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2012年2月27日 (月)

後藤さんのお話

原発の格納容器の設計をしていた後藤さんのお話、時間がたりなかったな、もっとお聴きしたかったな。
会場で、『「原発をつくった」から言えること』という冊子を買ってきたので、これでお話のおさらい中。

お話の最後あたりで、日本の原発は地震抜きで語れないことを。地震でとまる原発、こんな“不安定”な電源はないのじゃないか、と。
ソーラーや風力を不安定なエネルギーというけど、原発にくらべれば、むしろ、ずっと安定してるよ。Photo

大きな地震があれば制御棒が入って原発は止まることになってる。でも実は、その制御棒がうまく入らなかった例が、おそろしいことにこれまでに20回もあった。2007年まで隠されていたけど。その内、臨界が2回も、そのひとつは、志賀原発だよ!

     ここのとこ、ちょっと補足。正確にはこういうこと、と
  Tさんがくわしく教えてくださいました。

           ↓

「正確にいうと、「制御棒がうまく入らなかった」というよりも、「入っていた制御棒が抜け落ちてしまった」のです。

「定検中、すべての制御棒を挿入して、原子炉は完全に止まっている(はずの)
状態で制御棒まわりの点検やテストをしていたら、ちょっとしたバルブの操作
ミスで 制御棒が抜け落ちてしまった」というたいへんな事故が20件も、何年
間も隠されていたのです。

車にたとえれば、ブレーキをかけてあちこち点検している最中に、ブレーキが
きかなくなって車が動き出したようなもの。

臨界状態になってしまった2件は、車が完全に走り出した状態。
臨界には至らなかった残りのケースは、車が動きそうになっているのに気づい
て、幸いにも動き出す前に止められた ということでしょう。

もちろん、「抜けてしまう事故がある」ということは、かんじんな時にちゃんと
入れられるか とても心配。
大地震のときに、女川、福島第一、第二、東海のすべての運転中の原発で制御棒
が無事に入って、本当によかった!

    ↑

ということでした。こんなあやうい中で、と知れば知るほど、簡単に再稼働、なんて言えないきもちにますますなります!

                 ****

ストレステストの一次評価では不十分、というまだらめ原子力安全委員会委員長の発言の真意はどこにあるのだろう、と不審に思ってた私。

この日、後藤さんはこの発言にふれ、まだらめさんは一次だけでは不十分と言いながら、でも、再稼働は政治判断にゆだねる、と言ってる、つまり責任の分散です、と。

そうか、やっぱり。原発震災の5日間のことは、寝てなくてほとんど記憶にない、と言う人だもの。このストレステストのことも、「私はあの時ちゃんと言いましたよ、十分ではないとね」と証明するためのアリバイに思えて来たよ。

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枝野経産相が、ひと月前とまったく違う発言してる。

1月末は、原発が全部とまっても、この夏は、去年ほどの節電のお願いをしないですむようにしたい、と、再稼働に慎重そうなこといってたのに。
さっき見たニュースで、再稼働しないなら、家庭用電気料金が10〜15%あがる、とおどかしている。枝野さん、どうしたの!?

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今日は一日家にいて、一仕事終えてから、「原発を問う民衆法廷」の公判の録画を見ていた。http://the-news.jp/archives/10475

武藤類子さんも意見陳述人の一人。読み終わったばかりの武藤さんのご本「福島からあなたへ」の中の、こころにしみる文章が、武藤さんの言葉で語られてた。

哲学者の高橋哲哉さんは証人の一人。原発は犠牲のシステム、というお話がとてもよくわかる。ある人たちの利益が、ある人たちの生活やいのちの犠牲なしには生まれないこと。 

私が原発に対してはっきりNO、と思ったのも、やっぱりそのことだった。

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