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2013年12月31日 (火)

一年の最後の日に。

131106_ 今日、おおみそか。2013年の最後の日。

今年一年、お世話になった方達に、あらためてもう一度、ありがとうございます。

紅茶の仲間たち、近くの、そして遠くの。

出前によんでくださった方、お世話になりました。
そこに足を運んでくださった方、一緒の時間をいっとき過ごして、私のバトンを受けとってくださった方。

「ほめ言葉のシャワー」や「紅茶なきもち」の本たち、そして11月につくったCDを買ってくださった方。私の知らないところで、本やCDの種をひろげてくださってる方。

少しでもきもちのいい社会にしていこうと、それぞれのできることでせいいっぱい、発信、行動している方。

逢ったことがあっても、なくても、志を同じくして、きもちの通じるひとたちに、私はどれだけ支えてもらっていることだろう。

ひとりぼっちで孤独、と思ったら、ほんとは持ってるはずの勇気も、きっとなえてしまう。
一人ひとりが声をあげられる社会にしていくのは、そう願う一人一人のあげ続ける、ちいさいけど無数の声。

たとえばこんな声。朝日新聞で、「どうする?秘密法」と題して、さまざまな分野の人たちの声をきいている。映画監督の鎌仲ひとみさんや大林宣彦さんや、女優の奈良岡朋子さんや。

http://www.asahi.com/articles/ASF0TKY201312280361.html

そう、わたしたちはちゃんと、国のすることをふだんから見ていて、国がおかしいことをしようとする時、した時には、それはおかしいと、それはいやですと、いわなくちゃいけないんだ。

憲法12条に、はっきりそう書いてあること。
13条のうたをつくったおかげで、私自身、そのことに気づけた、2013年。

あたらしくやってくる年にもそのこと、言い続けようと思います。
どうか2014年もよろしくお願いします。

明日の紅茶は元旦でおやすみ。
初紅茶は1月8日、恒例、お薄の時間。
お抹茶のおかわり何杯でもどうぞ。いつもどおり1:00〜6:00まで開いてます。


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2013年12月29日 (日)

みんなでつくる宝箱

2013年、今年のうれしかったことの、ふりかえり。

紅茶を30年続けてこれたこと。毎週誰かしら訪ねてくれたこと。
ちいさなとくべつ紅茶を、これまでと同じように積み重ねてこれたこと。

一年間元気で、いろんなところへお話の出前によんでもらえたこと。
「紅茶なきもち」をテキストブックがわりに、コミュニケーションワークショップにもよんでもらえるようになってきたこと。

憲法13条のうた「ほかの誰とも」を、小さな読みものつきCDとしてつくることができたこと。

娘がパートナーとの二人暮らしをはじめて、平和な心で生活していること。

                    *******

131211_dfw 娘たちは夏から一緒に暮しはじめたものの、まだどなたにもそのごあいさつをしていなかったので、12月に、家族、親族、ごく近しい方たちに集まっていただいて、Dear family weddingーみんなでつくる宝箱、と称する手づくりウェディングを。

場所は、東京駅を真下に見る、丸ビル36階レストラン。

ひと月前に新宿御苑で写した二人の写真の左右に、彼のご両親の結婚写真と、私たち夫婦の結婚写真が並んでいて、そのことにまずびっくり。
写真の中の娘の赤い振り袖は、私の母の花嫁衣装の打ち掛けを、娘が成人式に着るようにと、亡き姉が赤く染め直して用意してくれたもの。

2人がそれぞれ、想いをまっすぐに綴った、誓いの言葉をよみあっての、人前式。131201_

参加してくださったお一人ひとりが、自分でショート自己紹介。
私はめっちゃあがってたらしくてなぜか、新婦の父です、と言っちゃった自分にびっくり(汗)!

自分への贈りものの言葉を、二枚同じように書いてくださいという、ほめ言葉のシャワー別バージョンのワークショップ。

彼がギターを、娘がベースを弾いての(ひえ〜、いつの間に練習してたんだろ)、歌と演奏、会場のみなさんとの合唱。選んだ曲は、♪Let it be。

最後の、両親への手紙を読み上げる時にいきなり流れたメロディは、♪for the first time in my life。
知ってる人しか知らない、私が生まれてはじめて作った曲、ピアノは京都の順子さん。

131201__2

お仲人さんご挨拶、経歴紹介のよみあげ、来賓スピーチ、お色直し、キャンドルサービス、などなど一切なし。大きなウェディングケーキカットのかわりに、かわいらしいプチケーキ。引き出物はほめシャワの冊子+娘作の紙もの小物+ちいさなケーキ。

どの場面をとっても、いかにも彼と娘らしい、dear family wedding。

「みんなでつくる宝箱」というコンセプトで、二人が参加者の誰にも内緒で用意してきたこの時間は、ありのままの自然体でお互いを大切にしあってる二人を、来てくださった方みんなにそのまま知っていただけた、ほんとにいい時間になったと思う。

お集まりくださった家族親族、ごく親しいかたたち、これからもおつきあいの続いてくだろうみなさんと、ともにつくっていった、幸せ時間のつまった宝箱。
よくぞこんな風に考えて準備してくれたなあ、と二人に感謝。
彼と彼のご家族という、あたらしい家族がふえたことに、感謝。

東京で暮らす二人は、関東あたりの方たちには今後も何かとお世話になることでしょう。どうかよろしく!

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13条のうたの、不思議なひろがり

131219_ 雨がふった朝、そのしずくが、木の枝にとまっている。宝石みたいに美しくて、もっとはかない。

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憲法13条のうた「ほかの誰とも」。
11月1日に出来上がってきて以来の2ヶ月間に、とてもふしぎなひろがり。

この歌を歌いたい、という方が、すでに10人くらい(個人だったり、グループだったり)。

宮崎センター合唱団は、コンサートで歌いたいので楽譜を、と。
コーラスをやっているので、歌えたらいいな、楽譜があればわけていただけませんか、と。
私の憧れの金沢のシャンソン歌手さんからは、歌わせていただいてよろしいですか、と。

                 *******

コーラスをなさっているという方は、ご自分のがんとつきあいながら、患者さん同士、一人のひととして語れる場を、とおうちをひらき始めた方だった。

がんになって自分はこれからどう生きよう、と考えた時にこの方がたどりついた答え。

「私は精一杯自分の人生を楽しもう、私が幸せな人生を生きよう、そう心にきめて、今、とても幸せなんです」と。

この方と私が、どうしてつながったかというとーー

彼女が、看護学部の学生さんに「患者の生活サポートサービス」ということでお話する時、
「みんな幸せになってね、しあわせにならなくちゃいけないよ。
 幸せになるためにどうしたらいいのか、何が必要なのか、考えよう、って話すのよ」

といった彼女に大切なおともだちが、「憲法13条だね、それって」といって、鞄の中からあのCDを差し出してくれたのだそうだ。

彼女からの初メールにはこう書かれていた。

        ↓

歌詞を見て、「そのとおり」だと思いました。

みんな幸せにならなければいけません。
幸せになるために、どう生き、どう死を迎えるか。

がんは、幸せな病気です。

がんは、幸せな病気です。
8年たって、本当にそう思うこの頃です。
「生きること」と「死ぬこと」をこんなに考える時間があるのですから。

CDを1枚送っていただけませんか?

