研究センターという、市民活動のミニコミなどを収集&保管するところに収められることになった。

そこのセンター長でもある立教の社会学部の先生も、その日、わが家にみえていて、こうしておくと30年先、50年先のひとも読めるよ、っておっしゃってた。

かつて原発があった、と言える時代に、はたしてなってるだろうか、そのころは。

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2012年1月14日 (土)

goodbye NUKE!

♪I wake... I eat...  I work... I sleep

  I play.. .I dream... I live... Goodbye( goodbye NUKE!)

大地は緑を求め
太陽は赤く燃える

翼は自由を目指し
世界は命を繋ぐ

地球は宇宙に浮かび
僕らは銀河を泳ぐ

遠い過去からの声を
受け止めて風を吹かせ

未来へ!
グッバイ原発
未来へ!
グッバイ原発

                        ****

120114__2 この歌を高らかに歌いながら、金沢の街を100人で、グッバイ原発パレード。

パレードを呼びかけた女優さんや劇団のひとたち、歩いてる間ずっと、歌い続けて、鍵盤ハーモニカ吹き続けて、太鼓打ち続けて、踊り続けて。それぞれが10人分くらいのパワーを出して。

女優さんの呼びかけに応えたのは、金沢の若いアーティトたち。そして、原発とめたい市民の一人一人。原発事故をひとごとにしないための、意思表示。私たちも夫婦で参加。

図書館でおととい会ったばかりのきりりんさん、先週会った津幡の紅茶仲間は大学生の息子さんと一緒に、それにミチコさんの彼も。

ケニアのカウベルを鳴らし鳴らし歩いてる私を、歩道からめざとく見つけてくれたのは何と、去年まで沖縄で、今は七尾でドクターしているAくんだった。

真冬のパレードにもかかわらず、歩いて歌って踊ったら、ぽかぽかを通り越して熱くなったよ、ハートごと。120114_akai_fuusenn_3

 それにしてもこの季節に、雪も雨も降らず、青空見上げながら歩けたなんて、まさに奇跡に近いこと。今朝、目をさました時の庭の景色はまっ白だったから。 
   

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2012年1月13日 (金)

はじめての雪

  

  はじめての雪
  熱いほほに
  ひんやりと
  点々と
  うつ
  このちいさな
  いじらしい
  ノック
  ありがとう

「ちいさなてのひらでも」という去年10月に出たやなせたかしさんの詩集の中の、「雪」という詩。はじめての雪を、いじらしいノック、だなんて、92歳のやなせさん、すてき。

津幡図書館で月に一度の、詩を楽しむ時間にて。

この日は、やなせさんの「雪」の詩を読んだおかげで、はじめてのフィンランド語を一つ、習いました。
フィンランド語で、ensi lumi -- エンシ ルミ。
エンシがはじめて、ルミが雪、という意味だそうです。

1月の詩の時間では、やなせさんのこの詩集の中から「石」「絶望」「蝶」「屑篭」などなど次々に読んだ。どの詩も、やわらかなイラストとともに、なんてやさしくて、あったかい。

この詩集に出逢わせてくれたのは、しおりアーティスト、とひそかに私が呼んでるきりりんさん。そのきりりんさん、しおり以外に、こんなすてきなカードもつくるひとです。120113_

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2012年1月12日 (木)

グッバイ原発パレード

今日は、この冬一番の冷え込み。朝の道はつるつるでスリップ事故があっちでもこっちでも、とのこと。

土曜日の14日も寒そうだけど、私はあったか〜〜〜くして、これに参加する予定。
あなたも、めっちゃあったかくして、一緒にあるきませんか。

       ↓

「グッバイ原発パレード」
金沢の街で歌って踊るパレード!2012/1/14(土)13:00~ 
集合場所:中央公園 

鳴り物・楽器持ち込み歓迎!一緒に歩くだけでも大歓迎! 
http://bit.ly/rqyO9n 
ツイッター @goodbyegenpatsu

このパレードをしよう!と言い出した人は、藤沢さんという舞台女優さんだそう。
ふだんは東京に住んでるのだけど、今は舞台公演のため、金沢におられるのだとか。

このところ、脱原発の動きにいろんな人が連動してる金沢。
このパレードを知らせるすてきなちらしを描いた絵描きさんのかるべちゃんもまた、いろんなひとたちに参加を呼びかけてる。

