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2013年9月24日 (火)

もうひとつのおうちの紅茶@因島

130921__5 20日の夜は、いんのしまいさんちからすぐの、もう一つのおうち(彼女が育ったお里の家に手をいれて、古民家ふう、集いの場になっている)で、夜の紅茶の時間。

何度もお会いしてすっかり顔なじみになった何人もの方が迎えてくださって、はじめからどこか懐かしい感じのするおうち。

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この日は、毎週の「ふつう紅茶」という時間の、意味について。

とくにこれといった何かはしていないけど、その分、doの評価とは別の価値観、まるごとのそのひとのbeを、そのままに認めることのできる場、それが、ふつう紅茶の意味じゃないかなって思ってる、という話。

世間や常識といったものさしでは計れない、一人ひとりの持っている良さ、もちあじ。
紅茶でそれに気づいた人から順に、そうかぁ、私は、このままの私でいていいんだ、って思えてくる。それはたぶん、大きな安心、そして、うれしいちいさな自信。

そんな転換や反転が、紅茶のなかでたびたび起きている話を。

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そのあとは、私になんでも質問紅茶、というワークショップ。

これは、参加してる人に、私や紅茶に関することで知りたいことを質問してもらい、それに応えていく、という時間。

どんな質問がでるかわからないので、私は身構えることも答えを用意することも、できない設定。
でも問われることで、知らず知らず開いていく私自身の引き出しや窓が毎回あって、そこが私自身、おもしろいなあ、と思うゆえん。

いくつかの質問は、そこにいるみなさんにも、ともに考えてもらう。
そうすることで、また別の人の引き出しや窓がひょいと開いたりもして、その相互作用の行ったり来たりが、このワークのすてきなとこ。

私に向けたはずの質問で、みなさんにも向けられた問いは、
「悲しいことにぶつかった時は、どんなふうにして立ち向かいますか」
「ありのままの自分でいい、この想いを長く継続する方法」

私あての最後の質問は、
「お兄さんとの別れを乗り越えられたと思えたのは?」でした。

みなさんもちよりの豪華な夕ご飯をはさんで、この夜の紅茶は3時間半におよび。

「ほかの誰とも」の歌のあとの、単語な感想の時間にも、涙したり、胸がぎゅっとつまったり、じーんとしたり、笑ったり、また泣いたり。

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130924_ 緊張して話しにくいひとのためにと、津幡から持って行ったリラックスマイクのしょうちゃんも活躍してたよ。

この夜は、このしょうちゃんにそっくりの、本物のわんこのゆきちゃんも車の中でお留守番してたとのこと。帰る前に、ゆきちゃんのご主人が、抱っこして見せにきてくれた。

           *****130921__6

いい仲間たちとの、出逢い、再会。
因島は、また私にとってのちかしい、懐かしい島になりました。



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