          ******131101_

憲法からじかに、でなくて、この方のように歌詞から入って来てくださる方、

「♪あなたが大切にされ、私も大切にされ、それが行ったり来たり」という歌詞から、ひととひとの関係がこうであってほしい、こうありたい、と感じてくださった方、

「13条にこんなすてきなことが書いてあったなんてまったく知りませんでした」という方、

「♪誰かが、きっと誰かがきっと見ている。あなたが誠実に今日の日を重ねて生きてきたこと」の歌詞に、そうそう、ほんとにそう、とちからをもらったという方、などなど。

聴き方も、受けとめ方も、ひとそれぞれ。
CDが旅立っていって、どこかの誰かの胸におちつき、聴かれているうたを、しあわせな歌だなあ、って思っています。

拡げてくださっている方たち、ありがとう。

         ******

「がんは、幸せな病気です」と書かれた先の方は、ご自分のブログで、すでにこんなふうに「ほかの誰とも」のこと、紹介してくださってた。

http://laugh-sensyu.at.webry.info/201312/article_10.html

ひらがなで「らふ」というその茶話会の場は、英語ではlaugh、笑う、だったんですね。


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守るべき大切なものとして。

Photo 天皇が80歳のお誕生日に言われたこと。

もっとも印象に残っていることとして、先の大戦を。
戦争での犠牲者が三百十万人だったとの数字を挙げて、さまざまな夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと本当に痛ましい限り、と。
そして、米軍の占領下に、平和と民主主義を守るべき大切なものとして、日本国憲法をつくった、とも。

皇后の美智子さんが今年のお誕生日の日、明治の初めに書かれた民間の憲法草案、五日市憲法のことをしきりに思い出して、と言われてたのを思い出す。

ご夫婦ともに、立場上、政治的発言のできない中で、憲法の行く末を真剣に案じておられることが、伝わって来る。

戦争で亡くなった多くのいのちに心を痛める天皇が、決して靖国には参拝されないことの意味も、この時期だけにあらためて考えさせられた。

東京新聞は天皇の言葉を、社説でこんなふうに。

            ↓

陛下にとって先の戦争での国民の犠牲は昭和天皇から引き継がなければならなかった負の遺産。終戦記念日、広島と長崎の原爆忌、東京大空襲、沖縄慰霊の日。皇后さまとともに続ける戦没者への慰霊の旅からは、負の遺産の償いきれぬほどの重さが伝わってくる。
 それゆえの平和。「平和と民主主義を守るべき大切なものとして、日本国憲法をつくり」「わが国の人々が払った努力に深い感謝」「知日派の米国人の協力も」。お言葉の端々に平和への強い願いと深い思いがこもっている。
  「天皇という立場にあることは孤独とも思えるもの」と陛下。その孤独の一端が、国民の圧倒的多数が戦後世代となり、戦争の悲惨も平和の尊さも知らなくなっ てしまっていることにあるとしたら、戦争に至った昭和の歴史や日本国憲法の制定過程はあらためて学び直さねばならないだろう。国として国民として忘れては ならないからだ。

           ******

今日のサンデーモーニングでは、天皇の言葉の、憲法にふれた部分も放映された。
お誕生日当日のNHKニュースでは、その部分はカットされてたそうだ。

どこから情報を得るか。情報のない中では何が起きてるかも、判断できない。 

自民党は、秘密保護法の報道に関して、新聞社名を名ざしで批判した文章を議員あてにだしたという。
○○新聞や□□新聞は誤った情報を出し、そのために国民の反対がわき起こった、と批判している。

ニューヨークタイムズは、「日本の危険な時代錯誤」と題する社説で、この法のことを「民主主義に対する日本人の理解を根本的に変えてしまう危険がある」と紹介した。
安倍首相は世論の懸念を無視した。首相が目指すのは国民の基本的人権を弱める一方で、政府の権限を強めるような国づくりだ、と批判している。

            ******

Photo_2 ほんとうのことを知りたいから、政府に都合のわるい情報を隠す秘密保護法に、私は反対します。

これまで岩上安身さんのIWJが提供してくれてるyoutubeの映像をたくさん、無料で!見せてもらって来たけど、今後はますますIWJからの情報が貴重になって来ると思う。

ただで見て来てごめんさい!と、会員になりました。

岩上さんからの現状報告と、ご支援のお願いをどうぞご覧ください。

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/107798

日本全国のたくさんのボランティアの人たちに支えられてるとはいえ、継続することにはもっともっと多くの支援がき必要不可欠でしょうから。

 

 

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2013年12月28日 (土)

憲法13条とブレークダンス

Photo_3 メルマガで読んでいる、マガジン9条。
そのなかで、伊藤真塾長のもと、こんな話をしてる若い弁護士、石垣元庸さんがいることを発見。

憲法13条とブレークダンス、というタイトル。
ん?なんで13条とダンスがつながるの?
即、13条に反応して、読んでみました。

http://www.magazine9.jp/article/ashita/9820/

学生時代はダンスで世界をめざしてたという石垣さん。
上をクリックして、全文読んでもらえたらいいけど、そのお時間ない方のために、13条に関するとこを抜き書きするとーー

■はじめに

 伊藤塾塾生だったころ一番印象に残っているのは、伊藤塾長の「憲法13条 個人の尊厳」に関する解説です。
「人は人と違って当然で、だからこそ素晴らしい」という熱のこもったフレーズは、当時は深く意味を理解していなかった私の脳裏にも焼き付いています。

 憲法では、なぜ個人の尊厳を基本的人権の根本原理に据えているのでしょうか?
また、「自分らしくある」というのはどういうことでしょうか? 
私は、その意味と素晴らしさを、ダンスを通じて実感することができました。
 私は「自分らしくある」とは、その人の能力を発揮しやすい状況にすることだと思っています。

(中略)

■義足のダンサーとの出会い

ア メリカに行って最も衝撃を受けたのは、フランス人の義足のダンサーとの出会いでした。彼は立って踊ったら当然うまく踊れません。でも彼はこう考えました。 足が片方ない分、人よりも体重が軽いので、逆立ちならうまく踊れると。それで逆立ちでダンスをして世界が注目するダンサーになったのです。

彼は、一般的にマイナスと言われることを、プラスに変えていました。私は、障害を受け入れてありのままに自分を表現する彼のダンスに心から感動しました。また、彼の障害を個性として受け入れ、最高の評価をするオーディエンスも素晴らしいと思いました。

 私はこのとき、「自分らしくある」って、こういうことなんじゃないかと理解しました。そして、私にだって努力次第ではチャンスがあるとも思いました。
私は義足ではありませんが、外国の人と比べたら身体も小さいし、手足も短い。ダンスに関してはハンデがあると感じていました。でも、だからできることがあるんじゃないかと気づかされたのです。

  そして、このとき思い浮かんだのが、憲法13条の条文でした。個人が尊重されることの意義を感じたからです。個人が尊重される世界は、自分らしくありのま まに生きることのできる世界です。誰しも等しくチャンスを与えられ、努力や工夫を重ねれば適切に評価される、皆が希望を持って生きることのできる素晴らし い世界だと思いました。

        *******引用ここまで*****

若い弁護士さんがこんなふうに感じていることを知ってうれしい。

石垣さんもだけど、金沢でも、若い弁護士さん、活躍中。
趣味は筋トレ、という体育会計の徳田弁護士さんから、秘密保護法のお話を聞きます。飯森弁護士さんの勉強会から数えると3回目。