                                                ****

原発をとめたくても、これだ!という魔法の一手なんかないんだ。120105_
これだけの現実を突きつけられても、「でも(原発)ないと」の呪縛は、いまだ沢山の人々を縛ってる。
節電、足りない、経済だめになる、そんな言葉ですぐに、原発に傾いちゃうひとはまだまだいっぱいいるよね。

               *        

東京新聞(こちらでは、北陸中日新聞)で目にした小出裕章さんの言葉が印象的だった。

3・11以来何かしなければという気持ちがあったが、何もしていない。なにかできますか、という質問にこう応えてらした。

 「こういう集会に行くと、どうしたら原発をなくせるか、と聞かれるが、知っていればやっている。私は、原子力の学問の場にいる人間としてやらなければならないことを続ける。歌のうまい人は歌えばいい。署名もデモも一つの手段だ。これだけは自分がやりたいと思うことを、皆さんがやるようになった時、原発は必ず止まる」

そうだね、これだけは自分がやりたいと思うこと、これならできると思うこと、大きい小さいにかかわらず、自分の、「これだけは」「こういうことなら」を、それぞれが見つけて、動くってこと。

                                            ***

このところ、福島と千葉でセシウムの値が急に高くなってるという気がかりな情報もある。
こんなときだから余計に、この北陸の地で、動けるときには動きたい。動かないで評論家でいるよりは。

武田邦彦さんのブログ読むと、地域によってはせめてマスクはしたほうがよさそうな。
http://takedanet.com/2012/01/post_゛4e36.html


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お薄の日のシンクロ

今年で16回目になるお薄の時間。先週はお初紅茶だったけど、毎年この時期にお薄の時間があることで、また紅茶の一年がはじまったんだなぁ、と新しいきもちになれる。

年に一度、台所ジャックさせてください、といって立ちっぱなしでお抹茶を点ててくれるやまざきさんのおかげで、この日の私は紅茶のおかわり入れがかりを何もせず、すわりっぱなしのお客さんになるぜいたくな日。

去年のお薄の日は、ラジオから流れてくる永六輔さんと私の話にみんなして耳を澄まし、それから一緒に大笑いもしたのだったね。
私の歌声を聴いた永さんが、こっころ細い声だねえ〜って思わず言って、その感想がまさにまさにそのとおりだったもので。

そんなシンクロがあるお薄の日もめったにないけど、きのうは  I was born の日とシンクロした。

120112__2 思いがけない贈りものの花束や(それも、紫色のカラーと白いバラとあじさい、というなんとも個性的な)、福寿草の鉢植えや、ちっちゃい時から紅茶に来てた姉妹たちが選んでくれたほかほかひざかけや、お手製の天下一品チーズケーキ、それに、みんなの歌。

一番のサプライズは、紅茶のおわりころに入って来たメール。ミチコさんからだ!空からのメールが届いたのは、はじめてです。

                ****

120112_

紅茶自身が年を重ねてきたように、紅茶の仲間たちもみな年を重ね、それぞれに決して軽くない人生をひきうけながら、日々の暮らしの、ほんのちょっとあいたすき間に、紅茶の空間にやってくる。

そこにいあわせたもの同士、お互いの人生の、pieceとpieceがほんのつかの間、交差して、一緒にいる時間を分け合う。
きのうはそのことを、いつも以上に感じた紅茶になった。

