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2013年8月 2日 (金)

people's power

130801_ 西東京の家で発見した、古いアルバムの中の父の写真。

その父は、岸内閣の時代に、憲法9条を変える必要がないと、父なりに結論をだしていた、という話の続き。

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岸内閣としては、当時もやっぱり、というか、もちろんのこと、憲法を変えたがっていたんだ。
憲法改正の準備のためにつくられた内閣憲法調査会で、昭和32年から7年間、調査が続けられた。

父は、その委員の一人だった。憲法の中でも、特に3章の人権の章を担当したのだけど、委員個人として、父は天皇に関しても9条に関しても、意見をのべている。9条を変えないでいい、という父の意見は、たしかに少数派だった。

憲法を変えるべきという意見が、調査会の結論としては、ずっと多数派だったのに、なんでその時、変えられずにすんだの?と、きのうの紅茶で、みゆきちゃんたちから質問された。
そういえばつい先日も、ある人から同じ質問を受けたばかりだった。

それはもちろん、当時の世論、人々のちから、だと思う。

昭和30年代に生きてた大人たちの多くは、戦争がいかに悲惨か、身をもって知っていた。
赤紙一枚で兵隊に行かされた人、戦争に行かなくても、空襲や疎開で大変な目にあってきた人々。

戦前は、個人の権利もなく、国の命令にはさからえなかったことを知ってた人たちが、今の
憲法を手にした時のよろこび、想像してみる。

もう戦争にかりだされなくていい。空襲におびえなくていい。
この国は、もう戦争をしない、とアジアと世界に約束をした。

戦争がどんなものか知ってた多くの人は、それまでの、国からの命令書のような憲法と、戦後生まれの主権在民の憲法との違いもわかっていて、その上で、あたらしい憲法をおおいに支持した、っていうこと。

そのpeople's powerが憲法を変えさせなかったんだ、と私は思ってる。

Photo_4

さて、今の時代には、どうだろう。

圧倒的に多くの人が、戦争を知らない。当然、私も。
憲法の中味も、主権在民の意味も、多くの人が、きっとあんまりよく知らない。

だとすれば、こんなに憲法を変えやすい時代ってのも、またとないかもしれない。

アソウさんは、ナチスが憲法を変えた時のことを引き合いにだして、「誰も気がつかない間に変わった。あの手口を学んだらどうか」と29日に発言して物議をかもした。
ナチスを肯定するような口ぶりに、外国から批判が噴出して、今日、彼はその発言を撤回した。

圧倒的多数与党でありさえすれば、憲法は黙っていても変えることができる、といいたかったのかな。
もしそういう意味なら、私たち国民が憲法をよく知らないことが、無関心であることが、憲法を変えるための最高の動力だ。

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水野の家の古いアルバムの中には、兄の兵隊姿の写真もあった。130802_
昭和17年、と記されていたから、兄は当時、おそらく14、5歳の少年だ。
学徒出陣。
手に日の丸の旗をもち、そこには「敵国降参」と大きく書かれている。

その出陣式の集合写真に、並んで映っている父と、父と結婚したばかりの母。
映っている人は全員、戦争を知ってる人たちだ。

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