1月22日(水)夜7時から、金沢駅西にちかい、金沢勤労者プラザ103号室にて。

12月4日、金沢弁護士会は、はじめてのデモをした。この法案に反対する意思表示として。このデモには市民もたくさん参加。きっと徳田弁護士さんもそのデモに参加してて、私たちと一緒に歩いていたんだろうな。131204_

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2013年12月27日 (金)

もういちど、ほのかな、かすかな希望

12月6日の夜、圧倒的な数の暴力で秘密保護法案が国会をとおったとおもったら、時計が早回りしてるかのようなスピードで(いや、猛スピードで時代が逆戻りしてるのか)、共謀罪、韓国軍への銃弾供与(来年早々にも、武器輸出禁止をゆるめようとしてるのの先取りか)、辺野古埋め立てを沖縄県知事が了承、安倍首相の靖国参拝などなど、私個人のささやかな願いとはまったく逆方向に、日本は突っ走ってる。

それでも必死に、私なりのかすかな希望をみいだすとしたらーー。 
このことは前にも一度かいたけど、年の終わりに、ここでもまたもう一度。

これまでまったく政治に無関心だった人が、今回の安倍内閣と与党のあまりの横暴ぶりに、逆説的にだけどはじめて、すごく大事なことに気づいた人もいたのじゃないだろうか。

もしかしたらこの国って、主権在民の国だったの? 
国の主役は、ほんとうは国民のわたしたちだったの? 
わたしたちには、憲法に保障されている「知る権利」というものがあって、それが、とりわけ3.11以降、踏みにじられてきたことに、これから先もっと踏みにじられてしまいそうなことに、みんなこんなに怒って、反対していたの?と。

政府のやり方があんまりにもひどかったものだから、それが誰の目にもわかりやすく見えて、それで自ら行動を起こした人たちがこんなにいっぱいいた、ということ。

それは、私のかすかな希望。

                   ****

110324_ 12月10日の紅茶ブログにこのようなことを書いて、数日たって読み返した時、あ、これっていかにもSST的発想だ、と気がついた。

いまある状況の中から、なんとか一つでも、いいこと、いいところを探す、今できているいいとこを見つけだす。
今見えていることの見方をほんのすこし変えて、ほかの考え方ができないかどうか探る。

これって、クッキングハウスに通ってずっと学び続けているSSTの、それを地元でも実践し続けてるコミュニケーションワークショップの、根っこのとこにある大事な視点だ。

学んですぐに何かわかったり、変わったり、ということはあまりないけど、長年続けてるうちに知らず知らず、こんな変化が自分の中に生まれてくるものなんだ。

学び続けるってきっとそういうこと。

              *******

親しい人から、「このままでは戦争になって、大切な人たちが戦いに巻き込まれていくのではないかと超不安です。どうやって意思表明して、周りにも共感の輪が広がるか。そのためにはどうすればいいのかわからなくて、悶々としています」というメール。

同じ想いで、動けなくて、どうしようもなくて、悶々としてる人が、きっと数えきれないほどいる。伝え方を知ってる人や、伝える道具を手にしている人のほうがずっと少なくて、ハラハラしながら見てるしかない人が、いっぱいいっぱいいるはず。

いったいどのようにしたら、この問題だらけのおそろしい法律を廃止に持っていくことができるのか、誰も明快な答えを持ってない。
だからこそ、その不安を口にしていって、どうしてこんなに不安に思うのか、自分のきもちをまわりの人に語っていくしかないんだと思う。

法案が衆院を通過した時、「国民は消費税のような暮しに直結したことは忘れないが、こういうことはじきに忘れるから」と発言した与党議員がいたこと、前にも書いたけど、自分もふくめて、多くの人が忘れないでいるためにも、やっぱり言い続けるしかないよね。

憲法や平和や戦争を語る、自分なりの言葉を持っていて、それで相手と意見を交わし合うということ、私たちはこれまであまりにもしてこなかったけど、下手でもつたなくても、言葉にするしかない、黙って見ててはもういけないんだ。

私のまわりには幸い、想いを共有できる人たちが、少なからずいる。

でも、今これから大事なことは、共有できる人たちとだけの危機感の共有では全然足りない、と自覚すること。

景気のよさ(ほんとにほんとうなの?)につられて今の内閣を支持するひとが多い限り、この流れー「積極的平和主義」というまやかしの名前の、時代錯誤の軍国主義化は、とまらない。

支持率、という漠然とした、それでもちからをもつ巨大なかたまりが民意だとするなら、その支持率を製造してるのは私たち一人ひとりなのだと自覚すること。09

秘密保護法が通った後のすさまじい逆戻りの流れがここまで来てても、この法が自分には何の関係もない、と思ってる人たちにどう伝えていくか、関心持ってもらうか。

そのことにこそ、来年はもっとちからを尽くさないといけないのだろうな、と思っています。

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2013年12月26日 (木)

あゆみさん

131221_ 12月21日、久しぶりに京都のあゆみ助産院を訪ねると、待合室にかかっていたタペストリイがこれ。

あゆみさんが25周年をむかえた2011年3月、そのお祝い記念イベントの時に、津幡の私たち2人から左古さんにプレゼントしたもの。

震災のほとんど一週間後の日で、開催するかどうか、左古さんはとても迷ったそうだ。
それでも、準備して来たひとたち、あゆみ助産院で赤ちゃんを産んだ人たちや、左古さんにつらい時に支えてもらった人たちが、揺るぎなく、しましょう!こんな時だからこそ、するべきです、と左古さんを説得して、開催が決まったのだった。

あの時のタペストリイが今もここに。
うれしいな、ありがとう、かけてくれてて。

ワークショップの始まる前にあえたNさんは、3年前のあゆみさんでの私の話を真ん前で聞いてくれてた人だった。
やはり3年前のその日に参加してた、私の歌のおかあさん、こと京都の順子さんともここで合流。

        ******

お産するお部屋がいくつかあった2階の、一部が改築されていて、すてきな畳敷きの絵本のお部屋になっていた。
このお部屋をのびの会の会場に、オンマシアターの金梨花(きん りか)さんが、演劇手法で自己肯定感をテーマにゲームシアターを。

見る、聴く、触れる、など、感じる脳を全開させて、からだを動かして、ひとりで、2人で、グループで、いろんなはじめての感覚を体験させてもらった。

            ******

お昼ごはんは、順子さんと、お昼前にあゆみさんに駆けつけてくれたさえこさんと私、の3人で近くのカフェへ。

3.11後の福島からいくつもの土地をめぐって、やっと順子さんの住む街で暮らすようになったさえこさんは「目を凝らしましょう、見えない放射能に」(クレヨンハウス)という冊子も出しているお母さん。

さえこさんと逢うのははじめてだったけど、話してるうち、たくさんの人とお互いすでにいろんな糸でつながってること、実感する。

原発のこと、いのちの未来のこと、平和のこと、思って行動している人と人は、きっとこんなふうにつながっていく。そのことも、私のかすかな希望です。

来年、きっとまた順子さんにもさえこさんにも、京都であえそうな予感がする、年の暮れの京都でした。131221__2





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2013年12月19日 (木)