そして、ずいぶん長く生きてきた私の存在をよろこんでくれる人たちのいる幸せに、こころから感謝もして。

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2012年1月10日 (火)

お薄の時間

明日11日は、「紅茶の時間」が「お薄の時間」になる、年に一度の日。

120110_ 雪のマークが天気予報にでてるので、明日のまあさんは雪かきでいそがしくなりそうだ。紅茶にくるひとたちが、雪の日でも車をとめやすいように。

お薄のおかわり何杯でも。毎年、やまざきさんがボランティアで点ててくださいます。

                  ******

お正月休みに毎日少しずつちくちくしていた座布団カバー。

20年以上も前の真っ赤なコートが、いまんとこ4個のカバーにreborn.アップリケはいずれも、ほころびた古布のポシェットや、すでに別の座布団カバーになった古いベストのはぎれなど。

 

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2012年1月 8日 (日)

日曜日の、アート散歩

仙台のFMラジオ局から、「ほめ言葉のシャワー」のなかの言葉がひとつひとつ、朗読されるのを聴いた。なんともふしぎなきもち。

78の、言われてうれしい言葉はすべて、もう何回も読んでよく知ってるのだけど、耳で聴くとまた感じが違ってた。
後半に出てくる、とりわけ大好きな10あまりの言葉たちは、たった一人の"わたし"に語りかけてくれてるように聴こえて、こころにじんわり、しみてきた。

21美、こと金沢21世紀美術館のミュージアムショップさんでほめシャワをお求めになった仙台のかたが、朗読の会のお仲間たちのところにこの冊子を持っていってくださり、12月の例会で読まれ、そしてラジオの中でも朗読された、のでした。

21美には、年間160万人ものお客様がみえるそうだ。
そのなかで、あのほめシャワに出逢ってくださった方たち、本当に、ありがとうございます。120108_

                       ****

今日は、そのショップさんにことし初の冊子お届けのあと、美術館散歩。前から見にきたかった「そらあるき展」も、おかげでゆっくりと。

「そらあるき」は、創刊から7年の、金沢のユニークなガイドブック。
この雑誌にこれまで関わってきた50人のひとたちが、それぞれ3冊ずつ、自分のおすすめ本を紹介している「そらあるき本棚」のコーナー。

コニーズアイさん、宇吉堂さん、ミュゼさん、ほかにも、行ったことのあるお店の店主さんや知ったひとの名前がならぶ。

うれしかったのは、私も好きな「スイミー」や「モチモチの木」といった絵本や、「自分の仕事をつくる」(西村佳哲さん著。このひとの話を京都の恵文社さんに聴きに行ったのだった)などが、そこに並んでいただけでなく、「脱原発社会を創る30人の提言」や「原発労働記」(昔、「原発ジプシー」というタイトルで出ていたのの、新しい版)もその本棚のなかにあったこと。

30人の提言は、前から読みたかったので即、購入。ここに書いてあるようなことがらが、みんなの周知の事実になってほしいな。とんでもない”しゅうそくせんげん”なるものが出されてる今だから、なお。

この本棚には、おととしお訪ねした、びん博士こと、ボトルシアター館長さんのおすすめ本もあって、それが「宮澤賢治詩集」だったので余計にうれしくもなり。

そらあるき展は1月29日まで。

              ***

今日は風もつめたくなくて、1月にはめずらしいくらいの散歩日和。

21美から、鞍月用水沿いの小径を歩いて、茨木町は鞍月舎の中、いろ〜んな楽しい箱を展示中のHACO;Ya(はこや)さんをのぞく。

120108_

紙のさまざまな可能性をみせてもらえて、まるで箱ものギャラリーみたいだった。3月20日までここで開いてるそうです。(yaの字が影でかくれんぼしてるけど、看板もかっこいい)   

帰り道にカフェギャラリーのミュゼさんによって、おいしいコーヒーをいっぱい。
カウンターに、ほめシャワや贈りものの言葉もおいてくださっている、眺めもよくおちついたカフェ。

