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2012年8月 6日 (月)

森は海の恋人、牡蠣の畠山さん

宮城県気仙沼の畠山しげあつさんのお話を聴きに、加賀へ。

畠山さんは、森は海の恋人、を合い言葉に、平成元年から森に木を植え続けてきた、牡蠣の漁師さん。

ブナやナラ、カツラ、などの森に降った雨が、落ち葉をくぐり抜けて川にながれ、栄養分たっぷりの水となって海に注ぐ。それが、牡蠣のえさになる植物プランクトンを育てる。

畠山さんは川の上流の小学校にも、森は海の恋人の授業をしに行って森と川と海をつなぎ、この20数年間でたくさんの人が畠山さんと一緒に森に木を植えた。

その植林活動のお仕事の意味が地球的にも認められて、去年、畠山さんは、5つの大陸からたった一人づつ、というフォレストヒーローの、5人の中の一人に選ばれた。

その時のスピーチで、森は3つある、という話をしたという。
山の森と、海の中の森と、そして人々の心の中にある三つ目の「森」を育てることの大事さを。

山と海をつなぐ川、その河川流域に暮らす人々が、自分たちの暮しが海とつながっていることを知り、海を想って、川をよごさない生活をする。そういうこと一つ一つが、心の中に森を育てることにつながる。

人の心に木を植える、そのためには教育がすごく大事。森は海の恋人、という概念もまだまだ知られていないことだから。

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畠山さんには、19年前、金森学級での授業に金沢にみえたおり、紅茶の時間のブナ祭りでもお話をしていただいた。
ちょうどそのころは、秋田のわらび座のお芝居「ブナがくれた笛」の公演を準備していた時で、その劇のテーマも、やっぱり、森は海の恋人、とつながるものだったからだ。

去年の大津波で、牡蠣のいかだは壊滅状態、とお聴きしてた。
いっとき、海辺から生き物の姿が全くなくなり、文字通り、「沈黙の海」になった。

でも、もうその次の月くらいには、海に小魚がもどり、そして、牡蠣がたべきれないくらいの植物プランクトンが、い〜〜っぱい発生していることが確認されたそうだ。
食物連鎖の一番スタートになる生き物がちゃんとしてれば、これで大丈夫、と畠山さんは安堵したという。

畠山さんは、お父さんから、三陸の漁師は一生のうちに2回津波をくう、ときかされてきたそうだ。それでも、漁師は海を捨てない。

津波によって海の中が千年に一度の津波でひっかきまわされ、それによっても海の循環がおこったらしい。それまで育ててきた森のちから、海の再生力、ともみごとにつながるお話だった。

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畠山さんは、2004年に、宮澤賢治イーハトーブ賞も受賞されてる。
そして、もしも賢治さんが海のひとだったら、海から森を観て、想いをめぐらせ、こんな物語を書くんじゃないだろうか、と書いたのが、「カキじいさんとしげぼう」という童話。

しげぼうは、しげあつさんのこと。このお話をよむと、ほんとのほんとに、森は海の恋人なんだ!って実感する。紅茶の本棚にあるので、読みたい人、お貸ししますよ。表紙の絵は、メビウスの帯。

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はじめは出版社から出した本を、英訳版もつくろうとなった時、自分で「カキの森書房」という出版社をつくってそこから出した、というあたり、紅茶の本たちと生まれが似てるなあ、とうれしくなった。

森は海の恋人、という言葉を、さて、どう訳すのだろう、、?

The forest is longing for the sea,
the sea is longing for the forest.

long for 〜は、〜を恋い慕う、という意味。
この言葉の名訳は、美知子皇后、とのこと!

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お話は、上質のユーモアに満ち満ちてて、畠山さんって、こんなにおもしろいひとだったの?!とびっくりしながら、いっぱい笑いながら、生き物を育てる海のちから、海とひと、生き方、ものごとの見方、深い気づきに、何度もはっとさせられた。

「私たちは時々、逆立ちしてものごとを見なくちゃいけない」という言葉も、この日の私にとってのキーワードのひとつだ。

私がこのところよく口にする、原発的モノ・コト、原発的な生き方、と、対極にある、原発的でない、畠山さんの生き方のお話。
加賀まで少し遠いと思ったけど、夫婦で聴きに行けてよかったなあ、としみじみ。

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