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2012年7月19日 (木)

さようなら原発 17万人集会

7月16日の朝早く東京駅着。姉の家で一息ついてから、私のピース旗を持ち、能登半島のアップリケつきのリュックをしょって、いざ、原宿の代々木公園へ。
(この旗は、3月の金沢のピースウォークの時に写したもの)
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いつもお世話になってるご近所のおばちゃんにそのいでたちのまま、ご挨拶に行くと、冷たい麦茶持って行きなさい!と冷蔵庫から冷え冷えの麦茶をだしてきて、私の水筒に入れかえてくれた。こうして、おばちゃんのきもちも一緒に参加する。

10時半頃ついた代々木公園には、すでに人がいっぱい。なるべく団体ののぼり旗の立ってないとこに行く。私よりあきらかに年上の人、ずっと若い人、幼子かかえてのお母さん、お父さん。

メイン会場では、ステージから斜め向かいの最前列に座れた。隣は、鹿児島から今日飛行機で来たんだよ、というおじさん。新宿でパブをひらいてるという女のひと。都内のあちこちから駆け付けた人。とにかく自分の意志で、ひとりで、ともだちと、思い思いのプラカードや絵や看板を持って、ここに集まった。

じりじりじり、汗が噴き出す。暑っ!みんなの内からあふれる想いも、熱っ!

12時過ぎ、集会のはじまりは、沢山の人で協力しあってビッグフラッグをひろげることから。
幅11メートル、長さ30メートルにおよぶ長〜〜い布が、2000人の頭の上に、伸びて伸びて、ひろげられていく。こんなふうに。

120716_空飛ぶヘリコプターからは、はっきりと読めていたろうな。「さようなら原発 つなげよう未来」の文字が。 飛んでた何機かのヘリのうち一機は、市民がお金をだしあって飛ばしたヘリのはずだ。

120716__2 ステージの上から、この日の集会呼びかけ人+αの人たちが次々スピーチ。

鎌田慧さん。
政府は2030年のエネルギーの割合を、原発15%で逃げ切ろうとしてる。パブコメでもっと意見を言おう。

坂本龍一さん。
42年前、デモでこの場にいた。大きく違うのは、市民の旗が、一市民として来てる人の、今日はなんと多いこと。官邸前だけで止められない、パブコメを送ることも、脱原発首長をふやすことも大事。

永六輔さん。中山千夏さんの言葉をひいて、「お湯を沸かすのに原子の火はいらない」と。

内橋克人さん。
反対言っても意味がないというあざけりの空気がまたつくられてる。そして、新しい安全神話が再び大手をふりはじめた。核武装の潜在能力をいかに維持するかと。

大江健三郎さん。
群衆ではなくて、個人個人の意志で集まって来た。今の政府のやり方に、私は、侮辱されているように感じる、と。

落合恵子さん。
コンクリから人へ、と言った人が今は、いのちより経済を。私たちの声は「音」ではない。今33℃だというけど、私たちの怒りは100度を超えてる。

澤地久枝さん。
政府は日本人のふるさとを奪った。小さな国土にふさわしい、小さな経済を。一人ひとりが物事を考え、私の考えはこうだ、というのに何をはばかることがあろうか。

この5月で90歳になった寂聴さん。
冥土の土産に、こんなにもたくさん集まった皆さんを見たくて来たのです。税金払ってる私たちは、国に対してもの申す権利がある。たとえ相手が聴かなくても、言い続けましょう。

広瀬隆さん。
まず、みなさんに感謝を。官邸前を中継したヘリを飛ばせたことに、今日も市民の報道ヘリが飛んでいることに。そして、関電の言う電力不足が嘘だということ、経営破綻させないために動かしてること。

小浜の、中嶌哲演さん。
原発を一日動かせば5億円の電気料がはいる、でも同時に、広島原爆3発分の死の灰が生まれるのです。3.11前の生き方が問われているのです。
(きっと、その後の生き方もね、と思った)

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最後に、福島の武藤類子さんの、静かで張りのある声が、集まった17万人の人たちのきもちのなかに、しみとおるように響いていった。(写真は、主催者側報道人の足の間から撮った類子さん)