ちなみに、ミュゼさんのそらあるき本棚のおすすめの中の一冊は、「週末はギャラリーめぐり」でした。

              ***

 金沢のこのあたり、やっぱり歩きがいちばんおもしろい。
おっと、こんなとこにこんなお店、という発見がいっぱいある。
古い町家がrebornしてたり、おしゃれなカフェに変身してたり。

そうそう、そらあるき展では、「金沢をもっと歩き楽しむための昼・夜マップ」というのも売られてた。個性派の旅のお供にどうぞ、のマップなり。

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2012年1月 6日 (金)

My gift of words の言葉たち

30年ぶりに、出逢いの糸が再びつながった絵描きさんのRichardに、今の私がしていることを伝えるには、「ほめ言葉のシャワー」と「贈りものの言葉」を送るのが一番。
そうは思ったものの、でもそれだけじゃたぶん意味つうじそうにないなあ。120104__3

ならばせめて、この本たちが生まれてきたわけくらいは、せめて「贈りものの言葉」の歌の歌詞くらいは、英訳したものを添えることにしよう。

ところがどっこい、この、歌詞くらい、の、くらい、が実はむずかしくって、くんずねんず(金沢弁で四苦八苦)してた。

だけどその中でうれしい発見もあった。
2年ほど前だったか、この歌に手話をつけてもらえませんか、と紅茶にきてくれたろうの方にお願いした時に感じたことと、とてもよく似たきもちを今回も味わった。

言葉をそのまま英語に/手話に、おきかえるんじゃなくて、言わんとすることを、言葉の奥にある意味を、これを伝えたいんだよ、という想いを、シンプルに、直接的に。
訳しながら、そうそう、これが言いたかったんだ、別の言葉でいうとこういうことだったんだ、と再確認してるような、そんなきもち。

書きあげた歌詞の英訳をまじめに読み返すとへんなとこまだまだあるけど、40年前にはじめて逢った時も、私の摩訶不思議へんちくりん英語を、とびきりの感性で、的確に理解してくれたRichardなので、きっと今回も歌詞の意を汲んでくれることでしょう。

どうか通じますようにと願いつつ、エアメールを飛ばす。

英訳の歌詞をふたたび日本語にすると、こんなふう。一部ですがおすそわけ。

               *****

誰にだってきっとあるはず、あなたにもあるはず
こんなふうにいわれたらうれしいなあ、って思う言葉

それってね、贈りものの言葉なんです
一緒にわけあえたらうれしいなあ

あなたがどんなにすてきか、あなたは知らない
けど、私は知ってるの
伝えた時は、言葉通りまっすぐに受けとってね

生きてきて、時には、涙の日々、落ち込んだ日々、
こころがこわれちゃいそうな日だって、あったよね
だけど今、あなたは生きている
ほんとに、ほんとうによくやってきたね
あなたは十分にすごいひとだよ
生きてる価値のあるひとだよ
そのいのち、なんて美しいんだろう

あなたに、 私から贈りたい言葉があります
ためらわないでうけとってね 本当にそう思って言うんだから

いっぱいいっぱい大変なことがあったけど
それをあなたはのり越えてきたんだよね
心からいいます
ありがとう、あなたが生きててくれること

あなたがあなたでいること
それがいちばんたいせつなこと
あなたがあなたであること
それが、あなたが輝くということ

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2012年1月 4日 (水)

いのみら通信バックナンバー

120102_ いのみら通信のバックナンバーをそろえる必要があって、家の中あちこちひっくりかえして、やっと、通信0号からの生原稿を探しだせた。

当時のフルネームは、「いのちの未来に原発はいらない通信」。発行人の名前は、「原発とめたい仲間たち」。
チェルノブイリで震えあがったお母さんたちと、さまざまな原発関連の情報をもちより、ゆるやかなネットワーク通信として、最初ははじまったのだった。私は、二人いた編集人のひとり。

