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2012年7月10日 (火)

お別れの式で。

松本から、ただいま。

必死に病いと闘って来た甥っこは、やすらかないいお顔をしていて、やっと楽になったんだねぇ、、、と思った。

転勤して半年で発病、手術後はまた会社にもどり、病気で目が見えなくなってからも出社して仕事を続けていたという彼。
そんな彼だったから、会社のひとにもうんと助けてもらい、ご葬儀にも会社からいっぱいみえて、たくさん涙していた。

まだ一歳にもなっていない、二番目の女の子は、いつか大きくなった時、若かったお父さんの“伝説”を、お母さんから聴くだろうか。

市営の斎場で、お骨を納めるとき、担当の女の方の、最後の最後のお骨まで、ひとつひとつ丁寧な所作に、ほんとうに心慰められた。(金沢やほかの地での、とても事務的なそれを何度も見せられて来たので)

ちなみに松本市の市長は、お医者さんでチェルノブイリにも何度も医療支援に行かれた菅谷昭さん。駅内の書店には、菅谷市長さんが書いた本、「これから100年 放射能と付き合うために」が並んでいた(買ってきました)。

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帰りは西宮まわりで一泊してから、石川に帰って来た。

120708_ 娘の部屋で、ご葬儀のあと分けてもらったお花を、サラダボウルに飾る。

ひさしぶりに、叔母たち、いとこたち、その家族たちとわんさか会った娘は、あらためて、家族というものについて、夫婦というものについて、いっぱい感じることあったみたいだった。

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