年末年始の紅茶のこと

110227__2 突然ですが、12月21日、京都に行きます。

サコ魔女サンバさんからお手紙がきて、21日に、あゆみ助産院で、のびの会特別例会があるとのこと。

その日はちょうどまあさんが留守する日でもあり、何より、サコ魔女が、年に一、二度、とつぜん紅茶を訪ねてくれるように、私も今年の終わりに、サコ魔女にとっても逢いたいので、行く!と決めたのです。

で、連絡したら、その日は自己肯定感をテーマに、きんりかさんがゲームシアターをしてくださる由。

りかさんのお父さん、マルセ太郎さんの、スクリーンのない映画会を何度か金沢でみたこともある私。うひゃ〜〜、これはすごいことだ、それを知らずに行く!って決めたのには、きっとちゃんと意味があったんだ。

【特別例会】10:00〜12:00@あゆみ助産院
「自己肯定感」~演劇手法による創造的体験を通して~
ゲスト:オンマシアター代表 金梨花氏
(お断り)この会は取材が入りますのでご了承ください、とのことです。

左古魔女さんが「ほかの誰とも」のCDをたくさんご注文くださったお手紙に、この特別例会(私も過去に2度、この会でお話させてもらったことがある)のお知らせが載っていた。
CDだけ、一足先に京都に飛ばして、私があとから追いかけていくみたいで、それも楽しいな。

のびの会がおわったら、私からの呼びかけに応えてくださった3、4人で、近くでランチすることになりました。
BCCメールで、その後,私はフリーです、とかきましたが、そういう予定になりましたこと、ご報告まで。

            *******

131129_ このクリスマスツリーは、東京の成城学園駅ちかくの、凮月堂のお店のツリー。

高校時代、小田急線を途中下車して、よくこの喫茶店にいったものです。

       *******

ことしの紅茶は来週25日の紅茶が、しまい紅茶。

ちょうど25日でクリスマスの日だけど、とくになにもしないので、静かな紅茶になるでしょう。

集まった人たちと、ちょっとしたワークショップをするのもいいな、顔ぶれ見て、ちいさなワークショップができればまたよし。できなくても、またよし。

去年のしまい紅茶には、大分県から保健室の若い先生がきてくれたっけな。

             *****

その次の水曜日は、2014年元旦。
さすがにこの日は紅茶はおやすみ。

そして8日のお初紅茶は、恒例、お薄の時間。
山崎さんがお抹茶もお菓子ももってきてくださって、お抹茶を点ててくれます。
気楽なお茶会、おかわり何杯でも。

どうぞいらしてください。そしてあたらしい年に一緒に踏み出して行きましょう。

山崎さんがずっとこの17年間、ボランティアでお薄の時間をしてくださるので、お代はもちろんいりません。

                  ******

今年の春、まあさんのお母さんが亡くなりました。
あらためてのお賀状はおだししないけど、どうぞ来年もよろしく。

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2013年12月18日 (水)

あなたのBEが一番すてき

110227_ 12月15日、金沢のうみ未来図書館での出前紅茶。

主催のポコアポコさんが、絵本とリズムの会でいつも使っているひろいホールで、床にすわって輪になって。

半地下のようなガラスばりのお部屋は、ふしぎな雰囲気のある空間だった。
それぞれちいさなおざぶとんを敷いて輪になってすわったら、みんなの顔がみえて、こっぽりとおちつく。
この日はどなたでも、という呼びかけだったので、お年もお仕事も、さまざまなひとたちが集まってくださった。

出前紅茶で、対象の層が定まらないときは、どういう話をしたらいいか、ふたをあけるまでわからない時もある。この日もそうで、だからレジメは特に用意していかなかった。

でも前日に、穴水の保育園と北陸学院大でコンパクトにお話できたばかり、ということもあったんだろう、私の中で、伝えたい言葉のいいリズムが循環してる感じで、1時間半の時間内で、話して、ワークショップして、歌って、がより自然にできたように思う。

この日はとくに、BEの話を中心に。

みなさんが出してくれたご自分への贈りものの言葉ーーこの一年の自分をふりかえっての、または、せいいっぱい生きてきた自分の人生への、贈りものの言葉は、どれもとってもこころにしみる、なにげないいい言葉ばかりだった。

                   *******

参加してたお一人が、お配りした折り紙に書いてくださった文章。
それはご自分への贈りものの言葉、ではなかったけど、その方が書いてくださったことこそ、いつもいつも、私が伝えたい、と思ってることそのものだった。

ああ、ちゃんと届いているんだ、大切なことが、、!

そのカードを読みながら(それもたまたま、私が読む役にあたった、というシンクロもあり)、本当にうれしくなった。

110327_ こんな文章でした。
   ↓
「あらためて聞かれると、本当に思いつかなかったのですが、
 今まで大好きだった人や、今も大好きな人たち、
 なぜ好きなんだろうと考えたら、
 やっぱり自分の存在を気にかけてくれた人たちなんだな、
 って気がつきました。

 そしてその人たちの何気ない温かい言葉が
 私を支えてくれていたんだな、と、
 今日はじめて、気がつきました」

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ことばを感じる・ことばを紡ぐ

121216_ 12月14日、北陸学院大学での公開授業。細川律子さんとのコラボで。

はじめの15分くらい、2人のかけあいトークで、出逢いとつながりのお話。

2人の出逢いは、ちょうど30年前。正確にいうと、紅茶の時間のはじまるひと月前。

石川子ども文庫連絡会の発足の日、会場になった県立図書館のお部屋に、「紅茶の時間、はじめます」という手描きのちらしを持って行って、そこで律子さんに逢えたのだった。

紅茶のスタイルは、実は、家庭子ども文庫からヒントを得て、はじまったもの。一週間に一回だけ、そのひとのおうちが地域にひらかれる、こんなのっていいなあ、って単純に思ったのがきっかけ。

文庫は、絵本と子どもが主役。
紅茶は、絵本は当時ほとんどなくて、赤ちゃんとお母さんが主役の、かたりあう場としてはじまったのだ。

律子さんは、文庫連(当時、律子さんが代表をされてた)やおはなし会の用事で金沢にでてくることがあると、その帰り道、そのころは大手町でしていた紅茶の時間によく寄り道してくれたものだ。
そして、赤ちゃんだらけの紅茶で、絵本を読んでくれたり、昔話を語ってくれたりした。

30年前は、まだ、子育てサークルとか、子育て支援、という言葉は聞かれなかった。
そんな時代に、紅茶は、律子さんみたいな子育て先輩お母さんたちがきてくれることで、いろんな年齢層の親たちがあつまって、縦割りの、親子ともども未満児保育園みたいにして育っていった。

27年前、紅茶で、国家秘密法案の勉強会ひらいたり、反対集会したりしたときも、チェルノブイリ原発事故のあと、原発の勉強会や脱原発のかざぐるまフレンドシップキルトを縫いだしたときも、律子さんはずっと仲間でいてくれて、そして今も、大切な仲間の一人。

ぶどう狩りおはなし会は、今年で29年目。そこで毎年、律子さんはすいとんをつくり、戦争や平和に関する絵本や紙芝居をよんでくれる。

毎年、同じことをしているようにみえるけど、そういうくり返しがなければ、からだにはしみこんでいかないことを、律子さんはよく知っているんだ。

紅茶での宮沢賢治さんの時間は、津幡にうつってからだから、21年目。

そもそも、律子さんが、賢治さんの作品を読み出したきっかけも、ある年のぶどう狩りおはなし会に参加した紅茶仲間の安宅さんが、「あなたのその岩手の言葉で、賢治の童話を読んでくれませんか」からはじまったことだった。