昨日は日がな一日、部屋中紙だらけにして、1988年からの数年間にタイムスリップしていた。

あの狭い紅茶の部屋で、何度も原発の勉強会とか映画会とかしたなあ。
路子さんが紅茶にきたのは、たしかこのころだったな。
かざぐるまのキルト型紙をいのみら通信の付録につけたのが88年の秋で、
89年から縫いつなぎ始めたのだったな。
やっぱり路子さんの発案で、ランニングバックと名づけて、今でいうエコバックの型紙を付録にしたのもこの年だった。
それから、かざぐるまのキルト展もひらいて。

それにしてもよくまあ、こんなに書いたなあ、ひんぱんに出してたなあ、
頭のなか、原発でいっぱいだったんだ。
忘れてることもたくさんあったけど、こうして残しておいたから思い出せる。

その当時の仲間たちで今もつながってるひとたちが石川にはたくさんいる。
そしてそのころはまだ幼い子どもだった人たちが、彼らのあたらしい発想で、今、原発に対して物申している。

そうやって引き継がれていく願いや想い。
かつてと同じペースでは息切れしそうだけど、若いひとたちを応援したいな。かつて、なにも知らなかった私を、脱原発の先輩たちが応援してくれてたように。

1月14日(土)、そんな若者たちが中心になって、120103__2
「グッバイ原発 ダンスパレード」

歌って踊りながら、みんなで原発のことを考えよう!

集合場所は、金沢中央公園 1:00〜
すこし練習して、すぐ出発。

楽器、鳴り物、持ち込み大歓迎。雨でも決行(ってことは、雪でもするってことかな)
途中参加も、離脱も大歓迎、とのこと。

主催は、グッバイ原発♪アーティストの会

http://goodbyegenpatsu.blogspot.com/2011/12/blog-post_23.html

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2012年1月 2日 (月)

鳥よ、鳥よ

朝、クヌギの枝にみなれぬ鳥が一羽とまった。
頭に黒い帽子をかぶって、黒いくちばし、背中は薄いグレイ、丸いお腹はまっしろ、長い尾っぽはブルーグレイ色で、おおきさは雀の4倍くらい。120102_osyougatuno_2

みとれてたら、パートナーとおぼしきのがもう一羽飛んで来て、クヌギの枝をつついたあとは、その二羽で野いばらの実を夢中になってついばみはじめた。

また飛び上がってしばらくホバリング。
それからどんどん仲間がふえてきて、あれよあれよの間に、20何羽もが、庭の木々の間を舞い始めた。
ほとんどの葉がおちて寒そうに見えてた庭が、なんてまあ、一瞬にして、いのちのにぎわい。

鳥たちの朝のミーティングはおそらく一分にも満たなかったか。
すぐに向かいの雑木林に、長い尾を上下させながらてんでんに飛んでいって、もう戻ってはこなかった。

あなたたち、コアジサシさん、でしたか?
今日は、海のほうから飛んで来たのですか?

津幡に移って、この春が来たらちょうど20年。
越した時は木の一本もなかった造成の土地が、今や木だらけ。夏には葉がおい茂って、ちいさな森みたいな庭になった。

そんなみどりのおかげで、時には、シジュウカラ50羽のミーティングを間近に見ることもあるけど、こんな冬にね、珍客の訪問でした。

                             *****

翌朝、またもどってきて、今度は雪の中の柿を。120104_
やっぱりコアジサシさんのよう、、、

って思ってたら、Nさんがごていねいに知らせてくれた。
オナガではありません?って。

オナガの写真がのってるのを教えてくれて、はい、たしかに、オナガさんでした!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%82%AC

