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2013年4月28日 (日)

西東京紅茶ファイナル

0910 10年続けて来た、亡き姉の家での、「紅茶の時間」。いつも玄関の前にはこんな看板をだして。

今回集まってくださったのは、21日と22日の二日間とも、まるでもうしあわせたみたいに、12名づつ。

お座布団をくっつけて四角くすわったら、小さなお茶室がぴったり満杯。
その顔ぶれと組合わせは、まさにまさに、いちごいちえ、一瞬一会。

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最初に私から、このおうちの物語を。

この場所は、もともと兄夫婦が新婚時代の7年間をすごした土地。
兄が急死した後、義姉は水野の家に入り、父の世話をし、中学3年生からの私の、母親がわりをしてくれた。

父を家で看取った後、数年してから、姉はかつて兄と暮らしたこの土地にちいさな家をたて、病いに倒れる直前まで、この家でひとり暮らしをしていた。
姉の大好きなこの家で、姉の亡くなる半年前、姉と私はやっと40年ぶりに魂の会話をかわせたんだった。

私はこの家で「暮らした」ことは一度もないけど、姉が居た時から東京の出前のたびに居心地よく泊めてもらい、姉が逝ってからは、この家で年に一度、二日間だけの西東京紅茶の時間をひらいてきた。

このたび、娘とそのパートナーが、ここで新しい二人の暮らしをはじめることになって、その前に一つのくぎりとして、ファイナルの西東京紅茶を開こう、って思ったんだ。

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Photo お一人一人に、今日どうしてあなたはここにいるのですか、と問いながら、つながり自己紹介。二日間の顔ぶれは、こんなふう。

愛知からきた酒井くん。古い水野の家の横で学生時代をすごし、娘のことは1歳半から知っている人。姉の家も、津幡の家も、不具合なところをいつも直してくれている。
冷えとりの雑貨のお店のキャンディケイトさん。
東京近辺の紅茶によく参加してくれるおなじみさんたち。
大学の授業で、『ほめ言葉のシャワー』をとりあげてくださった先生。
クッキングハウスの松浦さん、メンバーさん、スタッフ、クッキングハウスの勉強会やおはなし会でよく会う人たち。
今年から山梨で仕事をはじめた若い人。
東海村から駆けつけた人。
「シャル・ウィ・ダンス?」のたま子先生、こと礼子さん。
ミチコさんのおつれあいさん。
古い紅茶仲間で、野々市お番茶の時間をひらいてた人。
富山の小学校への出前で会った時は小学生、今はお母さんになってる若い人とは、15年ぶりの再会。
まあさんの先輩のおつれあいさん。
紅茶っていったい何?の、初対面の方たち。
そして、娘と、パートナーのせいちゃん。

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この日はおうちがテーマのワークショップを。

“おうち”って、実にいろんなものを内包してる場所。懐かしさや愛着、といった感情だけでは、決して語れないだろうところ。愛も憎もしきたりもしがらみも重たさもいとしさも怖れもやさしさも嫌悪だって、その中に含まれていそうなところ。

ワークショップの中で、みなさんには、おうちへのラブレター、というものを書いてもらったのだけど、もしそれを実際のおうち、“家”に限定してしまうと、きっとつらい人がいるだろうな、と思った。

なので、実際のおうちか、そうでなくても、自分のこころのおうちってあそこかもしれないなあ、とおもえる場所への、ありがとうのお手紙を書いてください、とお願いした。

みなさんのラブレターの宛先は、

長く一人暮らししたマンションさん、もあれば、
ひろい公園さん、もあり、
今は誰も住んでいない実家の、かつてお店をしていた家もあり、
峠の茶屋みたいなカフェもあり、海辺もあり、
住んでた時は好きじゃなかった実家の家もあり、
行ってらっしゃいとお帰りを言ってくれる現在の、家族と住む家もあり、
僕を住まわせてくれている亡き妻の心が僕の家なので、彼女にありがとう、という人もあり、、、。

最後に、ある人が私にメールで送ってくれていた「西東京紅茶の時間とこのおうちさんへ」という、それはすてきな長いラブレターを、参加してるみんなで輪読した。

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両日とも、4月の中旬にしてはものすごく冷える日で、古いエアコンをすでに取り外した姉のお茶室は、暖をとるものが何もなくて、めっちゃ寒っ!!

で、家中のハンテンと毛布を部屋にもちこみ、お寒い方はコートを着たままでいてね、そしてどれでもお好きに、羽織ったり、お膝にかけたりしてくださいね、と。

はじめは遠慮してた人たちも、毛布をかけると実に暖かいし、足もくずせるし。後で写真を見たら、部屋の中でみんな毛布を膝にかけてる図が、かえってアットホームないい感じ。

ある人はこの風景を、「アウトドアみたいで楽しかった」って表現してたけど、ほんとだね。そしてティータイムを過ぎると、おなかもあったかくなって、もう毛布かけてる人は一人もいませんでした(笑)。

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実は、一日目の放課後紅茶は、話がどんどん深まってなかなか終わりそうになかった。とくに、三つの島になって話し込んでる人たちのは。

ひとは互いに、自分の、日ごろから話したいと思ってるきもちを話し、また相手を聴いてる時って、すごく生き生きした表情になる。きもちと言葉がであってく瞬間が、目の前の相手との間を行ったり来たりするような、濃い時間。

ああ、この時間が、語り合いが、いっしゅんいちえだ、って思った。なので、いつもはしないけど、この日がファイナル紅茶ということもあって、9時近くまで放課後紅茶を延長した。

居残り組は、愛知と甲府と東海村と娘と彼と私。この6人のお腹には全然足りない量だったけど、それをわけっこして一緒に夕ごはん。

暖房がなくて毛布を出すことも、足りないごはんをシェアすることも、みっともないと思わずにできるのは、やっぱり長く続けて来た紅茶のおかげ。
かっこつけずに、そのまんま、ありのまんま、という紅茶ポリシーは、こんなとこにも生きている。

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