今では、律子さんの、天からのおしごとのように大事なしごと。

いっつも一緒に行動してるわけじゃないけど、いのちの未来にかかわること、平和をおびやかすこと、に関してはいつも顔をあげて、静かな声で意思表示している律子さんの存在が、私にいつも勇気をくれているし、私もそういう律子さんに支えられてるな、って感じる。

そんなこと語り合いながら、余計にそう思った。

                ******

律子さんのこの日の朗読は「けんじゅう公園林」と「雨ニモ負ケズ」。
朗読の前には、賢治さんの言葉の重み、深さについても語り。

私は、紅茶の時間という場の持つ意味、言葉のもつちから、beがdoの土台、という話+ほめ言葉のシャワーのワークショップ+13条のうた。

階段教室には、古くからの紅茶仲間や、金森俊朗さん、21年前に娘が通ってた小学校の保健室におられたK先生のお顔も。

この日の司会役で、私たちのコラボ企画をたててくれたJさんに、あらためて感謝。

Photo_3


                    *****

律子さんのはまなす文庫のブログにも、この日の様子がupされてた。
北陸学院のきれいなクリスマスツリーの写真も載ってるよ。
http://ameblo.jp/hamanasubunko/
たしかその翌日、律子さんは川越の、絵本カフェにおはなし会に行く由。
律子さんのおはなしも、賢治さんの朗読も、もう全国版だね。


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バーナムの森は動いた

数年前の秋、能登の中島演劇堂で演じられた、仲代達矢さんの「マクベス」。

この演劇堂は、舞台の奥の扉が観音開きでひらき、うしろの森も山も風も、借景の舞台となって圧倒的な迫力をかもしだす、演劇のためだけに特別につくられた舞台。
(この演劇堂のことは、つい先日、12月の「鶴べえの家族に乾杯・七尾篇」でも紹介されていたから、ご覧になった方もいるかも)。

マクベスの舞台では、劇の途中でとつぜん後ろの扉がひらき、森の奥から、8頭の馬と兵隊たちとが、ずんずんずん!と舞台に向かって前に進み出てくる。ものすごい迫力の舞台。

その動いた森が、バーナムの森。
弁護士の海渡さんが、岩上安身さんのインタビューにこたえて、秘密保護法を巡る今回の市民のうごきを、バーナムの森にたとえている。

               ******以下は、そのインタビューの一部。

シェイクスピアの戯曲「マクベス」で、スコットランド王マクベスは、「バーナムの森が進撃して来ないかぎり安泰だ」との魔女の予言を聞き、森の木が進軍することなどあり得ない、と高を括っていた。

 しかし、木の枝を隠れ蓑に進軍するイギリス軍を見た兵士から、「バーナムの森が向かってくる」という報告を受けたマクベスは仰天し、自暴自棄になってしまう。

 12月6日、秘密保護法が参議院本会議で採決され、投票総数212、賛成130、反対82で可決、成立した。元日弁連事務総長の海渡雄一弁護士は、成立直後「バーナムの森は動いた」と題した檄文を発表。いくつかの問題点を提示したうえで、「明日から、この法律の廃止を求める活動を直ちに始めよう」と訴えた。

 12月9日に岩上安身の緊急インタビューに応えた海渡氏は、「安倍総理は『国民は馬鹿だからすぐに忘れるだろう。後は経済対策とオリンピックだ』と高を括っていたのだろうが、この政府与党の暴挙によってバーナムの森は動いた。彼らはこれから政権崩壊の日が近いことにおびえなければならない」と語った。

 そして今後は、この法案の成立過程の全貌を明らかにすること、国民が覚えていること、忘れないように定期的に集会を開くことなど、継続的な努力が必要だと語った。

                *******

もっと詳しく、このあとのお話を知りたい方や、
インタビュー動画を見たいかたはこちら。
      ↓
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/115742

どうやって、だれが、この法案をほんとうにおしすすめてきたのか。
本当にそれを知りたいと思う。

私たちがひるまないこと。
覚えていること、わすれないこと、行動すること。
継続すること。
そして、願わくば、
これまで、自分たちと政治は関係ないさ、と思って来た人が、いや!これは自分ごとだ、と感じとって、動きだすこと。

意志ある、バーナムの森を、育てよう。
Photo

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2013年12月13日 (金)

明日、北陸学院大で、律子さんとのコラボレーション

121214__2 明日12月14日(土)に、
北陸学院大学でひらかれる公開講座は、 「ことばを感じる・ことばを紡ぐ」
1:30〜4:00(金沢市三小牛町)

細川律子さんと水野スウのコラボで、
律子さんは「賢治の世界」を、私は「ほめ言葉のシャワー」を。

ふたりのかけあいトークからはじまって、律子さんの朗読タイムももちろん。私は、紅茶の時間の話と、ほめシャワのこと、ワークショップも。

律子さんとは30年来のおつきあいだけど、こんなジョイント企画は、まれ。
7、8年程前に、クッキングハウスの松浦さんと律子さんと私の、3人ジョイント紅茶をして以来かな。
なので、金沢の中心部からはちょっと遠いけど、みつこうじのキャンパスまでどうぞおでかけください。

企画してくれたのは、現在、この大学で教えている、純ちゃんこと、田中さん。
15年近く前にはじめた(今はもうないけど)ワークショップ自主勉強会、wow-netの最初からのメンバー。今は、学生さんたちといっしょに何回も東北にでかけてる、行動するすてきな先生。

受講料は無料ですが、
お名前と連絡先を明記して、なるべくファックスでお申し込みください。
北陸学院大学 地域教育開発センター ファックス076−280−3851まで。
(でもきっと、いきなり参加しても大丈夫と思います)

               *******

翌15日は、海みらい図書館へお話とワークショップの出前。121202_

「金沢市協働のまちづくりチャレンジ事業」としての、
★poco a pocoの イベント企画★
ぽこあぽこ、は、月に一度の、リズムと絵本の会。

ワークショップ講演会
「あなたのBeが一番ステキ☆」

2013年12月15日(日)    10:30~12:00

場所:金沢海みらい図書館     交流ホール

対象:どなたでも  入場料:無料

協力:金沢市こども福祉課 金沢海みらい図書館
後援:公益財団法人いしかわ子育て支援財団

「自分のダメなところはすぐ言えるのに
イイところって自分ではなかなか見つけにくい・・

自分の好きなところ、ちょっと探してみませんか?」
という呼びかけ文、ほんとにそうそう、と思います。

        ******

この日の午後は、どうぞ内灘へ。私も聴きに、見に、行きます。
           ↓

12月15日(日)は、内灘闘争60周年記念、
「ウチナダからウチナンチュにエールを送ろう」

津幡の隣町、内灘。今から60年前、漁民たち、お母ちゃんやおばあたちが、米軍試射場接収反対運動にたちあがった。
「金は一年、土地は万年」と書いたムシロ旗の下で座り込みを。
全国からもたくさんの支援者がかけつけて、大きな反戦平和運動へと発展していった内灘闘争。
60年前の内灘闘争と、それ以前から今に至るまでも、ずっと続いている沖縄の、たたかい。
そこに共通するもの、重なるもの。内灘と沖縄は、別々の問題ではないこと。