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2012年1月 1日 (日)

strangering

111211_ あたらしい年のはじめの一枚は、
去年の12月、因島の白滝山の頂上から見た朝日。

                    ***

ーー 鉛筆を動かしながら、ひとびとの表情をとらえている間に、ひとびとはポツリポツリと話しだす、自分のことや愛のこと、神のこと。心をひらきはじめる、他人であるはずの僕にむかって。

僕は、人間っていうのはもともと Stranger・・・他人でしかない、と思っていた。
それが、なにかの小さなきっかけでめぐり逢って、口をききあって、名前を与えあい、話してるうちに、はっと心にふれることがあるんだ。

思いがけないひとが、すばらしい宝を秘めていたりする。
心にひびくほどの意味を投げかけてくる。
こだまが聞こえてくる。見ず知らずの僕にさ、真実で。
だから僕も、心をひらいて彼の言葉をうけとめたくなる。

ときには、深すぎる哀しみだったり、痛みだったり、美しさだったりするよ。
でもそれが、みせかけじゃないことが僕に伝わってくるんだ。

おたがいが一瞬のあいだでも、わかりあおうとしたとき、その人は僕にちかづく。
さっきまでの通行人が、“見知らぬ人”じゃなくなるんだ。

出逢いから、他人でなくなってゆくことまでーーそのすべてが、僕のいう“Strangering"なんだ。

                   ***

ここに書き写したのは、今から39年前に書いた「セントラルパークの詩」という本のなかの、はじめのほうの一部分。

今、読み返してみて驚く。
ここに書かれてることって、なんて紅茶の時間とよく似た感覚だろう。

僕、とあるように、語っているのは私ではなくて、私が出逢ったRichardという絵描きさん。
紙と鉛筆を手に、出逢ったひとびとの肖像画を描き、その絵と、一人ひとりによって語られるものがたりを、「Strangering」という一冊の本にするため、アメリカを旅しているという、とても不思議な絵描きさんだった。

stranger - 見知らぬ人、という英語は知っていても、それにingがついたのは知らなかったので、すとれんじゃりんぐ??って聞き返すと、「僕がつくった言葉だよ」と言いながら、彼が上に書いたような言葉で、私に説明してくれたのだった。

                   ***
Photo                
紅茶をつづけてきて、時に、あ、今、たましいがよろこぶ会話をしてるなあ、って思う瞬間がある。

こんな話、するつもり全然なかったのに、なんで言えたのかなあ、なんでか、ふっと話したくなったのかなあ、、、

と、話したそのひと自身がすこし驚き、聴いたほうも、何かこころが揺さぶられ、波だち、それでも、たがいに、話せてよかった、聴けてよかった、と感じられる、そんな時間や瞬間に立ち会える時、たましいがきっとそれを望んだんだろうな、って思える。

そうか、39年前にも、こんな感覚を私はあじわっていたんだ。
私もまた、まったく見知らぬstrangerだったRichardというひとに対して、こころをいつのまにひらいて、自分のきもちをそのまんま、語っていたのだったなあ。

              **

年の暮れにとつぜん、Is this really you? Yes?? というメールがとびこんできた。
Richardからだった。なんと30年ぶりの交信、もちろん初メール。

最後に逢った日から40年近く。
その間にお互いがそれぞれ家族をもって、彼は彼の、私は私の、道を歩いて来たことが確かめあえて、なんともうれしい贈りもののようなメールだった。

そして、もう黄ばんだ古い本をめくり、strangeringという言葉の中に、紅茶との共通点を見いだし、古くて新しいこの感覚がやっぱりとてもたいせつなものだということ、あらためてたしかに感じて、きもちの引き出しの、いつでも取り出せるとこに入れておこう、って思った。

                  ****

暮れにも書いたけど、紅茶の時間からのご案内。

2012年の初紅茶は、1月4日水曜日、いつもどおり1:00〜6:00 open
        @水野宅 tel:076-288-6092

翌週11日は、紅茶のかわりにお抹茶がでてくる、新年恒例、お薄の時間です。どなたでも。

 

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