自分にできる何かを、それぞれが本当によくやって来たね、と、類子さんはこれまでのたくさんの取り組みを一つ一つ、具体的にあげていった。

ーー金曜夜の官邸前のデモです、保養の取り組みです、日本各地の放射能測定所です、経産省前のテントです、除染実験のためのネットワークです、女たちの弾丸ツアーです、1300人の集団告訴です、裁判です、古い盆踊りです、今、私たちの上を飛んでいるヘリコプターです、あらゆる取り組みです。
そして、二本松から、放射能汚染された土を持って、電気の道をさかのぼり、てくてくここまで歩き続けて来て、明日、「あなた方の出したものを返しに来たのです」と手渡しにいく関さんです。

その集団告訴、福島原発告訴団の、類子さんは団長さんだ。

ーー本当によくやってきたね、と隣の人をほめ、自分をほめよう。
   かすかな光をたぐりよせ、声なき声を。
   分断の罠に、夢ゆめおちこむことなく、ともに歩んでいきましょう。

などなど、必死にメモしたけど、聞き漏らしたこともたくさん。きっとそのうち、録画したものが見れるのでしょう。ぜひ多くの方に聴いていただきたい、こころにしみるスピーチでした。

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17万人の中でもし知り合いに会えたらまさに奇跡!って思ってた私。

集会が終わって、砂をはらいながら立ったとたんに、スウさん!って声かけてくれたのは、静岡のMさん。タイのバンビナイ難民キャンプにボランティアで行ってた彼とは、17、8年ぶりの再会。
金大生だった彼は、わが家のかざぐるまフレンドシップキルトを見て、難民キャンプのモン族の人たちとともに、かの地でかざぐるまのキルトをつくった人だ。

120716__4 集会後のパレードに、この旗を掲げて歩いてたおかげで、いろんな人から話しかけられ、こちらからも話しかけ。

「原発も原爆もいらない岐阜県民」(だったかな)のお手製プラカード持ってた人に、ひょっとして、岐阜9条とつながってる人かしらん、と話しかけたら、どんぴしゃり。
今年11月3日の、岐阜9条の会に、「ちきゅう」と「かざぐるまフレンドシップキルト」をお貸しする約束してます、と話したら見事に!話がつながった。

120716__5 このすてきなバナーを持って歩いてる人たちは、「こどもの本・9条の会」のひとたち。
これまたひょっとして、東京の松田はったんさんとつながる人かな、と話しかけたら、ビンゴ!
松田さんが編集した本橋成一さんの写真絵本「アレクセイと泉のものがたり」を出版したうしろさん、その人だった。

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代々木公園を2時半ごろ出発して、原宿から表参道、青山通りをとおって明治公園までの3キロのみちのりを、ピース旗を時に高く掲げ、時におおきく振り、時々「原発いらない、社会をつくろう」と声をあげ、沿道の人たちと、橋の上から応援するひとたちと、車の中から手をふる人たちと、エールをかわしながら、ゆっくりゆっくり、5時過ぎまでかかって歩く。09_2

私の分まで行って来て、とカンパをくれた仲間や、行きたいけど来れなかった人たちや、「ちきゅう」のミチコさんのことや、声をあげたくてもあげれない状況の人たちのこと、、、を想いながら、歩く。そしてやっぱり、原発のない社会になってほしいと強く想いながら歩く。

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まだまだパレードは続いてるみたいだったけど、私はもう限界!だったので、千駄ヶ谷から電車にのろうとホームにいたら、またまた「スウさんっ!?」
な、なんとたまげた。広島の室本さん。20年以上前に、何度か広島によんでくれたひと。原発とめたい熱い気持ちをずっとかわらず持ち続けて動いて来たひと。

一緒に来たという広島のひとと、3人で東京駅で夕ご飯。新幹線改札まで送ってから、あ、家を出てからまだ一度も行ってなかったっけ、と思いだし、やっとトイレに。

鏡を見て、ぎょぎょっ。まだら茶色に染まった、まるで女山賊みたいな、なんとも汚い私の顔!そりゃそうだわなあ、あれだけ汗かいて、サッカー場を吹き抜ける風が砂を舞い上げ、顔も腕も首も、気づいたら砂でジョリジョリしてたんだった。

、、という、なんとも濃い、奇跡の、17万分の1になった一日でした。
東京に限らず、この日に集まった人たちもたくさんいたことだろう。
国はこの声を、どう聴くのだろう。

 

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