@内灘町役場1F 町民ホール 参加費500円
1:30〜2:20 ドキュメント「海にすわる〜辺野古600日の闘い」上映
2:20〜4:00 海勢頭豊(うみせどゆたか)ライブ&スカイプで沖縄から、二人のゲストのお話の生中継。

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紅茶へのメッセージ

11月末から5日間、東京に行っていて、戻るとたくさんの封筒が届いていた。

中にはいろとりどりの折り紙。その一枚一枚に、紅茶とその方の想い出だったり、紅茶ってこんなとこ、という言葉だったり、紅茶への贈る言葉だったり、が綴られている。

紅茶の時間が30歳になって、紅茶とつながってくれたお一人一人に、紅茶に感じてる想いを短い言葉にしてもらって、その言葉を集めてホワイトノートに貼って、一冊きりの「紅茶30年ブック」がつくれたらいいな、と、98号のいのみら通信でよびかけました。

それにこたえての、言葉の贈りもの。
少しずつ箱にたまっていくのが、うれしい。
12月にはいってから、私自身がちょっと忙しすぎて、まだまだ、紅茶ブックには貼ることができてない。

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持って来てくださった方、送ってくださった方、お一人一人にきちんとお礼もうしあげてないけど、とりあえず、この場を借りて、本当にありがとうございます。
あなたのお気持ち、ちゃんとうけとっていますからね!

きのうも、もう締きりすぎちゃいましたか〜!と、大雨のなか、若いお母さんが届けてくれたけど、もちろんまだまだ大丈夫。あとからでも、いつでも、貼りたして行けるので、どうぞ、ご心配なく。
もしこのブログを読んで、参加したい、って思った方は、7.5センチの折り紙でも色紙でもなんでもに、紅茶とつながる言葉をかいてお送りくださいな。

                  ****

東京からもどって、一気に現実にひきもどされた。
全国各地で、秘密保護法案に反対の声が行動になった一週間。
4日には金沢でも、弁護士会としての初のデモがあった。

逆説的にいうなら、反対の声がどんどん強まったがために、国会を急いで通したのかもしれない。
武器輸出のこと、共謀罪のこと、なんでもかんでも出してくるのを見るにつけ、この国がいまどっちの方向に向いてるのかありありと見えて来る。

わたしたちが黙らないこと。声をあげ続けること。未来を本気で考える仲間たちを増やすこと。

                       *****

121202__2 12月初めの一週間は、個人的にもめっちゃいそがしい一週間だったなあ。

月曜に還って来て、火曜日はさすがに、半分時差ぼけ(東京ぼけ)しながら、留守中にたまったメールやお手紙への返事。
水曜は弁護士会のデモに参加して、紅茶して、夜は加賀へ出前。
木曜にちいさな出前、金曜夜は金沢の中学校へ出前。
土日、とクッキングハウスの松浦さんとのワークショップ。
月曜は石川高専の3年生さんたちにお話の出前。

週休6日のはずの紅茶が、たまにこんな週もある。

でもそのなかで、うれしいこともたくさん。
松浦さんとの二日間はもちろんだけども、たとえば、高専での話を聴いてくれた学生さんが、早くも、おとといの紅茶に来てくれたこと。

本来は3年生対象の時間だったのだけど、たまたま、その教室で前の時簡に授業を受けていた彼女に、今からお話をするんだけど、もしも時間があったら聴いていく?と声をかけたら、それにこたえて、彼女は一番後ろの席で聴いてくれてた。

そのひと声が、こんなふうにつながっていく。
彼女は吹奏楽部にはいっていて、いま、よし笛を必死で練習中の紅茶仲間とも、よし笛を介して話がもりあがる。

荒れた天気の日でてっきりすいてると思ったけど、意外にはやってたふつう紅茶でした。その横で、私はと21美ショップに納品用の、ほめシャワの封筒はり作業をせっせせっせと。



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2013年12月11日 (水)

松浦さんと、心ふかふかの時間

110318_ 12月7日と8日、クッキングハウスの松浦さんとのコミュニケーションワークショップ。

7日には、わがやで、ともの時間の仲間たちを中心に、16人の参加。能登からはじめて参加した4人、遠くは新潟からもお一人。この日したのはこんなこと。

*サイコドラマの手法をとりいれた「クリスマスの贈りもの」。

*クッキングハウスのメンバーたちによる「ハローお仕事るんるんかるた」のかるたとり(かるたの言葉はどれも、メンバーたちの実際のニーズからうまれてきた、自分を励ます言葉や、SST的発想でうかんだおまじないの言葉)。

*この一年をふりかえって、自分に、よくやったね、と贈ってあげたい言葉を絵はがきにかいて、それをほかのひとから読んでもらう「贈りものの言葉」。
つかうはがきは、クッキングハウス25周年の引き出物にもつかわれた、メンバーさんたちがキミコ方式で楽しみながら描いた絵の、ポストカード。

*サイコドラマの手法をとりいれての、家族対抗億万長者ゲーム。
私たちのグループ、「あるぱかファミリー」は、じゃんけんゲームで一文無しになったけど、「お金はないけど、ある!ぱかファミリー」を合い言葉に、誰のことも責めず、ふわふわあったかカーディガンをうみだして、世界に発信する、すてきな家族になりました。

*自分で自分のこころ具合をチェックするための「注意サイン」。
それぞれが書き出して、みんなに発表する。いっぱい出せるということは、それだけ、自分の状態に気づいているということ。このサインに気づけないとつい、無理をしすぎてしまう。

*終わり近くになって、この日ここに参加して、感じたきもちを私メッセージでいうシェアリングの時間。

*最後は、この日、とてもつらいきもちでいた仲間に、松浦さんがダブルで寄り添って、しっかりとそのきもちを聴き、仲間たちにも共感してもらい。
そうするうちに、彼女のつらく悲しかった表情が、どんどん変わって行くのを、まわりで応援する仲間たちがちゃんと見ていました。しかもユーモラスな替え歌まで登場して!

この日は、豪華なもちよりランチバイキングの最中に、ひょっこりと川崎お父さんが姿をあらわした。松浦さんとワークショップしてる日だなんて全く知らずにきたっていうから、すごいシンクロ!

草汰くんもいたので、急遽、一五一会(いちごいちえ、という名前の5弦の楽器。つい先頃、その世界大会でグランプリをとったのが、草汰くん)を弾いてもらう。
曲目はずばり、「一五一会 ぼくの友だち」。

おかげで、ランチタイムがなおスペシャルタイムになりました。                  

              *******

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8日もまた、上荒屋クリニックにある「えがお」で、12人の仲間たちと。

この日のはじまりは、憲法13条のうた「ほかの誰とも」を、8日のワークショップの共同呼びかけ人であるまあちゃんと、アカペラでデュエット、という初の試み。
ソーシャルワーカーのまあちゃん、あのCDを車に入れて毎日聴いて、いろんな高校でまあちゃんが人権講座のお話をする時、歌ってくれてるんだって。超、うれしい!

