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2012年1月 1日 (日)

strangering

111211_ あたらしい年のはじめの一枚は、
去年の12月、因島の白滝山の頂上から見た朝日。

                    ***

ーー 鉛筆を動かしながら、ひとびとの表情をとらえている間に、ひとびとはポツリポツリと話しだす、自分のことや愛のこと、神のこと。心をひらきはじめる、他人であるはずの僕にむかって。

僕は、人間っていうのはもともと Stranger・・・他人でしかない、と思っていた。
それが、なにかの小さなきっかけでめぐり逢って、口をききあって、名前を与えあい、話してるうちに、はっと心にふれることがあるんだ。

思いがけないひとが、すばらしい宝を秘めていたりする。
心にひびくほどの意味を投げかけてくる。
こだまが聞こえてくる。見ず知らずの僕にさ、真実で。
だから僕も、心をひらいて彼の言葉をうけとめたくなる。

ときには、深すぎる哀しみだったり、痛みだったり、美しさだったりするよ。
でもそれが、みせかけじゃないことが僕に伝わってくるんだ。

おたがいが一瞬のあいだでも、わかりあおうとしたとき、その人は僕にちかづく。
さっきまでの通行人が、“見知らぬ人”じゃなくなるんだ。

出逢いから、他人でなくなってゆくことまでーーそのすべてが、僕のいう“Strangering"なんだ。

                   ***

ここに書き写したのは、今から39年前に書いた「セントラルパークの詩」という本のなかの、はじめのほうの一部分。

今、読み返してみて驚く。
ここに書かれてることって、なんて紅茶の時間とよく似た感覚だろう。

僕、とあるように、語っているのは私ではなくて、私が出逢ったRichardという絵描きさん。
紙と鉛筆を手に、出逢ったひとびとの肖像画を描き、その絵と、一人ひとりによって語られるものがたりを、「Strangering」という一冊の本にするため、アメリカを旅しているという、とても不思議な絵描きさんだった。

stranger - 見知らぬ人、という英語は知っていても、それにingがついたのは知らなかったので、すとれんじゃりんぐ??って聞き返すと、「僕がつくった言葉だよ」と言いながら、彼が上に書いたような言葉で、私に説明してくれたのだった。

                   ***
Photo                
紅茶をつづけてきて、時に、あ、今、たましいがよろこぶ会話をしてるなあ、って思う瞬間がある。

こんな話、するつもり全然なかったのに、なんで言えたのかなあ、なんでか、ふっと話したくなったのかなあ、、、

と、話したそのひと自身がすこし驚き、聴いたほうも、何かこころが揺さぶられ、波だち、それでも、たがいに、話せてよかった、聴けてよかった、と感じられる、そんな時間や瞬間に立ち会える時、たましいがきっとそれを望んだんだろうな、って思える。

そうか、39年前にも、こんな感覚を私はあじわっていたんだ。
私もまた、まったく見知らぬstrangerだったRichardというひとに対して、こころをいつのまにひらいて、自分のきもちをそのまんま、語っていたのだったなあ。

              **

年の暮れにとつぜん、Is this really you? Yes?? というメールがとびこんできた。
Richardからだった。なんと30年ぶりの交信、もちろん初メール。

最後に逢った日から40年近く。
その間にお互いがそれぞれ家族をもって、彼は彼の、私は私の、道を歩いて来たことが確かめあえて、なんともうれしい贈りもののようなメールだった。

そして、もう黄ばんだ古い本をめくり、strangeringという言葉の中に、紅茶との共通点を見いだし、古くて新しいこの感覚がやっぱりとてもたいせつなものだということ、あらためてたしかに感じて、きもちの引き出しの、いつでも取り出せるとこに入れておこう、って思った。

                  ****

暮れにも書いたけど、紅茶の時間からのご案内。

2012年の初紅茶は、1月4日水曜日、いつもどおり1:00〜6:00 open
        @水野宅 tel:076-288-6092

翌週11日は、紅茶のかわりにお抹茶がでてくる、新年恒例、お薄の時間です。どなたでも。

 

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