この日は、援助職の人ばかりでなく、紅茶仲間のお母さんや、私の知り合いの若い男性なども参加。
そこになんの違和感もなく、それぞれがひとりのひととして、大切にされ、認められる、という、安心できる実感を、最初の自己紹介の時からもうたっぷり。

はじめて参加した紅茶のKさん、仕事はバスガイドです、っていったら即、じゃ私をどこかに連れて行ってください、と、松浦さん。
たちまちその場に観光バスが出現し、私がバスの運転手さんに、みんながお客さんになって、能登半島への旅にでる。Kさん自作の能登半島の歌も披露。
サイコドラマを活かすと、こんな楽しいことがたちまちできてしまう。

SSTあり、カルタとりあり、「注意サイン」のワークショップあり、サイコドラマをとりいれた「もう一つの地球」あり、歌あり、この日の仲間のだれかが書いた、来年大切にしたいこと、の言葉をもとにしての、それぞれが発表するインスタントスピーチなどなど。
そしてゆったりとシェアリングの時間。

おいしい豚汁と炊き込みご飯とピーマンの塩麹あえのランチつきも、うれしいごちそう。シェフさんたち、ありがとうございました。

                      *****

参加してたある人が、ひとを支える仕事をしている側もまた、支えられることが必要だと思う、と言ってたけど、ほんとにほんとにそうだと思う。

一生懸命に他者を支えているひとが、そのひとのはたらいてる職場でないがしろにされたり、人権を踏みにじられたり、仲間の応援がなくて孤立させられたりしていたら、よい援助をすることって、とてもむずかしいだろうから。

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それぞれが、一年間がんばってはたらき、誠実に生きてきた自分への、すばらしいごほうびのような、贈りもののような時間。
松浦さんからこころがふかふかになるマッサージをしてもらって、こころがゆったり回復していくのが感じられる時間。

まあちゃんが、賞味期限の切れないうち、やはり年に一度はこういう時間を持ちたい、と。
だから来年もまたきっとおよびします。

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2013年12月10日 (火)

ほのかな希望

12月6日の夜、数の暴力としかいえない、むちゃくちゃなやりかたで、㊙保護法案が参院を通ってしまった。国会の内外で声をあげる人たち、日本中のひとたちの(この法案を懸念する声は国内からだけじゃなかった)、おおきな反対の声を、まったく無視して。

ほんとにほんとに、怒り心頭!
その中から、いったいどう希望を見いだしたらいいんだろう、と考えた時、やっとある考えにたどりついた。

これまでまったく政治に無関心だった人が、今回の安倍さん+与党のあまりの横暴ぶりに、逆説的にだけどはじめて、すごく大事なことに気づいた人もいたのじゃないか。

あ、この国って本当なら、主権在民の国だったのか、国の主役は、ほんとうは国民のわたしたちだったのか、と。
わたしたちには、憲法に保障されてるように、「知る権利」というものがちゃんとあって、それが踏みにじられようとしてることに、みんなこんなに怒っているのか、と。

政府のやり方があんまりにもひどかったものだから、それが誰の目にもみえた、ってこと。
そして、自ら行動を起こした人がこんなにいっぱいいた、ってこと。

それが、私のかすかな希望です。

                    

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今回のことは、憲法に直接手を出さずに、憲法の本質をかえようとしてること。

ほんとうは、私たちの誰もが、国の暴走ぶりを見すごさないように、国に勝手なふるまいをさせないように、日ごろからちゃんと見てなきゃいけなかった。国がおかしいことをしたときは、おかしい!と声をあげなきゃいけなかった。

それが、憲法12条に書かれてることを実践する、ということ。

でも今回のことで、そのことにも気づいてくれる人がふえたら、12条を自分ごととして政治をみつめる人がふえたら、そのことこそ、私の希望。
そういうことの一つ一つが、憲法を活かす、ということだと思うから。

                  *****

地元の、北陸中日新聞の記者さんが、
「秘密法でばたばたしてて、[ほかの誰とも]のCDをなかなか紹介できてなかったけど、逆にいまこそ、この法案とからめて、このCDのこと、書きたいです」
といって、6日の午後、取材に来てくれた。

それを即、翌日7日の社会面に載せてくれた。
まさに、秘密保護法案可決、の大見出しの横の紙面に。
       ↓
http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2013120702100009.html

******中日の記事はこんなふうです******

自由や幸せを追求する個人の権利の尊重をうたった憲法一三条を、石川県津幡町のエッセイスト水野スウさん(66)がやわらかい言葉に置き換えて歌「ほかの誰とも」をつくり、CDにした。
「特定秘密保護法など、国が個人を抑え込む危うい動きが目立つ今こそ、一三条の理念を知ってもらいたい」と話す。(高橋淳)

 「あなたはとくべつな人 わたしもとくべつな人」「一人ひとり違うことが 不思議ですてきなこと」
 詞は、書籍編集者の長女万依(まい)さん(30)が考えた一三条の「やさしい日本語訳」をさらにふくらませて付けた。
ゆっくりと穏やかに歌う水野さんの声を、ギターとピアノの静かな伴奏が引き立たせる。曲は約五分。作曲は音楽活動をしている友人が協力した。
 一昨年の福島第一原発事故の発生後、歌を作ろうと思い立った。「国が個人をないがしろにしている」との思いを強くしたから。
国家を前面に出した自民党の改憲姿勢や、特定秘密保護法制定などの動きもあり、居ても立ってもいられなくなった。
歌にしたのは、憲法を「食わず嫌い」する人に関心を持ってもらうためで、やさしい言葉を心掛けた。
付属の小冊子には歌詞に加え、歌を作るに至った経緯や九条をはじめとする現憲法を守る大切さも載せた。
 「憲法は国の権力を縛るもので、主語は私たち。私たちを逆に抑え込もうとする国に、わたしたちは声を上げないといけない」

 CDは一枚三百円。購入などの問い合わせは水野さん=電076(288)6092

憲法13条条文
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
やさしい日本語訳
 わたしはほかの誰ともとりかえがきかない/ わたしは幸せを追い求めていい
 わたしはわたしを大切と思っていい/ あなたもあなたを大切と思っていい
 その大切さは行ったり来たり/ でないと平和は成り立たない

    *****中日の記事、ここまで******

Photo 私自身は、夏の参院選で、安倍さんが96条を変えて憲法を変えよう!と大声で言ってることに危機感を抱いて、これはなんとしても、憲法食わず嫌いのひとにも、この憲法の大切さを知ってもらわなきゃと、ちいさな読みもの付き・歌のCD「ほかの誰とも」をつくる決心をしたのだった。

でも、96条を変えることには、国民からも改憲論者からも、安倍さんの予想外に反対の声が大きかったらしい。そこでいったん、96条は封印された。
そして卑怯にも、憲法にふれずに憲法の中味をかえる、NSCや、㊙法案を、表舞台にだしてきて、それを一気に加速させ、成立させた。

㊙法案が国会に上程されたのは10月半ば。
いつもは、国民からのパブリックコメントの受付も一ヶ月あるのに、今回はたったの15日間。9万人から意見がよせられて(私も書いたよ)、そのうちの8割が反対意見だったにもかかわらず、異常なスピードで、特別委員会での、あっというまの審議。

その10月、CD原稿はもう印刷所にはいっていた。
CDの奥つけにある発行日は、紅茶の時間30歳の誕生日の11月24日になってるけど、実際にできあがってきたのは、11月1日。

それから大急ぎで、私の知るこころある人たちに、このCDをお届けした。
でも、国会の動きはどんどん進んでいく。私は、㊙法案に反対の意見をいろんなところでいいながら、ずっとじくじたる想いでいた。
ああ、こんな喧噪の中で、憲法、っていったって通じないかも、と。

            *****

でも、今は不思議と、それとちょっと違う考え方をしてる私がいる。

今、96条は封印されてるけど、憲法がどういうものか、って知ってもらうことはこれからますます大事なこと。
これから先、集団的自衛権のことも出てくるだろう、そして、憲法そのものも変えようとする動きだってまた出てくるだろう。

それまでに、やっぱり知ってもらわなくちゃ。
㊙法案がとおってしまって、ああ、出遅れてしまった、と思ったけど、きっと実はそうじゃないんだ。

「ほかの誰ともの」に添えた小さな読みものには、憲法の全体のことと、13条、96条、9条、12条、97条について書いたけど、㊙法案は、それらすべてをないがしろにすること。

だからあきらめないでやっぱり知らせなくちゃ。
そして、権力のひどい横暴ぶりを決して忘れないようにしなくちゃ。
(衆院を通過した時に、国民は消費税のような暮しに直結したことは忘れないけど、こういうことはじきに忘れるから、と発言した自民党議院がいたそうだものね) 

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2013年12月 5日 (木)

4日のデモ

昨日4日のデモ。お天気もよく、マスコミもいっぱい取材してくれて(なにしろ、金沢弁護士会初のデモ!)

背広姿の弁護士さんたちの列につづいて、市民もいっしょに。途中から参加のひともいて。
この危険な法案にみんなが声をあげてる様子、画像からもよくみえる。
私はこのボードを胸にさげて、歩いた。

131204_
夕方のNHKニュース
  ↓
http://www3.nhk.or.jp/lnews/kanazawa/3023546981.html

夜の全国ニュースでも各地や国会議事堂前での抗議の様子がつぎつぎと写しだされる。

             *****

埼玉で突然、公聴会、という強引さもひどい。
委員会で今日にでも採決か、そのまま本会議でも?

こんな横暴も、傲慢もゆるされるわけないのに。
選挙のとき、景気、という魔法の言葉にかかって、一票を投じた人は今、どう思ってるだろう。
こんなことまでしてほしいと願っていれたのだろうか。

安倍政権は、集団的自衛権も、そして96条、9条も、次々だしてくるだろう。
そもそも秘密保護法案からして、憲法と法律のあべこべ、主権在民のひっくりかえしの、憲法違反だと思う。

               *******

きのうはデモの前に中央公園のオープンテントによった。
秘密保護法案のシール投票は、[反対」のシールを貼るボードがたりなくなって、2枚目が継ぎ足されていた。131204__2

それから大手町にいって、デモ出発。
終わるなり紅茶にもどり、そして紅茶のあと、夜は加賀に別件でお話の出前。

ちょうど車の中で聴いてたNHKラジオの6時台で、特定秘密保護法案をどうかんがえるか、の特集みたいのをしていた。
アナウンサーが、国際ペンクラブが反対声明をだすのは、戦後はじめてのこと、
外国特派員協会が声明だすのも、きわめて異例のこと、と言っていた。

街のひとの声とともに、柳沢さんと孫崎さんへのインタビューもけっこう長くあり。
おふたりとも、特定秘密にあたることの中枢におられた方だ。

柳沢さん、「日米間で情報が来なかったと感じたことはない」

孫崎さん、「第2次世界大戦のあと、世界はいかに戦争をしないかを大事にするようになった。
お互いに知らせ合うことで戦争にならないようにしている。今の米中もそうだ。
秘密を守ることが、戦争につながる。
保守が十分でないからと、アメリカから情報をあげないといわれたことはない」

お二人の話を、尼御前のパーキングで書き留める。
国家機密のただ中に居た方たちの言葉です。

それからどちらが言われてたのか、運転中で書き留められなかったけど
「官僚は、隠すのが仕事」
「政府を信じないことです」
「多数決は万能ではない、多数決をもっているものは謙虚でないといけない」
とも。

               *******

参院本会議のまえに、公明党にfax送ったよ。fax番号は、 03-322 5-0207

公明党とあわせてはじめての過半数に達する参院与党。

こんなひどい国会審議に異を唱えないとしたら、平和の党って言えなくなると思うんだけど。
公明党の支持者さんたちは、この法案に賛成してるんだろうか。

 

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2013年12月 4日 (水)

金沢で、弁護士さんたちのデモ

先週木曜日から5日間、留守してもどってきて石破発言を知る。
まさに勉強会で知ったことの先取り。
一分でも一秒でも、さわぐ国民の口を封じたいとしか思えない。

☆★今日4日のお昼 金沢弁護士会が「秘密保護法反対」で初のデモ!☆★*

紅茶の日だけど、これは行かなきゃ!と、
まあさんに留守番してもらってて、一緒に歩きます。
昨夜作った私なりの意思表示を胸にさげて。

デモの前には中央公園のオープンテントにも寄ってきます。

12時10分  金沢弁護士会前出発
          (大手町15-15金沢第2ビル NHKのすぐ近く)
→ 南町へ下り
→ 左折して香林坊        
→ 中央公園へ
 12時40分頃 解散

先週からオープンテントをはっている@中央公園のみなさんが、ゴール地点で迎えてくれるとのこと。一部でもご参加どうぞ!

★「標的の村」、まだ見てない方はデモのあと、シネモンドへ。
 14:10~ この映画は6日まで。
私はすぐ戻るのでみれないけど、あすかあさってにはかならず見に行きます。

◎同じく4日6時半~、石川憲法を守る会の緊急路上集会、
◎5日7時~、やめまっし!秘密保護法パレードVol2 
どちらも中央公園。

                    *****

「原発ホワイトアウト」の著者が語る、原発のモンスターシステム。

そもそも総研のインタビューより。
http://www.youtube.com/watch?v=SNHDg9eebvk

***

委員会での森大臣の答弁 。

http://www.youtube.com/watch?v=ryM0Ytu3BWk&feature=youtu.be

トッカンヒこと、特別管理秘密の基準は、省庁ごとにバラバラ。ここでは部長が、ここでは局長が、別の所では課長が、それを決める、と。

統一基準がある、と文書に書いてあっても、実際にはバラバラだと、森大臣が、民主の福山議員の質問にこたえている。こんないい加減な法案が、どうして国会をとおることができるんだろうか!!

毎日新聞でこのようにかかれていることの、実際が上記のyoutubeで見れます。
                  ↓           

 森氏はこれまでも、報道機関への強制捜査の可能性や秘密指定の第三者機関の設置などで答弁が定まらず、批判を浴びている。福山氏は特定秘密保護法案がなぜ必要かという根本論にも踏み込んだ。

 福山氏「あなたは(特別管理秘密の管理が)省庁ごとにばらばらだから、この法律を作ると言っているが、統一基準はあるじゃないか。虚偽答弁をした」

 森氏「統一基準はあっても、管理責任者のランクは(省庁で)ばらばら。その現実を指摘した」

 福山氏「(答弁を)訂正するなら衆院の審議を全部やり直しだ」

 森氏「衆院審議でも(2007年策定の)『カウンターインテリジェンスの機能強化基本方針』があると答弁したが(管理は)各省でばらばらだ。統一基準を法律で決める必要がある」

 結局、両者の議論は最後までかみ合わず、福山氏は「その場その場で適当に答弁するのはやめた方がいい」と怒りをぶちまけた。

****毎日新聞ここまで****


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